うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『月の名前 朔の月 中篇』



10月9日


京都市街地。
夕刻である。
随分と夏に比べ、日が落ちるのが早くなってきている。
少し中心部から離れた場所にある古い屋敷の一室で、片目を包帯と前髪で隠した男が流れる雲を眺め煙管をふかしていた。
煙がふわりと開閉された戸の動きで揺れる。

「入田」

男は煙管を口元から離し、部屋に入ってきたばかりの人間を唸るように呼んだ。

「はい?なんでしょう高杉さん」
悪びれない様子で、大柄な男が返事をする。
煙管の灰をトンっと落とすと、新しい火を入れながら、顎で高杉はテレビを指示した。

「あらぁ、なんだ?」
「あぁ、うちの工場みたいですね」
朝から、何度も報道されている、違法薬物の摘発のニュースに動揺するでもなく入田は嗤う。

「大丈夫ですよ。あそこに残っている人間にも新薬投薬していますから、
 なにもしゃべることはできません。
 それよりも、僕は土方さんの動向の方が気になっています」
ぷちんとリモコンで画面をブラックアウトさせて、入田は新聞を高杉に渡す。

『車の中から発見されたのは土方氏本人であると判明…』
新聞にはその旨の記事が載せられている。

「タイミングが気に入りません。
 本来、高杉さんの為に土方さんをここへお招きしようと思っていた矢先にこんな事件…
 それに白夜叉の動きも気になります」
「銀時の馬鹿がどうした?乗り込んできやがったのか?」
高杉は、ふふんと小馬鹿にした笑みを浮かべる。

「白夜叉も時を同じくして消えたという話です」
「いいじゃねぇか、その方がまとめて片づくだろう?」
「でも、それはこちらがお招きした上での予定でしたから…」

勝手に動かれることに入田は不安があった。
自分が用意した台本に沿って、土方や銀時が高杉の前に現れるのならよい。
だが、片や行方不明(死亡の疑いさえある)、片や、この京都方面に向かっているという可能性。

「テメーは細かいことに拘りすぎる。臨機応変に対応しろ」
「は〜い」
返事をしながら、部屋の隅に立ち、黙っている河上を入田はちらりと見た。

「大体、今回のことはテメーが勝手に土方に接触したことが始まりだろうが?
 始末は自分でするんだな」
高杉は独特の香りを醸す煙管の煙を口から吐き出し、にやりと笑った。

「ほら、てめぇに幽霊のお客だぜ?」
「え?」

いや、鬼だったか?との言葉の意味を入田は一瞬、捕え損ねる。

ガシャン。
玄関戸が開け放たれる派手な音が、入田たちがいる奥の間にも聞こえるほど鳴り響いた。

続いて扉を壊さんばかりの音。
それから、少しかすれた、しかし、よく通る声が響き聞こえた。

「邪魔するぞ」

入田がおもむろに眉をしかめた。
聞き覚えのあるその声は、先日まで上司として従っていた男の声であったからだ。
そして、今こそ、新聞でニュースで訃報を告げられていた男のもの。

入田の様子を楽しむかのように、真っ直ぐと自分たちのいる部屋に向かう足音を待ち焦がれるかのように、高杉は楽しげにくつくつと肩を揺らして笑う。

「テメーがパーティに招待しようとしていなかろうと、扉を叩き壊してでも、
 必要とあらば参加してくるってこった」
動かぬ大将の脇に、壁に立っていた河上が静かに移動する。

「なぁ?土方?」

スパンとふすまが左右に開かれ、黒い真選組の幹部服の男が立つ。

「そういうこった。よくわかっているじゃねぇか高杉?」

敵地に単身乗り込んできたというのに、挑戦的ににやりと笑ってみせた。




笑って見せてはいたが、内心土方は驚いていた。
本来、ここで押さえることできるだろうと思っていた相手は、入田だけであったのだ。

元々、京に本拠地を置くというところまで押さえていた上に、今朝の御用改めの後、ばたばたと動きがあったために、ピンポイントで場所を特定できたのだ。

もちろん、高杉の動きも山崎にチェックさせてはいたが、情報の集まりが芳しくなく、宇宙から戻ってきているらしいという、あまりにざっくりとした情報しか持ち合わせていなかったから、よもや一度に顔を合わせることになるとは予想だにしていなかった。

