うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『by and by』 



※ 本編よりも更に数年後のお話です。




「せんせー」

私立銀魂高校の職員室前にセーラー服の人だかりが出来ていた。
中心にいるのは3年A組の担任であり、数学担当の土方十四郎。

同じく、銀魂高校1年Z組の担任を勤める坂田銀時はその様子を見つけて、苛立ちを隠せないでいた。

「だから!俺は甘い物は…」
「いいんです!もらってくれるだけで!」
「そうそう!」
差し出される甘い香りの贈り物の数々。

高校という小さな社会の中であれば、それなりにやはり贈りたいと思う対象も狭まってくる。
部活で優秀な成績を収める男子。
見目の麗しいお洒落な男子。
勉学で秀でる男子。

そして、憧れの男性教師。

別の入り口から職員室に入り、荷物をデスクに置いてから、足早に人混みが出来ている側の扉に向かう。

「ここは高校か?幼稚園か?」
「ひっどーい!」
「おい!どこ触っ…って!勝手にポケットにいれんな!」

磨りガラス入りの扉の向こう側で交わされる土方と生徒達の声。

土方は既に三十路も半ばに差し掛かっていたが、実年齢よりもかなり若く見える。
艶やかな黒髪とすらりとした肢体。
細身のスーツを着こなす目元涼しげな独身教師。

『数学教師』としては『鬼』と呼ばれるが、その実、意外に面倒見がよかったりするものであるから、その人気はいつの時代の学生からも高かった。

(しかも無駄に色気ダダ漏れだからね。あの人…)

銀時はため息をつく。
土方は銀時がこの銀魂高校に通っている頃の恩師でもあり、
現在進行形でお付き合いをしている恋人でもある。

高校時代追い掛け回して、大学に入っても必死で交流を絶やさないようにして、

愛しい人の側にいる為、
本気を証明する為、
一人の男として認めてもらうため、
母校の教壇に立つ道を選んだ。
あなたの傍にいるために。

そうして、ようやく同じ場所に立って手に入れた宝物。


からりと扉を開けば、追い詰められていた教師の身体は銀時の元へ倒れかかってきた。

「ぎ…さ、坂田先生」

大切な人はうっかり二人の時にしか呼ばない呼び方を発しかけて、言い直す。

ふわふわとした髪で弱い耳をわざと擽り、白衣を着た腕を土方の腰に回す。
まさに後ろから抱きすくめられた状態にしてしまう。
今や、身長も体格も土方に追いついた。

愛されている自信はあるけれども、言葉に感情をすることが苦手な腕の中の人の所為でいつだって不安に苛まれる。

つまらない独占欲だとは分かってるけれども。
こんな子どもたちにさえ嫉妬してしまうんだ。

「オメーら、土方先生が困ってんだろうが」
「受け取ってくれるだけでいいの!」
「そ?じゃあ、土方先生甘いものは食わないから俺が食っちまうことになるけどいい?」
「えぇ?なにそれぇ」
「だって土方先生のもんは俺のもんだもん」
冗談めかして、牽制。
ホモではないけれども、
たまたま好きになった人が同じ性を持っていたというだけだけれども、
世間的に同性愛なんてものは認められていないも同然であるし、教育現場では望ましくないと判断されるのがオチだ。
公には出来ないことも時々もどかしい。

「馬鹿坂田!てめっ!」
綺麗な顔をしてくるくせに、チンピラ顔負けの険と口調で首を捩って睨んでくるが気にしてやらない。
そんなところでメゲていたら、ここまで辿り着かなかった。

「きゃー!先生達ってそんなに仲良かったの?」
「そうですよ〜土方先生のチョコは俺のもん。俺のチョコも俺のもん」
どうする?と笑顔を作って、土方先生を左腕で抱きすくめたまま右手を差し出す。

「え〜」
「やだぁ坂田先生ってば!」
箸が転がってもおかしいお年頃の少女達はけたたましく思い思いの言葉を投げ掛けながら、銀時の手にチョコを重ねながら、一人また一人立ち去っていった。
そして、ほっとする。
本当に渡したいだけだったのだと。
銀時が食べてしまっても構わない程度の憧れ程度の子どもたちばかりだったのだと。

渡せないんだ。
キミたちが今自分に渡した土方宛のチョコのように簡単には。






「おい…坂田…」
「うーい。言いたいことはわかるけど受け付けませ〜ん」
チョコを予め職員室に置いてあった紙袋に詰め込んでいた手を止め、両耳を塞ぐポーズをとって見せる。

「毎年毎年…」
「毎年毎年、十四郎も同じことしてるよね?」
「?!」
多少、わざとらしくさえ見えるほど深く深くため息をつかれたから、いつか言ってやろうと思っていた事を口にする。
丁度良いことに職員室には自分たちしかいない。

「バレてないと思ってた?前はもっときっぱりはっきりチョコ断ってたよね?」
「…んなこと…」
「知ってる?十四郎、疚しいことあると左下見る癖あること」
「んな癖ねぇ…」
どれほど、見てきたと思っているのだろう。
ストーカーじゃね?と自分にツッコミを入れてしまいそうなほど見つめてきたのだ。
卒業間際のバレンタインデーも、
大学在学中のバレンタインデーも、
チョコらしいチョコなんてものを土方の周りで見かけたことはなかった。

それが変わったのは、銀時が就職してからだと思う。
天然なところがあるから、単に銀時が食べるから貰っておこうと思っているという可能性も否定できないが、この場合ヤキモチを焼かせようとしてくれていると思いたい。

「まぁ、あれだけどね。糖分はいくらあっても困ることないし?
 今年は帰ったら『恋人』が用意してくれてる手作りのケーキとかあるし?」
「テメっ!」
耳元にそう囁けば、何故ばれているのかと色白の顔が真っ赤になった。
パソコンを閉じた指を救い上げ、人差し指の先に出来ている火傷をぺろりと舐める。

「早く帰りたいな〜楽しみだな〜」
臍を曲げやしないかという心配も今日は横に据え置いておけるのは、
髪に染み込んだチョコの香り。

「っとに…こんなオッサンの何処がいいんだか…」
少しばかり、年上の愛しい人はいつも自分をそう言う。

「十四郎がジイサンになっても、シモの世話が必要になっても、かわんねぇって」

学生の頃は余裕がなくて気が付かなかった。
この人にも不安はあったのだと。
真っ直ぐ伝えているつもりでも、『大人』である分、ミツバさんを失った時の『喪失感』を知っているこの人だからこそ。

「いつもいつも…」
「うん。これからも飽きずに言うよ」


時は止めることが出来ない。
それと同じように決して自分は止まることは出来ないだろう。

この高校で最初に目の前の人の捕らわれてしまった時から決まっていた事。


「ところで、土方先生?」
「あ゛?」
同じ屋根の下に住んでいるから、糖分王としては残っている材料と匂いで
夜中に何に挑戦したかぐらいわかっていた。
唯一の心配は…

「まさか、ガトーショコラにマヨとか入れてない…よね?」
「なんか文句あるのか?」
「……ないです」

睨む目元が朱に染まっているから、直ぐにでも別のものが食べたくなるけれど
先ずは甘い甘い不器用な形のケーキを。




翻弄され続けて、それでも追い続けて。
甘い甘いチョコレートのような未来を。





『Never stop −by and by− 』 了





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