うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『月の名前 弓張月下弦・前篇』



「起爆装置忘れてんじゃねぇよ」

バイクで飛び込んできたのが土方だとは思わなかったのか、銀髪が唖然とした顔をしてるのが可笑しくて、ヘルメットを脱ぎ、ニヤリと笑ってみせた。

いつも飄々としている男が呆けている様をみるのは気分がいい。

「土方?」
「後は俺達真選組の仕事だ。チャイナ達連れてとっとと帰りやがれ」

足元に転がった起爆装置を見せつけてから、海へ放り投げ捨てる。

「銀ちゃん!」

神楽と新八も自由になったそよに縄を解かれ、振動で何処かぶつけたのかあちらこちらを擦りながら、駆け寄っていった。
沖田もパトカーを無理やり甲板の一部に停め、降りてくる。

「無茶苦茶でさぁ」
「テメーにだけは言われたかねぇよ。
 俺は岸近くまで誘導しろとは言ったが、体当たりしろたぁ言ってねぇぞ?」

沖田はすでに抜刀していた。
激しい揺れも船が止まったことあり、船内から予想よりは大勢の浪人達があふれてくる。
土方も迎え撃つため、刀を鞘から抜き放った。

「そのお陰でアンタのヘッポコなテクでも見事にバイクで乗りつけられたんでしょうが」
「誰の運転がヘッポコだとっゴラァ」
「さぁて、お仕事お仕事」
相変わらずのマイペースで一番隊の隊長は一人目を切り伏せ、走り始める。
それを追いながらパトカーの中でそよ姫と新八と待っているように指示された神楽がお礼参りがどうだのという声が聞こえて、元気なものだと土方は苦笑した。

「総悟テメーはさっさと姫さん連れて戻ってろ」
土方も横薙ぎに剣を払う。
「アンタ、一人でおいしいところ狙ってんじゃねぇや。
 大体この俺さまを囮に使おうなんざ100万後年早ぇですぜ」
「フェイクは本物らしくねぇと意味ないだろうが」
向かい来る男達を屠りながら、いつもと大して変わりない会話が続けられる。
そこにようやくチャイナ娘をそよがいるからとか何とか説得したらしい万事屋も参戦してきた。

「なに?沖田くん最初から囮にされてたの?」
「シネ、ヒジカタ」
沖田が自分が切り捨てた男の身体を土方の方へ蹴りあげる。

「うぉ!先ずは味方から…っていうだろうが」
ひょいとそれを踏み越えつつ、次の獲物に刃を突き立てる。

「まぁまぁ、確かにドMにしてやられた時のショックってハンパないのもわかるけどさ。
でも、そこで優位に立ったとか自称Sだとか思っているドMを貶めるのが一歩先の楽し…」
「シネ、このドSコンビが!誰がドMだ!誰がっ!ほんっとにテメーは邪魔ばっかしやがって!」
銀時を横凪で斬ろうと振った刀は、ひょいと避けられ、その先にいた浪士を鎮めた。
そのまま、銀時は土方の背に立つ。

「いやいや、うちの神楽ちゃんがいなけりゃ、もっと収拾つかなくなっちゃてたからね。コレ。
 大体、ジミーがしっかりしてりゃ何の問題もなかったじゃん」
「その山崎の邪魔してくれたのはテメーだろうが!」
トンッと軽く背が触れ、弾かれたように二人は地面を蹴った。

「とりあえず、結果オーライってことで、報酬期待してっから!」
「こっから先は依頼してねぇぇぇぇぇ!」
ほぼ、同時に攘夷志士が倒れる。

仲間ではない。
けれど、沖田達真選組の連中とは別種の安心感がある、気がする。
強いと自分が認める男だからだろうか。
それぞれが守りたいものの為に、それだけの為に剣を振るう。
自分が相手を守らねばという気負いがお互いにそこに存在しないからなのか。

「なんだかな…」

良い変化とも悪い変化とも評しがたい。
しかし、いやな気分ではないと土方は自嘲気味に口の端に笑みをうかべた。

「!?」

土方の視界に黒い影が入った。
倒された首謀者に屈みこんで懐を漁る男が一人。
男は何かちいさなものを探り当てると、船尾の方角へそっと移動を始めた。

どこかに見落としがあったのかと目を眇めて考える。

起爆装置は海に破棄した。
だが、本当にそれで十分だったのだろうか?

