うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

幕間【晴れの日】



かぶき町の一角。
1階はスナック、2階は事務所兼住居という作りの建物に、『万事屋トシちゃん』はあった。
2階へと上る階段の下には、流れるような筆遣いで『万事お引き受け候』としたためられた看板が立てかけられている。
不自然な点と言えば、その隅に、明らかに異なった筆跡でマジックでグイグイと書かれた元気の良い文字が書き加えられていることだろうか。
『恋文代筆』と。



「ひっじかったく〜ん」

万事屋のデスクに座し、万事屋の主・土方十四郎は、ため息をつく。
手には、従業員である沖田が破壊した物品の請求書と預金通帳。

「ねぇ、土方君ってば」
ソファで寝そべったまま、土方に声をかけたのは銀髪天然パーマの男だった。
江戸に住む者なら、一目でその職業は分る真選組の真っ黒い隊服。
しかも、その男が着ているのは、幹部服。
真選組副長、『白夜叉』こと、坂田銀時その人である。

一介の町人の店に、勝手に上がり込んだ坂田は、我が物顔でジャンプと紙パックのいちご牛乳を応接机に拡げて、完全にくつろいでいる。
サボっている、そういう風にしか土方には見えない。

「あ゛?依頼しか聞こえねぇ」
土方は、またため息をつく。
真選組の副長ともあろう男が、何故、自分の家のソファーに居座るのかが分らない。
坂田の言をそのまま受け取るならば、坂田が土方に『惚れて』いて、『あたっく』中だからなのだというが、それは、それで到底受け入れられる事柄ではなかった。

「依頼?依頼ならあるよ」
確かに仕事を回してくれるならば、有り難い。
本来の『万事屋』が引き受ける力仕事だとか、用心棒的な仕事と、裏メニュー的な『恋文屋』の収入でなんとか日々のやりくりをしてはいるが、出費が重なり、いつでも懐具合はさみしい。

「俺の代わりに書類作って」
「いや、無理」
問題は、坂田が持ち込む依頼というものには、いつだって一癖も二癖もあることなのだ。

「出来るって。土方なら。どこぞの鬼の副長みたいにバリバリと」
「それ言い始めるとパラレルの世界観壊れるからやめろよ。俺、一般市民だから。真選組の公文書とか機密文書とか捌けないから」
「そこは内助の巧ってことで」
従業員である山崎も沖田も生憎と出かけているのを見計らったように、この男はやってくる。

「誰が内助の巧とかねぇ。メガネにでも頼め。俺に書けんのは手紙の代筆ぐらいだ」
「じゃ、それでいいから」
普段はのらりくらりと死んだ魚のような目をしているくせに、意外に食えないのだ。
さすが、真選組副長などという物騒な肩書持つだけはあると、時折煌めく瞳を認めていないわけではないのだが。

「誰宛に?」
「もちろん、銀さんから十四郎へ」
「あのなぁ…」
気が付くと、坂田はソファーから自分のすぐ横に移動してきていた。

「堕ちてくれるようなフォローいれてくれんだろ?」
ぎしりと、腕置き部分に坂田の体重がかけられ、椅子が悲鳴を上げる。

「阿呆か」
「あ、逃げるんだ」
一番嫌いな言葉だと、知っていてワザと使ってくる。

「逃げてねぇ」
「いや、逃げてるよね?もういい加減に認めようよ。土方くんも銀さんのこと…」
「んなわけ…」
「ない?本当に?この距離で?」
間近に迫る、坂田の存在を確かに押し留めるタイミングは確かに失っていた。
低く、耳元で問う声に、背筋がぞくりと反応してしまったのも事実だ。

「この距離でもなんでも!俺にその気はねぇ」
「ふぅん…そっか。じゃあ、作戦変更〜」
身体と一旦離し、この声でも堕ちないか手ごわいなとかぶつぶつ心の声を音にしながら、一度、応接室から出ていく。

(台所?)
勝手知ったる様子で、万事屋の冷蔵庫を開ける音がした。
いちご牛乳でも取りに行ったのだろうか?と思っていると、坂田の手にはケーキ用の箱が携えられていた。

「ケーキ?」
「そ。特注だぜ?これ注文するのケーキ屋にすべきか、洋食屋にするか迷ったわ。ほんとに」
御開帳〜と中からホールケーキのような形のものを取り出して、土方の目の前に広げた。

「あ…」
部屋一面に広がるのは、土方が嗅ぎ慣れた、麗しの食材の香りだった。

「お誕生日おめでとう」
5月5日。
土方十四郎が生まれ落ちた日。

「坂田…テメー…」
どこかで、その情報を得て、わざわざ用意してきたのだという。

「ぜひ、これでマヨぷれ…」
「台無しだろうが!」
取りあえず、坂田のボディに一発入れ、玄関まで引きずっていく。

「ド…メスティック反対〜」
「その前にテメーのストーカーっぷりの方が問題だっつうの!」
玄関戸を開け放ち、ぽいっと外に放りだす。

そして、鍵をかけ、万事屋の黒電話の受話器を上げた。
「あ、志村?テメーんとこのクソ天パ、玄関先に出したから回収来いよな?」

坂田直属の部下の携帯に連絡をいれながら、好物がクリームの代わりに、たっぷりとかかったバースディケーキを眺める。


どうせ、沖田や山崎は食べないだろうと、指で少しマヨネーズを掬って口に運んだ。


「仕方ねぇな。今度会ったら、少しぐらいは愛想よくしてやっかな…」
そう呟きながら。




『よろず事承り候 【晴れの日】 』 了





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