うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

【四之四】





―銀漆―



「テメーのことなんて大っ嫌いだ」


くしゃりと歪んだ、土方の顔と
最期に聞いた、その声と
風雪の音だけが、
あの日から
頭の中から離れない。



「銀さん!こっちこっち」
年度末というのは、大体において、どこも公共事業で市場は活気づくものらしい。
お役所というものは、年度年度で予算をうちたて、予定通りに消費かつ活用されなければならない。
そういうことになっているらしい。

無駄な金なぞ使わずに、残ったものは残ったもので次の年に持ち越せばよさそうなものだと、
納税者からしてみれば思うのだが、今回ばかりはその恩恵にあずかっているのだから、あまり文句も言えそうになかった。

「銀さん!それこっちに運んでね」
年度内に予定通り「着工」せねばならない公費を使った工事。
今日は、どこぞの大使館とやらの庭を大改修するとかいうことで、助っ人に呼ばれていた。
「う〜い」
助っ人といっても、メインの仕事は本職が執り行うから、呼ばれるままに、道具や資材を運ぶ単純作業だ。
切り落とされた枝葉も集めて、トラックに積み込む。
神楽と新八も、親方の指示を聞きながら、道具の受け渡しをしたり、掃除をしてみたりしていた。

「親父〜ちょっと厠行ってくるわ〜」

作業員用の簡易トイレも設置されているが、使用中だったから、こっそり屋敷の方を使わせてもらおうと忍び込んだ。



「あれ?」
銀時と同じ作業服を着ているものの、見た記憶のない男が裏口に立っている。

「アンタ…」
銀時の声に振り返った男の手元にもっていたソレは、以前どこかで見たことのあるカラクリで…

次の瞬間、閃光と爆音が響き渡った。


咄嗟に建物の陰に逃げ込んだものの、爆風で吹き飛ばされる。

(いってぇ…)

自分の状況を確認する。
煤だらけになってはいるものの、特にひどく傷むところも、外傷もない。

ただ、静かだった。

駆け寄ってくる新八と神楽、親方たち。
消防車やパトカーまで到着しているというのに、やけに静かだった。

「・・・・・・・・!」
「・・・・!」

皆の口は動いているのに、声が聞こえない。

「(あ?)」

自分の声も聞こえない。
どうやら、耳をやられたらしい。
頭でも打ったのだろうか。

耳の穴に指を突っ込んだり、頭を振ってみたりしてみるが、改善されない。


視界に真選組の黒い制服が見えた。

自分と同じ体躯の
瞳孔を見開いた男が、部下たちに指示を与えている姿も見える。

なのに、その声が聞こえない。

男の視線が、こちらを捕らえた。

「・・・・・!」

聞こえない。
(土方の声が聞こえない)



「テメーのことなんて大っ嫌いだ」

ただでさえ、あの声が頭から離れないというのに、

泣きたくなるほど、
痛い声だというのに

それが、最後に聞いた声になるのか?

これまで、散々頭を悩ませた言葉遊びも、
お互い、ただの意地の張り合いでしかない掛け合いも、
身内の自慢話も、

この数か月、二人で紡いだ言葉は山ほどあったというのに、

一番痛かった言葉が、
最期なのか?

(…痛い?)

痛かったのは誰だろう。

「嫌い」なんて言葉はこれまでだって数えきれない悪態の中では可愛らしいものだと思う。

なのに、なぜ今こんなにも自分は痛いと感じているのか。

目の前で、新八が何やら状況を土方に説明しているようだ。
土方は、地味な部下を呼びつけている。

「土方」

当たり前のことだが、自分の声は聞こえないが、土方の耳には声が届いたようだ。
携帯を取り出し、メール画面を起動させると、筆談の代わりのつもりなのか画面をこちらに向けてきた。

『今救急車を呼んだ』

「俺このままかな?」

土方はまた、ポチポチと文を綴る。
『ドSは打たれ弱いな』
画面を見せながら、心配そうな神楽たちを視線で示され、我に返って頭を掻く。

「打たれ弱いよ?土方君みたいにドMが羨ましいわ」
『ドMじゃねぇ』

「土方、貸して」
確かに話しているはずの自分の声が聞こえないというのは、どうも、心もとない。

携帯を借り、画面を見つめた。


一度目を閉じ、耳を澄ませる。

やはり、風の音が聞こえた。

風の音。
木々を鳴らす風のざわめき。
降り積もる、雪の音。
みぞれが叩きつけられる厳しい冬の音。

それらが代弁する心の音。

『大っ嫌い』

そう言わせてしまった自分の愚かさ。
そして、つまらない意地。

一度、大きく息を吐く。


『好きな人はいますか?』

土方が文字を読んで、固まった。
何を言っているのだ?そう言っているのが、声が聞こえなくても容易にわかる。


『まだ、間に合いますか?』
言葉遊びをしているつもりはない。
ただ、淅瀝とした音を消し去りたい。
そう思う。


『土方くんをみていると』

なんと書くべきか。
目の前に自分の脇に膝立ちで沿う彼の、困ったような顔をみていたら…

『なかせたくなります』

「は?」

『俺だけに啼き顔みせて』

次の瞬間、先程の爆風よりもストレートな衝撃が撃ち込まれ、世界は何の音も、色もなくなった。







『淅瀝―四之四―』 了




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