うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『花の名前 きんもくせい』



10月6日


ぎしりと。

あの日、土方が掴んだ銀時の腕が今だに軋む。

一度欠け切った月が、再度満ち、欠けていた。

軋んだ腕と連結するように、肺も痛い。
血液どころか脳へ送るはずの酸素さえ、うまく送り出すことが出来ていないようだ。



一言土方から別れを告げられ、なぜだと頭を抱えていた時よりはずっと状況も土方の思惑も解かって、思考はすっきりとしている。
全くわけがわからないまま…というわけではなくなった。
現状も、立ち位置も、気遣いも、見えた。

解かっていることが救い。
解かってしまったことが枷。

銀時の旧友の弟にあたる入田秀次郎の事件への関与。
怪しげな薬。
背後に見え隠れする高杉の存在。

遠まわしに伝えられた自分を気遣う想いも、わかる。
自分がその立場であったら、やはりそう選択したかもしれない。

もともと思いを寄せているとはいえ、お互い独り立ちした男だ。
譲れない部分がそれぞれ持っているのは自明の理であったし、進んで介入する気もなかった。

土方には土方の道があり、
銀時には銀時の道がある。

その道はクロスすることもあれば、まったく外れていることも、もちろんある。

好きな相手だからといって、仕事やその武士道にまで口も手も挟む気はなかったし、銀時自身も踏み込んでもらいたい性質ではなかった。

手をのばしたいからといって、護りたい相手ではない。
それが今はひどく、もどかしい。

真選組の仕事の中身に万事屋である自分が首を突っ込むべきではない。
まして、銀時がこの場所を、神楽や新八を守りたいのであれば。
神楽も新八も、大人しく囲われている対象でないとしても、護りたい者を傷つけるリスクを減らしたいならば。
火の粉を好んで浴びにいくべきではない。

かといって全てを納得できるかといわれると、人間そう単純には出来ていなかった。



「物分りがいいっつうのとも、ちっと違うんだよなぁ…」

銀時はぼんやりとパチンコ玉を台に打ち込みながら苦笑する。

日常。
うっすらと見えてきた全体像に、動けなくなる日々は終わった。
表面上、万事屋銀ちゃんは細々と依頼をこなし、パチンコでそれを増やす努力をし、メガネに怒られる。
定春の散歩で全力疾走させられ、ブラックホールのような胃袋娘に隠していたアポロを貪り食われる。

流れていくべき日常に在りながら、ぎしりと。
あの日、土方が掴んだ銀時の腕が軋む。


その元凶ともいえる土方の姿をあれから3週間近く、銀時は見ていない。
橋の上で断片的に漏れ聞こえた内容からすると、土方が入田弟の作った薬を盛られたのは確実。
近藤にも話さないと言ったからには、通常業務をこなしながら何かを探るか、対処するかと思っていたが、とにかく姿がないのだ。
薬は即効性を持ち致死に至るようなものでは、なさそうであったが、土方の姿を全く見なくなったことに焦りを感じていた。

すでに高杉から何らかのアクセスがあり、近藤たちに何も告げず消えたのであれば(土方ならありそうだと銀時は勝手に想像する)、もっと大騒ぎになっていることだろう。
けれども、ニュースも新聞も真選組副長の不在を騒ぎはしない。

沖田や山崎といった顔見知りの隊士に探りを入れようとしても沖田は「土方の間抜けは、敵の手にかかって死にやした」としか答えはしなかったし、山崎に至っては、銀時の姿が視界の隅に入るなり、猛ダッシュで逃げてしまう。
自分が見失うほどの俊足と人込みに紛れることの出来る地味さは一種の才能かもしれない。
お妙経由で近藤に探りを入れてもらったが、こちらも笑ってごまかすだけらしい。


静かだった。
相変わらず『祓伊蘇』と名付けられた薬は出回っており、真選組が取締りにあたっているらしいことだけは銀時の情報網にも流れてきてはいた。

ただ、そこに黒い男の姿がない。
部下を叱咤する姿も、サボりを戒める罵声も、真選組の失態を追うマスコミを振り払う映像もなかった。


銀時の瞼にこびりついているのは、最後に見た嗤った鬼の顔だけ。

一向にリーチもフィーバーもかかる気配のない台を軽く殴って、立ち上がる。
隣に座っていた長谷川に全然だめだわと手をふり、ため息の原因をパチンコのせいにして、足を自動ドアへを向けた。

