うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『Labyrinth U』



「あれ?」
車に乗りかけた金時は視線を感じて振り返る。

「とう…しろう?」
道路の反対側に立つ男。
金時が持っていない黒い真っ直ぐな髪と、瞳孔の開いた青灰色の瞳。

見間違うはずがない。

今日は月曜。
受付にはいつも7時前には寄ると聞いていたから来たら知らせるようにコンシェルジュに頼んでいた。
先日負傷したと聞いてから一度も顔を合せていない。
なんとか一目でも会っておきたいと。
しかし、8時を回り、9時となっても彼は現れない。
じりじりと待っていたのだが、タイムアップの11時だと諦めて、愛車を表に回してきたところに望んでいた姿を見つけたのだから、
見間違うはずがない。

にも関わらず、金時が疑問符を付けて呼んでしまったのは土方の表情にあった。

置いていかれたような。
迷子のような頼りない表情。

夜、店で定期的に顔を合わせる時にも、
偶然その姿を見止めた時にも、
馬鹿やって、飲み比べをする時にも、

明るい太陽の下で初めて見る彼は
見たことのない、酷く儚げな。


そう、崩れ落ちそうな顔をしていた。


「金時さん?」
先に車にエスコートしていた女に呼ばれる。

金時の上客の一人だった。
若いながらも、親族の会社を受け継ぎ、経営している。
神楽と懇意にしている彼女が、このマンションも紹介してくれた。
ただの客なら金時の住まいなど知るはずもない。

だから、イレギュラー中のイレギュラー。
自宅近くまで来ていた彼女とここから一緒に出掛けることになっていたのだ。

「ごめん。そよさん。ちょっと待ってて」

ドアを一度閉め、走り寄る。
直感でしかない。


「十四郎!」
大きな声で呼ばれ、男の身体がビクンと跳ね、我に返ったように急に瞳に力が戻った。

「よぉ。腐れ天パ」
瞳に力は戻ったが、眉間によって皺が微かに残ったままだ。

「何?今日休みだったの?」

スーツではない土方を見るのも初めてだった。
グレーのヘンリーネックにブラックジーンズという極目立たない、特記するようなことのないような洋服。
足元は機能性重視の皮のスニーカー。
ただ、恐らくノーブランドであるにも関わらず、土方が着ているだけで様になっているのが彼らしい。
「遅くなった。出かけるなら、受付に預けておくから」
新しい煙草を咥えなおしながら、淡々と伝えてくる。

「出かける…っちゃ、出かけるところなんだけどね。うん…」
やはり拭えない違和感がそこにはあった。
徐々に打ち解けた空気が通い始めていたと思ったのは気のせいだった…そう思わせるような感情のこもらない口調。

「まだ、痛む?」
「別に」
怪我のことは、彼の部下の様子から、回復具合は彼の腹違いの兄から聞いていた。
前者は半ば金時に脅されて、後者は金時をからかうネタとして。

土方には内密に。
内密なのだから、金時が怪我の事を匂わせるような言葉を否定しないというものおかしい。

「十四郎、やっぱどっか悪いんじゃね?送って行こうか?」

ちょうど出かけるところではあるし、土方の家を知るいい機会かもしれない。
そんな風に思ったのだが、彼の瞳はこれ以上ないほど大きく見開かれた。

「いや、ちょっと…胃の具合が良くなかっただけだ。コイツ置いたら帰る」

確かに先程から、胃の辺りに手を置いている。

「やっぱり、送るよ」
「ざけんな!彼女が待ってんだろうが!」
延ばしかけた腕を払いのけ、金時の脇を擦り抜けるようにマンションのエントランスへと向かっていく。

「十四郎?!」
何が起こったかわからない。

自分の仕事の事を気遣ってくれたにしては、激しい反応だった。

ホストという職業柄、
人の感情の機微を察するのは得意な方だ。
なのに、土方の行動が良くわからなかった。

初めて捕まえたいと、手に入れたいと思ったヒト。
ネコ科の動物のような危険なにおいを振りまいて誘い、
イヌ科の動物のように、集団のなかで生活をし、
それでいて、何処にも馴染まない。

