うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『Emerge』






卵は孵って、幼生に
幼生は、やがて蛹になって
いつの日か、畳まれた羽を広げ、旅立つ日は遠からずくる


本当は、その薄皮を脱ぐ日を永遠に凍結させてしまいたいけれども
そこに感情は存在するのか?


彼がとっておきのおもちゃだったから
手放すのが、すこし惜しいだけ。

それだけだ。

いや、その日が来て、虫かごの中で弱っていく様を見ている遊びも悪くないのかもしれない

今は外の世を覗うだけのその黒い瞳を潰して
羽をピンで縫い止めて


刻々と近づく『卒業』の文字に
苛立ちだけが
己の胸を燻りつづける


彼に選択肢はない
そう思っていたのだ






「土方…?」

坂田銀八は参拝客で賑わう神社の境内でそう呟き、足を止めた。

見間違うはずがない。
漆黒のさらさらとした髪に、瞳孔の開いた青灰色の眼。
日焼けしにくい白い肌。
そして、銀八が抱くようになって、更に際立つようになった匂い立つ艶。

教え子であり、この数ヶ月の遊び相手に選んでいる土方十四郎だった。

受験生である彼が、合格祈願を兼ねて、参拝していてもおかしくはない。
ただ、同行している人間に驚いていた。

「高杉?」
土方同様の黒髪。
やや吊り上がった切れ長の瞳は片方だけ眼帯に隠されている。
高校までよくつるんでいた同級生だった。
大学進学とともに疎遠になっていたが、確か親の後を継ぐ為に医学部に進んだと記憶している。

あまり大きな声で言えないような事も、一緒になってやんちゃしていた仲だ。

その高杉が土方と並んで歩いている。

接点が思い当らない。
しかも、どちらかと言えば仏頂面がデフォルトの土方が、柔らかい表情で高杉と話しているのだ。

ぎりり
妙な音をたてて、銀八の鳩尾辺りが痛む。

(なんだこれ…?)
お気に入りのおもちゃを取り上げられた…そんな悔しさとも違う。

(なんだこれ…?)
もう一度、己に問い掛ける。



視線に気がついたのか、高杉と目が合った。
ニヤリと、隻眼の男は口許に口許に笑みを浮かべる。
そうして、土方に何か囁き、さりげない動作で腰を引き寄せる。

抵抗するかと思っていた教え子は、困ったような笑みを浮かべながらも、身を委ねるように寄り添ったままだった。



そして、銀八の見送る中、離れていく。

何がおこっているのか。
冬休みに入って行われていた冬期講習中も、国語科準備室に呼び出していたが、そんな気配はなかったと思う。

耳鳴りがする。

頭の芯の血管が脈打つように、ガンガンと。
虫かごにいるとばかり思っていた。

まだ手の内にあると、油断をしている間に、
虫ピンで、飛び立とうとする羽根を縫い留めるべきか、

逡巡している間に。

(なんだこれは…?)
三度、自身に問い掛ける。

溢れ出しそうな心音と
怒りと
焦燥と


毒々しい
まがまがしいものが
身体中を駆け巡る。



黒い羽根を小さく小さくたたんでいた季節は終わりを告げはじめたのだろうか。
羽化のシーズンなのか。


年も明け、センター試験も終わった。
土方の卒業までカウントダウンがいよいよはじまる。
結局、彼の進路希望は関西の国公立大学が第一志望で提出していた。
土方の実力ならば、充分合格圏内だ。
都内の私立大学も願書を出してはいるが、こちらは模試の結果からみると、厳しいだろう。

