うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

幕間【宴の日】



かぶき町の一角。


1階はスナック、2階は事務所兼住居という作りの建物に、『万事屋トシちゃん』はあった。
2階へと上る階段の下には、流れるような筆遣いで『万事お引き受け候』としたためられた看板が立てかけられている。
不自然な点と言えば、その隅に、明らかに異なった筆跡でマジックでグイグイと書かれた元気の良い文字が書き加えられていることだろうか。

『恋文代筆』と。



「土方さん。依頼取って来てやりましたぜ」

万事屋のデスクに座し、万事屋の主・土方十四郎は、ため息をつく。
外から帰ってきた、従業員の一人沖田がドヤ顔でデスクに腰かけたからだ。


「総悟…テメー、この間、そう言って俺をオカマバーに売りつけやがったのを俺は忘れてねぇぞ」
割のいい仕事があったと引き摺って行かれたのは、オカマバーで女装させられたあげく、酔っぱらい相手に暴れた沖田のせいでタダ働きを3日もさせられたことは記憶に新しい。

「なんでぇ。文句たれてたのは土方さん一人じゃねぇですか。
 皆さん楽しんで下さってましたぜ?」
「んなこたぇねぇ!面白がってたのはテメーだけじゃねぇか」
そんなことはすっかり記憶の隅に追いやったのか、銀河の果てに飛ばしたのか、明後日の方向を見ながらのんびりと沖田は嗤った。

「いえいえ、坂田の旦那もご満悦で俺にまでチップ弾んでくれやした」
「あ、やっぱアイツ呼んだのテメーか!?
 どんだけ人前でセクハラ受けたと思ってんだ!ゴラぁ!」
気が付くと、そう、なぜか真選組の面々まで来店してきたのだ。
澄ました顔で下ネタを浴びせられ、酌をさせられ、しかも土方を指名してきた副長・坂田。
似合うとも思えない振袖と化粧をしていると思うだけで羞恥心で死ねると思っていたのに、またそれを煽るような言葉をかけられた。
忘れたい記憶の1ページ。

「公開プレイはお気に召さなかったんですかい?アンタ好きそうだと思ってたんですが。
 あ、あれか、恥ずかしいカッコは旦那の前だけでしかしたくないって?
 気持ち悪ぃ。うえ。ついでにこれもまぢぃ…うえ」
勝手に人の入れたコーヒーを一口飲んでおいて、本当に吐くのではないかと思う様な仕草をして見せる。

「俺が一番気持ち悪かったし!現行気分悪いわ!」
「で、仕事引き受けるんですかぃ?」
ころっと話を戻してくる。

「どんな内容なんだ?」
正直なところ、沖田の請け負ってきた仕事など丁重にお断りしたい。
したいのだが、それを許してくれないのが、ここのところの万事屋の現状だ。
沖田からカップを取り返して、飲み干してしまう。

「それを聞いたら引き受けないわけにはいかないですぜ?」
「あ?まさか、もう前金もらった…とかじゃねぇだろうな?」
恐る恐る尋ねれば、沖田の整った口もとが、凶悪に釣りあげられる。

「なぁに、そんな難しい仕事じゃないんでさ。
 誕生日ぱーてぃーとやらの手伝いらしいんでね」
「誕生日?…あ?」
ぐらりと眩暈が襲う。

「総悟…てめ…」
「えぇ、段取りはこっちでするんでアンタはちょっとひと眠りしててくだせぇ」
机に手をついて、沖田の胸座を掴もうとするが、それは叶わず、土方の意識は薄れていったのだ。





「あ?」

意識を取り戻した土方だが、目の前は真っ暗だ。
狭い空間に閉じ込められていているらしい。
手足を縛られているわけではないが、四方、壁が迫って来ていて身動きは取れなかった。

手を壁に這わせてみると、どうやらそれは紙で出来ているらしかった。

(箱?)

軽く押したくらいでは開きそうにない。
耳を澄ませてみると当たりの様子をうかがってみると、かなりの人間の気配と声がしていた。

がやがやと聞こえる声々はどうやら宴会の最中のようで、雑多な会話であふれている。

(宴会?)

