『花の名前 くちなし・後篇』
道も混雑を始めていたが、スクーターの利点を今回は活かすことができた。 思いの外、すんなり乗りつけることができた会場には、的屋たちが露店を広げるために搬入作業に取り掛かっている。 GPSの表示はその更に先、相変わらず海を指し、止まっていた。
「旦那ぁ」 呼びかけた声の主は、真選組の制服を着たサディスティック星の王子だった。 リンゴ飴齧りながら、ヨーヨーをびよーんびよーんと振り回している王子からは微塵も緊張感がない。 緊張感がない。そのことが銀時をいつものリズムに引き戻す。
「沖田くん、相変わらずお仕事する気ないところ悪いんだけど、うちのガキどもの話聞いてる?」 「チャイナの馬鹿が嬢ちゃん連れ出してドジ踏んじまったらしいって話なら、 土方さんから聞いてやす」 「テロの本体の方はどうなってんの?」 「倉庫に爆発物取りに来るだろう連中、ふんじばろうと待ってんですが…動かないんでさぁ」
銀時は首を傾げた。
そろそろ時刻は4時を回ろうとしている。 花火の開催は8時からの予定だ。 将軍が目的で来賓席近くに爆弾を仕込みたいならば、倉庫にある機材を既に運びこんでいないと間に合わなくなる。
前日から真選組がこの埠頭一帯を探索。 現在連絡待ちの土方。 そこから推測する。
先日の一部攘夷志士捕縛による渋滞。 テロ画策の情報を掌握…真選組の出動および警護体制の強化。 動かぬテロリストと爆破材料。 これらが今手元にあるカード。
では神楽たちは? (考えろ…)
GPSは変わらず海の上を示している。 しかし、座標付近に停泊する船は水面にない。
『今日明日大人しくしてろ』
土方の言葉。 もともと昨日のうちに片付くとは思っていなかった? 今日もここに、真選組の斬り込み隊長を配置はしているが戦力を集中させてはいない。 何よりのあの喧嘩好きの土方本人がまだ現れていない。
(海…いや、空か!)
見上げると上空を旋回する物体があった。
「沖田くん。あれに近づく方法ある?」
天空を指差す。 GPSが指し示す座標のほぼ真上。 一隻の商業船が浮かんでいた。天人の持ち込んだ技術による空飛ぶ船。
「撃ち落としてもいいんで?」 「撃ち落としたらまずいって。神楽達乗ってるかもだし」 「チャイナ達ならそれくらいじゃ死にやせんよ」 「沖田くんの立場的に『お嬢ちゃん』は?ゴリラの首が代わりに吹き飛んじゃうじゃね?」 「チッ」 沖田は忌ま忌ましげに舌打ちし、携帯で船舶について確認する。
「一応、遊覧目的で登録されてるらしいでさ。花火が始まる前には山手に逃れるルートで許可下りてやす」 まだ、この時間になっても将軍の来賓席に仕掛けるはずの爆薬を倉庫に残していることも気にかかる。
「まさか…なぁ」
嫌な過程が脳内で浮かび上がり、悪い予感であればあるほど確信に変わっていく。
「しゃーねぇ」 スクーターに再びエンジンをかける。
「沖田くん。俺が来ることって土方から連絡きてんだよね?船舶停泊んとこにいる奴らにも?」 ニヤリと沖田は笑い、すぐに自分も銀時の後ろに飛び乗った。
「心配には及びません。俺も一緒にいきまさぁ」 どうやら沖田も最前線へのくじから外れたが確定したと判断したらしい。 持ち場を離れることに何の躊躇も見当たらない。
「じゃ行きますか」 銀時は思い切り、スロットルをまわした。
同じ港内にある船着き場には、花火の準備の為の海用の小型船が残るだけで、今たどり着きたい空中遊覧船に近づけるような船舶は見渡した範囲には見当たらない。
「原田ぁ」 沖田が現場を指揮していた原田右之助を呼び付ける。
「沖田隊長、片付いた…ってわけじゃなさそうだな。ハズレか?」 年下である沖田に呼び捨てにされても、特に気に留めるでもなく、原田は苦笑しながら、二人の元へ寄ってきた。
「土方の野郎、人使いも性格も意地汚くていけねぇ。ところで…」 「生憎、うちには一台も飛べそうな船ねぇんだが…」
すでに連絡がきているのか、原田は何の問いもなく視線だけで指し示す。 視線の先には、奉行所の警邏用の空陸両用のパトカーが存在していた。
「上等じゃねぇの」
立場上、かなりまずいと思われるのだが、沖田まで一緒になって奉行所の同心の首に手刀をいれ、パトカー強奪に加わり、操縦席に率先して乗り込んだ。
その時、聞き慣れない電子音がすぐ近くで鳴り響く。
「ん?」 「旦那じゃねぇんですかい?」 普段携帯など持ち歩かない為に反応が遅れたが、指摘通り、自分が持っている山崎の携帯だと気がつく。
「もしもし?」 『さっさと出やがれ!クソ天パ』 通話ボタンを押した途端、大音量で土方の怒鳴り声が聞こえてきた。
「うおっ。もっと、そっと、しっとり『大丈夫か?銀時はぁと』くらい言ってくれりゃいいのに…」 「テメーが無事なのは総悟の電話でわかってら。馬鹿が」 「人に馬鹿言う奴が馬鹿なんですぅ」 『語尾伸ばすな。ウザい。キモい。シネ。 いや、そんな話してる場合じゃねぇ。 GPSの座標はさっき総悟が問い合わせてきた船で間違いねぇか?』 「あぁ」
GPSは衛星で空から目的座標を割り出すが、その高さまでは地図上に表示されない。
