『花の名前 すいふよう』
「なぁ、デートしよう」
出会い頭、道の真ん中でこんな誘い方もどうかとは思ったが、先日から少し自分に対しての風辺りが弱くなってる気がして、銀時は勝負に出てみた。
「あ〜頭沸いたか?暑さで…」 「これでも?」 銀時は二枚の紙切れを土方の目の前にチラつかせる。 判別できるかできないかのギリギリの振り方だったが、動態視力の賜物か、はたまた好物に反応しただけなのか、土方は喰いついた。
「アニキ?!」 「正解」 引ったくるように銀時からチケットを奪い取る。
「すげ…」 それは、『ヤクザVSエイリアン6』の初日舞台挨拶付きの限定チケット。 また映画館の呼び込みのバイトをしていた長谷川からもら(奪い取)ったものだ。 「も一回聞くよ?デート行く?」 「…行く…」 今度は諾と返る。 目がチケットに釘付けなのが、少々気に入らないといえば気にいらないが腹は背に変えられない。 こうして、次の土曜日、約束を取り付けた。
先月、テロ事件に巻き込まれた花火大会の後、銀時は土方の私邸で酒を馳走になった。 日中出会う時のような怒鳴りあい、いがみ合いをするでもなく、ただ静かに盃を傾けた。 あんな静かな夜は4月の十六夜ぶりだ。
土方も口では酒を報酬替わりと言ってはいたが、真選組から口座に振り込まれていた金額は請求額にかなりの色が付いたものであったから、天邪鬼なりの『個人的な』礼のつもりがあったのだろう。
顔を合わせれば、喧嘩一辺倒であった2人の関係は徐々に変化しつつある。 いや、喧嘩らしいものをするにはする。 姿を見かければ銀時の方から歩み寄り、二三、下ネタを交えたような口説き文句なのか、軽口なのかをたたいて、土方がツッコミを入れるか、切れて、場合によっては抜刀もする。 うっかりすると、周囲から見れば、口説いている風には見えないかもしれない。 ただのネタ、ただの喧嘩だと。
その実、距離は確実に縮まっていると銀時は思っている。 犬猿の仲から、軽口をたたく知人、友人に近い形にまで。 それは、銀時の最終的に望む形ではないけれども、気まずくなって、傍に近づけなくなることも怖い。
護るものが違う。
だから、ゆっくりと近づけばいいと、長期戦だと己に言い聞かせ続けてきた。
それでも、やはり先月のようなあまりに無防備な姿を、目の前で曝されると男としてはそれはそれで面白くなかった。
(っていうか、俺も枯れてないからね)
溜息が自然と毀れた。
綺麗なお姉さんは変わらず好きだ。 長谷川につきあって、ストリップを見にも行くしAVだって、神楽や新八に隠れて鑑賞する。
(だけど、それじゃ物足りないんだよ…)
そういったものを見ても、脳内で変換されるのは愛想のない黒い男の姿。 近づいても避けられなくなった距離。 本来満足すべきところだろうが、もどかしさはつきない。
(いつの間に、こんなに執着しちまうようになったんだか…)
一度は結んだ身体だ。 まったく、その気がないということも、絶望的な状況ではないと思う。 もう一度、オツキアイの最初っぽい形から始めてみようか。 意外に擦れていない土方のことだから、いわゆる「おつきあい」というものをして、外堀から埋めていくのもいいかもしれない。
そう思い立って映画デートに踏み切ったのだった。
約束の土曜日。 デートの待ち合わせには定番中の定番、ベタすぎるほどベタな家康公前に決めた。
14時。
最近は少しだけテロも落ち着いているとのことで、緊急事態がなければ、昼から休みが取れるとのことだった。 本当は終わり次第、昼食から一緒にと思っていたのだが、書類が片付かないと時間変更を連絡してきたのが昨夜のこと。 過ごす時間が短くなるのは痛いが、覚えていてくれていたこと、気が変わってキャンセルを入れられたわけではない。 (アニキ効果なのが、何とも悲しいが)律儀に時間変更の連絡をくれたことで満足だった。
この日の為に、新八に驚かれながらも小まめに仕事をこなし、費用も稼いでいる。
「おし。時間ぴったし」
大体において時間にルーズな銀時も、今日に限っては10分前に公園にたどり着いていた。 本当は30分前からスタンバっておきたいところだが、紋付き袴を直前でダメ出しされ、着替えていたために予定よりも遅れてしまったのだ。 しかし、幸いなことに今のところ、土方の姿は見当たらない。 週末の土曜ともなれば、家族連れに、カップルと様々な人であふれていた。 ふと、目を凝らすと、植込みに八重の大輪が咲いている。 美しいその花は「芙蓉」といっただろうか。 不思議なことに、同じ幹から咲いている花であるのに、よく見てみると白い花と淡い紅色の花が混在している。 接ぎ木でもして2色人工的に作り出したようにも見えず首を傾げた。 意外に花に詳しい土方に聞いてみればわかるかもしれない。
けれども、その機会を得ることはなかった。
「万事屋」
ものの何分もしないうちに姿を現した土方は、先に、銀時が付いていることに気が付き、小走りでやってきた。
(なに?なんなの、このシチュ?少女マンガ?それともギャルゲー!? どっかにピン子隠れてねぇよな? 俺、実は家でゲーム機にかじりついてるわけじゃねぇよな?!)
