うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『Labyrinth T』



土方が被疑者確保の為に、乗り込んだ店で肩を打ち抜かれてから、2週間が経とうとしていた。
実質の入院期間はもっと短かったのだが、その後の片づけなどであっという間に時はながれていっていた。


いつもどおりだ。

目の前の案件を片づけながら、同時に他の組織にも目を光らせ、情報網を敷き、
身内にも網を張り、日々を謀殺していく。

そんな毎日。

それを不満に思ったことも、不安になったこともなかった。

これまでは。

「なぁ…そろそろ…やばいよな…」

自宅のソファに沈み込みながら、足元にすり寄ってきた猫に話しかける。


今日は月曜日。
すっかり傷も癒え、灰色の子猫は今ではほぼ成猫と言える大きさにまで成長している。
本来、今日は飼い主である坂田金時のマンションへと返す日。
出勤前に立ち寄って、管理人というべきか、ホテルのフロント然とした受付に預けるのであるが…

漸く片付いた仕事。
溜まる有給休暇。
上司にとうとう強制的な休暇の消化をさせられていたのだ。

『出勤』という切欠がない分、ダラダラと金時のマンションに向かうべき足は
いつまでたっても動こうとしない。
病院に運び込まれた先週の金曜日と次の週は部下の山崎や何でも屋を営む腹違いの兄に猫を任せていたから余計にそう感じるのだろう。
だが、いよいよ今週は逃げていることもできそうにない。

(これ…逃げてるのか?)

なんとなくではあるが、金時に会いたくなかった。

金色のくるくると跳ねた天然パーマをしたかぶき町ナンバーワンホストと呼ばれる男に。

最初は、彼の勤めるホストクラブの裏路地で。
そのあとも、そのホストクラブのマネージャーが上司である近藤がストーカー行為をしている女性の弟だということ縁だとか。
馴染みにしているバーでだとか。
つい拾ってしまった膝に乗る灰色の猫を通してだとか。

小さな、小さなつながりが段々と深くなっていってしまった男。

本来は、警察組織の中でも、対マフィア組織である真選組に所属している土方が、
中国系マフィアである夜兎の日本支部長神楽と繋がりのある店のモノと繋がっていることは出来るだけ避けるべき状況だ。

それでも、大型の肉食獣を思わせる金色はするりとそれらを掻い潜ってやってきてしまう。

いつの間にか、馴染んでしまった。
その存在があまりに土方の中で大きく。

そして、彼が指摘する自分の『死にたがり』について考えてしまうだ。

別段、早死にしたいとは思わない。
だが、長生きしたいとも思わない。

誰かの為に生きたいと
そんな風に思ったことがない。

欲しい物も特段ない。

数年前に、共に生きてもいいかと思っていた女性を亡くした時も、
あぁ、逝ってしまったかと
彼女が最後に悔いがなかったならばそれで良いと、
そう評して沖田に殴られた。

魂を揺さぶられる。

それが見つからなかった。
これまでは。

「死にたがり…な」

呟く。
きっと、今回も攻撃に転じるためにあえて、銃弾を避けなかったと知ったならば。
あの金の獣が何というか。

それを聞きたくなくて。
それを見たくなくて。

「逃げてんだよな?…俺は…」


自問し、答えを探せば探すほど迷路に迷い込むような。

だから、自分の中のモヤモヤとしたものを整理してからでなければ、金時に会いたくなかったのだ。


にぁあ
灰色が土方の手の甲をざりと舐めあげてくる。

「そう…だな」

自分に結果が出ていなくても、なさねばならないことを先ずは片づけなければ。
受付に預けるだけなのだから金時に会うとは限らないのだ。

背を撫ぜてやると、灰色を抱き、漸く腰を上げたのだった。





実は、土方のアパートから金時のマンションまでそれほど距離があるといわけではない。
ただ、いつも使う駅からは方向が違う、というだけの、
本当は徒歩にして15分ほどの距離なのだ。

これまでだって、この生活圏で会うことがあってもおかしくはない状況だった。
それなのに、会わなかったのは、生活時間の違いと、金時の交通手段が日によって異なるということだろうと思う。

何度か金時本人がストーカー被害にあったということで、住むところには苦労しているのだと苦笑するのを見たのは彼のマンションにツマラナイ意地の張り合いで寄った何度目かのことだったか。

所謂億ションと呼ばれるマンションのセキュリティは万全だ。
土方とて、受付と顔見知りになった今でも、彼の住まうフロアに不在時に上がることは止められるだろう。

(そういえば、アイツは俺がどこに住んでんのか聞かれたことないな)

やたらと惚れてるだの、構い倒そうとするわりには、いつだって会うのは職場か、偶然。
それが不満かと言われれば、良くわからない。

かといって、押しかけられても困るのだか。

土方のアパートはどちらかというと質素だ。
質素というよりも、世間からみればボロアパートと呼ばれておかしくない古めかしさを持つような建物だ。

それを恥じるという感覚はない。
駅からの利便性とそれに、何かトラブルに合った時に他への被害最小限で済みそうな家。
どうせ帰って眠るだけ。
食事はたいてい外で済ませるし、風呂に夜中に入ろうとクレームをつけるような繊細な神経の住人はここにはいない。

煙草の煙をたなびかせ、ゆっくりと歩きながら、ケージの猫をちらりと見る。

本来なら、そんなアパートだから禁止事項ではあるものの猫だって飼えないことはないのかもしれない。
大家の自宅は別になっているし、直接的な迷惑さえ掛けなければ互いに他人に関心を持つ類の人間もいない。
怪我をしていた灰色を泊めるには隙間風の入るような部屋の環境は良くないとあの時は思ったのだ。

その結果、まさか、こんなやり取りを長々とすることになろうとは。


「あいつもなあ」
金色のことを考える。

正直いまだに良くわからない。

魅かれていることは否定できない。
だが、どうしたいのか自分にわからない。
そして、金時がどうしたいのかも。

自分に何を求めているのか。
自分は何を求めているのか。

相手はホストだ。
恋愛対象ならいくらでも身近にいるだろう。

美しい肢体の女。
智に溢れる女。
従順な女。
可愛らしい女。
小悪魔的な男を翻弄する術をもつ女。

金時なら選り取りみどりであろう。

だから、自分のような、感情の欠如したような、
しかも男に構う理由が解らない。

からかわれている可能性も今だ否定は出来ない。

「なんだか…」

あまり、これまで人間関係に迷ったことのない土方にとって、やはり難解な迷路のようだ。

自分の足元がみえず、
相手の求める出口も見つけることが出来ず。

じくりと胃の辺りに重たい感覚が生じる。

フルフルと頭を振って、濁った思考を振り払い、そろそろ見えてきたマンションを見上げた。

(らしくねぇこと考えるもんじゃねぇな。
 早く灰色を預けて、健康ランドへでも出かけよう)

時計は午前11時を回ったところだ。
一度帰り、風呂の用意をして、風呂に入ってから、ゆっくりと昼食を食べ…
クリーニングを取りに行って…

一日の予定を立てかけて、思考が止まった。





『Melting Point―Labyrinth T―』 了





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