先ほどから、船内から現れる浪士たちの数はけして少ないとはいえない。
これほどの人数すべてが自爆する必要はない。
船を動かすための人員もこれほどには必要ない。

本来、首謀者もしくは数名が将軍の元へ船もろとも突っ込むことで十分目的は完遂できるはずだ。

では、当初自爆テロはどのように行う気だったのだろう?

そよ姫の拉致は彼らのシナリオにはなかった、突発のアドリブだったとするならば。
彼女につけられていた爆弾は大掛かりに見えたが、実は急ごしらえの産物だとしたならば。
目先のボタンに気を取られていたが、もしかすると…嫌な予感にざわりと身体が震撼する。

土方は、工作している男の方に向かって、やや強引に血路を変更した。


「土方?」
沖田と銀時も急な動きに土方の動向を目で追う。

「総悟!連中連れて脱出しろっ!」
「土方さん?」

『全員』が自爆する必要がない。
突っ込む『船』はこの大がかりな『船』とは限らない。

この船は会場を陽動する浪士たちと爆弾本体の移送手段であったならば。
会場を火の海にするための役割をもつ人間が少数ならば。

船は小さくても構わない。
バイクと同じだ。
小型で足の速い機体。
『的』としても小さく、気づかれにくい。


「急げっ!」
土方の向かう先を目で追い、直ぐに状況を飲み込むと沖田は神楽たちの待つパトカーへ向かった。
最期を覚悟した浪士たちは、我武者羅な様子で、土方の行く手をふさぐ。

「退きやがれっ!」
土方が咆哮をあげる。
それに合わせて、横を銀時が並走する。

「腐れ天パ、テメーもさっさとチャイナ達のところに!」
「オメーの足じゃ間に合わねぇだろうからな、俺が行ってやらぁ」
「上等だ!ゴラァ」
競い合うように、障害物(人)をなぎ倒し、目標に突進する。


男は二人が自分に向かって走りこんでくるのを見て、ほんの少しだけ焦った顔をした。
船尾に置かれた積荷のカバーが引きはがされ、露わになった小型のヘリ。

先ほど土方が海に投げ捨てた起爆装置よりもやや大きめのものを見せつけながら、男は土方たちにニヤリと昏く笑った。

ヘリの扉を開け、起爆装置で土方たちを牽制しつつ、男は空いた手でエンジンをかける。
人工的な風が舞いあがり、プロペラが低い唸りを上げ始めた。

2人が足を止めたのは、ほんの呼吸数回分の間だけだった。

男は扉を閉めて、機内に乗り込もうと、いや、逃げ込もうとした。
しかし、出来なかった。
閉めるために掴みたい取っ手がつかめなかったのだ。

男はおろおろと手元に目をやる。
だが、そこに彼の左手首から先はなかった。
スローモーションのように、甲板に装置と共に落ちてゆく。

土方の剣が手首を落とし、銀時の木刀が、装置本体を破壊していた。

至近距離で唸るモーターと撹拌される風の音は男の絶叫を掻き消す。

「俺のが早かったな」
「いや、俺の方がコンマ0.1秒早かったつうの!」
「いやいや、俺の方が…って」

土方と銀時の言い合いもヘリの音に掻き消されまいといつも以上に張り上げていたためにわずかに対応が遅れた。
いつのまにか男の絶叫は停まり、まだ、残る手で懐から何か出そうと次の動きを開始していた。

「!」
手には持つのは、小さな手榴弾。
今度こそ、大きな爆発音があたりに響き渡った。

カチリ

冷たい音が騒音の中であるのにも係わらず、やけに明確に耳に響いたのだった。






消防車が港内へ賑やかなサイレンと共に入ってくる。

「お〜い、土方生きってっか?」
「…おう」
くったりとした様子で土方は銀時の問いに答えた。

「総悟の奴…」

手榴弾のピンは抜かれることなく、本人は海中へと叩き込まれた。
土方と銀時、二人同時に蹴りを放ったからだ。

二人の聞いた音は手榴弾のピンの音ではなかった。
ランチャーの引き金を引く音。

援護射撃のつもりか、はたまた、日ごろから土方の命をねらう習慣なのか。
皮肉にも爆風で土方たちを吹き飛ばしたのは沖田の攻撃だったのだ。

咄嗟に銀時が土方の手を引き、海へと飛び込んだ。
幸いにも岸までは近く、溺れることはなかったがずぶ濡れは免れない。
が、なんにせよテロによる被害は最小限に抑えられたとあたりを見渡して評価する。


