うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『fragment T』



「こんばんは」

新宿・かぶき町、まだ宵の口の午後8時。
ホストクラブ『クラブ万事屋』の裏口がそっと開けられた。

「あ、土方さん。こんばんは」
マネージャー兼店長代理の志村が事務机に座って格闘していたらしいパソコンのモニターから顔をあげて、にこりと挨拶を返してくる。

「毎週、すみません」
「いや、迷惑かけてんのはこっちの方だ。元々は俺が押し付けたような形なんだし」
事務室の隅に置かれたケージに目をやりながら、苦笑すれば、灰色の子猫がチラリと視線をあげた。




みぞれ混じりが路面を濡らしていた冬のある日。
対テロ・対マフィア組織として立ち上げられた武装警察真選に所属する土方十四郎は猫を拾った。

車に引かれ、路肩でぼろきれのように横たわっていた物体。

何故か放っておくことができなくて、手の内に入れてしまっていた。

後日、そのことを嗅ぎ付けた沖田に
「アンタ、今時小学生でも、飼えねぇモノは拾ってきちゃマズイって知ってやすぜ」
と尤もなことを言われてしまったのであるが。

生活時間が不規則な上に一旦事件が起こると何日もアパートに帰れない土方のような人間に生き物など飼えるはずがない。
事故で負った傷が癒えるまで、里親を探すまでの間と、たまたま通り掛かった顔見知りが協力してくれていなければ、今頃どうしていただろう。

(最悪、実家しかなかっただろうが…)
土方の実家は確かに近県にあるし、一軒家だから、猫一匹受け入れることはたやすい。
土方が頼めば、快く引き受けてはくれるだろうが、心配性な兄夫婦に甘えたくはない。

そんなこんながあり、最終的には、坂田金時の提案にのってしまっていた。


基本的には金時が飼うこと。
ただ、交通事故で受けた傷が完全に癒えるまでの期間は、出来るだけ目を離さない方が良いと獣医に言われていたため、金時の帰る時間が不安定になりがちな金曜日だけは、土方が連れて帰ること。

この二カ月近く
週に一度。
仕事帰りに、クラブよろず屋の事務室に立ち寄る。
金時の接客にキリがつくのを待ち、引き継ぎをする。
そして、土曜の朝、金時のマンションの管理人に預けてから登庁するというリズム。


「今呼びますんで」

仕事のキリをつけてくれたのか店へと入って行く新八を見送って、ケージの傍にしゃがみ込めば、内から子猫が呼ぶように鳴いた。

「よぉ、元気にしてたか?」
ちょいちょいと指を見せると、大きな潤んだ瞳がそれにあわせて、くるくると動いた。
戸を開けてやると、なんの躊躇もなく膝の上に移動してくる。
背を撫でてやると、随分と毛並みも良くなり、重さもしっかりしてきた。
あの『灰色』が美猫に化けたもんだと、すこし笑みがこぼれる。
「天パにいじめられてねぇか?」
そのつぶやきに、不服そうな、気だるげな声がかかる。

「それ、ちょっと失礼じゃね?」

すっかり、顔馴染みになってしまった坂田金時がそこにはいた。
相変わらず、豪奢な金髪の天然パーマを自由気ままに跳ね返らせ、その存在自体を主張する。
出会って、最初の頃はどこの3流ホストかと思っていたが、今では、新宿ナンバーワンを名乗るだけの器量と、輝きを確かに認めざるえない存在。

「…今日は早ぇな」
「スルーかよ…確かに今日は早いけどね、実は今日金さんオフなんだな。これが」
「は?」
なら、電話かメールの一本でも送れば、自分はここに赴かなくても良かったのでないか? それが、徐に顔にでていたのだろう。

「こうでもしないと、十四郎に会う機会なんてないだろ?」
「アホか」

この男の更に理解できないところだ。
何をもって、同じような体格の持ち主である土方にこれほど構うのか。

出会って、数分のうちにキスをされ、今でも何かにつけて触ってこようとする。
からかっているのだと最初のうちは思っていたが、日が経つにつれ、そうとも言い難くなっていく。

本来、土方は人との付き合いが良い方ではない。
人の感情をうまく読み取る能力に欠陥があるのも、原因だとは思うが、あまり人と関わりたくないというのが正直なところだ。

仕事上のコミュニケーションをとるため便宜と図る。
仕事上、テロリストの、マフィアの動きを読むために計略は図る。
ただ、図るだけ。
現場はいつでも、意外に感情で、人の脆さで動くもの。
そういう意味で、今の大将や部下たちにも助けられている面は決して少なくない。
アドリブが効くのだ。
型破りな問題児揃いであるからこそ。


「実はさ、うちのオーナーが日本戻ってきててさ。
 今まで食事にショッピングに連れ回されてたわけ。今見送ってきたとこ」
もう、久しぶりに早起きさせられたんだよ俺と派手な容姿のホストは一人頷く。

「神楽か…」
「面識のないレディを呼び捨ても失礼アルナ」
今度は、入り口に派手な赤系のチャイナドレスを纏った女が立っていた。
「神楽!オメー帰ったんじゃ…」
「新八が金ちゃんのお気に入りが来てるって連絡くれたからUターンしてきたネ。これがそうアルカ?」
不躾な視線が土方を上から下まで往復する。

