うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『花の名前 ひがんばな・前篇』



「じゃあな」

おおよそひと月前、突然想い人から別れを告げられた。
一方的なものだった。

確かに身体を結ぶ、そういった関係をもったのは一度きりだ。
その後、そんな気はないと態度で示されていたが、絶対的な拒否はなかった。
流されやすい属性であるが、本当に嫌ならば嫌だと刀を抜く男であるから、全く銀時を嫌っていたわけではないはずなのだ。
決定的な別れというものを告げられる覚えはない。
まして、告げられたその日、二人は珍しくぶつかることもなく、なんとも良い雰囲気で休日を共に過ごしていたのだから。



「そりゃねーだろ。オイ…」

万事屋の主は事務所兼自宅のデスクに突っ伏しながら、ぼやいている。
もう、ひと月もたつのに、まだ、ぐだぐだと何が悪かったのかなんて考えているところが自分でも末期だな、救いようがねぇなと心臓の奥で冷静にツッコミを入れつつの嘆きだった。

「いい加減何があったネ?銀ちゃん」
「なんでもねーよ」

従業員兼養い子(?)である神楽が反対側から机に顎を乗せ、覗き込んできていた。

「この一か月、死んだ魚がすっかり腐乱してるネ。いい加減鬱陶しいアルヨ」
「そうですよ。銀さん。これでもみんな心配してるんですよ?」

ひょこりと新八も少女の隣に同じように膝立ちして並ぶと、ここぞとばかりに口を挟んだ。

「いよいよトシちゃんにふられたアルカ?」
「うぐ」
飲みこみかけたいちご牛乳が、のどを逆流しようとして、銀時はむせた。

元々、神楽は銀時が何だかんだと土方に絡むのは冗談でもなんでもなく、想いを寄せているゆえの行動なのだと、感づいていたようだが、正面きって口に出されるのは初めてだった。
そして、落ち込んでいたこのひと月、いつも通り、働け、仕事取ってこい、と「万事屋」として発破はかけても、この件に関して尋ねてはこなかったので油断していた。
奇襲をかけられ、盛大にむせ続ける銀時を神楽は冷ややかに見下ろす。

「か、神楽ちゃん?」
「トシちゃんはトシちゃんで、難しいこと考えてるみたいだけど、二人ともウザいネ!
 銀ちゃん、もうカミカゼでいくアル。トッコー作戦ネ!襲撃あるのみ!
 よいではないかよいではないかでくるくる回すネ!今晩にでも襲いに…」
「か、神楽ちゃんっ?!女の子が、ちょっとぉぉぉぉ!」
「ウルセーよ!サクランボメガネっ!いつまでたっても新八ネ!」
「チェリー関係ねぇよ!新八くんも、メガネもっ!」

居た堪れなくなった銀時は立ち上がった。

「銀さん!」
「銀ちゃん!」
「ワリ、ちょっと出てくるわ」

子どもたちに、ここのところ気を使わせていたのはわかっていたのだが、さすがに口に出してくるということは自分の落ち込み具合は、傍から見ていても相当なものだったらしい。

「実力行使あるのみアル!!」

背後で、神楽の怒鳴り声が響いていた。



このひと月の間、銀時とて何も動かなかったわけではない。
神楽の言うような意味ではないが、とにかく土方を捕まえて話をしようとはしていた。
押しかけようと真選組屯所の前まで、何度も足を運んだ。
しかし、あの日以来、真選組は捕り物が続いているのか、ぴりぴりとした殺気を組全体が持ち続けている。
近藤でさえ、お妙のところにあれだけ来ていたストーカーの回数が減ったらしい。
もちろん、そんな状況の中、もともとオーバーワーク気味の副長土方の時間が空くことは稀らしく、一所に立ち止まっている時間さえない様だった。

一度だけ、食事時でお互いなじみの定食屋にて捕まえてみたが、「この間、話した通りだ」の一点張りであった。
その時に感じた違和感の正体が、いまだ掴めていない。
色恋ざたで距離を置かれている、というだけではない張りつめた空気。

違和感の積み重ね。
何かが違うと警鐘だけが鳴り響き、全体像が見えてこない。


答えがあるかどうかもわからない問題を一度頭から振り払い、コンビニに入った。
先程吹き出して無駄にしたいちご牛乳を手に取ってレジに向かう。
手元に残った小銭にそろそろ真面目に働かないと新八の小言と大家の殴り込みがMAXになるかと反省しながら外を眺めれば、
今日も忙しそうに市中を走り回る黒い隊服が通り抜けていった。

「あ」

黒い集団の中に、一際目つきの悪い男を見つけた。
一瞬だけ、視線が交差する。
絡んだ視線はあっという間にほどかれてしまった。

少し見かけないうちに、また目の下のクマがひどくなっていたことを憂い、それでも、思っていたよりは元気そうだと、ホッとする自分を苦く思う。

「ほんと嫌になるわ」

今まで、こんなに人に執着したことはなかった。
ふられたら、ふられた時で、すぐに気持ちの切り替えが出来ていたし、第一、こんなに時間をかけてでも手に入れようだなんて、考えたことすらなかったのだ。

