『Christmas cracker U』
Side K
「サンタさんよ」
物心ついてから、初めてだったと思う。 戯れにしても、サンタに願い事をするなんて。
しかも、叶えたとばかりに欲しかったものがすぐ近くに現れた。
奇跡なんて信じない。 戦場では、まさかなんて事はいくらでもある。 それは、小さな積み重ねが導きだす結果にすぎないと知っている。 ホストなんて夢を売る商売なくせに。
でも、今日はクリスマスクラッカーを引いたら、小さなおもちゃや菓子ではなく、ホールケーキが転がり落ちてきたくらいの、金時にはクリスマスの奇跡だと思えたのだ。
「土方…」
黒猫の名前を舌先にのせる。 それだけで、好物である糖分より甘さが広がった気がした。
視線の先に佇む男の瞳が一瞬、
少し、 ほんの少しだけ。 濡れている様に見えた。
だから、 どうやって近づこうだとか、手管を確定させる暇さえ惜しくなって、
ひょいと、ガードレールを飛び越え、反対側の歩道へと駆け寄る。
「こんばんは」
相変わらず、黒に塗れた男は咥え煙草のままだ。 ゆっくりと煙を肺から吐き出すと、瞬きを数回する。 やはり、泣いていると思ったのは気のせいだっただろうか。
「痛ぇ。馬鹿力」 低く唸るように土方が抗議をあげた。 「あぁ、悪い」 無意識のうちに腕を掴んでいたらしい。
「逃げられるかと思って」 「誰がテメーごときから逃げるかよ!」 いつものように茶化した口調で言う。
その実、かなり本気なのだから、新宿No.1ホストが呆れる。 応えは、これっぽっちもかわいくない。 掴んだままの腕も、お店にくる女の子達のような柔らかさもない。
「おい?」
青灰色の瞳がジッとこちらを見返してくる。
「なぁ…クリスマスって予定入ってる?」 「あ゛?仕事に決まってんだろ?テメーこそ掻き入れ時だろうが」 「まぁね〜。やっぱ土方くん、彼女いないんだ」 「……悪ぃかよ」 長め沈黙の後に、ボソリと呟きが返ってくる。 そこに垣間見えるのは、先程反対車線ごしにみた、アンニュイな色。
「なぁ…」 踏んでしまった地雷の正体はまだわからない。
「あんだよ?」
その大きさも威力も。 先程、泣いているように見えた原因と同じだろうか?
だからこそ、いっそ足を踏み込む。 爆風で吹き飛ばされるより強く。 地面にたたき落とされるよりも早く。
「クリスマスプレゼント頂戴」 「は?」 きょとんと見返す黒猫。
「十四郎」 名を喚ぶ。
「だからなんなんだ?テメーは」 「他に誰かそう呼ぶ人間いる?」
「いや…そう言われたら今はいねぇ」 土方は、戸惑いながらも、答えてくれる。 聞いておいて何なのだが、真選組の副長なんて職業のくせに、こいつは意外に素直で迂闊だとも思う。
「じゃ、俺だけね?」 念押しをして、ささやかな願い事。
「オメーのこと、俺だけが十四郎って呼べる権利、頂戴」
「呼ぶ権利って…そんなもん…」 「いや、名前って大事なもんだからさ」
今際の喚ぶもきっと誰かの名前。 そんな風に刹那的にしか、考えられない思考。
そんな自分の中に、唯一なんの抵抗もなく、忍び込む黒。
黒猫はやはりジイッと金時の顔を眺めていたが、微かに口元に笑みを浮かべた。 注意していなければわからないほどの僅かなる動きだった。
「好きにしろ」
それだけ。
それから、土方は駅の方へと踵を返した。
ただ、通り抜ける時に、軽く、裏拳で金時の背を叩きながら。 まるで、猫が仲間うちに尻尾で挨拶するかのような、軽くスルリとすり抜けるような感触で。
「十四郎…」
今度はそちらを舌先にのせる。 更に、甘くそれは色づいた。
かぶき町に陽は登り始めた。 朝焼け特有の、朱でビルを、道を、街路樹を染め上げる。
思いがけずに飛び込んできた、どんな客からももらうことのできないプレゼントを噛み締めながら 金時もまた、自身のねぐらへ帰って行ったのだった。
『Melting Point―Christmas cracker ―』 了
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