うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『home』



SideH



「なにやってんだ…俺は…」

気が付けば金時が立っていた表玄関ではなく、裏から抜け出していた。
逃げる必要も、逃げなくてはならない覚えもない。

無いはずだ。
だというのに、土方の足は金時が車を止めていた表に向かうことを拒否してしまった。
受付から表の様子は見えない。
見えないから、金時はもう既に女と出かけてしまっているかもしれないし、
そうでないかもしれない。

どちらの結果も土方には重たかった。

金時が出掛けてしまっていれば、これ以上混乱した脳みそのまま向き合う必要はない。
その代り、それは彼が彼の仕事、もしくはこの自宅であるマンションの場所まで知る人間を土方よりも優先した、ということの他ならない。
それで良いはずだ。
何も問題はない。
問題はないと意識の表の方では理解しているというのに、どうにも苛立ちは増すばかりだ。

逆にもしも金時が女を車に乗せたまま土方を待っていた場合。
それはそれで土方は、自分が何か不必要な言葉を吐きだすような予感がしてならなかった。

ますますどうしたいのか、何がしたいのか、わからなくなっていた。

自分に何を求めているのか。
自分は何を求めているのか。

自分の足元がみえず、
相手の求める出口も見つけることが出来ず。

迷路の出口はどれだろう。
どれが正解でどう進めば正しいゴールにたどり着けるのか。
そして、そのゴール自体は土方の本当に求めるものなのか。

無駄に広い敷地のマンションの周りに沿って、歩く。

出口を違えてしまったために変わってしまった自宅へルートを頭の中に思い描きながら、
土方は心の目的地へのルートと重ねて思考の海に飲み込まれていた。

元来た道に戻るべきなのか。
新しい道を探すべきなのか。

昼前とはいえ、太陽は燦々と照りつけている。
汗をかいていた。
今日の最高気温に向けて上がり続けているであろう気温や湿度がもたらす汗とは別の汗。
じんわりと湧き上がる汗はひどく不快だ。

「もう…」

通い慣れた道から少し外れただけのつもりだった。

変化、変動、問題、騒動、
真選組にいれば様々な事態と難問が次から次に日々発生する。

それをさばくことに何のストレスもないわけではない。
感情が乏しいとはいえ、土方とて怒ることも、迷うことも、苛立つこともある。
けれど、基本的な道筋が決まっているからこそ、
向かう先への不安というものはなかった。
近藤の補佐、真選組自体の存続。

自分のことは二の次で構わない。

1本の軸が、ゴール時点が定まっていれば、なにも惑うことはなかった。

今、土方が困っているのは、皆がないがしろにし過ぎるという土方自身のことだからだ。

決められない、そして自分の感情が処理できない。
こんなことはなかった。

何が正解で、何が不正解なのか。

正直なところ、土方は途方に暮れ、眩暈のするような太陽が焼き付ける自分の影を見つめ続ける。

影。
土方が歩めば同じように足を進め、土方が頭を揺らせば、同じように揺れる。

そして、ふと面影が脳裏に浮かんできた。

彼女はけして、日陰に居続けるような女ではなかった。
生まれつき身体が弱く、はかなげで、たおやかであるように見えて、女手一つで弟を大学にまで行かせた、そんな芯のある女だった。

女は、時に無茶をする自分を弟と同様に叱りつけ、時に背を押してくれた。
彼女は土方の隣にあることを望み、それが自分に出来ることなら叶えようと土方も思った。

多少の味覚障害を除けば、非の打ちどころのない女性だった。

しかし、結果として土方は穏やかすぎる時間を永く彼女と過ごすことは出来なかった。

警察機構に就職しSPとして配属されていた土方の生活は不規則であり、整然としているようで殺伐をしている。
何も起こらなければいい。
だが、いつ何が起こるかわからない。

心配をする彼女の心労が与える負担は元々弱かった彼女の身体にけして小さいとはいえない。

嫌いになって別れたわけではない。

彼女が幸せならいい。
穏やかに過ごせるなら自分は必要ない。

数年たった今でも冷静に想う。
灼熱のような感情はなかった。
おそらく世間で恋だ、愛だと呼ばれるものでもなかった。

たぶん、もっと穏やかな博愛に近いもの。

ただ、彼女の存在はけして土方の中で小さい訳ではない。

「ミツバ…」

お前なら、今の土方を見てなんというだろうか。

答えを与えてくれそうな女に会いに行こう。
彼女の眠る場所へ。


土方は影に向けていた顔を上げて、ぎらつく太陽に目を細めたのだ。








SideK



宛てもなく、金時は車を走らせる。
いかにもホストが乗っていそうな、と形容できるスポーツカー。
地を這う様な視界。
アスファルトを低いエンジン音を立てて滑って行く流線型は見目麗しい。

