うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『月の名前 黄昏月 後篇』



その晩、坂田の運転で、情報屋や何軒かの廃屋を回った。


「なんか、チョロチョロついて来てるけど?」
「構わねぇ。どうせ向こうだって今日は様子見だろうからな…」
バックミラー越しにこちらを見てくる坂田に笑ってみせる。

「そ?じゃ明日も外に出るつもり?」
「手筈が整ったらな…なんだ?」
話の途中で、くくっと坂田が笑うので問い返す。

「オメー…」
「なんだよ?」
「スッゲェ悪い顔してんよ?それ警察の顔じゃないわ」
「……」
ガラス越しに映る自分の顔を見て、納得する。

「違げぇねぇ」
凶悪な顔だと思った。
悪巧みを考える鬼の顔。

「そんな顔されたらねぇ…」
「今度は何だよ?」
どうせ、碌なことは言わないのだろうと思うが一応聞き返す。
「襲っちゃうよ?」
「は?」
「ま、銀さん紳士だから、ムラムラしても我慢するけどね」
「口に出した時点で台なしだろが…」
ぴよぴよと跳ね返った後頭部を後部座席からみながら、本気とも冗談とも判断がつきかねる台詞に突っ込みをいれておく。

「何にしろ…明日だな…」
車窓から見える三日月を眺めながら独りごちた。






動きだしたのは次の日の午後のこと。

突入と、静かに、低く、だが通る近藤の声とともに、真選組一番隊、及び五番隊が古い民家へ飛び込んでいく中、脚本だけを書いて、土方はまったく別の場所にいる。

今日は山崎がつくからと、坂田は午前中に契約解除して万事屋に帰した。

屯所から少しだけ離れた民家立ち並ぶ一角。
坂道を上る向きで停めたパトカーにもたれ掛かり、煙草の煙を視線で追っていると、目当ての人物が建物から出てきた。


「怪我の具合はどうだ?」
声をかけると、男はギクリと気の毒になるほど、硬直したのがわかった。

「副長…?」
真選組のかかりつけではない診療所から今出てきたのは、一番隊所属の中堅隊士だった。

「今日…攘夷志士をカタリやがる盗っ人たちは一斉にお縄になってるぜ?」
「そ、そうなんですね。すみません。
 昨日ヘマやったばっかりに肝心な時にお役にたてなくて…」
恐縮したようにみせたいのであろうが、挙動が不自然すぎて成功しているとはとても言えない。

「気の毒になぁ」
煙と共に細い息を吐き出す。

「はい?」
「捕まった奴らは多少の手荒い取り調べは受けるぐらいだろうが…
 捕らえられりゃ死ぬことはねえだろうな」
「はぁ…」
「でも、局中法度に背いた奴はそういうわけにもいかないよな」
口元に笑みを浮かべる。
きっと、夕べ坂田が指摘したような凶悪ものになっているだろう。

「そ、そうですね」

局の情報を外部に持ち出すなどもっての他だ。
この場で斬っても構わないのだが、あまり表沙汰にしたくなかった。
組全体のためにも、直属の上司である沖田にも悪影響しかない。

「まぁ、お互い夜道には気をつけねぇとな」
それだけ言うとパトカーに乗り込みかける。

「土方ぁ!」
一度背を向けた隊士は、大きく振りかぶると、地を蹴って土方に踊りかかる。

「土方さん!」
剣の間に割って入ったのは、運転席にいた山崎だった。

座席に乗り込みかけた体勢を再び、車外へ戻し、短くなった吸殻をぴんっと指ではじいて捨てた。

「山崎。予定変更だ」
「はいよ!」

そのまま、監察が全快していない土方の代わりに白日下で刀を振るう。
かつて仲間であった男たちを、追い、時に切腹を、時に秘密裡に処遇を言い渡すのは基本内偵調査隊の三番隊の仕事だ。
ただし、自分と山崎も動くことがある。そのほとんどは闇に紛れての行動ではあるが。
一番隊に所属した程の腕前はけして悪くはないが、動揺のあまり剣先が小刻みに揺れている。
直に山崎が征するだろう。

「!?」
ちりりと背後で殺気が走った。

(やべっ、伏兵がいやがったか!?)
本隊が制圧に向かった先に、その殆どが潜んでいるはずと踏んでいたのだが、甘かったようだ。
咄嗟に愛刀に手をかけるが、薬がきれていない腕に大刀はかなり重たく感じる。
感知する鉛色の軌道を受け止めるほどの対応はできない。