季節は秋を深め、金木犀の強い香りが鼻腔をくすぐってくる。

五感で感じる秋の気配が、さくらとも、くちなしとも違う甘い香りがひどくわずらわしい。

また、ぎしりと。
痛んだのは腕か、胸か、鼻の奥か。

儘ならぬまま、銀時は歩き出す。





「白夜叉」
パチンコを出た時から、気配は感じていた。

問題はいつどのようなタイミングで、接触してくるかだった。

しかし、意外な程、あっさりと、低くひそやかに名を呼ばれる。
いつも通り、右手は懐にいれたまま、しかし、いつでも洞爺湖にかけられるほどの深さで、ゆっくりと振り返った。

ギターを背に背負い、濃い色のサングラスをかけたミュージシャン風の男が立っていた。

「…てめ…確か、高杉のとこの…?」
「おや、つれないでござるな。切り結んだ相手の名前くらい覚えておいて欲しかったのだが」
男―河上万斉がヘッドフォンを外さぬまま、答えた。

「男の名前なんか覚える気なんて、サラサラねぇし」

殺気は感じられない。
銀時は緩く返す。

高杉の腹心が、間もなく陽が落ちる時刻だとはいえ、まだまだ明るい時間に自分に単身接触を謀る心当たりはなかった。

「これを…」

走り書きしたメモを手渡される。文字に目を走らせ、更に意図がわからなくなる。

「…何故俺に?」

「今の流れが、晋助にとって良くないものだと思うからでござる」
透けることのないサングラスの奥で、万斉の瞳が暗く歪んだ風に銀時には見えた。

「一応、礼を言ったおいたほうがいいのか?」
「いや、それをどう使うかはお主の裁量に任せるので、礼は不要でござる」

言いたいことだけ言い終ると、あっという間に人混みに紛れていってしまった。



銀時は再び紙片を見つめる。

そこにあったのは化学式らしき記号の羅列といくつかの植物の名前。
そして、10月10日の日付。


「謎解きって苦手なんだよな…」

ボリボリと跳ね回った銀髪を掻き混ぜながら、銀時は呟きと共に舌打ち一つしたのだった。





万事屋に戻り、社長机に紙片を置いて、遠目に眺めながら、思考する。

推理ゲームは苦手だ。
探偵は関係者全員を事件現場に集め…
なんてことをしようものなら、いつぞやの古畑〇三郎の二の舞になってしまう。
睡眠針で安眠している間に事件を銀時の代わりに解決してくれる中身は高校生探偵な小学生もいない。
それ以前に、今回はふざけている場合ではなかった。

河上が持ち込んできたということは、高杉に関すること。
タイミング的に、土方達真選組が追っている薬に関する情報であること。
この二点は想像に容易い。

問題は、専門的なこの数式を、どこに持ち込んで、分析してもらうべきなのか。
その情報をどこに、誰に提供すべきなのか、だ。

敵に塩を送るような河上の行動は、高杉の思惑から離れたところで行われているに違いない。

ずっと出回っている『祓伊蘇』の成分を今更銀時に渡す筈がない。更に先の、つまりは土方に盛られた新薬と考えるのが自然。

一番、真っ当な選択肢は真選組に託すことであろう。
それは重々わかっている。
幕府の一機関であるから、おそらく正規のルートをたどって調査することができるのであるから。

銀時にブレーキをかけるのは土方の動きだ。

真選組副長の立場とそれよりは軽んじられているであろう男の命。
大前提をそこのおいての土方の行動を思えば、護るべき真選組自身の動きが土方の妨害をし、逆に両者を危険に晒すことになりかねない。

正直なところ、真選組という「組織」に銀時は何の思い入れはない。

それでも、土方を大切に思うからこそ、その矜持を、生き方を、決意を、蚊帳の外にいる自分が介入することで壊したくなかった。
思いあがるわけではないが、秘密裏に手助けする…そういうスタンスが良いようにも思えてならない。

しかし、化学式を単純にこっそりと土方に託すことが可能だとしても、ひそやかに式の解読に精通した『誰か』に託さねばならない。
その上で薬の効用なり、解毒剤の調合なりを模索する必要もある。