かといって金時が好きな車だから乗っている、というわけではなかった。
そのスペックに不満があるわけでもない。
不満があるとすれば燃費と荷物の載せ下ろしが面倒、そんなことぐらいではあるが。

走れば本当はなんでもいい。
軽トラックであろうと、原付であろうと。

乱暴な言い方をすれば車などというものは『移動手段』としての機能を果たしていれば付加価値はどうでもいい。

あくまで職業柄の演出でしかない車。
けれども今日ばかりは違っていた。
気晴らしだと高速道路に乗ってしまえば、滑らかな走行は確かに金時の気分をいくらか晴らしてはくれた。

そのまま休憩すら入れずに、走りとおし、
思いつきで降りたインターでその町を少しだけ走ってから高速のインターへとUターンをする。

見慣れない土地。
見慣れない空。

夜の街で仕事する金時にとって、ここ数年馴染みのなかった風景。
だが、ホストになる前は、いくらでもこんな風にネオンどころか整備されたアスファルトの道路や民家すら何日も見ない場所で野宿することすらざらだった。

日本に帰るまでの日常。

再び乗った高速で車体が多少ぶれるのを厭わず金時は窓を幾分か開けた。

茜色が空を、道を、町を染めている。

数年前まで傭兵なんて仕事をしていた、というよりもアレは成り行きのようなものだった。
行方不明の恩師を探しに行った発展途上国の小さな村。
そのまま現地の内戦に巻き込まれて、目の前の命を守ろうと足掻いているうちにいつの間にかそれを生業にしてしまっていた。
傭兵という名の戦争屋。

恩師は結局現地の子どもを守って既にこの世にはいなくなっていた。

目的を失い、戦いが終われば、何をすればよいのか。

新しい戦地を探すことも出来ず、金時は生まれた国へ戻って来た。



夕暮れの町に帰っていく。
『戻る』のではない、『帰る』のだ。

金時は風で乱れ、顔にかかった髪を軽く元の位置に撫でつける。

今はこの町が帰る場所。

錆びついた心に油を差してくれたのは神楽や新八たち、『家族』。
彼らには感謝している。
無気力だった金時に張り合いを、まだ何か守れるかもしれない場所を見せてくれたこと。

そして、と。

夕陽差し込む雲は茜色から藤色へ配合を増やし、徐々に夜を予感させ始める。

「夜色…」

普段は吸いもしないのに、無性に煙草の香りが恋しくなるのは明らかにあの男のせいだと一人苦笑する。

光を吸収する色。
魅せられる色。

「土方…」

昼に見た顔が再び浮かんでくる。

知りたいと思う。
知っていても、知らなくても揺らぐことはない。

それでも知りたいと思う。

『欲しい』というこれまで自覚していた感情の先。
そよの言葉を借りるなら、これも「独占欲」なのか。
その身にまとう色の様に、金時自身を受け入れてもらいたいと思う感情が。


「教えろよ…」


金時は小さく呟きながらアクセルをもう少しだけ踏み込んだ。

夜の町が目覚める時間はほんのそこまできていた。








SideO


「土方副長!」

真選組のメンバーが発した名前に皆が振り返る。
繁華街の真ん中。
煌々としたネオンが瞬く夜の町にいつでも紛れることができるような黒が一つの雑居ビルの前に現れた。

「現状報告!」
「ハイっ!」

黒は咥えタバコを少し揺らして吠える。
低く、唸るようでよく通る声だと沖田は毎回思う。
見た目は黒豹のようなネコ科の獣のようであるのに、集団で狩りをする狼の司令塔を卒なくこなす。
それは己の「個」と排除することが出来るからこそなのだろう。
けれど、付き合いの長いからこそ、仕事上以上のかかわりを持っていた沖田だからこそ
そのことに不満を持っていた。

「なんでぇ。重役出勤の癖に偉そうにするんじゃありませんや」
「うっせぇよ。非番だったんだから仕方ねぇだろうが」

沖田がクレームを付けることなど今に始まったことではないとばかりに、土方の意識は報告する部下に完全に向かってしまっていた。

「それでも、これまで非番のアンタが直ぐに現場に駆けつけられない距離に出かけたことなんざなかったでしょうが」

その言葉はもう届いていないだろう。

不器用なまでにまっすぐで、
それでいて、何にもとどまることのない土方。

感情がないわけではない。

彼は確かに、近藤や沖田といった身近な友人というカテゴリーに含めている人間を大切に思っている。
彼は確かに、沖田の姉であるミツバを身近に置いて良いと一時本気で思っていた。