よく考えてみると爛れた関係ばかり結んできた自分がこんな明るいうちから、しかも、待ち合わせて映画とお食事、なんて王道なデート自体が、初めてなことに気が付いて動揺した。
「んだ?」
ほんの数秒の間に一人で百面相をする銀時を流石に不気味に思ったのか、不機嫌というよりは、気味悪そうな顔を目の前でされ我に返った。
「いやいやいやっなんでもねぇよ?まだ時間前だし。忙しかった?」 「おう、総悟の奴が出る間際になって…」 「あ〜沖田君…」 「まぁ、いつものことだがな。提出締切ギリギリの報告書を玄関先で手渡しやがって…」 一癖も二癖もあるベビーフェイスの一番隊隊長のことだ。もしかすると今日のことも、感づいているのかもしれない。 銀時の邪魔をする気はなさそうだが、土方に対する嫌がらせに関しての情熱は目を見張るものがある。 辺りの気配を探るが、二人を監視するような気配は感じられなかった。
「そういや、今日のこと誰かに話した?」 「いや、別に。緊急連絡があれば、携帯に入るからな。 餓鬼じゃねぇんだ一々話しゃしねぇよ」
煙草の先に火を付ける男に悪気がないことぐらいわかる。 同じ組織の人間の前ではかく在らんと己を必要以上に律する性格上や立場上、納得できもする。 けれど、正直なところ、銀時と個人的なつきあいをしていることを積極的に真選組の他の人間に知られたくない、隠したいと思っているならば、多少さびしいものがある。
「で、映画館行くには早ぇだろ?なんか予定あんのか?」
そんな銀時の心情を知るはずもなく、土方は美味そうに煙を一塊吐き出しながらライターを片付けた。
「最初は飯って思ってたんだけど、この時間だしな。ゲーセンにでもいくか?」 「…じゃ、メシ喰わせろ。結局時間押して、喰いそこなってんだ。俺は…その先にある蕎麦屋でいいだろ?」
土方はさっさと歩き煙草で先を歩きだした。 なんだか、予想と異なり、土方にリードされるような形で、慌ててその背を追いかける。
「オメー、また痩せた?ベスト体重からマイナス2キロくらい?」 「う…気持ちわりーな」 どうやら、当たりだったのか、それだけ返事が返ってくる。
「数字は当てずっぽだけどね。こう、腰の感じがさ…」 「お、ここだ。うまいらしいぜ」 暖簾を先頭きってくぐられ、さりげなく腰に回そうとした腕は、するりと躱された。 土方が女にモテることは周知の事実だが、女が男の腰に腕を回す、というシチュエーションは意外に少ない。 女ならリーチの長さからみても、まず腕に絡みつく。 あまりにこなれた躱され方に、今までに幾度他の男の腕から逃れた経験をもつのかと疑いたくもなる。
「テメーはもう喰ったんだろ?そばがきもうまいらしいから、それにしとけ」 「あ?あぁ」
悶々とする負の思考のまま、お品書きに目を通していたが、顔をあげて正面から土方の顔を本日初めて見た。 特別変わった表情をしているわけではない。 怒っているわけでもないのに、不機嫌そうに見える、普段通りの仏頂面。 その中に、微かな違和感を感じた。
困っているのか、迷っているのか。
単に考え過ぎで、もしかすると、土方は土方なりに気を使っている結果の顔であればよい。
女にはモテるが、沖田ミツバとのことを思えば、特定の女との交際経験をしてきたとは思えない。 銀時同様、いや、それ以上に真選組副長なんて末席とはいえ『幕臣』である土方が、江戸に出てきてからこんなベタな休日を過ごした経験は少ないと予想はつく。
先ほど、店にはいる時も、「うまいらしい」と表現した。 本人は来店したことがないのだろう。
男が行ってみたいと思っていた店に銀時を伴ってくれたこと。 どこかむず痒くもあるが、嬉しくないはずも無い。
空になった麦茶のグラスにテーブルに備え付けられたポットからおかわりを注いで、もう一度、様子を窺った。
銀時の心情を察しているのか、いないのか、注文の品がくるまで煙草をふかして、店の壁に貼られたお品書きをぼんやりと眺めている。
ほどなくして、ざるそばとそばがきが運ばれてきた。 その袂は四次元になってんのかと突っ込みたくなる袂から、450ccのマヨネーズが出現し、つゆの中に絞りだされた。
「オメーそれで蕎麦の繊細な味、わかんの?」 「わかる。テメーだって蕎麦の団子のうえに小豆がてんこ盛りされててもわかるって言うだろ?」 「ま、わかるわな」 「同じだ」
(珍しく、張り合わなかったな…)
そのまま、マヨネーズまみれの蕎麦をかきこむ土方は何も語らないが、機嫌はわるくないのかもしれない。 結局違和感の正体を掴めないままではあったが、そばがきは確かに美味かった。