自分がこの場所に押し込められる前の事を土方は思い起こす。

(宴会…誕生日…まさか…)

連想ゲームのように思い起こしたのは
今日10月10日は確か、武装警察真選組の副長の誕生日ではなかっただろうか。
出会った当初、なぜ土方に執拗にかまうのか、
裏があるのかと万事屋の地味な従業員に調べさせてた時に自分の5月5日の丁度倍だと
資料を呼んだような…気がしたのだ。

更に神経を外部に向ければ、
独特の『アル』と語尾につける少女の声と、子犬のような泣き方のくせにやたらと大音量の犬の声。

間違いないだろうと、土方は頭痛に襲われる。

真選組副長、『白夜叉』こと、坂田銀時の属する組織の本拠地の真っ只中であることに。

土方は一介の町人のつもりだ。
廃刀令が出された近年、腰の物は木刀に変えていたし、法に触れるようなことはしていない…はずだ。
ただ、『元攘夷志士』なんて過去を持っている都合上、旧友の中にはまだ絶賛指名手配されながら活動を続ける者もいる。

なのに、なんだかんだと生まれつつ、不本意ながら築かれつつある『腐れ縁』が縁など無いにこしたことのない組織とのつながりを解除してはくれない。

(ヤバいぞ…)

今回話を持ち出したのは沖田だ。
万事屋の従業員だが、もともとは旧友近藤が連れてきた同郷の青年。
近藤を慕って江戸に出てきたとはいえ、テロリストとして裏街道を歩ませることを良しとせず、
万事屋に預けられて彼は、土方自身も気に喰わないらしく嫌がらせに力を注ぐことを惜しまない。

自称ドSの沖田が、一枚噛んでいることから、どう考えても…

方向を探る。

恐らく宴会場の隅っこに置かれているのだろうと思う。
あまり考えたくはないが、『プレゼント』的な何かにされる可能性が一番高い。
宴もたけなわになったところで開けられると想定すればそれほど時間があるとは思えない。

(早いとこ、ここから抜け出して…)




  

ごとん
世界が揺れた。

「銀ちゃん!」

(うお!!)

奇妙な浮遊感が土方を襲う。
声からして、真選組の一番隊隊長が土方の入った箱を持ち上げたらしい。

「お誕生日おめでとうアル」

ぐらぐらと振り回され、船酔いのような眩暈に慌てて両壁に手をつっかえるように広げて
バランスをとる。

「あ〜それそれ、気になってたんだよね。神楽からだったのか?」
恐らく、そのゆるい声の主は坂田だろう。

一番隊隊長の神楽と沖田は何かと張り合って街中でも暴れまくる仲だが、
神楽は坂田を祝う材料を、沖田は土方を困らせる材料をと、利害を一致させたということか。

「プレゼント!今年は大きいアルヨ!」

どんっと今度は一気に地面に落とされ、さすがに土方は小さく唸り声をあげてしまった。

(なんか!とんでもなく嫌な予感がするから!お願いだから開けんな!クソ天パっ!)

「しかも、なんか重たい物入ってんの?」
「開けてみるヨロシ!」

ずずっと畳をスライドさせられる感覚が伝わってくる。

「悪ぃ。神楽、後で開けさせてもらう」
「え〜?今年は銀ちゃんの欲しいモノ、考えに考えあぐねたネ!今開けるネ!」
「いや、こういうものはそっと慎ましやかに開けるべきだと思うからさ」
それに…と一度言葉を留め、坂田は言った。

「一番隊の出番ぽいんだけど?」

「ご報告します!ただ今3番隊より入電ありました。麹町で小競り合い中。
 至急応援をとのことです」
障子が開けられ、伝令らしい男の声が宴会場に伝えられる。


「ヅラ」
「ヅラではない!桂だ!
 まぁ、しかし、リーダーは酒を飲んでおらんしな。ここは1番隊に行ってもらおう」
「え〜」
即効で少女の不服そうな声が上がる。
宴の途中に抜けるのは確かに気が進まないだろうが、既に出来上がっている面々を考えれば止む負えない。

「食後の運動に一暴れしてこいや」
「戦うヒロインは常に蠱毒ネ!」
「いや、いま何か意味微妙に違ったよね?」
「行ってきま〜す」
坂田のツッコミは見事にスルーされ、バタバタと数名が出ていく音が聞こえた。

「新八」
つい勢いが付きすぎて暴走気味の一番隊のストッパーにするつもりか、地味な眼鏡が呼ばれた。

「僕に止められるわけないですけど…今日は仕方ないですね。
 銀さんおめでとうございます」
「おう」
照れくさいのか短い応えだけ坂田が返すのと同時に一集団が一気に動き出す気配であふれ、
その後、また何事もなかったかのように酔っぱらい特有にざわめきが戻ってくる。

「んじゃ、俺も少し早いけど部屋に戻らせてもらうわ」
「もう飲まんのか?」
「結構飲んだしね。主賓いてもいなくても、
 みんな飲める口実さえありゃいいんだから構わねぇだろ?」
「まぁ、それもそうだ」
よっと掛け声がかかって、また浮遊感が土方を襲った。




今度は比較的緩やかな振動で運ばれていくのが分る。
中身がわかっているのか、いないのか。
夜兎の娘はまだしも、坂田が成人男性である土方の入った箱を軽々と持って歩いていることに少し腹が立つ。