卒業まで正味2ヶ月ない…

人混みの中で浮かび上がってみえる土方と高杉。



これはゲーム。
いつでもリセットできるゲーム。

ただ、そのボタンを押すのはプレーヤーである銀八だ。
土方でも、
まして高杉でもない。

外ならぬ銀八自身でなくてはならないはずだ。





「え?」

気が付いた時には、土方の腕を取っていた。

人込みをかき分け、走り寄って、高杉から引きはがして。
無言で自分の方へ引き寄せる。

「よぉ。銀八」
ゆるく、銀八とはまた違ったゆるさで眼帯の男は嗤う。
そこにニヤニヤとあざ笑うかのような色が濃く窺えるのが、また銀八の癇に障った。

「よぉ。高杉。久々に姿見たとおもったら、うちの生徒に何エンコ―させてんですか?コノヤロー」
「ちょっと!先生!っ痛いって!」

慌てたように、間で土方が戸惑い、そして、掴まれた腕の痛みに抗議の声を上げる。

「『うちの生徒』じゃねぇだろ?『俺の土方』だろ?」
訳知り顔なのが気に食わない。


「高杉さん?」

どうやら、土方は高杉と自分が知り合いであることを知らなかったらしい。
唖然として、双方を見比べる。

「まさか、十四郎の担任がテメェだったとはなぁ」
「オメーらこそどういうつながりだ?」

(十四郎だと?)

「さっき、テメェが言ったんじゃねぇか?援助交際だって」
くくっと喉の奥で笑い声を上げる高杉をみて、拳を握りしめる。

「ちょっと!高杉さん!!」
「違わねぇだろうが?金払って援助受けてんだから」
「いや、微妙に意味違って…うわっ」


二人の会話をこれ以上聞いていたくなかった。

引きずるように、歩き出す。



腹の底からあふれかえるのは、

怒り?
焦燥?
すでに、そのどちらでもない気がした。



「銀八」
楽しそうな旧友の声が背後から、かかる。


「テメェのそんな面!見れる日がくるなんざ思ってなかったぜ?」
いいもん拝ませてもらった
そういって、笑い声が高らかに聞こえたが、振り返らずに、ただ歩いた。



「痛い!先生!!」
苦痛の声を無視して、駐輪場へと連れて行き、有無を言わさずヘルメットをかぶせる。

「なんなんだよっ!」
「何って…教育的指導?」

それだけ告げると自分はゴーグルだけつけて、愛車のスロットルを回して走り出す。




駕籠の中の蝶は
いつのまにか、羽化していた。

そっと、その薄皮を破り、新しい手足を外界へと伸ばす。

漆黒の美しい羽で大気を舞い上げるために、
短い時間、何かにすがり、羽を乾かすのだ。



その縋る先が『高杉』だったというのか。


駕籠のふたを、ひそやかに開き、
音もなく解放への手助けを受けていたというのか。


許せないと思った。
認めることは出来ないと思った。



『卒業』という行事が、それを担うならば仕方のないことだ。
『時』とはいつだって、残酷で冷酷なものなのだから。


だが、『第三者』による介入な認められない。


これは自分のゲーム。
坂田銀八と土方十四郎のゲームだ。




感情に任せて、自分のアパートにたどり着くと自室へと連れ込む。
バイクにのせられた時から、土方の抵抗は弱まっている。
全力で、自分の腕を振りほどくようなことはしなかった。

(高杉なんてありえねぇ)

先程、高杉の腕が、この細い腰を引き寄せていた。
高杉の唇が、この耳朶に息がかかるほど近づく。


(人のもんに手ぇ出しやがって)