(ツイてるんだか、ツイていなんだか…な)

土方は心の中で苦く笑う。

入田単独であれば、一挙に距離を詰め、捕らえることも可能かと思っていた。
だが、この場にいるのは、4人。

自分と、高杉、入田、そして河上。

本来一人で乗り込んできた大きな理由として、入田の周辺に入田を警護するような者たちの姿というものがなかったためだ。
この屋敷に入るときにも、他の攘夷志士たちの姿は皆無である。
土方が乗り込んでくることを想定していた様子も入田には見受けられない。

一気に3人を捕らえることが出来たならば、大金星。
入田を拘束し、自分に盛られた薬について解決することができたなら、上々。
最悪の事態は土方本人が高杉に捕らわれる可能性であった。

さて…
動くには何かもう一つ判断材料が欲しい。

そう思ったところに、また、新たな『音』が響いた。

ドン!
ガシャン!
ガシャガシャガシャ…

大きなものが屋根瓦に落ちて、割れる音。

ガシャンガシャン。
ガシャガシャガシャガシャガシャ…

そして、そのまま勢いを転がるような音が頭上を移動し、実際に庭先に割れた瓦が落ちてくる。

ド、ドン

庭先に、瓦よりももっと大きな、天から落ちてきたらしい物体が姿を見せた。

「み〜つけた!」

月のない筈の空から、銀色の月が落ちてきた。





小型飛行機の離れていく音が聞こえることから、降り立った男は、どうやら文字通り「空から」降りてきたらしい。

「あっぶねあっぶね…全然違うとこに落とされるとこだったわ」
「「あ゛ぁ?」」
明らかに、「あ」に濁点が付いた音をその場にいた者たち全員が発した。

風にあおられたためか、いつも以上に重力を無視してしまった髪を撫でつけつつ、男は真っ直ぐに土方を見る。

「毎回毎回探させるなよ!そんなに銀さんの本気を試したいんですか!コノヤロー!」
「ば、馬鹿か!テメーは!誰が探してくれなんて言ったかよ!この腐れ天パ!」

呆気にとられて、口から出たのはいつも通りの憎まれ口。

「かっわいくねぇなぁ。せぇぇ〜〜〜〜っかく、恋人がお迎えに来てやったってぇのに」
「阿呆か!俺がかわいかったら気持ち悪ぃわ!大体いつ誰がこ、ここ…こ」
「ここここけこっこ?にわとり?」
「ちげぇ!やっぱ馬鹿だ!馬鹿だとは知っていたが、やっぱり底なしの馬鹿だった」

「それには、激しく同意するが…」
ぼそりと低い声が土方と銀時の間に入る。

「この場で、いちゃいちゃできるテメーら二人の気も俺には知れねぇなぁ」
「いちゃいちゃなんざっ!」

怒鳴り返しながら、土方は状況を思い出し、ハッと言葉を停めた。

「いいんだよ。折角2か月ぶりのいちゃこらなんだから!ほっとけつうの!」
高杉の言葉に、銀時はふんぞり返りながら、ブーツのまま、庭から部屋にあがりこんでくる。

パワーバランスが変わった。

部屋の奥、窓際に高杉と河上。
二人の少し右手前に入田。
大きく開かれた左手の縁側に銀時。

そして、土方。

「ほんとにどうしようもねぇ馬鹿だよ。テメーは」
人の気遣い無駄にしやがって。

「いやいや、銀さん結構賢いと思うけど?依頼片づけながら、オメーも俺に惚れ直すって一石二鳥じゃん」
人の押し殺している気持ちをいとも簡単に揺さぶりやがる。

「依頼?」
「そ。そこにいる入田秀次郎を助けてほしいって依頼」
依頼主はもういねぇけどな…銀時の赤い瞳が昏く揺れる。

「万事屋…」
万事屋坂田銀時として、ここに立っていると悪まで言い張るのは、自分への気遣いか。
いや、ただ、だまし討ちで妹の命を餌にしたことへの怒りか?