店を出たのは15時を回るころ。
「映画18時で良かったんだよな?」 「おう、なんかしたいことある?」
男の飯、しかも一杯を伴にしない蕎麦となれば、それほど時間を取るものではない。 3時間弱ある。
「さっきゲーセンがどうの言ってたが、行きたかったんじゃねぇのか?」 「あーいや、映画館の隣つうだけで。どっちかってぇとご休憩2時間コー…ぐぁ!」 ゲンコツか、抜刀が飛んでくるかと思っていたら足が飛んできた。 並んで歩いていた二人の距離はけして離れているとは言えなかったこともあり踏み込みは甘かったのだが。
「肌蹴てる肌蹴てる!サービスカット要らねぇし!地味に痛ぇし!往来で蹴りはやめろ」 「てめぇが真昼間から、寝言ほざくからだろうが!」 「あ?サービスカットってなんだそりゃ?馬鹿か」
一昔前のチャンバラなみのサービスカットでしょうというくらいの裾さばきで一瞬白い足が露わになる。際どい見え加減はチラリズム原点な気がした。 そういった意味での破壊力は銀時にとって、半端がなかった。
「威力ありまくりだからね?おめぇの足。煽ってんじゃないなら止めてくんない? 冗談のつもりだったけど、行っていいならぶっちゃけ、直ぐにでも、映画なんざキャンセルでお泊りコースでがっつり行っちゃいますけど?」 「この腐れエロ天パ!」
言い捨てるとズカズカと先を歩き出す土方の襟足が心なしか赤くなっているのを認め、不安になっていた心持が少しばかり浮上してくるのが自分でもわかった。 現金なものだと天然パーマを掻き混ぜてから、黒い着流しを追う。
結局、ゲームセンターで対戦モノのや景品を釣り上げるゲームでひとしきり張り合って時間を潰したのだった。
「やっぱ、アニキは最高だったな」 メインである役者の舞台挨拶、封切の映画を堪能した土方はすこぶるご機嫌な様子で施設を出た。 時間も程よく、8時を半分以上回ったところ。 流れで、居酒屋に移り、酒を交わすことに成功した銀時であったが、どうにも落ち着かずに箸でつまみを突きまわしていた。
穏やかな時間、二人の時間だというのに、土方からこぼれるのは映画の感想ばかりなのだ。
(自分で誘っておいて、どうかとも思うけどね…選択間違った?おれ… デートの後に俳優とはいえ、ほかの男の褒め言葉聞かされるってどんな屈辱? 銀さんMじゃないんですけどっ!)
「万事屋」
呼ばれて、つまみを突いていた箸の先から土方に視線を移す。 けれど、土方自身の視線は銀時に向かってはおらず、やや明後日の方を向いていた。
「その、テメェのお蔭で、その…今日は楽しかった」
ぶっきらぼうな礼の言葉に驚いた。 拍子に銀時のビールジョッキが倒れた。
(いやいやいや、今日お前キャラ違うだろ!デレなのか?これデレなのぉ?! こんなところで貴重な、次いつ来るかわかんないデレが発動されちゃうわけですか?! コノヤロー)
「デレ…ってなんだ?おい、俺はデレてねーよ!ゴラァ」 「あ?あれ?漏れてました?もしかして思考漏れてました?」 「ダダ漏れだっつーの」 程よく、アルコールもまわり、ここは居酒屋とはいえ障子の閉められた個室。 焦りは禁物なことは承知だが、一歩踏み出せそうな空気に銀時は小さく息を飲む。
「じゃ、今日のデートは成功ってことで」 するりと悪態を口から紡いでいるが、本気で食いつく様子のない土方の横に移動し、腕を回す。
「そだな。ま、今日が最初で最後…ってことで」 「は?」 そっと、腕は抑えられた。
「やっぱ、テメーとは『そういう』事にゃなれねぇよ」 「な、なんなの?オメー…なに?がっつり欲望のままに押し倒されるような爛れた方がお好みだったの?実は」
(いや、ここまできて、『楽しかった』の感想の後にそれはないじゃね?)
「腐れ縁…くらいがちょうどいい距離ってこった。悪いが、俺には無理だ」 そういって、土方は立ち上がる。
「おい!」 「勘定は俺がしておく」 その瞳に迷いはない。
「じゃあな」
少しでも揺らぎを見つけることができたのなら、無理にでも理由を聞き出したであろうが。 まっすぐ、まっすぐ、銀時を強い視線で、意志で見返してくる。
「うそだろ…?」
銀時はあまりの展開に薄い座布団の上に力なく腰を落とす。 追いかけて、理由を、問わなくては。 今日は楽しかったと言った。 なのに、なぜ?
困惑した。
一日感じていた違和感の正体がコレだったのだろうか。
追いかけることさえできず、ただ困惑して動けずにいたのだった。
『花の名前 すいふよう』 了
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