あくまで親愛の情の範囲だとしても。

最愛の姉を土方のような、あとからひょっこり出てきた男に持って行かれるのは気に食わないが、それでも、皆が幸せになればいいと沖田は思っていた。

「総悟」
「なんでぇ」

報告を聞き終わった男はパトカーに凭れかかっていた身体を起こし、短くなった煙草を携帯灰皿に押し込んだ。

「行くぞ」
「行くって、突入ってことですかぃ?」

基本的に沖田達が所属する「真選組」は対マフィアの為に組織された、と言われている。
マフィア、といっての実のところ明確な定義をもたせてはいない。

麻薬取引、殺人、暗殺、密輸、密造、恐喝、縄張り内からのみかじめ料の徴収、違法な金融業から不動産業。
多種多様化する資金源の調達。

これらを取り締まる、ということが表向きの仕事だ。

今までの警察組織での対策、対応と真選組が他と異なる点。
それは解除された武器の使用、徹底的な抗戦の許可。
もちろん必要に応じてという注意書きを伴うが、「そういった事態」「そういった無差別な対応が必要な相手」通常の枠では対処しきれない案件に真選組は出動を要請される。

平和だと言われる現代日本であれ、テロに何らかの形で関係する組織や人物は潜伏しているのだ。

「あぁ、組織が背後にいるかもしれねぇってことで呼ばれたみてぇだが、
 どうにも素人クセェ」
「そいつぁ、ありがてぇ。早く帰って撮り溜めたドラマの再放送見たいんでさ」

どうやら、土方は今回要請のあった武器の取引に関してただの暴力団関係の売買であり、自分たちが関わるほどの事件ではないと判断したらしい。
一気に事態を収拾するために、数名の部下に指示を出した後、本人は裏口に待機している班に合流すべく動き出す。

その沖田の脇を通り抜けた土方からいつもの煙草の匂い以外の匂いが香った。

「さっさとケリつけっぞ」

口端の煙草が揺れる。
だが、それ以外の匂いも香った。

「土方さん…アンタ」
「ん?」

振り返った土方の強い瞳に、沖田は目を眇める。

探す。
彼の異変を。
何かあったと勘は告げる。

香ったのは線香のにおい。
それから、青灰色の瞳の奥に垣間見えるもの。

彼が、土方がこっそりとミツバの命日でもないのに参るのは稀だ。
更に他に彼が参るような相手も沖田の知る範囲にはない。
けれど、この数週間さざ波のように動いていた土方の「揺れ」のようなものが凪いだとなればまず間違いはない。

「どうかしたのか?」

沖田が呼びかけたまま、動きを停めたことを不自然に感じた土方が完全に足を止めて振り返る。

「いえ、なんでもありませんや。今ならアンタを仕留めんのはズドンと1発で済みやすねぇって想像してみてただけでさ」
「その調子で中の阿呆ども1発で仕留めろや。遊ぶんじゃねぇぞ」
「へーい」

黒いコートが翻り、もう土方は振り向かない。
ひっそりとホルスターから拳銃を引き抜き、ただ標的に向かって歩き出す。
迷いは見受けられなかった。


(姉上がヒントでもくれやしたか…?)

周囲から見ればきっとなんということのない単純な迷路の出口をあれだけ土方と、彼の心を揺らしていた張本人は見つけられずに右往左往しているのだ。

そう簡単に出口をみつけたとは考えにくいが、何か糸口は見つけたのだろう。



「さぁて、お仕事お仕事」

沖田も小走りに土方の後に続く。


真っ直ぐに黒い背が自分たちを現場へと誘っていく。
導いていく。

迷いなく、帰って来たならば結果はどうあれ、それで良い。
近藤が皆の背後を守る最後の砦なら、
土方は勝利を勝ち取るための指標。

指標がふらついていては、ついて行く人間はたまったものではない。

この町に、
この小さな戦場に、
真選組に。


ふと、沖田は空を見上げた。
ビルとビルの隙間から見える夜空はスモックで煙り、星など見えはしない。
月さえも存在が危うい。

ここが自分たちの場所。

土方の傍に、
近藤がいて、沖田達真選組のメンバーがいて、
そして、坂田金時という存在が立つことになるであろう場所。

「おかえりなせぇ、土方さん」


静かに安全装置を解除しながら沖田は笑った。




『Melting Point―home―』 了




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