『どうせ乗り込む気だろう?くれぐれも、船沈めるなよ。 あと、出来るだけ船を会場から遠ざけろ』 「なぁ、これって依頼なんだよな?やったらめったら注文多いんですけど! 報酬弾んでもらえんだろうなぁ?」 『…皆、無傷で戻れたらな』 「どういう意味だよ?」 船を落とさず、人気のない方面に誘導。 無茶な注文だ。 こちらは木刀1本。 警邏用のパトカー一台。 わかっていて、無茶を言う。 だが、無茶をいうからにはそれなりの理由があるはずと眉を幾分か寄せた。
『俺の勘が正しけりゃ、自爆テロだ』 「…あちゃ…」
先ほど銀時自身が考えてたくないと予測した方向と同じ答えを土方が「勘」だといって導き出した。 ほぼ確定となった事項が耳に入ったらしく、運転席の沖田の気配が物騒に揺れた。
「…沖田くん。悪いんだけど、俺先に降ろして」 「コイツごと突っ込んだら万が一…ってことですかぃ」 突っ込む気満々だったらしく面白くなさそうに一番隊隊長は膨れてみせる。
しかし、船に近づき甲板の様子をみると納得したようにため息をついた。 本来、遊覧目的に造られた船には、物騒な浪人達が箭内から荷の移動をしている。 船首あたりには、縛りあげられ、クッタリと意識を失った神楽、新八、そして、そよの姿があった。
「こんな目立つパトカーなんかが不用意に近づいて起爆ボタンを押されたら…」 本来は観覧席の将軍徳川茂茂を道連れにすることが目的であろうが、観客席に落ちてもパフォーマンス性としては十分だ。花火会場には露店目当に、人がずいぶん集まっていて今更避難誘導するには時間が微妙すぎる。
「真上につけてくれや」 「承知しやした」 銀時は強引にパトカーのドアを開ける。 さすがに上空の風は強く、着流しがバタバタとはためいた。 落ちても海ではあるが、泳げない銀時にとってはあまり有難くない結果しかない。
移動している物体から物体へ。 速度とタイミングを見計らう。 大きく息を一度吸ってから、勢いをつけて、遊覧船のデッキへと身を躍らせた。
出来るだけパトカーを近づけてからのダイブではあったが、かなりの衝撃が銀時の足にかかる。 着地際に、攘夷志士に回し蹴りを入れながら体を捩じって、甲板に受け身をとった。 そのまま、溜めなく、木刀を腰から抜き放ち、唖然とする男達に襲い掛かる。 圧倒的な力の差を見せつけられ、怯んだリーダー格らしい浪人が、神楽達人質のもとに走った。 そうして、銀時に見せつけるようにそよを立たせる。
「そこまでだ」 「!」 そよ姫の身体に直接爆弾らしきものが結び付けられていた。
「外道だな…」 銀時は吐き気がしてきていた。 どこのエライ家の人間だかは知らないが、年端のいかない少女を、一般の観客を巻き込んででも、攘夷と、天人排除と叫べば許されると思っているのかと。
「真選組…ではないな?何者だ?」 「そいつらの雇用主」 怒りすら浮かばない。 本当に吐き気しかなかった。 へらりといつもの緩い笑みを口元に浮かべて、木刀を肩に担いだ。 あぁ、と男は足元の神楽と新八を見遣る。
「万事屋…とか言ったか?随分抵抗して、手を煩わせてくれた。折角のお迎えだが、このまま地獄までお付き合いいただこうか」 「色気のない道行きだな」 むさいオッサンは勘弁…と零しながら、視界の隅に沖田の操るパトカーが入った。
ガガガガガガガ 遊覧船のサイドを衝撃が走る。船の左側面から会場とは反対方向へ向かうよう、沖田がパトカーで押しやってきた。 注意が銀時に向かっていたからであろう。 銀時以外の全員が踏ん張る間もなく傾いだ。
船体が大きく、傾き、下降する。
銀時はそのチャンスを逃さない。
そよに当たらないよう、相手の肩口に突きを入れた。 少女を掴む腕が緩んだ隙に自分の方へ引き寄せ、素早く爆弾を取り外す。
「馬鹿め。爆弾はそれだけではないわ」
また、新たな衝撃が訪れた。 左舷後方からのパトカーの力が、花火会場からは離れたが、岸壁に遊覧船を押し付けたのだ。 ガガガガガガっ コンクリートと船の側面がこすれて火花が散る。 焦げ臭さとオイルの匂いがあたりに充満していく。 上がっている黒鉛は遊覧船のものだけではない。
パトカーよりずっと大きい遊覧船を力技で押しているのだから、沖田はきっとアクセルはべったりと踏み切っている。
「沖田くん、勢い良すぎっ」
更に着水したことで船から近くなった地上から黒い塊が飛んできた。 塊の正体は黒のバイク。 昨日沖田を乗せていたものと同じものか。 海岸線から甲板にライティングを決め、ドリフトをかけながら、首謀者を撥ねてしまう。 同時に首謀者の手にあった小さな機械がカランカランと転がっていった。
「なっ?!」
人という障害物にぶつかり、流石にバランスを崩してバイクは滑るように倒れていく。 ただ予期した行動だったからか、乗り手は早々とバイクから手を離し、手前に残っていた。
「起爆装置忘れてんじゃねぇよ」
バイクの男はヘルメットを脱ぎ、ニヤリと笑った。
『花の名前 くちなし』 了
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