勘だけを頼りに浪人風の男の刀を、重力の力も借りながら沈み込み、一撃目をかわした。
身体を沈めながら、第二撃はパトカーのドアを開けて受ける。
「情報通り、身体が動かないみたいだな!土方ぁ!」
男は止めとばかりに大きく太刀を一度引き、パトカーの窓ごと土方と串刺しにしようと腕を振るった。

「!」
土方は車にもぐりこみ、サイドブレーキへ手を伸ばそうとしていた時だった。

鈍いうめき声と共に、来るべきの衝撃には襲われず、影だけが顔にかかる。
西に傾き始めた日を背に大きな背中が目の前にそびえたっていた。
逆光でも、誰だかわかる特徴的なシルエット。
重力に逆らって跳ね返った銀色の髪は、少し赤くなってきた太陽の光を受けあめ色に輝き、
洋装と和装を組み合わせた独特の衣装の裾をはためかせていた。

「なんで…」
契約は今朝がた解除したはずだ。
まして、この場所を教えてさえいない。

「なんで…」
もう一度問う。

「ん〜オメーのことだから、きっと動けねぇくせに捕り物に参加してんのかと思って
 現場行ってみたんだけどよ。
 いねーからきっとこっちだと当たりつけてきてみたんだわ」
いつの間にか増えていた新手をその木刀で薙ぎ払いながら、横顔が涼しげに笑った。

「そうじゃねぇだろう!依頼はもう終わってんのに!なんでいるのかって聞いてんだよ!」
「え〜言わなきゃダメ?」
ふざけながらも、その腕は確実にまた一人地面に沈めていく。

「なんで!追加料金なんぞ払わねぇぞ?!」
「あ、そこに話飛んじゃう?大丈夫だって!
 万事屋さんの銀さんとして、来てるわけじゃないから!」
よっと、自分の叩き臥せた相手を踏みつけ、次の獲物に襲いかかる。

「なんでだ?!そんなことしたって、オメーと何があったか!
どんな時を過ごしたかなんて思い出せない野郎のことなんぞ放っておけばいいだろうが!」
「うるっせぇな!」
「うるせぇとはなんだ?! おかしいだろうが!」
「一度結んじまった腐れ縁はな!
 こっちから切りたくて切りたくて仕方なくても、もう今更なんだよ!
 大体!そんな生半可な覚悟で俺は手を伸ばしたりしねぇ!」

どうっと音と共に最後の一人が倒れた。

「坂田…」
「オメーが言ったんだろうが!ゼロからのつもりでって!」
「…」
確かに昨日の夕方、言った。
あまりに平静な坂田に少しむかつきながら。

「オメーが覚えていようがいまいが、『放したくねぇ』って、あの河原で言った。
 なら、俺は手を伸ばす」

立ち上がることが億劫で、ずっと座り込んだままの状態であるから、そう言葉を紡ぐ坂田を見上げる体勢のままだ。
こちらに背を向け、少しだけ振り返りながら、銀色の男は木刀の露払いをして腰に差し戻す。

「さか…た?」

男の肩越しに、黄昏時の月が見える。
三日月よりはやや厚みを増した月が、夕刻の空にうっすらと見え始めていた。

一方の空に、まだ秋の高き空が。
一方の空に、黄昏時の夜の気配が。

土方は瞳を閉じた。
坂田の背を見たことがある気がした。
日ごろ、マダオじみた行動ばかりが目につく銀色が己の魂が折れないためには、強く、美しく振るわれる刃を。
逆光で見えにくいが、そこに隠された熱を。

見たことがあると思った。
記憶はないはずであるのに。

「よ……や?」


ゆっくりと眼を開き、再び空を見上げる。

碧く高い空。
これは屋根の上か?
肩を怪我した万事屋。

逢魔が刻に。
血のように染まった夕刻に。
武州行きの沿線で、パトカーの上で胸ぐらをつかまれながら。

桜の頃に。
蝉のなく頃に。
落ち葉が降り積もる頃に。
風花が舞い散る頃に。

「万事屋…」

今度ははっきりと音にする。

「土方?」
銀時が怪訝そうな顔で見下ろしてくるのが、なぜだか無性におかしかった。
喉の奥から笑いが零れ、零れ、止まらない。

「テメーはほんっと自分勝手な野郎だよ」
「なんだよ、それ」

いつも通り離れているだけでなく、やや八の字に下がった眉は似合わないと思った。

状況が呑み込めないらしい。
そうだろう。
自分だって、何がきっかけだったかわからないのだから。

「信じられねぇ…折角テメーとの因縁なんて忘れられたと思って、せいせいしてたのによ」
「は?それって…えぇぇぇぇぇ!」
賑やかすぎる声を上げながら、近づいてきて肩を掴まれ、揺さぶられる。