それまで、微動だにしていなかった入田が微かに身じろいだ。

それが合図となる。

銀時が一番に動いた。
真っ直ぐに入田に向かって洞爺湖を繰り出す。

と、ほぼ同時に土方も地を蹴った。
真っ直ぐに高杉ののど元へ、村麻紗を突く。

戦闘が開始された。





銀時の木刀を間一髪で入田は防御した。
だが、圧倒的な力で叩き込まれた一撃は入田の巨体をも、背後のふすま諸共に吹き飛ばす。
派手な音をたてて、倒れこんだ入田を容赦なく銀時の次の攻撃が襲いかかった。
入田も今度はまともにそれを受け止めようとはせず、横に転がりながら、銀時の銅を狙ってくる。

銀時は、その切っ先を避けながら、視界に入った入田の動作に舌打ちする。
僅かに木刀が離れた隙をぬって、入田が首からかけていた細い銀の筒を口に含んだのだ。

笛らしいが、音は鳴らなかった。

鳴らなかったが、それまで全く気配を感じなかったはずの人間が複数、どこからともなく現れ、間に入った。
乱戦が始まる。
恐らく、浪士風の男たちは『祓伊蘇』が投与されているのだろう。
荒く吐き出される息、震える身体。血走った眼。
振り回される剣に、殺気は存在しない。
ただ、無感動に、感情なく切り込んでくる。

もう一度、洞爺湖を握りこんで、肺の空気をすべて吐き出してから、正眼に構えた。
「助けてやるよ」

日本家屋内では、刀を持った乱闘は向かない。
誘うように銀時は庭へと飛び出していった。




一方、土方の切っ先は河上の手によって阻まれる。
舌打ち一つ零し、一度剣を引く。
攘夷戦争の猛者である高杉と、人斬りとして名高い河上万斉。

危険だとも、無謀だともわかってはいるが、沸き上がる高ぶりは抑えられない。
挑戦的に楽しげに土方は声をかけた。

「たのしい喧嘩をしようぜ」

「万斉」
ゆっくりと高杉が立ち上がる。
「折角の副長さんからの誘いだ。買わねぇわけにはいくまいよ」
すらりと愛刀を抜き放ち、高杉も笑った。

「愉しい逢瀬としけこもうや」

「高杉ぃ!それ俺んだからな!」
庭側から、次々と現れる相手を切り倒しつつ、銀時が叫ぶ。

「テメー振られたんだろうが?往生際悪ぃぞ」
高杉も平然と答えているが、両者の距離は少し離れている。

「うっせぇ!まだ終わっちゃいねぇ!」

喧騒の中、立ち回りながら良く会話が聞こえるものだと頭を抱えながら銀時の言葉で立場を思い出した。

「……テメーら…ふざけた話してんじゃねぇ!」

土方は再度高杉に切り掛かる。
狭い室内で効率よく相手を仕留めるために、一点に集中した突き。

紙一重で刃を鍔元で流される。
切れたのは左側の一筋の髪のみ。

「晋助!」
万斉の声が響く。

「?!」
突いた刃を右に捩り、再度振りかぶることなく、無理矢理、力づくで軌道修正。
高杉の剣ごと首をはねるかの如く叩き込んだ。

高杉はその力に逆らうことなく、右に重心をずらし力を削ぐ。

だが、逃しきれなかった力が小柄な身体を吹き飛ばした。
蝶の柄の着物を翻し、男は一回転して、体勢を立て直す。

「やるじゃねえか」
「ちっ」
今の一撃でのしてしまうつもりだった土方は舌打ちする。

「高杉さん!!」

銀時が薬に侵された人間の相手をしているために、再びフリーになった入田が今度は黒い笛を吹く。
途端に、先日と同じく胸をわしづかみにされたような痛みが土方を襲った。
「ぐっ」
しかし、ここで倒れる訳にはいかない。
痛みだけであれば…と片膝をつき、倒れ込むことだけは辛うじて堪えた。

