うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『白色―序―』



ある寒い朝の事。

武装警察真選組が菩提寺としている寺を局長近藤勲は訪れていた。

その日は、武州から共に上京してきた仲間の命日だった。
いつもなら副長である土方十四郎も共に参拝するのだが、生憎今年は京都への出張が重なり本日は近藤一人だ。

境内にはうっすらと雪が積もり、早朝ということもあって静かだった。
雪は幸いにも墓石の銘を全て隠すまではなく、読み取れる。
それを読むともなしに眺めながら歩を進めていれば、目的の場所が視界に入ってきた。


「?」

墓石のシルエットがおかしい。

「!」

近藤は『それ』がなんであるのか気がつき、慌てて走り寄る。
墓石に同化するように白い男が座り込んでいたのだ。

「おい!生きてるか?!」

こんな寒い朝、頭に、肩に雪を積もらせていれば、まず生死を案じる。

真っ白。
雪のせいだけではない。
随分とくたびれた様子の着流しは白基調、さらに白髪頭。
男は近藤に揺さぶられ、気だるげに目を開けた。

「……た」
「なんだ?」
掠れた声、今際の言葉を聞き取ろうと近藤は口元に耳を寄せる。

「…腹、減った」

そう言って、白一色の男はへらりと笑った。





数日後

京から戻った副長土方十四郎は足音荒く真っ先に局長室へと向かった。
自分直属の監察から伝え聞いていた情報が事実であるかどうかを確認するためである。
近づくにつれ、部屋の中からは、近藤の豪快な笑い声とともに、聞き覚えのない、どこかやる気のなさそうな男の声が聞こえてきたことに土方は舌打ちした。

「おう!トシお帰り!」
「ただいま戻りました」

気に食わない状況ではあるが、一応、客人扱いした方がよいだろうと、膝をついて襖を開け、礼をとる。

唯一人と定めた大将の側には、白い男が座していた。

「銀時、うちの副長やってる土方十四郎。組全体を取り仕切ってもらってる。
 トシ、コイツは坂田銀時。
 行く宛てがないらしいから、しばらく、逗留してもらおうと思うんだけど…」
「わかった」

言いたいことは山ほどあったが、今は一旦引こうと土方は短い返事だけを返し、入ってきた時同様に一礼をして、下がろうとした。

「多串くんだっけ?」
「は?」

坂田が声を発したことはわかったが、一体誰の話なのか、なんの話なのか分からず、立ち上がる為の動作をとめる。

「あんたが鬼の副長さん?」
「そう呼ぶ奴も、いる」
「ふーん」

不躾な視線が土方に絡んできた。
だから、土方も同じように遠慮なく相手を正面から観察し返す。
銀糸の髪、石榴のような赤みがかった瞳。
座ったままで正確なところはわからないが、身の丈は土方とほぼ同じぐらいだろう。
似合ってはいるが、どこかかぶき者を気取った風な白い着流しの上に派手な丹前という着こなし。

そして、死んだ魚のような精彩を欠く瞳でありながら、どこか底知れない何かが沈んでいると思った。

直感を最重要視する土方にとって、それはかなり重たい印象だ。

(また、厄介なのを…)

後で諌めるつもりではあるが、おそらく懐が大きすぎるというべきか、人が良すぎるというべきか迷うようなところのある大将が『しばらく逗留』というならば、恐らく無期限でも構わないと思っているほど、目の前の男を気にいっているということだ。

「あ〜多串くん?」
「土方だ」

得体が知れない。そして、気に食わない男が再び見当違いな名で土方を呼んだ。

「ま、どっちでもかまわねぇけどさ」

ここまでは、土方は自分でもよく堪えたと思う。
冷酷な鬼の副長なんて呼ばれてはいるが、実際には頭に血の昇りやすい、瞬間湯沸かし機な自覚はあるのだ。

「オメー、このゴリラの女?」

その瞬間、ぷちんと堪忍袋の緒が切れた。

「誰が女だ?!ゴラァ!!それに!近藤さんはゴリラじゃねぇ!
 限りなくゴリラに近いだけで人間だっ!」
「いや、オメー今さりげに自分もゴリラ扱いしたよね?」
「突っ込むところ、そこじゃねぇだろうが!」
「あ?あぁ、野郎だってトコ?」
「俺の何処が女にみえるってんだ?!」
耳の穴を小指で掻いて、それをふっと息で飛ばす様子に更に頭に血が昇る。

「いや、真選組って、男所帯じゃん。ホモの巣窟じゃん?
 銀さん、そういう趣味ねぇけど、ここで暫く厄介になるなら一応予備知識としてねぇ」
「ふざけんなっ!表に出ろっ!」
自分を女役扱いしたのも勿論気に食わないが、近藤をそういう目で貶めたのが気に食わなかった。

「まぁまぁ」
のんびりとした口調で近藤が口を挟む。

「どうせなら、道場で勝負してね?」
今にも抜刀しそうな様子にそう提案したのだった。





道場に入るころには頭が随分冷えてきた。
ちらりと坂田を見ると、やはりおとなしく着いて来てはいるものの、やる気のない顔、
やる気のない歩き方だ。

「テメー、流派は?」
「ん〜我流」
「そうか」
流派を事細やかに見分けられるわけではないから、わかったところで大した参考になるわけでもないのではあるが。

「っていうか、俺、剣使うって話したっけ?」
「手」

坂田は、あぁなるほどと自分の指の剣だこを左手で摩る。
察しは良いらしい。
剣だこもそうだが、坂田の歩き方はけだるそうに見えて、卒が無い。
隙が無いのではない。
無駄がないのだ。