「うるせぇよ。クソ天パー」
「もう、天然パーでもなんでもいいよ」
ぎゅうっと痛いくらい抱きすくめられて、苦笑がこぼれる。

「痛ぇんだよ。馬鹿力」
「うん」

顔は見えない。
なんだ。全く平静ってわけでもなかったのかと、背に回された指から伝わってきた。

「うんじゃねぇよ。身体さえ動けばテメーなんぞ殴り飛ばしてやってんだからな」
「うん」

とんっと大した力の籠らない拳で男の背を叩く。

「聞いてんのか?毛玉」
「うん」

まだ、この背を男の様に掴む勇気は土方にはない。

「うんしかいわねぇのかよ…」
「うん」

勇気はないのだけれど、退路もないことは理解していた。
まぁいいかと身体の力を故意に抜いて、銀髪越しに徐々に闇の色に変化していく空の色を見ていたのだった。




「万事屋そろそろいいか?」

山崎が始末を終え、所在なさげに視界の隅に立っていた。
初冬の日暮れは早い。
そろそろと日が沈み、黄昏月も淡い色合いではなく、細長く鋭利な光を地上へと落とし始めている。

ゆっくりと顔を上げて、銀時はやはり、困ったような顔でへらりと笑った。

「このままお持ち帰りしてもいい?」
「馬鹿かテメーは!お持ち帰りってなんだよ?!」
「いや、そろそろ銀さんの銀さんがバーンな感じなので〜」
「そんなの自分でどうかしやがれ!」
どうして、この男はこういうところで原始的な発言しかできないのだろうかと頭を抱える。

突然脳裏によみがえった、『万事屋=坂田銀時』の記憶は碌でもないものばかりだった気もしない。
しかしながら、揺るぎのない男の魂に引き釣り出されるように、『坂田銀時』は自分の中に戻ってきた。

「あの〜副長」

そして、こちらも困ったような顔で、えへえへと山崎が笑っていた。

「お取込み中のところ、申し訳ないんですけどぉ、俺は『処分』しに行きますんで、
 あと自力で帰ってくださいね」
大丈夫ですよね?と念を押される、
『処分』対象の元隊士は、タクシーで山崎が連れて行くことになる。
銀時が熨してしまった浪人たちは、連絡をして、原田の隊に後片付けをさせるべく携帯を開いた。

「ありゃ…余韻もないまま副長さんの顔にもどってら」

銀時がボキボキと首に手を当て、首の関節を慣らしながら、立ち上がり、そうして、あと一日は動きそうにない土方の身体を腕を掴んで、パトカーに座らせてくれた。


「ほらな。礼の一つもねえよな」

それが、らしいっちゃらしいんだけどねとブツブツと小声で愚痴っている様をよそ目に指示をだし、ぱちんと携帯を閉じる。

それから、ゆるゆると煙草に火をつけた。

「まぁ…色々あったが…」

肺に思いっきり吸い込んだ煙を、ゆっくりと細い線を描かせながら吐出す間に、言葉を選ぼうと空を睨む。
睨むが言葉は煙と一緒に浮かんでは消え、断ち切れていく。

なかなか言い出さない土方を見兼ねてなのか、元から言葉を用意していたのか。


「終わりになんかしてやんねーからな」

強く、低く銀色が結局、先に音を発した。

普段ヘラヘラしている銀時の視線が、真っ直ぐに土方に向かってくる。
真剣で試合おうとした時でさえ、見ることの叶わなかった温度で。

「あぁ…そうだな。さすがに諦めた」

これを腐れ縁というならば、
攘夷志士だったことの仲間たちも。
万事屋の子どもたちのことも。
かぶき町の人々のことも。
吉原のおんなたちのことも。

ちゃらんぽらんな様を装いながら、この男は『縁』を結んだものに手放せない。
そんな銀時のうちに自分も含まれてしまっているというならば。

そして、銀時が手を伸ばしてくれるだけの覚悟があるというならば。

「そうだなってオイ、意味わかってんのか?」

理解しているかどうかの問いに対する返事を誤魔化すつもりはない。
だが、土方の口は大人しくそのことを口に出せそうにもない。
結局口から出たのは、相手に言ってやりたかったクレームの方だった。