「入田…テメー土方に薬盛ったんじゃねぇだろうな?」
「保険みたいなもんです」
どうやら薬は入田の独断らしいと脂汗を気力で抑え込み、柄を握り直すが持ち上がりそうにはなかった。

「興ざめだな。入田」
だが、高杉が刀を先に鞘に戻した。

「高杉さん?」
「こいつみたいな奴は、薬なんかに頼らず、力ずくで屈服させることが愉しんだよ」
高杉は大した抵抗の出来ない土方の顎を掴み上を向かせる。
視線で人を殺せるならば、といわんばかりの力で、土方はギリギリと睨みつけた。

ひゅん、と木刀が風を斬った。

「おーい、銀さんの話覚えてっか?」

すっかり片付け終わった銀時がゆらりと座敷に戻って来たのだ。

「白夜叉…」
銀時の太刀風が入田の頬に傷をつけていた。
入田の殺気は銀色の男に向けられる。

「銀時ぃ、そういやテメーここまで、どうやって来やがった?ヅラ辺りが噛んでやがんのか?」
「残念。今回はちげぇよ」
にたりと嗤う銀時の顔は凶悪なものに変わる。

「な?痔持ち」
「なんつー呼び方すんだ!こらぁ」

皆の意識が銀時に向かう中、前髪で目元を隠した忍び装束の男が土方のすぐ傍に立っていた。

「アンタ…」
「行くぜ。入田はジャンプ侍が引き摺ってくる」

土方の腕をとり、煙幕を投げた。
辺り一体が、濛々と白い煙が立ち込め皆の視界を奪う。

「土方ぁぁぁ」

煙幕の中、入田の叫び声が聞こえた。
自分の手駒が尽く倒されたのが気に入らなかったのか。
土方を手に入れ、高杉のご機嫌をとるどころか、不興を買ったことが原因なのか。
それまでの取り澄ました口調ではない。
絞り出すような、咆哮だった。

風が鳴り、巨体を思わせぬ身体が煙幕をものともせず、土方へと向かって跳んでくる。
しかし、その間に白い影が更に割り込む。
「万事屋!」
入田の剣撃を受けたのは銀時だった。

そして、中段から切っ先を跳ね上げ、ぐるりと孤を描き横に引いた。

どうっ

木刀も達人の腕にかかると、通常以上の殺傷能力をもたらすことが出来る証明であった。
背に剣筋が打ち込まれ、巨躯が再び吹っ飛んでいく。
白い鬼は一歩前に出る。

明らかに、手足の骨が折れたと確信できる鈍い音。
唸り声のような、低く、しゃがれた声で入田は呪詛を落とした。

「坂田銀時はもういない…」

そして、真っ赤に染まった手で赤い笛をくわえた。
またもや音は聞こえない。

その入田の首が奇妙にきゅいいと捩じられた。

「?!」
「てめっ!」

入田の身体が細いギターの弦によって絡められる。
ギリギリと締め上げられる糸を断ち切ろうと土方が銀時の脇を擦り抜け、操り人形に巻きつけられた糸を断ち切ろうと刀を振うが、間に合わなかった。
鈍い音が首のあたりから響き、事切れた入田の眼から光が失われていく。
ごろりと、終いに地べたにその身が落ちた。

「河上ィ!!」
叫ぶが、すでに遠隔で力を振るった男の姿はなく。
少し薄れた煙幕の中に人の気配さえない。

「逃げられたか…」
「土方、身体は?!」
「大したことねぇ。それより薬のこと掴み損ねた」
「あぁ、その事なら…」

不意に、ただでさえ月がなく人口灯のみが頼りの晩であるのに、更に暗さが増した。

「げ…とっつぁん…」
影を作るは、松平率いる「松ちゃん号」。
「やべ…」
土方を加勢しようと現れた親父は大体の場合において、加減というものをしらない。

約束の刻限を少しばかり遅れたための行動ではあるのだが。

10月10日午前0時が約束の刻限。

土方、銀時、服部の三人は一度顔を見合わせると、屋敷の裏手にながれる鴨川へと身を躍らせた。




『月の名前 朔の月 中篇』 了



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