「お手並み拝見」

ぽんっと竹刀を投げて渡す。
受けとり、握った途端、坂田の空気が変わった。
ざわりと土方の喧嘩師の血が騒ぐ。

(おもしれぇ)

近藤の開始の合図を待たずに、土方は躍りかかった。





「ってそんなこともあったよね…土方副長?」
「藪から棒に…走馬灯でも見えましたか?坂田副長」

背中合わせで立つは荒川の橋の上。
深々と降り止むことのない雪は、家々の屋根を、橋の欄干を、木々を白一色にしている。
白は、ほんのりと周囲の明かりを反射させて、辺りを明るく見せていた。

こんな寒い晩。

雪も降り続ける街を歩く人の姿は少ない。
橋に残る足跡も真選組副長土方十四郎と同じく副長の坂田銀時の二人のものだけだった。
ただ、橋の両袖に攘夷浪士と呼ばれるものたちが殺気を放ちながら、刀をかまえているのであるが。
一見、挟まれ、追い詰められているように見えるが、当の本人達は、のんびりと話をしている。

「死相が見えてるってか?久々に大雪だなって思い出しただけだから!
 縁起でもねぇからやめてくんない?」
「まぁ、ただテメーを叩っ切るのは俺だけどな」
「まだ、それ気にしてんの?」

初めての手合わせは、試合には土方が負けた。
少なくとも、土方はそう思っている。

「たりめぇだ。大体、蒸し返したのはテメーだよな?」


あの日、躍りかかった土方の竹刀は、一撃目を切っ先で流された。
予想範囲内であったから、流れる刀身を力任せに軌道修正して、そのまま懐に飛び込む。
だが、至近距離から打ち込んだ突きは、素早く後ろに引いた坂田に入ることなく、崩された。
それどころか、一度引いて立て直した足場を利用し、振り上げられた坂田の竹刀は、真っ二つに土方の竹刀を叩き折ったのだ。

だから、試合的には土方の完敗だ。

ただ、その直後、土方は折れた竹刀のまま、反撃に出たのだ。
まさか、続けるとは思っていなかったのだろう。
攻撃を受け止めたものの、勢いを流しきれずに坂田の身体は吹き飛んだ。
間髪入れずに、土方は追い、その喉元に折れた竹刀を突き付ける。

試合に負けたが、勝負には勝った。


あまり誉められたことではない自覚はある。
刷り込まれた習性のようなもの。
立てなくなるまで、刀が握れなくなるまでが闘い。
あの日、道場でやり過ぎたとはいまでも反省している。
が、本能のままに竹刀を停められなかったのは、まぎれもなく坂田銀時に抱いたのは『恐怖』が原因だ。
それが悔しい。

「いいじゃん。別の意味じゃ、オメーには負けっぱなしなんだからよ」
「心にもねぇことを」
「じゃ、これ片付けてから確かめに行くってのはどうよ?」
「俺より数倒したら考えてやらぁ」

今でこそ、背後を預ける『身内』だが、いつ食い殺されるかわからない『恐怖』は相変わらずで…

「なんだ、そんなに銀さんの下であんあん啼く口実欲しかったの?
 一言『銀時、今晩はあと』って言ってくれりゃ、
 いつでも銀さんの銀さん準備万端で夜這いに行ってやるのに…」
「ばっ!馬鹿か!何気持ちの悪い勘違いしてやがる!
 この間俺が勝った飲み比べ、リベンジするって騒いでた件に決まってんだろうが!」
「えぇ〜そっち?銀さん、惚れた腫れたって意味で負けてますって意味で言ったのに。
 今晩はそっちで、色っぽい事の方でお願いします」
期待したのにと子供のように頬を膨らませる音と、鞘から引き抜かれる鉄の音。

「無理」

それだけ言うと、二人を囲んだまま、半分呆れ顔で様子を窺っていた攘夷浪士達に問答無用で切り掛かった。

「あ〜あ〜、口上ぐらい言わせてやれば?一人目ぇ」

人にはそういいながらも、坂田も切り伏せ始める。

「無駄。二人目」
「三人っと四人目。じゃ、宿屋無理でも俺勝ったら、土方からちゅーな」
右袈裟からの払い胴。

「無能。アホだろ?お前。五人目」
「あ〜自信ないんだ?六、七」
絶命し、崩れ落ちる相手を擦り抜けての突き。

「上等だ!ゴラァ!テメーが負けたらこの先一週間の事務仕事全部回してやっからな!
 八っ!」
「そりゃ、負けられねぇな」

ニヤリと坂田が笑うのが視界の隅に入る。

いつの間にかノセられた気もしないではないが、勝負に勝てば問題ない。


鬼と呼ばれる、その笑みを艶然と浮かべ、淡く光る雪で白に染められていた橋をほんの数時間だけ真っ白から緋色へと塗りかえるのだった。





『白-雪明かり-』 了





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