「神楽小姐、初次見面、久仰大名、見到很高
 (神楽さん。初めまして、お名前はかねてうかがっております。
 お目にかかれて光栄です)」
「一直想見到。真是大美人
 (以前からお目にかかりたいと思っていたのです。すごい美人ね)」
玩笑(冗談はやめてください)」

「ちょっと!ストップ!何二人とも俺のわかる言葉で話してくんない?」
金時が割って入ったためか、女―神楽は少し癖のある日本語で話し始めた。

「土方は、中国語も勉強してるアルナ。仕事柄ネ?」
「前の職場で少し必要だったのは確かだが、挨拶程度しかできない」

中国国内でも、指折りの勢力、『夜兎』日本支部のボスだ。
見た目は美しい、幼ささえ漂わせたか弱い少女だが、一筋縄でいくわけない。
おそらく、名前を知られているということは、徹底的に身元調査をされたと思って間違いないだろう。
いまさら、隠しても仕方ない。

「なに?十四郎、前は警察じゃなかったの?」
「警察は警察でも、要人警護の担当だったからな。
 打って出る方じゃなくてひたすら護りの方」
「…へぇ…」
そう言えば、こうして、『灰色』を通して、仕事の外で会うようになっても、
仕事の話を、真選組の話をすることはない。

「金ちゃん、そんな基本的なこともリサーチしてないネ?」
「そりゃ、十四郎は『お客』じゃないからな」
「ふぅん…」
女は、もう一度土方を時間をかけて、眺めまわす。


「確かに、無粋な警察機構にいなければ、すぐにでもウチの店に引き抜きたいヨ」
「お褒めいただいたと、取っておいた方がいいのか?」
「腕の一本、内臓の一部でも持っていかれて、走れなくなったら、
 いつでも引き取ってあげるネ」
「生憎、走れなくなったら、それは最期の時って思ってるから。
 悪いが先にお断りしておこう」
「やはり、面白い男ネ。幹部候補でいつでも席を用意するから、気が変わったら…」
「神楽!」
声を珍しく荒げた金時に、土方も、神楽も身をこわばらせる。

「あら、怖い」
恋する男は本当に冗談が通じない、そう扇子で口元に隠して、コロコロと艶やかに笑う。
「神楽ちゃん!そろそろ、飛行機の時間じゃない?」
いかにも、慌ててといった風で志村が声をかけてきた。
おそらく、気を使って、扉の外でタイミングを計っていたのではないだろうか。

「じゃあ、そこまで見送りに…」
金時が声をかけるが、少女が手を伸ばしたのは土方に対してだった。

「エスコートするネ」
「…かしこまりました」
今日、ここで会いまみえることが出来たのも何かが動き出した印かもしれない。
土方は店の正面に付けたリムジンまで、腕を貸す。

「金ちゃんを泣かせたら承知しないネ」
「だから、そんなんじゃねぇよ」
そっと、囁いた神楽に、土方は眉を大げさにしかめて見せ、車の扉を開いた。



「?!」

咄嗟だった。
もう、染みついた習性だとしか言いようがない。

視界の隅にチラリと光るものを捕らえた時には、神楽を乱暴にレクサスの後部座席に押し込んでいた。
そして、自分の身体でドアを塞ぎながら、辺りを見渡す。

(あれか!)

距離にして、30メートルも離れていないところに、改造銃らしいものを構えたチンピラ風の男が立っているのを確認する。

「坂田?!」
女の方を頼もうと思った金髪が、神楽を襲った男めがけて駈け出していた。
普段の気だるげな仕草にはそぐわない俊敏な身のこなしだと思った。

そして、初めて、クラブの裏口で会った時のことを思い起こす。

あの時も感じた。
ただのホストの動きではない。
しなやかな黄金の肉食獣が走っているような錯覚を受ける。

そして、獣は懐から取り出した、細い紐のようなものを相手に打ち付け、怯んだ隙をついて一気に懐に飛び込んだ。
鮮やかに、そして、速やかな動作。
きっと、このかぶき町の喧騒の中で、誰も気が付かれないほどの、ほんの数秒の時間。

(なんてもん、隠し持ってやがる)
金時が振るっていたのは、ワイヤーソー。
おそらく、NATO等が装備するような、サバイバル用の種類だろう。
けして、殺傷能力が低い代物とは言えない。
いくら、護身具にも使えるとはいえ、街中で生活するホストには無用の長物だと思う。

「土方、退くアル」
神楽も既に勝負がつき、安全だと判断したのか、ドアの前を陣取っていた土方を押しのけるように、出てきた。

「アレは何者だ?」
思わず尋ねていた。

金色の自由に跳ね変えった髪で、夜の街を緩く笑い、
飼いネコのように大勢の女たちにすり寄って、酔わせながら、
それでいて、不意に猛獣の一面ものぞかせる。

「金ちゃんは、土方の過去のことを聞いたアルカ?」
「…いや…」
「そういうことね」
そう言って、年齢不詳の女も、妖艶に嗤う。

狙撃犯を足で路地裏の押し込むと、つかつかと金時はレクサスの方へ戻ってきた。

「金ちゃん、私はそろそろ行くヨ。その死にたがり、大事にするネ」
「余計なお世話だっつーの」

旧知の二人はそれだけ、言葉を交わし、何事もなかったかのように車は飛行場へ向かって滑りだした。





『Melting Point―fragment T―』






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