「やっぱ、天然パーマが悪いのか?」
そんなことが理由ではないことは銀時も承知の上で、そう、口に出してみてから、自分のテリトリーへと戻ったのである。






「銀時、戻ったか」

主を迎えたのは、神楽でも新八でもなく、テロリストとして絶賛指名手配中の幼馴染だった。

「ヅラ…」
「ヅラじゃない桂だ!」
相変わらずオバQもどきの宇宙生物を従え、万事屋のソファーで我が物顔に茶をすすっている。

「新八たちは?」
「席を外してもらった」
ドカリと音をワザとたてながら、銀時も向かいのソファーに腰を下ろした。

どう考えても嫌な予感しかしない。
多少の話であれば、神楽たちを追い出す必要はなかった。
買ってきたばかりの真新しいいちご牛乳を開封し、視線で先を促す。

「銀時、貴様、何か月か前、天鎧党の潜伏先について調べるように俺に頼みに来たことがあったな」
「ん〜?」
「とぼけるな。あれは真選組のためか?」
「………」

そこまで聞いて、ようやく思い至る。

確かに、潜入捜査の最中に姿を消した土方を探して、猿飛や桂に情報提供を求めたことがあった。

『天鎧党』

最終的に、高杉までしゃしゃり出てくる事態にまで及んだため、党の名前など完全に失念していたが、事の発端は、高杉と市場とのパイプ役を担っていた、そんな名前の攘夷志士の一派であった。

高杉は逃したものの、『天鎧党』は壊滅させられたと聞いている。
何故、その名前がまた出てくるのか。
ヘタを打つわけにはいかないと、パックの口から見えるピンク色の液体を残量を確認し、口に運ぶことで桂の質問に答えなかった。

「では質問を変える。真選組の副長に懸想しているというのは本当か?」
「ぶはっ」
突然の問いに、銀時は本日2度目のいちご牛乳の噴水を作り上げる。

「おまっ…」
「うむ。リーダーから話をきいた。まさかと思って確認に来たのだ」
神楽が自分を心配して、土方からあれこれ聞き出そうとしては失敗しているらしいことは銀時も知っていた。
その流れでなのか、隠しているつもりもなかったが、まさか、桂の耳に入るとまでは予想外だ。

「神楽、なんだって?」
「貴様の様子がおかしいのはいつもだが、土方まで人が変わったかのようでおかしい。貴様と別れたからに違いないと」
「か〜ぐ〜ら〜」
テロを起こして土方を刺激するなと怒られたわと渋い顔をしてずずっと茶で喉を潤す幼馴染の言葉と話の内容にがっくりと脱力した。

「で、実際のところ、どうなのだ?」
「どうって…」
なんと答えるべきなのか?銀時自身が正確な表現を思いつけない。

「どちらにしても、あやつは止めておいたほうが良いがな」
桂の視線が、正面から真っ直ぐに銀時を捕らえる。
視線が語っていた。

「土方…いや、真選組にこれ以上係わるな」

真選組と桂自身が対立しているから、もしくは銀時の過去の所業を気にして警告にきたというわけではないようだ。

「何かあったのか?」

普段であれば、巻き込むなと追い出すところであるが、今はそういうわけにもいかない。
言葉をひとつひとつ、区切るように桂は話し始めた。

「お前が一枚かんでいた『天鎧党』が真選組に捕縛された後、高杉が手足として新たに使い始めたグループがある」

あの夜、ほぼ天鎧党は壊滅した。
それは真選組が用意周到に、計画した結果でもあったし、高杉がトカゲの尻尾きりのごとく、一派を切り捨てた結果でもあった。
薬の売買を行う上で、高杉のような有名人は春雨と組んだとはいえ、手足が必要だ。
次の尻尾となりうる存在が。

「そいつらがなんだって…」
「入田を…覚えているか?」
あまりに、懐かしい名前に銀時はめまいがする。

「入田…」
入田久一は、かつて共に松上村塾で席を並べた門下生だった。

高杉や桂の制止を聞かず、隊を動かし、一足先に、散って逝った仲間。
剣術の腕も優れていたが、本当は医者になりたいのだと語っていた男だった。

「あやつの血縁者が、その一派に組しているらしい」

いづれ、来るのではないかと思ってはいた。

戦後、袂を分かつ時に、いづれ、攘夷を諦めきれない戦友たちとぶつかる日が来るかもしれないとは。
銀時自身の誓い―自分の手に伸ばせる範囲、守ると決めた人間のためなら、戦友たちと刀を交えることも辞さないと決めてはいた。
これまでのところ、旧知の仲の者と決定的な破綻をきたしているのは高杉のみ。
積極的な接触を行わねば、ぶつかることは避けられていた。
桂がいい例だ。