「終わりにするもなにも!
 止めたって勝手に乗り込んでこられちゃ何にもなんねぇだろうが!
 引っ掻き回すだけ引っ掻き回しやがって!このクソ天パが!
 大体!入田の件だって、なんでテメーが出張ってくんだよ?!
 余計なお世話だったってぇんだ!」

これまでの互いの足元は揺るがせない。
揺るがない。

「は?余計なお世話だぁ?
 危機一髪〜なところに、颯爽と舞い降りた銀さんに対してそんなこと言いやがんのか?!
 どんだけ女王様だテメェはよ!」
打てば響くように、悪態が返ってくる。
遠慮のない関係がいい。

「誰が女王様だ!副長様と呼べ!」
「いやいや、お前アホな!アホ決定な!どこが真選組の頭脳だよ?
 ただの自信過剰な馬鹿だろ?」
「万年金欠のマダオに言われたくねぇよ!メガネたちに碌に給料払ってねぇだろう?」
「えぇぇ?支払ってますよ?(ごく偶に)」
「なんだよ!その(ごく偶に)って?」
「う!心の声まで漏れちゃってたか?いいんだよ!
 食い物とか棲み家とか現物支給してんだから!うちのエンゲル係数なめんなよ!」
「テメーがパチンコなんぞ行ってねぇで…」

色恋をそこに挟もうと、変えられないこと。
変わらないこと。
全部全部を巻き込んで、飲み込んでいくしかないではないか。
一番には互いをすることはできないとしても。

「おぉ!金時じゃないがか?こんなところでなにしちゅう?」

果てなどない口喧嘩、上がっていくボルテージにストップをかけたのは意外な人物だった。

「坂本さん?」
ふらりと目覚め始めた夜の街に現れたのは、銀時と同じように派手に跳ねあがった黒い天然パーマ。
確か、快援隊の社長だと記憶していた。


「辰馬?」
「おお!やっぱり別嬪さんじゃ!こんな嫁さんなら、儂も、うぇるかむぜよ?
 どうじゃ、十四郎さん、金時をふって是非わしんとこに…」
「辰馬?!テメーこそ何でこんなとこに居やがる?!」
「あははは…儂は、おりょうちゃんのとこに遊びに行くぜよ。
 やはりキャバクラは地球に限るのぉ」
豪快に笑う坂本の言葉に引っ掛かりを感じ、首を傾げる。

「万事屋…」
自分でも地に響くような低い声が出たと思う。

「あ?」
「何故に坂本さんが俺のことを『嫁』と呼ぶ?」
「い、いや俺じゃねぇよ?神楽が勝手に!いやいや、嫁に来てくれんならそれはそれで…」
「こんのミラクルクソ天パが!」
力がこもらないので、刀の鞘で白もじゃを殴っておく。

「いってぇ!!おまっ!真剣て鉄の棒なんだぞ?!その辺わかってんのか?!
 脳細胞死んじまったらどうしてくれんだ?!慰謝料請求すっぞ!」
「元から脳細胞死んでんだから、関係ねぇよ!」
「あぁ言えばこう言う!記憶を失ってん時には出来てた気遣いが途端にこれかよ!」
「悪かったなぁ!テメーなんぞに振る愛想はねぇよ」
ふうっと煙を銀時の顔に吹きかけてやる。

「げほっ!そこまでいうか?さっきからオメーは!煙吹きかける意味わかってんの?
 夜這いかけんぞ?愛想じゃなくて俺の上で腰の方振ってもらうぞ?」
「黙れ!この原始人が!!クソッタレ!」

十番隊のパトカーが到着したこともあり、もう一度だけ刀で小突いてから、坂本に向き直った。

「坂本さん、この度はお世話になりました。お礼はまた改めて」
「儂ぁ、大したことはしとらん。記憶も戻ったようで何よりぜよ。
 まぁ、今後も快援隊をご贔屓にしてやってくんろ」

手をおおきく動かして話す男に深く一礼をしてから仲間のもとへ足を向ける。

「行く」
短く銀時には視線とそれだけを。

「おぅ」
銀時もやはりそれだけを土方に返した。



背を向けた後、今度は坂本と銀時の何かしら言い争う声が聞こえていたが、意識を『真選組副長』へと変換して、まっすぐに歩き出したのだった。




『月の名前 黄昏月』 了

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