金時と同類の匂いを漂わせ、
気まぐれで、
そのくせ、自分の事には頓着しない。

一見自分の命を、身体と軽々しく扱っているように見える生き方。

おそらく彼はそんなことを『気にしていない』だけなのだ。

そんな分析はしてはみるが…


そよを待たせていることが気にかかったが、受付に預け終った土方が戻るのを待てるだけ待つしかない。
土方は間違いなく、金時のマンションに入って行った。
敢えて、無理やり追わずに、車に凭れて待ってみる。
受付にグレイを預ければ、すぐに出てくるはずだ。
建物に入って早5分。

「金時さん…もしかして?」
面白そうに、様子を静観していた女が窓を開けて声をかけてきたことで我に返る。
早足で受付へと向かってみれば、そこに土方の姿はなかった。

「やられた…」

本当に、土方に関しては鼻が効かない…

頭をくしゃくしゃとかき混ぜ、悪態をつくしかなかった。





「お待たせ。そよさん」

恐らく別の管理棟と通ってか、非常口を使ってか姿を消した土方を追うかどうか頭を悩ませたのはほんの数秒のこと。
客とドライブがてら、横浜でランチをとり、ショッピングに付き合って、
それから、同伴出勤をする。
予定を少し遅れているが、まだ取り戻せないスケジュールのずれではない。

頭の隅から土方の顔が離れないが、『仕事』は目の前。

神楽と交流があるだけあって、そよは『客』というよりも『友人』のカテゴリに近いこともあり、尚更今投げ出すわけにはいかなかった。

「よかったのですか?」
「あとで、メールでもしておくし。猫連れてきてくれただけだから」
面白そうに尋ねてくるぐらいであるから、怒ってはいないようだった。

「お友達?」
「たぶん、ね」

如何せん相手が相手。
長期戦は覚悟の上。
野生動物はゆっくり時間をかけてとは思っている。

じわじわとテリトリーに入り込んで、
いずれ、ぐずぐずに溶け合うように…

まずは懐に入り込む。
それは達成できたように思う。

自分としては、そろそろ次の段階に入る時期かとも感じてはいるのだが。
はたして今の方法であっているのか…

「たぶん…とはまた曖昧な答えですね」
今度は声を出して笑われる。

「そうかもね。だって、わからねぇんだもん」

頭を整理するには助手席に座る女は確かに丁度良い存在かもしれない。
機転が利き、人の機微を捉える能力に長け、
ツマラナイ嫉妬で金時を翻弄することはなく、
お気に入りの宝石を並べてみたいだけの虚栄心の塊という訳でもない。

「わからないのですか?さきほどの方?」
「そ、パズルなのか、クイズなのか、アイツを解く方法がまずわかんない」

先程の顔をみてまた、わからなくなった。

そよの少し端が欠けてしまった爪を気にしている横顔を少しだけみる。
神楽もそうだが、彼女も年齢不詳なところがあった。

「…金時さん…あの方とちゃんとお話されてます?」
「最近ちょっとしてないかな。擦れ違いで会ってなかったしね」
少し混み始めた道路に減速しながら、苦笑する。

「そうじゃなくて、基本的なお話」

他愛のない話はする。
でも、よく考えればお互いのベースについて話したことはなかった。
ごく最近、古くから付き合いのある男・高杉が、実は彼の腹違いの兄だと知ったぐらいなのだから。

高杉の家庭の事情はある程度は知っている。
腹違いの兄弟姉妹が実は何人かいる事。
本家と呼ばれる家は長兄が継いでいるし、施設で認知もされずに育った高杉本人とは付き合いがない事。
本家に引き取られた兄弟のうち、一人だけ細々とやり取りがある弟がいること。
まさか、それが自分の頭の中に住み着いている土方十四郎だとは思ってはいなかった。