「銀さーん」
新八の呼び声におぅ…と銀時が手をゆるく挙げて応えた。続けてよっこいせと立ち上がる気配に顔を上げると、視線がぶつかる。

「さて、副長さんよ。この後の予定は?」

土方も立ち上がり、ブーツを脱いで中の水を飛ばす。
どこもかしこも海水がしみ込んで、やたらと重たい。
靴の次は上着に手をかけたが、纏わりいてなかなか腕を抜くことも困難だった。

「今…6時半か…とりあえず予定通り会場入りして、上様の警護だな」
「予定通りって、お前どの辺まで計算してた?」
見るに見かねたらしい銀時が袖を後ろから引っ張り、ようやくずるりと重たく黒い布が地面に抜け落ちる。

「……全部…?」
「おまっ。今クエスチョン入ったよね?確実に!」
「んなことねぇよ!花火始まる迄には予定通り、大まかには片付いてんだろうが!」
嘘ではない。
浪士たちが仕掛けてくるのは将軍が来賓席に着き、祭りも佳境に入ってからだと元から踏んでいた。
今回の花火は川ではなく海辺。
会場が開けた場所であるという点で空からの奇襲を懸念。
ただし、その時間、つまりは花火が始まってからの空からの接近はどんな船であろうと目立ちすぎるから、もっと早い時間から辺りを漂っても違和感ない遊覧船にカモフラージュする可能性を土方は見据えていた。
本当であれば、真選組も空に1隊待機させたいところであったが真選組所有の船は基本的にない。松平の船はあくまで軍艦であり、仰々しすぎると主催者から断られた。
かといって、前もって他機関への協力要請をするという借りを作るような行為はしたくない。

予測は出来ても正確に対象が特定されるまで動けなかったのである。

故に、全体の流れとしては土方の予測は外れていない。
そよ姫と神楽が拉致されるというアクシデント、そして(不謹慎ではあるが)そのお陰で思いの外、会場よりはやや離れた位置で早い時間に特定することが出来た幸運を別として。

「…なんにしても、副長自ら本部ほったらかしで単独突っ込んで行くなんて思いませんでしたけどね」
「うぉ!ジミー!」

突然、気配なく話に入ってきたのは山崎だった。

「ウルセェよ。最初から俺はフリーの位置に配置してたんだから問題ねぇ」
「アンタが意地張らないで、大人しく船借りるか情報提供受けてれば
 もっと簡単だったと思いますけど」
「だから、ウルセェ。榎さんに借り作りたくねぇんだよ」

地味にぼやき続ける地味な部下を抜き取ったスカーフで殴る。
塗れた布はバシリと良い音を立てて、更に塩水を振りかけるというオプション付きで山崎にダメージを与えた。

「榎さんって?」
「海軍軍艦頭並です。基本うちは陸軍系ですから海空のことは管轄外ちゃ管轄外なんです。しかも榎本さんって人は…」
「山崎!余計なことしゃべってんじゃねぇ」
「土方さんにご執心なんでさぁ」

もう一発、濡れスカーフの攻撃を打ち付けて黙らせようとしたが、沖田に言葉を引き継がれ妨害は失敗に終わった。

「はぁ!?」
「銀ちゃんライバル出現ネ」
神楽までニヤニヤと参加してくる。
普段、沖田と仲が悪いようで、こんなところでは妙に結託してくるのだから性質が悪い。

おまけに、どうなんだよ?と銀時が海水で濡れそぼつ髪を撫で上げ、強い視線で問い掛けてくる。

別段、疾しいことはこれっぽっちもない。
断じてない。
断じてないからこそ、まさか、ここで榎本の話に喰いつかれるとは思わなかった。
銀時のあまりに真摯な眼差しに土方は堪えきれず、目を反らして、話題を神楽に強引にふった。

「そ、そんなことより、チャイナ。テメーどうする?」
「?」
「『お友達』と花火見物続けるか?」
途端にパァっと少女達の顔が輝いた。
そよ姫が城を抜け出したことはおろか、こんな事態に陥り、諦めていたのだろう。

