『sweetpretzel』
とっくの昔に、日付も変わったというのに眠る気配を一向に見せない夜の街。
一台の地味な乗用車に凭れながら、男は煙草をふかしていた。 真っ黒いスーツに、何処にでもありそうな藍色のネクタイ。 何処にでもいそうな20代後半。
この町の匂いがするかと問われれば否といえ、真っ当な昼の世界に属しているかと問われても答えられない。
そんな雰囲気をもっている男だった。
男が、煙草を携帯灰皿に押し込むと同時に、耳に取り付けられたインカムに連絡が入る。
「準備完了です」
山崎の声が特別捜査機関・真選組・副長土方十四郎の耳に聞こえてきた。
「近藤さん」
軽く、車の天井をノック。 そのシンプルな呼びかけで、局長が覆面パトカーの外に出る。
「突…」
ドオン
近藤が采配を振るい終わる前に、爆音が辺りに響き渡った。 見送るのは、茶髪の小柄な身体が現場である商業ビルに突っ込んでいく後姿。
「総悟くん〜〜」
近藤の情けない声が今日もこぼれ落ちたのだった。
数十分もしないうちに、数台のパトカーに被疑者が押し込まれ、署へと運んでいく。 同時に数台の消防車や救急車も現場から離脱していった。
「いい加減にしやがれ!総悟!」 「ちんたらやるのは性に合わないんでさ。本当はライフルでターゲット1発ドン!の方が…」 「じゃあ、元の部署に戻るか?」
沖田は元SAT(特殊急襲部隊)からの転属だ。 重火器の取り扱いと銃の腕は群を抜いているが、その特殊な性格から土方も、引き抜いた近藤でさえ時に手を焼いていた。
「俺は近藤さんの下でしか、働きやせんぜ」 「じゃあ、ちったぁ自重しやがれ。近藤さんの首飛んじまったら、もとのこもねぇだろうが!」 「そんときゃ、アンタの首を差し出せばいいんでさぁ」 「まぁまぁ、トシ…総悟もちょっとは反省…」 「してるように見えるか!?アンタが甘やかすから…」 「でも、火薬の量を調整してたから、今日は大火事にならなかったんだし、あとは明日にしよう」
ニコニコと笑いながら、土方と沖田の頭を子どものするそれのように撫でまわすと「撤収ね〜」と大将は触れを出しながら、覆面パトカーへと戻っていく。
「チッ」 土方は忌々しげにポケットから煙草を取り出し、それが空っぽであることを思い出す。
イラつきを更に加速させながら、ソフトパッケージを握りつぶした。
「イライラには糖分が一番だよ」
ふわりと甘い香りが鼻先をかすめると同時に声がかかった。 振り返ると同時に口元に細長い物が付きつけられる。
「なんだ!これは!」 「え?ポッキー」
金色の髪をネオンに反射させながら、「ホストクラブ万事屋」のナンバー1ホストが立っていた。
土方の口に押し付けられたのは、確かにチョコのかかった細長い駄菓子だ。
食べたわけではないが、それでも唇についたチョコレートが鼻先に甘く香る。
「クソ天パ!」 「いい加減名前で呼んでくれない?一緒に一夜過ごした仲じゃない」 「それはおもしれーこと、聞きやした」 それまで静観していた沖田が口を挟んだ。
「え…と、『そうご』君だっけ?」 「覚えていただいていて光栄でさぁ。沖田総悟と申しやす。坂田の旦那」
金時と沖田が初めて顔を合わせたのは、土方と同じ晩だったはずだ。
珍しく、人の名前を憶えている沖田に土方は悪い予感しかしない。 この二人の間に同じ性質の匂いをかぎ取って眉を顰めた。
「あれ?君には名前覚えてもらってんの?肝心な黒猫さんはまだみたいなんですけど…」 「このお人は他人のことにあんまり興味がないんで。 それより、旦那、一晩ご一緒に?」 「そうそう。ハロウィンの日に熱ーい夜をねぇ…」 「話をややこしくするな!朝までゲームしてただけだろうが!」 「えぇ〜〜間違ったこと言ってないし」 「紛らわしいっつってんだよ!」 「朝までゲーム?」
きょとんと沖田が目を丸くする。
「そ、マリオカート!」 「旦那が?土方さんと?」 本当に予想外だったのか二人を訝しげに見比べていた。
「すげぇや。旦那」 やっと口を開いたかと思えば、そんな言葉だった。
「そう?」 ぱきんと先程、一度は土方に押し付けた菓子を自らの口に運ぶ。
金時が手に提げている紙袋には山のようなポッキーやトッポといったプリッツ系の商品が入っていた。
「なんだ?そりゃ…店の買い出しかなんかか?」
「んにゃ。今日は、あ、もう昨日か。11月11日でしょ?ポッキーの日だったから、お客さんにもらったの」
ちなみに今晩は上がりね、と手元の時計と指さす。
確かに、時刻はすでに4時に近づこうとしていた。
「あぁ、菓子メーカーの販促イベントか」
甘いものに全く興味がない土方は、垂れ流されるコマーシャルを思い出す。 妙に醒めた視線でしか、見ることが出来ない。
「いいじゃん。イベント大歓迎。イベント、企画乗っかって普段できないことをするいい口実になるでしょ?」
追加で、金時は口に菓子を運ぶ。
「よく、そんな甘ぇもの食えるな」 「あれ?甘いものダメな人?糖分は生きていくうえで必須アイテムよ?」 「だから、年中ブルーディみたいな顔してるんでさ」 「うっせ!誰が不機嫌な顔にさせてんだ、コラ」
横から口を挟んでくる沖田に土方が睨みをきかせる。
「ふーん」 ガサガサと袋の中から、ピンク色が主となっているパッケージを取り出した。
「お薦め」 それは、見るからに甘そうな、イチゴ味のポッキーだった。
「こんなん食えるか!!」 「いやいや、そのうち食ってもらう機会増えるから慣れておいてね?」 金さんのお気に入りだから、いちごみるく系の味って。 押し付けるように手渡し、用件は済んだとばかり金色のホストはその場を離れていく。
「慣れるってなんにだ?!金もじゃ?!」 「鈍いお人ですね…旦那の口の味にってことじゃねえですか? そろそろオーバーワークなんで帰らせてもらいやすぜ」
沖田がやれやれとばかりに白い眼で土方をちらりとみて、車に戻っていった。
「は?はぁ?」
ようやく、言葉の意味を理解できたのは、沖田が最後に残っていた公用車に乗り込み発進した後のことであった。
ほんの少しだけ明るくなってきた空を見上げ、それから手元に残された菓子の箱を眺める。
そして、そのまま仕方なくスーツのポケットに滑り込ませた。
夜明けが近い。
土方十四郎は重たい重たいため息をつきながら、ゆっくりと歩き出した。
『Melting Point―sweetpretzel―』 了
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