うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『Christmas cracker T』



Side K



町が装いを
変えた。

師走とはよく言ったもので、誰も彼もが慌ただしく、歩きはじめる。
そして、色とりどりに飾られたクリスマスツリーと電飾の数々。


きらびやかなシーズン。
皆が浮足立つ12月がやってきた。



今年の禊ぎをするが如く、人々は遊興に金を注ぎ込む。
(かくいう金時の仕事もその効用を顕著に受けるものなのだが)

景気が悪い悪いと呼ばれてはいるが、ホストクラブには、連日たくさんの女性が自分自身のご褒美を求め、訪れる。
もちろん、昔ながらの有閑マダムもいないわけが、ビジネスという戦場で戦っている女性がほんのひと時、主役に、大切に、癒されるために通ってくる比率の方が多くなっている気がしている。

だからこそ、クリスマスイベントを連日執り行う12月は予約を取っていない。
同伴もアフターも今月だけはしない。

皆に気持ち良くなってもらって、気持ち良くお金を落としてくれればいいんじゃね?
そう、ホストクラブなんて始めることになった時に、ケツアゴに金時が言ったことが始まりだ。


太いパイプよりも細くても長く通ってくれるような…

細々と、そんな金時の予想ははずし、
いまや、『クラブ万事屋』は新宿No.1の売上を叩きだし、そのトップを走っている。


(まぁ…ホストなんて長く続けられる商売じゃないからね)


海外で傭兵稼業なんてことをして稼いでいたことが嘘のようだ。
イルミネーションに彩られた表通りを歩きながら一人笑う。


日本へ戻った当時のような、飲まず食わずな底辺の生活では今はない。
だが、浴びるようにシャンパンを煽ってみても、
豪華なワンフロア自分の所有するマンションで寝そべってみても、
ブランド物のファッションに身を包んでみても、
モデルのような美しい女と過ごしてみても、
どこかに何かを忘れてきたかのような、渇きから抜け出せない。


戦争屋なんて商売をしていたから、心が錆び付いているのか…




「金時さんお疲れ様でした〜」

すれ違い様に、サンタの格好で店じまいをするスナックの店員に挨拶された。
軽く、手を挙げて挨拶を返す。



夜明けが近い。
かぶき町が眠りにつく時間だ。


「サンタねぇ…」


親身寄りのいない金時は、施設で育ったからクリスマスなんてものは、みんな平等に配られる代わり映えのしない物ばかりだった。

だからというわけではないだろうが、神様なんて、サンタクロースなんて信じていない。


欲しいものなんてない。
そう自分に言い聞かせて、生きてきた。



「なんだかな…」
見事に跳ね返った金色の髪を思考と一緒に掻き混ぜる。

最近、頭の隅に住み着いてしまった黒猫がいる。
まだ、数回会っただけで、まだ相手・土方十四郎のことをよく知っているわけではない。

ただ、あの日路地裏で見つけた存在から相変わらず、脳裏から離れないのだ。



(逢いてぇな…)



今度会った時にはもう少し懐いてくれるだろうか。



土方はきっと自分とは全く育ち方をしてきたのだとおもう。
予測でしかないが、自分のような血の道を歩いてはいないだろう。



だというのに、同じ香りがする。

たかだか、日本の警察の歯車の一つに過ぎない存在でしかないはずなのに、
どれほども修羅を味わっていないはずであるのに…

野生動物のような危険な匂いとともに、とびきり極上な蜜の香りもしたためて


相手の求めているものを提供することに長けていなければ成り立たない商売な筈なのに、土方のこととなると全く鼻がおかしくなるらしい。



どこかで、誰かの携帯がなった。
着信音は定番のクリスマスソング。


あれはなんて曲だったかと無意識に、音のした方に視線を流した。


だが、視線は本来の目的のものではないものへとくぎ付けとなる。

同じように、反対側の歩道で固まっている青灰色の瞳。



「サンタさんよ」

どうせ、今まで俺のとこにきたことねぇんだから、
たまりたまったツケを払って欲しいと願った。


「欲しいんだよ…」

こぼれ落ちた自分の声に、少し笑い、
さて、どうやって黒猫に近づこうかと思案するのだった。











Side H



町が装いを
変えた。


師走とはよく言ったもので、誰も彼もが慌ただしく、歩きはじめる。
そして、色とりどりに飾られたクリスマスツリーと電飾の数々。


まばゆいばかりのシーズン。
土方が苦手な12月がやってきた。


どうして、日本人という生き物はどうして、こう『イベント』と名のつくものが好きなのだろうか。
先日のハロウィンやポッキーの日もそうだが、全く宗教的にも、国民性的にも土壌の物ではない『季節行事』に人々は、何かの禊ぎをするが如く、金と時間を注ぎ込む。