乱暴にシングルベットに突き放す。

頭に血が上っているはずであるのに、
隅の方には、まだ冷静な自分も残っていて
そういえば、ここに女も入れたことはなかったな等と思い起こしていた。

「高杉に家にもこんなに簡単に連れ込まれたの?」

余裕など、本当はない。
ないけれども、
大人のふりをボクはする。

「違っ!」
手早く土方のベルトを引き抜き、頭の上で一つに手を結び付ける。

何にも染まらないきみだったから、
何色に染まるのか見てみたかった。

だから、卵を割った。
そうして、無理やり孵化させた、無垢な幼生。

負のエネルギーを注ぎ込んできた。
夏からずっと。

ボクの汚いドロドロした感情を
ボクの満たされることのない独占欲を
ボクの止まらない劣情を

吸収して、変容して見せてほしかった…
それでいて、変わらないでいてほしかった。

相反する望みのなかで、

ボクは本当な何がしたかったのか。

ボクは本当は何がほしかったのか。


乱暴に土方の服を捲し上げ、ズボンを引きずりおろした。


「『うちの生徒』じゃねぇだろ?『俺の土方』だろ?」
そういった高杉の言葉を思い出す。


苛立ちをぶつける。
これまでとは違った苛立ちだった。

苛立ちは衝動に。

衝動は暴力に。


「やめろっ銀八っ」
尋常でない様子を察したのか、土方が体をよじって抜け出そうとする。
その姿がまた、扇情的に、劣情を脳を刺激した。


「高杉はやさしくしてくれたか?」

足を押し広げられ、秘する部分をさらけ出させた。
指をその部分の皺を伸ばすかのようになぞれば、ひくんと若い肢体は痙攣していく。
蕾は固く閉ざされれていて、高杉に抱かれたのか、すぐにわかる材料には成り得なかった。

「それとも、これからだった?」

淫乱と口の形だけでなじる。
いきなり、濡らしてもいない指を差し入れ
内部を乱暴に掻きまわす。
自分の思考を掻きまわす、お返しとばかりに。

いつも、土方を抱くのは国語科準備室のソファか、椅子、もしくは机の上。
情交がばれないように最大限の注意と、
あくまで、本人に選ばせて追い詰めてきた。

しかし、今日はそんな余裕はなかったのだ。

シーツの上に散らばった黒髪。
先に拘束してしまったために、総てを脱がせることは出来なかった私服と。
いつもと違う角度からみる肢体。
痛みに寄せられる眉。

悔しそうに眉を顰めながら、それでも痛みの中にも、快楽を探し当てたのか、若い躰は徐々に熱を上げていく。

胸の突起をつねり、肋骨に舌を這わせ、
吸い上げて、朱を散らしてみる。

その間にも指を増やし、動かし続け、ひくりひくりと痙攣するまで嬲る。

潤滑の助けとなるようなものを何も使わなかったため、滑りは良くなかった入り口が、だんだんとスムーズに指を受け入れる。

自然と濡れることのない、男の身体だ。
きっと、内壁を傷つけた結果なのかもしれない。

「あっ」

いいところを刺激され、思い切り反らされた白い喉元に噛みついてみた。

それと同時に、既に天を向いていた自身を最奥まで一息に捻じ込んだ。


貫き、揺さぶり、絡みつく内壁のいたる所を擦り、突き上げる。


「やだ…嫌だ…」
小さな拒絶の言葉が土方の口からこぼれた。

「黙ってろ」
拒絶を聞きたくなくて、

これは一種の強姦だとわかっているけれども、止められなくて、
土方の喉に手をかける。

ひゅっと空気の音が鳴った。

途端に、内部の熱が上がり、銀時自身を粘膜が絡みついた。

熱く、熱く、
うねるような内壁に自身を差し入れ、
もう少し成長するであろう肢体を、
上に下に揺すり、
絞められた喉から、伝わる振動と
苦しげに漏れる吐息と


やがて、欲を放つ瞬間
土方の顔がなんとも表現しがたいものに変わった。


そう、恍惚とした、満足げな表情。
それは、すでに籠の中の小さな生物の顔ではなかった。


そして、銀八は見てしまった。
部屋の隅におかれた姿見に映る自分の顔を。


碧い顔をして、教え子の喉元に手をあてて、乱暴をする自分の顔を。

まるで、
『橋姫』の能面のような顔だと思った。
『平家物語』の『剣巻』を元に作られたという能『鉄輪』に登場する橋姫。
夫の裏切りに鬼に変じてしまった公家の娘。
その面に映し出されるのは、『嫉妬』。



卵は孵って、幼生に
幼生は、やがて蛹になって
羽化をした。

いつのまにか、大人になって、ボクを置いていく。

蛹の薄皮を脱いでしまったのならば、羽を縫い止めようかと思っていたけれども。
手のうちにあったはずの、
ちいさな生き物は
色を変えていた。
真っ白い魂のまま、
真っ黒い羽を手に入れて、
艶やかさを凛とした青灰色を瞳にのせて。

かつて、自分をイライラとさせるこの生き物を自分色に染めてみようと
ゲームを始めた

割れた卵はもとには戻らない。


その日、壊すほど絶え間なく、自分の欲を

何度も何度も、注ぎ込みながら
ボクは自分の犯した過ちに
今更の如く気が付くのだ




『Emerge』 了
 


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