『winter』
クリスマスソングが街中に鳴り響く。
表通りの街路樹も、 店々のショーウインドも、 果ては一般家庭の庭先も、 色とりどりの光に飾られ、昼かと目を奪われる程の光が溢れかえっていた。
「へぇ」 感心しきりに、キョロキョロと土方十四郎の肩の上で、小さな狐が辺りを見渡している。
「うるせぇよ」 狐の姿も声も十四郎以外には見えていないはずだから、周囲から不振に思われることはないかもしれないが、耳元で騒がれては、堪らない。
この狐、いまは小さく変幻しているが、実は土方家の蔵にひっそりて破魔の刀・村麻紗に封じられていた、天狐・銀時である。 うっかり、地下室の封印を解いてしまったことで、ばらまかれてしまった災厄を収拾するために、十四郎は祖母の言葉に従い、銀時と『契約』を結んだのだ。 皆を助ける代わりに自分を贄に差し出すという形で。
「いや、びっくりするわ。人間の欲深さには」 「欲深さ?」
技術の進歩ではなくて? 十四郎は妖狐の言葉に首を傾げる。
「自分たちの我が儘で夜を昼のように変えちまってんだぜ?」 確かに銀時が最後に地上の光をみた時に比べたならば、どれほどの光の洪水になっているか見当がつかない。
「テメーは…割と昼日なたでも平気っぽいけど…やはり光苦手か?」 銀狐は少し鼻をふんっとならして、光に目をやる。
「妖によっては苦手な奴もいるだろうけどよ。その分、今までにいなかったタイプの若造達がその辺うようよしてるわ」 「ふーん」 煌々と光るLEDライトが作り出す物陰にざわりと何かがうごめいた気がしないではない。
「ま、オメーをそんな若造達に喰わせてやる気はないけどよ」 急にペろりと頬を舐められて、十四郎はひゃっと妙な声をあげてしまいらしくない、真っ赤になって辺りを見回した。
「そ、そんなことすんならケーキ買いに行くのやめんぞ!」 「ちょっ!それは勘弁っ!折角復活できてから唯一覚えた楽しみ取るなよ!この鬼ぃ」 「鬼ってなんだよ!テメーみてぇなのに言われる覚えはねぇよ!」 「いんや。鬼だね。大体村麻紗に妨害されてるとはいえ、契約不履行なままなんですけどっ」 「だって仕方ないだろうが!」 先日『契約』したときには確かにこの身をくれてやるつもりだったが、村麻紗のおかげで直ぐに喰われてやらずにすんでいる。 (ただ大刀が所構わず文字通り飛んでくることは、あまりに恐ろしいので、普段は村麻紗に付随する小柄を携帯していた)
このまま、銀狐が最近嵌まっている150年前にはなかったケーキだのパフェだのといった甘味で勘弁してくれるとありがたいのだが…
甘いだろうか。
「甘めぇよ」 十四郎の思考を読んだかのように銀狐が耳元で囁いた。
「あれ?」 肩にいたはずの小さな狐の姿は消え、代わりに銀髪天然パーマの青年が立っていた。
「よく考えたら、今日は折角十四郎との『でえと』なんだから、あの格好じゃつまんないでしょ?」 「クリスマスケーキ買いに行くだけだろうが」
「なんだ、十四郎から珍しくお誘いいただけたのは、今日は外で色々しちゃってもいい日みたいだからかと思ったのに」 紅い瞳が悪戯っぽく笑う。
「あ…?」 その時になって十四郎はまわりの様子に気がついた。 近道をしようと横断を決め込んだ公園は、クリスマスだからなのか、この寒空の下でカップルが身を寄せ合うたまり場と化していた。 途端に十四郎の頬に朱が走る。
人型になった妖の腕が、素早く十四郎の腰を引き寄せ、口を寄せて来る。 咥内を貪るように蹂躙され、唾液を吸い上げられる。 これも最近わかってきたことではあるが、これくらいでは村麻紗は反応しない。 生命の危機が及ぶほどでなければ、体液を多少啜られるくらいは許される範囲らしい。
「ん…」 酸欠になりそうな、それでいて腰の辺りが重くなりそうな長い長い口づけから、ようやく解放されて、十四郎ははぁと息をついた。
「ほら、やっぱりオメーも甘めぇよ?」 「さっきの?! そういう意味かよっ?!」 「さ、ケーキケーキ」 上機嫌で銀髪は土方を促し、ちらりと視線を走らせる。
ごふり
木陰で闇がざわめいた。
「オメーらなんかにゃやんねぇよ」
ごふり
物陰で闇がうごめいた。
「コイツを喰らうのは俺一人だ」
ばちん
何処かでイルミネーションが割れた様な音がした。
「ん?なんか言ったか?」 「何でもない何でもない。 さ、旨いケーキ喰ったら、クリスマスプレゼントには十四郎貰おうかな〜」 「…村麻紗が許したらな」
ぎくりと狐は身を竦めてみせる。
「うぅぅ…じゃあ許される範囲内でお願いします!」
光が濃ければ濃いほど。 闇もまた深さを増していく。
十四郎もまた銀狐に背を押されながら、無意識のうちに、ポケットの上から村麻紗の小柄に触れる。
そうして、クリスマスソングに紛れて聴こえる街のざわめきに耳を済ませたのだった。
『Contractor―winter―』 了
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