「入田か…」

もう一度、噛みしめるように名を口の乗せた。
血縁者…銀時は彼の幼い妹しか咄嗟に思いつかない。
身体が弱く、いつでも、ひっそりと家の中から兄を覗う小さな少女しか。
彼女が攘夷に関わっているとは、想像がつきにくかった。

「貴様が個人的に、真選組のあの男と付き合いがないのなら良いが…」
「……大丈夫だ。腐れ縁、程度の付き合いだ」

模範解答。
少なくとも、土方はそういうだろう。
それ以上、今の銀時は自分たちの仲を語るべき単語を思いつくことが出来なかった。




桂の警告を受けて、銀時は塞いでいた。
塞いではいたが、土方との仲以上に、桂の情報から打つ手も出来ることもないこともわかっていた。
けれど、欝な空気のまま考えずにはいられない。
その晩は思考を整理するために、飲みに行くからのそのまま神楽を新八に預けて、ふらりと万事屋を出た。

ぷらぷらと当てもなく、夕暮れ時の街に、足を進めながら、自分の思考に浸る。
久々に聞いた古い戦友の家族。
自分は安穏とした…とまでは、言わないが、それなりに幸せな生活を送れていると思う。
一方で、渦中に残る者たちがいる。
それを追い、狩る黒い集団が、土方がいる。

上にも下にも問題児を抱えながら、大切な大将を守るためにひた走る。
喧嘩好きというのか、そこに居場所を求めているのか、嬉々とした様子で刀を振るい、戦いに身を投じる。
組織をより強固にするために山ほどの法度を作り、腹黒いたぬきたちの嫌がらせを躱し、手管を駆使して対抗する。
銀時たちが、かつて走っていた戦場とは、趣を異とするが、確かに彼は今も戦場に身を置く。

土方を守りたいわけではない。
いや、守る必要がないというべきなのだろうか。
神楽や新八たちとは異なる対象だ。

でも、傷ついてはほしくない。
十六夜の夜に見せた、少し儚げな、頼りなげな様子がそう思わせるのか。
気を許せば、崩れ落ちそうなアンバランス。

強いのか、弱いのか。

人に一歩踏み入ることを避けてきた銀時としては珍しいほどの執着…



ぴりりとした殺気が銀時の思考を現実へと引き戻した。
わかりやすい闘気と多量な殺気。

少しばかり離れた土手べりに馴染みのある隊服が二つ見えた。
対峙するのは、浪人風の男が6人、そして6人に守られるように女が一人。

「…土方」

昼に見かけたときにも感じたが、また痩せたように見える。
土方に沿う男は銀時の知らない顔だ。

気炎を上げて、土方が一番に地を蹴る。
実践一本の動き。
桂や高杉のような、幼い頃から基礎を道場で身に着けた優美な動きではない。
同じ門下の近藤の動きとも違う、沖田のような最速且つ最小限の力で相手を屠るのでもなく。

野生のケモノが、本能で動くような、直観的な衝動。
黒いネコ科の動物の様だった。

対照的に、もう一人の男は嫌味なほど型どおりの動き、剣筋だ。
きっと、名のある道場で免許皆伝を受けたであろう卒ない動き。
上背がかなりがあるが、動きは軽やかだった。

二人の手にかかり、あっという間に6人は地に伏せた。

土手は赤い彼岸花が絨毯のように敷き詰められ、その上に、男たちは事切れた体を横たえている。
本来、特にやむ負えない場合を除き、捕縛が基本である。
にも関わらず、二人は躊躇なく、切り伏せている。

女が一人、その場に残された。


「!?」
銀時が小さく息を飲む。

「おのれ…土方!」
女は懐から懐剣を取り出し、かまえた。

ニヤリと土方が陰惨な表情を、顔に浮かべる。
一度、刀身についた血糊をピッと振り払うと、力を抜いた構えで剣を持ち上げた。

「……来い」

「いやぁぁぁぁぁ」
不慣れな刀遣いで切り込んでくる女。

「え?」
銀時は自分の目を疑った。
土方は何だかんだといっても、女子供に甘い人間だと思っていた。

だが、何の感慨もなく、土方は剣を振るい、女を一刀のもとに倒す。
力の差は歴然としている。
命を奪うほどの切羽詰まった状況ではないはずだった。

ドサリと躯になった女が、朱い花を手折りながら横たわるのを信じられない想いで見ていた。


「副長…」
「問題ない。どうせ大した情報は持ってやしねぇ。他の隊に合流する」
土方は、懐紙で刀を清めながら、愛刀の刃こぼれを冷静に確認していた。

「副長…」
部下が、再度土方に声をかけ、視線で銀時を指し示した。
ゆっくりと土方の視線が、土手の上に立つ銀時の方へと巡らされた。

視線が、結ばれる。
昼とは違い、ほどかれることはなかった。

銀時が見たことのない昏い笑み。
青白い顔にじっとりと見たことのない笑みが存在していた。





『花の名前 ひがんばな・前篇』 了





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