うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『Butterfly spread sideG』





卵は孵って、幼生に
幼生は、やがて蛹になって
羽化をした。

いつのまにか、大人になって、ボクを置いていく。

手のうちにあったはずの、
無垢な生き物は
色を変えていた。

真っ白い魂のまま、
真っ黒い羽を手に入れて、

艶やかさを凛とした青灰色を瞳にのせて。


割れた卵はもとには戻らない。


壊すほど絶え間なく、自分の欲を
何度も何度も、注ぎ込み、

ボクは自分の犯した過ちに
キミを汚したつもりで、汚し切れなかった誤算に
自身の内側にある深淵に


そうして、ボクは逃げ出した。




あの日
土方を自分のアパートに連れ込んだ日

くったりと意識を失った相手の体を眼下に見下ろし、頭の中が真っ白になった。
もとから、肌の色は白いとは思っていたが、

今、更に青白さがましたようにみえ、さながら陶磁器で出来ているのではないだろうかと思った。


思いのままに散らした朱が白に痛々しい。

キスマークといえるレベルではない。
鬱血。

自分のベルトで締め上げていた手首
革で擦れて紅くみみずばれのようになっていた。

衝動は吐き出した欲の回数だけ薄れたかと問われたならば否としかいえない。
ただ、自分の過ちが。
自分の罪が。
そこに横たわる。


ひくり
まるで糸の切れたマリオネットのように力を失っていた土方が、小さく身じろいだ。

そして、瞼がゆっくりと震える。

それを見た途端。
逃げ出していた。



財布だとか、免許証といった最低限のものだけ、引っつかみ、原付きで走った。
少し身を切るような冷たい風に当たっていると、徐々に神経が、感覚が戻ってくる。


ただ、ただ、怖かった。

だから、昔のオンナの家に転がり込んでいた。
しな垂れかかるオンナを振り払い、ふて寝しようと勝手にベッドに潜り込む。

空気を読めないオンナは後を追うように同じ空間に入ってきて、息が詰まった。
大人の女特有の、甘ったるい、人工的な匂い。


「銀ちゃん?」
ガバリと布団跳ね退け、トイレに駆け込む。

吐き気がした。

今まで、好き勝手させてくれる、都合の良いオンナの身体が、匂いがあんなに大好きだったはずなのに。
悪寒が全身を襲い、大して入っていなかった胃の中の物を出してしまい、そこも後にする。


そうして、煙草の匂いの染みついたビジネスホテルの一室で一夜を過ごし、
空が白み始める頃、あることにようやく、気がついた。

「あ…土方…」
一人、自分の部屋に残してきた少年。

彼はどうしただろう?

他の場所ならいざ知らず、自宅での出来事だ。
もう、家に戻っただろうか。

いつまでも、この事態から逃げられるはずがないこともわかりきったことだ。

銀八はチェックアウトギリギリまで、迷ったあと、自宅へとのろのろとハンドルを切ったのだった。



恐る恐る自分のアパートのドアノブに手をかける。
ガチっとノブは半端な回り方しかしない。

それは鍵がかけられていることを示していて。
混乱していたから、確かではないし、コートのポケットに無意識に鍵は入っているから、なんとも言えないが、ロックした記憶はない。
飛び出してから、すでに12時間以上経過していた。
(まさか…)

ゆっくりと扉を開ける。


だが、そこに人の気配はなかった。

玄関に靴はない。


ガランとした、殺風景な自分のへや。
いつもの、
見慣れた空間。

違和感があるとすれば、整い過ぎていること。

澱んだ空気はすっかり入れ替えられていた。

あれだけ乱れてぐちゃぐちゃになったはずのベッドは清潔なものに交換され、床に散乱していた筈のジャンプは号数順に部屋の隅に重ねられている。

よく見てみると、年中出しっぱなしのマグカップも、台所に積み重なっていたカップ麺やコンビニ弁当の容器もまとめられ、やけに広く部屋をみせていた。

(土方…だよな?)

何事も無かったと都合よく思ってしまうほど、痴情の痕跡は消され、
そうでありながら、消されすぎた足跡はかえって、銀八を再び混乱させる。

へたり

男は膝をつき、明日の出勤に頭を抱えたのだ。




「HR始めっぞ」

何事もなく、日常ははじまる。
半ばやけっぱちな心持ちで担任を任される3年Z組の扉をひらく。


日常。


緩く、適当なクラス担任の顔。
面倒事を厭い、適度なスタンスで今時のコーコーセイをあしらってきたはずだった。

そんな毎日に現れた少年。
イライラとする自分の感情の行方がわからず、
避けつづけていた筈の一線を越えて、卵を割った。

ゲームの筈が、
しかも圧倒的に自分に優位だと踏んでいた筈が






「全員揃ってんな?いねぇ奴は手ぇあげろ」

教室を見渡す振りをしながら、ただ一人に捕われる。
だが、頬杖をついた体勢で窓の外を眺めるばかりの横顔。
確かに、週末の出来事を騒がれても困ることこの上ないが…。

「卒業式の日程だが…」
平静を装い、本題を話はじめる。


視線が窓の外から戻ってきた。

睨むでもなく、
ただ無機質な青灰色の瞳がこちらを見た。

唇がゆっくりと無音で言葉を紡ぐ。



ドウシタイノ?


いままで、土方自身に選ばせていた。
それをそのまま返される。
不自然に、ぐるぐると巻かれた両手首の包帯。

割った卵は一体、なんの卵だったのか?

出てきたものは
真っ黒い大きな羽を拡げた美しい生き物だった。

けれど、それはたおやかな、美しさだけを武器にするような、生易しいものではない。

勝ち気な性質も、
真っ直ぐな気概も、
すべて継承しつつ

艶然と『ソレ』は捕食者のつもりでいた男に微笑んだ。

卒業式まであと3週間と迫った、冬の日の事。




『Butterfly spread sideG』 了

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