普段、何も考えていないようで、意外に細かい心遣いができる男だと気が付いたのはごく最近の事だ。

街で出会っても、
万事屋に押しかけてきても、
事件に巻き込まれて、並走して走ることがあっても、

坂田銀時が自分にかまう理由が今だに良くわからない。
坂田の言をそのまま受け取るならば、坂田が土方に『惚れて』いるというのが理由なのだろうが。

(そいつを本気にすぐ出来るほど、人間まっすぐじゃねぇんだ)

そう思うのに。

しゅるしゅると恐らくリボンであろう布が解かれる音がして、真っ暗だった空間に光が差し込んでした。


暗闇から出る時特有の眩しさに眉を潜める。
逆光でもわかるピンピンと好きな方向に飛び跳ねたシルエットは坂田その人のもの。

「土方…」
いつものふざけた声色ではない、安堵を含んだような声が耳をうつ。

(クソっ)
こういう時の坂田は苦手だ。
陰になっていても伝わってくる嬉しそうな顔つきと、妙に男臭い声。

「よう…」
何と言っていいかわからない。
わからないが、とりあえず狭い空間に押し込められていたため節々がハンパなく痛む。
とりあえず立ち上がると、坂田の息をのむ気配が伝わってきた。

「あんだよ?」
「あ〜、お気づきでない?その恰好」
言われて自分の着ているものがいつもの服装でない事にかたまる。

純白の白無垢。

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ」
流石に角隠しは箱にいれる都合上なのか、つけられていなかったが、
紛れもない婚姻衣装。
けして小柄でも、華奢でもない自分が良く入るモノがあったものだと感心して、いや問題が違うと首を横に振る。

「神楽の仕業…にしては凝ってるから、沖田君が絡んでんのかな?」
長い、長い裾に足を取られながら、箱の外へ出ようとすると、坂田が手を貸してくれる。
そんな所作もやはり苦手だ。

「チクショウ」
「まぁ、アレだ…やっぱ嫌な予感したからこっちに運んでよかったわ」
首の後ろに手を当ててコキコキと鳴らして見せされる。

「確かに…」
こんな恰好、余興にしても余り品のいいものではないだろう。

「あ、なんか勘違いしてない?
 こんな可愛い姿他の奴に見せたくなかったって意味なんですけど?」
「はぁ?」
坂田の言葉にはスルーを決め込んで、まずはこの恰好をどうにかしなければ万事屋に帰れないと眉を潜める。

「プレゼント…なんだから、銀さんがもらってもいいってことなんだよね?」
「俺は了承してない」
素直に、目の前にいる男が服を貸すとも思えなかった。

「でも、万事屋さんは一度請け負った仕事は最期まで責任もってやってくれんだよね?」
「………」
坂田に取られたままの自分の掌がじっとりと汗を掻くのに舌打ちしたい衝動に駆られる。


(応と答えれば意外に簡単なのかもしれない)と、一瞬思った。

時折こうやって、死んだ魚のような眼が煌めく瞬間が苦手だ。
それにしても、

坂田の苦手な部分を並べてみれば、腹が立つほど、流されてしまいそうな自分も付属していることに気が付かされる。

「逃げなくていいの?」

くしゃくしゃと長めの前髪を掻きあがられ、視界がまた一段と明るくなり、また直ぐに影が振ってきた。
額に暖かい物が押し当てられ、更に深く眉間に皺を寄せる。
すると、今度はそこにまた同じ暖かさが当てられた。

動けなかった。
いや、動かなかったの間違いだ。

その熱の正体が坂田の唇が放つものだと知りながら。

「…ま、急がねぇよ」
耳元に寄せられたソレは少し痛いくらいの強さで耳朶を食む。

「こんの…」

急速に離れていく手に、唇に、
体温が一気に冷え、そして、その倍の速度で跳ね上がった。
主に頭に。

坂田の頬を掴み、横に伸ばす。

「ひょょっと!ひぢか…」
伸ばされた口が抗議の声をあげるのをぺろりと舐めて止める。


「お誕生日おめでとう」

10月10日。
坂田銀時が生まれ落ちた日。

「へ?あ?」

そのまま、そそくさと坂田の私室を大股で立ち去る。

障子を閉める際、背後でどさりと尻もちを着いたような音が聞こえ、漸く笑みを浮かべることができた。
そして、白無垢のまま、勢いで万事屋に帰り着いた土方は、
地味な部下に顎が外れるのではないかと思うくらいあんぐりと口を開けられることになる。





おまけ



途中、ドカドカと屯所の玄関に向かう最中、
数人の隊士とすれ違ったことを土方は気に留めていなかったのだが、
とうとう坂田副長に嫁が来たが、速攻でバツイチになったという真選組の不名誉な噂が
江戸の町を駆け巡ることになるのは、数日後のこと。





『よろず事承り候 【宴の日】 』 了






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