「土方様、よろしいのですか?」
「お疲れでなければ」
「大丈夫です!」
十代のエネルギーは凄まじい。
誘拐騒動の中心人物その人であったのに、再燃したエネルギーは凄まじく、疲れているようには見えない。
テンションが上がっているから、今だ疲労を感じていないだけかもしれないが。
次はいつこんな機会があるかわからないと思えば尚更引けないといったところだろう。

「山崎、お二人の浴衣と髪、手直しできるよう手配しろ。打ち上げまでに間に合わせろよ」
「はいよ」
地味な監察は、至る所に潜伏先だの協力者だのを持っている。そのいずれかで上手く対応するはずだ。

「メガネ…えっと…志村?」
「え?ぼ、僕」

万事屋の従業員にも声をかける。
急に鬼の副長に呼ばれて、(しかも名前)畏縮してしまっている。
土方は苦く笑い、言葉を接いだ。

「あの二人のお守り頼めるか?もちろん依頼として」
「え…あっと…」
思わぬ申し出に、少年は律儀にも雇用主の顔を伺った。
そこには既に先ほどのまでの真摯な目はそこにない。

「その辺のチンピラ風情にオメーが後れをとるこたぁねぇだろ。ガッポリ稼がせて貰おうぜ」
「銀さんは…?」
「俺は、着替えに戻るわ。ぱっつぁんに任せる」

銀時はいつも通りの眠たそうな顔でいかにも仕方ない風を現した態でひらひらと手をふる。
完全に煙に撒けたとは思わない。
自分で話題を無理やり変えたくせに、あっさりと一端引いた相手の態度を残念に感じる矛盾を土方は見ないふりをする。

「じゃ話はまとまったな」

いつのまにやら、分散して警護についていた隊長格が土方の指示をうける為に一度も集まってきていた。

「総悟は近藤さんとこへ行って次の指示仰げ。
原田、永倉の隊は警邏地区を会場へ変更。
源さんとこは引き続き沿岸警備とここの後処理。
俺は着替えて松平のとっつぁんに報告行ってから現場に戻る。
予告分が片付いたとはいえ、まだ無粋な連中は他にもいる。気を抜くんじゃねぇぞ」
土方は長めの前髪を掻き上げ、一気に指示をだした。

「質問なければ以上。散会!」
一斉に持ち場へと散ってゆく。
神楽、新八、そよの三人も山崎に誘導されて行ったというのにもかかわらず、その場にとどまったまま物言いたげな万事屋の様子に眉を潜めた。

「なんだ?」
「あ〜…」
コキコキと首筋に手を当て、首を鳴らしている。

「ハッキリ言いやがれ」
「さっきは…あんがとな」
「?」
「…新八」
あぁ、と土方は納得する。礼も詫びも簡単にする筈のない意地っ張りから出た礼の言葉。
大切な守るべき存在に関することなら納得がいく。
今回、新八は予測外のことだったとはいえ、あっさりと敵の手に少女達を渡し、あまつさえ本人も拉致、という憂き目にあった。
少年は今でも充分強い。
同じ年齢のものよりは格段に実戦経験もある。
それでも、大人に比べるならば経験値が足りないことは否めなかった。
少女達を守るという同じ役割を依頼という形で、再度課し、自信を喪失させないようにフォローを入れてはおいた。
口が達者な銀時であれば、それとなく言葉でフォローすることもできるのであろうが、土方の立場からは実践に沿わせて延ばしてやることぐらいしか、関わりようがない。
もちろん、そよ姫が一緒であるから、陰で他の隊士がカバーに入れさせるのだが。

「別に…依頼くれてやっただけだ」
「うん、分かってるけどね…」
副長の顔に戻り、しっしと手を振って、銀時を追い払う仕種をしてみせる。
隊服からタバコを取り出してみるが、じっとりと水分を吸い込んでやはり一本も使い物にはなりそうにはなかった。
小さく舌打ちをする。

「あー…じゃあ、俺も一回戻るわ。パンツまでぐっしょりだもんな」
一瞬、まだ何か言いかけたように見えたが、どうやら男は、小さなため息と共に飲み込んだようだった。
乾きかけた塩水が痒いのかボリボリと身体を掻きむしり、万事屋は銀印のスクーターへと戻って行った。



午後8時。
予定通り、この夏最初の花火が江戸の空に咲いた。
土方は将軍のいる来賓席の櫓の足元で。
銀時は一度、万事屋へ着替えに戻り、神楽たちを迎えに行く道すがら、その大輪を見つめたのだった。





『月の名前 弓張月下弦・前篇』 了





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