うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『花の名前 ひいらぎ 後篇』 



どうすっかねと嘯いてみたものの、本当はどうするもこうするもない。


職業柄、土方から『祓伊蘇』の脅威を一刻も早く取り除く必要がある。
誰かに操られて、身内を傷つけるなどという事態がもしも起ころうものならば、土方は切腹しかねない。

消去された記憶が、真選組に関わる事柄であったならば、もしくは土方が生きていくうちに問題が起こる部分のものであったならば、完全に消去されることに迷いも出てきただろう。
しかし、今回の場合。
記憶の損傷を受けているのは、真選組とは全く関係のない『坂田銀時』一個人だ。
しかも、土方との関係を問われるならば、『腐れ縁』といった風情の間柄。

このまま忘れ去られたとしても支障は土方にはない。
あるとすれば、一人記憶をもったままな銀時だけだ。

男の安全を願うなら、飲ませるべきだ。
決まりきった答えを前にひたりと心臓が痙攣した。

本気かそうでないかと言われたならば、確かに遊びでこんな面倒臭いことに首は自分から突っ込まない。
もう少し、待てばもっと確実な薬が出てくるのではないか。
そう思ってしまう自分勝手を振り払うように首の後ろに手をあてて、こきりと回した。


「で、嫁御は何処じゃ?」
「だから嫁じゃねぇし、まだ。
 つーかいいだろ?薬の件は有り難いと思ってっから、後で陸奥に御礼送るから」
坂本にまでからかわれるのは面白くない。
まだ相手が土方であることを知らないのならその方が有り難い。

「なんじゃなんじゃ、冷たいのぉ。そりゃ、確かに全部陸奥が手配したが」
銀時は用件が終わったならと、追い出しにかかった。

「とりあえず、そのカンペもくれや」
坂本は一瞬、目をすがめてから、笑顔を浮かべた。

「存外本気なんかじゃの」
「なにそれ?」
そこを指摘されるとは思わなかったので、捻りがきいた返しが咄嗟に思い付かない。
「小太郎から珍しく面倒臭い相手にわざわざ絡んどるちゅう話を聞いたから、一体どんなことになっちゅうがと思うとったが、
すぐに飛び出していけんほどには本気なんじゃな」
「まぁ、面倒臭いつーかなんつーか、うん」
首に手をあて、コキコキと鳴らす。

「じゃせめてどんなお人かぐらい教えてくれてもええじゃろぅ?」
あくまで食い下がる坂本に少し悪い気もしないでもない。

「…特徴だけな」
「充分充分」

「そうだな…顔は…綺麗系。黒髪ストレートで短髪。青みがかった目は瞳孔開き気味。ワーカホリック。意地っ張り。
言動はチンピラ。二言目には『叩っ斬る』とか『クソ天パ』とか…しか言わねぇ」
「おまん、それ…相手にされとるがか?」
「そこ、つっこまないでくれる?基本スペックツンツンツンデレさんだからね。望みがなかったわけじゃなかったから!コレ」

「あはははは」
突然高らかに笑われる。

「金時、弱気じゃな。過去形になっとる。しかしなぜか今話を聞きながら、思いだしたが…」
「あ゛?」
「真選組の…」
「は?はぁ?な、なにそれ?!真選組ぃ?あ、あんなムサイ集団とかねぇよ?副長さんとかないからね?」
取りあえず、否定しておく。
本当に桂はどこまで話しているのかが読めない。
独自の情報網をもつテロリストは、おそらく今回の顛末を耳に入れているだろうが。

「金時、自分で言うちゅうが?」
「あ?」
「と、言うことで友達思いのわしは屯所までついて行ってやろうかの」
にやにやと笑いを浮かべる坂本に自分がいかにぼんやりとしているか思い知らされる。
通常であれば、口八丁で逃れられたはずだ。

「はぁぁぁ?!」
「おまんが説明するよりもわしがした方が信憑性があるきに」
「そりゃねぇよ。これでも真選組には多少なりとも恩売ってる身だからよ。オメーの方が胡散臭いことこの上ないだろ?」
「いや、これでも、れっきとしたカンパニーの社長ぜよ?幕府相手に商売もしとる」
「いやいや…大丈夫だから。俺一人で行くから」
一分でも一秒でも第三者に操られるリスクは早く取り除く方が良いのは分っている。
薬を渡す覚悟も出来ている。
それでも、少しばかり、状況を整理して、気持ちを落ち着けて、それからにしたい。


「鈍い男じゃのお。意外に本命相手にはヘタレなおまんを送り届けるためじゃ」
「辰馬?」
「忘れられていようが、またゼロから始めたらいいだけぜよ?失ってしまう前に」
あまりにあっさりと、そして豪快に言い放ってくれる。

「大丈夫じゃ、あの男前もそう言う」
大丈夫だと、神楽同様この男も背を押す。

「…あれ?オメー土方と面識あんのか?」
「あんな美人のお得意様は滅多におらんき。だから、おまんのじゃないなら、
 わしが口説きにいくのも一興ぜよ?」
「ふざけんな!誰が黒もじゃなんか…アイツに絡む天パは俺一人で充分!」
「侍に二言はないな?」
「!?」
いつの間にやら言質を取られていた。