武装警察なんて物騒な職業に今でこそついているが、
ごく普通の家庭に育ったのだと思っていたのだ。

いわゆる『妾腹』で、幼くして母を亡くし、本家の兄に一人引き取られたなど考え付もしていなかった。
今時、どんな時代錯誤だと思う様な時代がかった生い立ち。

そんな話は二人の時にしたことはない。


別に気にしたことはなかった。
知らなくても構わないと思っていた。
本能レベルで欲しているという、本当に自分にとっては稀な現象と
『土方十四郎』という存在のイレギュラーさ。

自分のしらないところで、いくらでも傷つく可能性を考えて引き起こされる痛みが。
自分のしらないことを自分の良く知る人物から聞くという現象から生まれる苛立ちが。

予想以上に実は金時を惑わしている。


「やっと、懐いてくれた感じだと思ってたんだけど。
 人の口から情報もらってばっかだからかな…よくわかんなくなった」

彼の口から、
彼の意志でまだ、晒されたことのない土方自身のこと。

「あら」
今度は声をたてて笑われる。
流石にすこしムッとして彼女を見た。

「金時さん、あそこの店の前に停めてください」
「じゃあ、俺そよさん降ろしたら、駐車場探して入れてくるわ。
 さすがにここで路駐不味いから」
「いいえ、今日は私一人でランチすることに変更します」
欠けたネイルを手直ししたいしと微笑まれる。

「え?そりゃないでしょ?夕方まで遊んでくれるんじゃなかったの?」
「そんな腑抜けたお顔の金時さんをからかうのも悪くないけれど。
 カッコいい金時さんのエスコートされる方が好きですから。私。
 また、お店の方にいきますね」
さっさとドアノブをひこうとする女に、慌てて運転席から降りて、助手席側に回り込んだ。


「金時さん」

ふと、思いついたように、少女の面影を残す女は、降車の手伝いをする金時の名を呼んだ。

「クイズでもパズルでもなくて、迷宮なんじゃないでしょうか?
 あなたたちが迷い込んでいるのは」

俯瞰でみればなんてことのない。
一目瞭然の。

「迷路じゃなくて?」
「そう、迷宮。mazeではなくてlabyrinthの方」

本当は一本道。
交錯しない道はフィールド全体に張り巡らされ、行っては帰りを繰り返しながら、
最終的には同じ道を通って、同じ場所に帰る。

どこか、違うところに出るわけではない。
出口も入り口も同じであれば、入る必要は無いように見えるが、
それでも相手の思考と、繰り返し、繰り返し交錯することでしか見えてこないモノもあるのかもしれない。

「今日は楽しかったです。『噂の』土方さんにもお会い出来て」
「あ?あぁ…そういうことね」

そよの言葉に、彼女が金時の洩らす言葉の端々から推測で話をしていたわけではないことが分り、また髪をかき混ぜた。
神楽から話は聞いていたのだろう。
金時が固執する人間の事を。

「でも、意外でしたわ。金時さん。
 こだわってるだけじゃなくて、独占欲、丸出しなんですもの」
「…独占欲?」
聞きなれない言葉に首を傾げる。

「周囲がさも当たり前のように土方さんのことを語るのが面白くない。
 そろそろ、自分も踏み出して、自分ももっと知りたい。
 聞きたいことはたくさんあるのに、その一歩が踏み出せない。
 手を掴みたいのに土方さんの動きが理解できない。
 そして、それが怖いのでしょう?」
「そよさん…よくしゃべるね…今日」
「あら。怖い。では本格的に図星を差す前に退散いたしますね」

ひらりと、女のスカートが舞う。

「怖い、ねぇ」

自らの呟きは、一見無害にみえて、しっかり『オンナ』であるそよを差すのか、
それとも、そよが指摘した自分の中の『不安』のようなものを差すのか。
それさえもわからなくなってきた。

「さて、どうすっかね」

大きく息をつき、エアコンの効いた車へと乗りこんで、空いてしまった予定に行先の宛てもないままアクセルを踏み込んだのだった。




『Melting Point―Labyrinth―』 了




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