「あぁ、クソっ…」

面倒臭せぇと銀時は事務所の黒電話のダイヤルを回した。





10月8日

河上との接触の2日後。

「いらっしゃい」
ラーメン北斗心軒の主人が銀時を迎えた。
「うす。悪いな。幾松さん」
「銀さんの頼みじゃ断れないけど、出来たら勘弁してよね」
苦笑いしてみせ、幾松は入口からは見えにくい奥を顎でしめす。

そこには、長髪の和装姿とオバQもどきの蕎麦を啜る姿があった。。

「ヅラ…」
「ヅラではない。桂だ」
指名手配犯の自覚が薄い幼なじみは、毎度のことながら大声で自分の名前を主張する。
塾きっての秀才と呼ばれていたが、こいつはアホだと銀時はこれまた毎度のことながら頭が痛くなる。

「貴様から呼び出しとは珍しい。さては土方のことだな」
「…なんか情報あんのか?」
「お医者さまでも草津の湯でも…とやらか?警告はしたはずだぞ?」

蕎麦の露をハンカチで桂は拭い、ニヤリと笑った。
わかってっよとムカつきと気まずさを誤魔化すために後頭部を掻き毟る。
幼馴染は珍しく、茶化すでもボケるでもなく、本題に入った。

「…土方は表向き、身内の不幸で郷里に戻っていることになっているが、
 実は重傷で床に臥せているという噂がある」
「!」

『新薬』の影響かと息をのむ。
入田の言葉を鵜呑みにして高杉が座興の相手として土方を選んだのから、すぐに命を奪われるということはないとの予測があまかったのだろうか?

「そう慌てるな。あくまで噂だ。俺は、本当に土方が臥せているのなら、もっと隊士たちが浮足立つはずだと思っている」
「それほど、酷い状態ではないと?」
「うむ。あんなふてぶてしい男が簡単にどうにかなるとも思えん。ただ真選組屯所内に土方の姿はない」
あっさりと、自分達の本陣へテロリストの侵入を許しているあたり、どこか武装警察も抜けている…少し、余裕の出てきた頭の隅で考える。
しかし、そうなってくると土方はどこに行ってしまったのか?

「高杉…それから入田弟のことで何か知らねぇか?」
「…高杉は、最近は京都に潜んでいるらしい。秀次郎に関しては腹にすえかねて視界にいれておらん!」
入田の話を始めた途端、桂は語気を荒げた。

そして聞かれてもいないのに、『祓伊蘇』のえげつない効用と入田達の非道さを滔々と語る。

(そうか…だから女達を斬る土方の剣に迷いがなかったのか…)

銀時の想う土方十四郎という男は『鬼』と呼ばれながら何処か『鬼』にはなりきれない甘さがあった。
生きるも地獄、生かすも地獄ならば、そこに迷いは必要ない。
あの日、咄嗟に混乱し土方を責めるような口調になってしまったが、やはり土方は土方だと安堵する。

臥せているという噂の出どころが、真選組自体からわざとリークされたものではないのであれば、まだ『新薬』の解毒がすすんでいないと考えるのが良いだろう。

土方を護る範疇に入れるつもりは、今だない。
かといって、じっと事態をこまねいていることも自分の性分でもなかった。


「辰馬に連絡とりたい」
桂も銀時の突然の申し出に言葉を失う。

河上の託した情報を活かすべく、銀時は真っ直ぐに幼なじみを見据えたのだった。


「辰馬?」
しばし、間を開けた後、桂は低く問うた。

「あぁ、アイツ商売手広くやってるから、顔も広いだろ?これを調べてもらいてぇ」
見せるべきか、躊躇したのはほんの一時のこと。
動くと決めたならば、最低限の人間と情報を共有しておく方が得策であろう。

「これは…?」
「ちょいと異例なルートから手に入れたが、おそらく入田の研究している新しい薬の成分だと思う」
空気の読めないアホだとは思うが、桂は決してバカではない。
長年の付き合いもあるが、銀時の少ない言葉から、自分の求める情報を拾い上げて、解析してくれる。

「確かに辰馬なら、これの中身がわかる人間を知っているとは思うが、
 奴にすぐに連絡をとること自体が困難だぞ?時間はあるのだろうな?」
「たぶん、嫌味だと思う。その日付」
一番下に小さく書き込まれた10月10日も文字。

