うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『fragment U』



レクサスが完全に見えなくなってから、土方は携帯で通報する。
あれだけ、鮮やかに急所に拳を打ち込まれていたら、すぐに起き上がることもないだろうと、手錠をかけるでもなく、煙草に火をつけた。

「そういや、十四郎…オメーいつもあんな戦い方なの?」
一瞬問われている意味が解らなかった。
しかも、そこには少し責めるような声色が含まれているのだから、なおさらだ。
金時の身内を護ったつもりだったのだが、余計なお世話だったということなのか?

「…警護対象がいる時は…な」

真選組に移ってからの土方は、確かに護りよりも攻めの戦いの方断然が多い。
身を挺して人を護ることも少なくなった。
護るために己が一歩先に相手の喉元へ飛び込むことを赦されるようになったからだ。


「やっぱ、死にたがりなのかねぇ…」
「は?どういう意味だ?」

死にたがりと言われるのは、先ほどの神楽に引き続き2回目だ。
沖田に「シネひじかた」とはよく言われるが。


「生き残ろうって欲求薄いだろ?オメー」
「早く死のうとも思ってねぇけどな。人並みだと思うぞ?
 つうか、今の行動の何処が『死にたがり』なのかがわかんねぇ」
「ううん…なんていうかな。
 護ること、つうか目的が一番。反撃二番、追跡及び自分の身は後回しだよね?」
「あぁ、それか…」
そう言われてみれば、そうかもしれない。

「それとも、生きているのが辛い?」
「どっちでもねぇな」

何処に行っても、変わらない。
今でこそ、近藤のもとで走るという枷を自分に付けているが、どこで最期を迎えてもおかしくないと思ってもいるし、それで良いとも。

「そっか」
俺と逆だね。
そう言って、笑う顔は何だか、泣きそうにも見えて、また目の前の男が分らなくなる。

「最期まで俺も走っていたいタイプだけどね。
 生き残るためなら、泥水飲んだって、立ち上がるよ」

ビルの隙間から、見えもしない星でも探すかのように金時は空を仰ぐ。
見出すのは、過去の自分か、それとも、未来の自分なのか。

「…別に死にたいわけじゃねぇ」
「でも、生きたいわけでもない」

きっと何かが欠落しているのだろう。
何処かで落としてきた破片。
それは感情から毀れた破片なのか。
生まれ落ちた時から、欠けていた一部なのか。

「這い蹲ってでも、最後まで立つさ」
「十四郎のそれは、生きるためじゃないよ?きっと最後の切り札には成り得ない」

悔しいが、心のどこかで、金時の言うことが正しいことも理解していた。

微かにパトカーのサイレンが聞こえてくる。
もう、数分もしないうちにここへたどり着くだろう。

「十四郎」
新しい煙草に火をつけようとした手を、金時が抑えた。

「あ?」
「俺も、グレイもオメーのこと、頼って生きてんだからな」
「は?」
「俺の知らねーところで、くたばってくれるなよ?」

そんなことを言われる覚えはない。
第一、護身用にワイヤーソーを装備してるようなホストに言われる覚えはもっとない。

「ハッ、馬鹿にすんな。テメーの方がよっぽど危ねぇ橋わたってんだろうによ?」
「なにそれ?こんな商売だから、いつ女に刺されてもおかしくねぇってか?
 うーん。それは否定できねぇかなぁ。
 だって本当はこんなに美人の十四郎って恋人がいるんだから」
明らかに、いつものふざけた様子に切り替えてきた。
それが、有り難くもある一方、突き放されたような気分にもされる。

「誰が恋人だ!どうやったら、そういう話になるんだ?!
 あ、あれか、そんだけねじまがった頭してると、
 思考も捻じ曲げてしか出来なくなるのか?そういうことなんだな?」
けれど、それに乗じる。

「ちょ!なに?天パのこと!?その可哀そうなモノみるみたいな目、しないでくんない?」
「いや、うん。だってそれは救いようがねぇだろうが?」
「完全否定ですか!ダメ出しですか!コンチクショウ!」

パトカーがたどり着くまで、あと数十秒。

「破片は別のもんで埋めりゃいんだよ」

ぽつりと拗ねたような口調でなぜ返すのだろう。
意図的に今度は土方が、話を変える。

「ま、今晩は猫、連れて帰れよ?お前が」
「仕事戻るんなら仕方ねぇけど…じゃあ、終わったら迎えに来いよ?俺のマンション」
「なんでだよ?テメー休みなんだから、別に必要ねぇだろうが…」
夜、『灰色』の傍に金時がいるならば、それで良いのではないか。

「いいじゃん!わかれよ!オメーと会いたいって、何回言わせんの?
 あ、もしかして明日のお休み返上?」
「そうなるだろうな…って!オイ!なんでテメーが俺のシフト知ってやがる?!」
「それは企業秘密です」
「誰がリークしやがった?!」
問いつめようとした矢先に、車が目の間に停まった。

「土方副長!」
パトカーから、3人ほどがバラバラと降りてきて、真っ直ぐに土方に敬礼を寄越した。

「あっちの路地に転がってんのがそうだ。
 ここの店が『夜兎』の管轄だと知ってか知らずか、発砲してきた馬鹿だ。
 明日から本腰入れるが、とりあえず、今晩中に身元と裏を洗っとけ」
「了解です」
「今日の夜勤は永倉んとこだったな?あとで直に連絡いれておく」
「では!失礼します!」
弾かれたように、制服が動き出し、処理を始めた。

「あれ?オメー残るんじゃ…」
「馬〜鹿!あれくらいのことで、いちいち俺が残る必要ねぇだろうが」
「え?あれくらいの事って…いいの?」
『夜兎』の支部長の暗殺者なのだから、それなりのバックが付いていることは間違いないだろう。
だが、土方は『『神楽』が襲われたという事実』を意図的に隠すつもりでいた。

「あの『神楽』にとっちゃなんてことねぇことだろうが、
 恩を売っておくのも悪かねぇだろ?」
女の方も、何かと裏で報復するにあたって都合が良い筈だ。

「じゃ、飲みにでも…」
「猫どうすんだよ?」
そう言って、新しい煙草を口に咥えた。

「そういや、テメー車か?」
「お?おう。神楽連れて回ってたから、今日は…」
「じゃ、まわせ」
土方の言葉に金時の顔が呆けたのをみて、すこし溜飲が下がる。

「…はいはい。女王様のみ心のままに」
「誰が女王様だ!ゴラァ!」
「はいは〜い」

軽い足取りで、子猫と車を取りに行く、金色を見送りながら、煙草をふかせる。
先程、金時が見上げていた同じ空を。

欠けた破片はどこに転がっているのか。

(その破片が必要かどうかも俺には分かりはしねぇのにな)
少しだけ、探してみたいような気分にさせられたのは、金時の話術の力か、それとも?

春の空に昇ってゆく、煙の行方を青灰色の瞳で、追いかけたのだった。





『Melting Point―fragment―』 了







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