「…ちゃんと早急に行きますぅ」
それならいいぜよと坂本は腰を上げた。

「わしに出来るのはここまでじゃ」
「…辰馬…」

旧友の背を見送る。
そして、机に残されたアンプルを手にとったのだった。




静かだ。
真選組屯所がやけに静かだと銀時は思った。

今日は突然現れた自分、万事屋坂田銀時と、真選組局長である近藤、そして副長であり話題の中心でもある土方十四郎の三人が局長室にて顔を合わせていた。

今、銀時は『新薬』の分析結果について、説明を終えたところだ。

先日、土方が盛られてしまった『呀紗』という薬物。
その判明した効用と、解毒剤について。
記憶を意図的に破壊することのできる『呀紗』は、一度破壊された記憶について、修復されることが難しいこと。
そして『祓伊蘇』をベースに作られている為、同じように暗示で傀儡にされる可能性が残っていること。
本日、坂田が持ち込んだ薬は、『祓伊蘇』の成分は除去することが出来るが、副作用としておおよそ三日間、運動機能に障害をもたらすこと。
更に、記憶の回復は2パーセント足らず。
しかも、戻らなければ、更にその僅かに残っているかもしれない記憶破片も砕く可能性があるということ。

真選組副長としては、今後のリスクを考えるならば、目の前のアンプルを手に取るべきであろう。
入田がすでにこの世にいないとはいえ、他の誰が引き金を握っているかわからない。

だが、土方はその手を伸ばさず、静かに座したままだった。
その理由なぞ、銀時には予測さえつかない。
わかりはしないのだが、臥せ目がちな青灰色の眼の片隅にでも、自分のことが原因であってくれればと考えずにはいられなかった。

「で、万事屋、お前はどっから薬手に入れたんだ?」
沈黙を破ったのは、意外にも近藤だった。

「あ〜、昔なじみに海運商やってる坂本ってんのが、いるんだけどよ。そいつからだ」
「坂本…確かに快援隊の社長だったか…」
坂本自身が、幕府相手にも商売としているとも、土方との面識があるとも言っていた。
もっぱら、キャバクラ通いばかりなようだから、実質『艦長』である副官の陸奥がメインなのであろうが。
胡散臭いとは思われなかったらしい。

「トシ、どうする?」
「正直…時期が悪ぃ」
「時期?」
銀時の問いかけに、ほんのわずかの躊躇が見られないこともなかったが、土方は説明をしてくれた。

「最近、攘夷志士を騙る窃盗団が頻繁に出没してる。しかも、闇討ちまで横行しててな。
 お陰で、人員フル稼働中だ。
 俺が操られる操られねぇというのを別にしても、正直今の体制は崩せねぇ。
 そいつが片付かない限り、薬に三日も拘束されてる暇は正直ねぇんだ…」
苦虫を潰したかのような、眉間にしわを固定させたまま、土方は言う。
道理で、屯所が静かなはずだ。
昨晩、夜勤のグループは仮眠に入っているのだろうし、その他の隊士は皆市中に出払っているのだろう。
近藤と土方、二人を同時に捕まえられたこと自体、ラッキーなのかもしれない。

近藤が再び話し出す。
「銀時、ここまで巻き込んで悪いとは思うし、忘れられてる当事者でもあるお前に頼める
 義理じゃないんだが…トシは俺らにとっても欠かすことの出来ない男だ」
「近藤さん!ちょっと待ってくれ」
近藤の言葉の先を予測して、制止しようとしたが、逆に軽く手を挙げて止められた。

「解毒剤飲んで三日間、トシの警護を頼めないか?もちろん依頼として。
 それくらい欠員1名でどうにかなるだろう?」
近藤の言葉に息をつめる。
土方を追って、京都へ行ったことも、近藤には話してはある。
もちろん、その主だった青臭い理由にも、さすがにゴリラでも気がついてはいるだろう。
その上で、今の状況でそれを自分に言うのか?と、息をつめたのだ。

「オメーも…大概ズルいよな」
しばしの沈黙の後に、深いため息で答えた。

「これでも、信じてるからな」
ガハハと豪快に笑いながら、土方は頭を撫でられ眉をしかめる。

「なにをだよ?」
「ん〜もちろんトシと銀時のこと」
「あ゛?」
「いいから、いいから」
坂本にも共通する豪快な性格。
荒事をしないわけではないが、大らかな性格で周りを巻き込んで、人を引き込んでしまう。

「…で?闇討ちあるなら、万事屋なり、別の土地なりに潜んだ方が守りやすいが…」
「いや、前線に出ないにしても、トシが屯所にいるだけで士気が違うから」
「じゃ、俺がこっちに詰める形か…やっぱ神楽や新八は置いてきたほうがいいだろうな」
身体能力が落ちるのであれば、動かないことに越したことはないが、屯所でさえ手薄な今危険がないとは言い切れない。
子どもたちも修羅場をそれなりにくぐってきてはいるが、合わせなくてすむものならば、遠ざけておきたいところだ。

「おい!何、本人そっちのけで話を進めてやがる?!」
「いや、オメーに他の選択肢はねぇだろうが。なんですか?
 副長さんはこんな薬一つが、お注射が怖いんですか?」
ぷぷっとわざとらしく、からかってやる。
敬愛する近藤に勧められたにも関わらず、その薬を手に取れないのはなぜだ?
きっと、土方自身も他に選択肢がないことはわかっているはずだ。
ならば、背を押してやるだけ。
神楽が、坂本が、近藤が、それをしてくれたように。

「クソ天パ!誰が怖がるよ?!上等だ!ゴラァ」

記憶があろうがなかろうが、変わらない。
何度だって、どこからだって始められる。
そうだろう?
既視感のなか、銀時はニヤリと笑う。

「テメーとの過去なんざ綺麗さっぱり消してやらぁ!」

売り文句に買い文句。

土方は一気にアンプルを注射器に移し、左腕に突き刺したのだった。





『花の名前 ひいらぎ』 了






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