「嫌味か…なるほど、お前と土方のつながりを知っているのならば、それも考えられる。
 皮肉屋だからな。あやつは。しかし、罠でないとは限らないぞ?」
「そうはいっても、10日まであと2日しかねぇ。使えるもんは何でも使うしかねぇよ」

おそらく、土方が銀時の生まれた日を知っていようといまいと高杉には関係ない。
高杉は、頭のよい男だ。
ぐるぐると迷った末の銀時の行動でさえ、予測範囲内の出来事なのかもしれない。

ガタンと音をたてて、桂は立ち上がり紙片を手に取る。エリザベスもそれに従った。

「…秀次郎のやり方は気に喰わないところであるし、こちらの仲間内にも被害が
 出ている。仕方あるまい」

言い訳のようにぼそぼそと桂は振り返らず店を出ていった。


気をきかせ奥の私的スペースへと入ってくれていた北斗心軒の主に代金置いておくと声をかけ銀時も立ちあがる。

結局のところ、さまざまな人を巻き込んでしまっていることに少し罪悪感を感じないこともない。
今から晒される、もっとも近しい人間への説明という問題が残っているのだ。

足取り重く、銀時は万事屋へと帰ったのだ。





「銀さん!」
がらりと玄関の引き戸を開けるなり、新八が駆け寄ってきた。

「あ?」
結局、どうやって説明するかなど纏まるはずもなく、いつも通りの口先三寸でどうにか丸め込もうと思っていた。
しかし、メガネの焦る姿に表情はこわばる。

「土方さんが!大変です!」
「は?」
ぐいぐいと腕を引かれ、今のテレビの前に引っ張って行かれた。

にぎやかなレポーターをテレビ局のカメラが映し出している。
背後には見慣れた真選組屯所の表門が配置されている。

『ただ今、発表されました警察庁長官松平氏のコメントによりますと、身内の不幸で帰郷中の武装警察真選組副局長土方十四郎さんが、江戸に戻る途中、テロリストによる襲撃をうけ車を爆破されたとのことです。土方さんの生死については今のところ不明。大破された車からは運転席に成人男性と思われる遺体が見つかったようですが、遺体の身元確認が出来るまで、これ以上のコメントはできないと…』
まくしたてるように、花野アナがレポートしている。

画面に映し出される炎上する車の映像と、人が押しかける屯所の様子。
戒厳令がしかれているのか、マイクを向けれても隊士たちは一様に口を閉ざしたままだ。
あの、沖田でさえ、やや、俯いてカメラの方さえみない。

「銀さん!」
「銀ちゃん!」

「わり…俺ちょい、出かけてくるわ」
画面を食い入るように見つめながら、土方に掴まれた腕を無意識に擦る。
ぶわりと。
痛みではなく、熱がそこを焼いた。

「大丈夫です!いつもあんなに沖田さんのバズーカー受けてる土方さんじゃないですか!今回だって、うまく逃げてますって!」
「そうアル。トシちゃんなら大丈夫ネ!でも、銀ちゃん探しにいってあげたら、とっても喜ぶネ!」
子どもたちと大きな子犬が慰めるように、銀時に詰め寄る。

「喜ぶ…か?」
彼らには言い訳も、説明もいらないのかもしれない。

「トシちゃん、待ってるネ! 銀ちゃんとおなじヘタレだから一歩が踏み出せないだけヨ。 行け!このマダオが!」
「いや、神楽ちゃん?なんか最後励ましになってないんだけど?」
今や、家族というものに恵まれてこなかった銀時ではあるが、こうして後押ししてくれる子供たちと、文句を言いながらも協力してくれる幼馴染がいる。

ならば、今更だ。

「ちょっといってくる」

いつものように、できるだけ普通に見えるように。
天然パーマがさらにひどいことになるのも気にせず、銀時は『家』を出発した。

外気が鼻腔をくすぐる。
風が少し冷たい。
冷えた風に交じる金木犀の香りは昼と違い、引き締まった香りに変化している気がした。

オレンジ色の小さな花枝。
その姿は見せずとも、強い強い香りで存在感を示す。

見えぬ相手を探る様に、銀時は今一度目を眇めて空を睨んでから、一気に階段を駆け下りたのだ。





『花の名前 きんもくせい』 了





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