土方にとっては理解が出来ない領域の感情だった。

このクリスマスという行事(というよりも、土方にとっては「商戦」と呼ぶ方が正確だとおもっているのだが)には、昔から馴染めなかった。


社会人になり、警察官として過ごすうちに特にその認識は高くなった気もする。
このシーズンから年末年始にかけて、事件事故が多発する時期だ。

今日も、突如起こった爆音に、テロの可能性を示唆され、かぶき町へ出張ってきていたが、結局誤報であり、骨折り損に終わっていた。



夜明けが近い。

すっかりと眠り支度へ入っていく町の人々を眺めながら、最寄りの駅へと歩き出す。



土方は、ごく平凡的な家庭に育ったと自分では思っている。
(多少、変わっているといえば、父があちこちに作った兄弟姉妹がいることぐらいだろうか)

だが、幼い頃から、少し変わっていると評価を受けることが多かった。



人の感情の流れに同調することが酷く苦手だったのだ。
他人の感情がわからないわけではない。
もちろん、名作と言われる映画や本を読んで、感動もするし、理解もできる。


でも、そこまでなのだ。
理解はできるが、同調はできない。


まるでここに自分の居場所などないよう気分だけがいつもそこに残る。



きっと自分が生きる場所はここではないのだ。

そう思いながら、生きる場所を求めて、ある意味死地と求めて生きてきた気がしてる。



昔、一度だけクリスマスらしいことを当時の恋人として過ごしたことがあった。

その時だけだろうか。

彼女の幸せそうな顔を見て、自分も幸せな気分になれた気がしたのは。



いつまでも、続けばいいと。
ここが自分の居場所になればいいと。

そう思って過ごした、遠い冬の日の出来事。



結局、喧騒と砂ぼこりの舞う世界を仕事に、殺伐をした道を選んでいるのだが。


走っている時だけが、戦っている時だけが渇きから逃れられるような錯覚を受ける。


だから、クリスマスの時期は苦手だ。
錯覚を起こしたあの頃を思い出すから。




ふと、新しい煙草に火をつけながら、土方は足を停めた。



最近、頭の隅に住み着いてしまった金色がいる。

まだ、数回会っただけで、まだ相手・坂田金時のことなど、よく知りはしない。
部下である、山崎に調べさせても、大した情報は得られなかった。

この新宿かぶき町のNo.1ホスト、数年前突然、もとNo.1ホストだった志村新八と共に、夜兎日本支部のボスの後ろ盾で『ホストクラブ万事屋』を立ち上げて、瞬く間にトップに躍り出たことぐらいしか。



過去はわからない。

故意に消された気配が濃厚だ。

きっと、あれは血塗られた道を、修羅を経験してきたのであろうと、土方は推測する。


(実際はふざけた事しか言わねぇが…)



だというのに、同じ香りがする。
甘い物腰の裏に隠された、脳髄を刺激するようなとびきり危険な蜜の香りをしたためて

ふざけた口調で自分に何かと絡んでくるが、あの日路地裏で当てられた殺気はただ事ではなかった。
朱い瞳に見据えられたとき、この金色のケモノになら、のど元を口ちぎられるのも面白いかもしれない。

そんな風に思ったのだ。


どこかで、誰かの携帯がなった。

着信音は定番のクリスマスソング。



小さく口ずさみながら、曲名を思い出せずに、辺りを見渡した。



だが、視線は本来の目的のものではないものへとくぎ付けとなる。
同じように、反対側の歩道で固まっている金色の生き物。


クリスマスソングと遠くで聞きながら、
夜が明けようとするかぶき町の道端で土方は、
少しだけ何が出てくるかわからない、クリスマスクラッカーを引く瞬間のような、
高揚感に包まれる自分に驚いていた。




『Melting Point―Christmas cracker T ―』 了










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