うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

【参之二】





―銀参―



「そういや、オメーはくれねぇの?」

「は?」
「だから、チョコ」
これも思いつきだった。
土方の本意が、いや、わかっているといえばわかっているのかもしれないが、信じられないというか、
翻弄されるのはごめんだというか。

「いや、俺男だし」
「いやいや、甘みはいくらあっても困らねぇから」
「あぁ、そういう意味か」
何が『そういう意味』だと納得したのか。
もっと慌てふためいて、また赤面したところをみたいと思ったのに、意外に平静な様で…

(これじゃまるで…)

必死なのはどちらなのか…?

(いやいやいや、違うから)
ただ、からかいがいがないことが面白くないだけだ。

「気にしねぇなら、くれてやらぁ」
「何その高飛車な態度!女王様気取りですか。コノヤロー」
「誰が、女王様だ!いるのか?!いらねぇのか?!どっちだ?ゴラァ」
「逆切れか?!いるに決まってんだろ!糖分!」
お互いに胸ぐらを掴みかけ、ふぅとお互いに溜め息をつく。

「当日は…無理だから、二、三日後になる」
「お、おぅ」

くるりと背を向けて、土方は屯所へと踵を返して行った。

その背を見送りながら、しばしの間、傘に降り積もるかさかさとした雪の音聞きながら、突っ立っていた。

二月の上旬というものは、町は大概の場合、チョコレート色一色に染まっている。

オンナ達は、やれ本命チョコだ、義理チョコだ、友チョコだ、マイチョコだと、無理矢理に購買意識に意味を持たせ、『期間限定』の文字に喜んで踊る。
あらゆる食品を扱う店店が、カカオマスの香りを放っている気がした。
銀時は、確かにチョコレートが(糖分全般ともいう)好きだといえたが、あまりの混沌ぶりに少々辟易とした思いで、狂乱ぶりを眺め、14日をやり過ごした。

今年の戦利品も、神楽と、お妙と、お登瀬と、さっちゃんと、吉原一同と…

あと一つ…

数日遅れると男は言った。
バレンタイン当日から、2日が立つ。
今日非番だと聞いていたから、もってくるとしたら今日あたりだろうか。

(土方ねぇ)

確かに土方は見映えは良い。
目付きと口の悪さを除けば、かなり女から見れば好物件なのだろう。
見た目よし。
危険度の高い職種とはいえ、安定した公務員。
しかも、一組織のナンバー2。

(オンナに苦労しそうにねぇんだけどな)

14日当日、土方を街中でみつけた。
予定通り非番が16日だと聞いていたから、時間を決めておこうかと声をかけかけて、止まった。

先に突如して現れた数名の女達が、どんっとぶつかってきたからだ。

「うおっあぶね!」
女たちは銀時に見向きもしないで、一所を目指していた。

「土方さん!」
どうやら、お目当ては土方だ。
すごい勢いで、走り寄っていく。

そして、鬼の副長は、ものすごい勢いで差し出された可愛らしいパッケージを断っているようだった。
泣き出しそうな女達に何事か告げて、さっさと巡察に戻る。

その様子はヤケに手慣れていて、スマートにあしらっているようにも見える。


一連の出来事を思い出して、また、思う。

(おかしい…)

モテるのは知っている。
きっと、あの過剰なマヨネーズ依存症がなければ、いやあったとしても、七癖だと、受け入れる女の一人や二人…

そこまで考えて生じる息苦しさはなんだろう。

(いや、別にこれ僻みとかじゃないから)

ただ、あの時
銀時の視線に気がついた土方の微かに、ほんの微かに浮かべた、はにかむような笑みが頭から離れない。







―黒四―



半分は強がりだとはおもったが、チョコをくれる相手がいるのだと話す銀時の言葉に
少しばかり、胸が痛んだ自分を笑っていたら、思いもかけない言葉が降ってきた。

「そういや、オメーはくれねぇの?」

自分からのチョコ?

「いや、俺男だし」
男から、しかも好きだと言った相手からもらっても、気持ち悪くないのか?

「いやいや、甘みはいくらあっても困らねぇから」
やけにアッサリと返答は返る。

「あぁ、そういう意味か」
男からでも何でも、『糖分』でありさえすれば良いと。
確かに、誰からもらおうと、味が変わるわけではない。
好きだと告げても、こうやって飲みに誘ってくれるぐらいだから、それくらいには寛容な神経なのか。
それとも、自分の告白を冗談であったとカテゴリ分けしたうえでの返しのつもりなのか。

(どちらにしても、ひくにひけないよな…)

「気にしねぇなら、くれてやらぁ」
「何その高飛車な態度!女王様気取りですか。コノヤロー」
「誰が、女王様だ!いるのか?!いらねぇのか?!どっちだ?ゴラァ」
「逆切れか?!いるに決まってんだろ!糖分!」
お互いに胸ぐらを掴みかけ、ふぅとお互いに溜め息をつく。

「当日は…無理だから、二、三日後になる」
さて、どう解釈をし、返すべきなのか。
くるりと背を向けて、土方は屯所へと足を向ける。

傘に積もった雪が、歩く振動で、どさりと地面へと滑り落ちた。




二月の上旬というものは、町は大概の場合、チョコレート色一色に染まっている。

普段、土方は特別甘いものが好きでもないから、
菓子店などに立ち寄ることは無いに等しい。

寄ったとしても、それは公務の上で菓子折りが必要な時ぐらいであり、それさえも地味な部下に行かせることが実は多かった。

だから、これほど混沌としたことになっているなんて思ってもみなかった。

オンナ達は、競うように、明らかに店の陰謀だとわかりそうな、『期間限定』に列をなしている。
人気店も、デパートの食料品売り場も、人、人、人。

あらゆる食品を扱う店店が、カカオマスの香りを放っている気がした。
人の熱気と、暖房で澱んだ空気の中に独特な甘い香りが混ざり、気分が悪くなってくる。

その中に入り込んで、しかも、いかにも『バレンタインチョコです』といったモノを買う勇気は土方にはない。

「そういや、オメーはくれねぇの?」
との真意はどこにあるのだろう。

言葉のまま受け取ってしまっては問題あるだろう。
いい歳をした男が、
真選組なんて強面で通っている集団の副長が、
同性に送るためのチョコレートを選ぶなんて。滑稽だ。
やはり、気持ちの良いことではない。
でも、せっかくの機会を利用しない手もないとも思わなくもない。
別に、銀時と深い仲になりたいだとか、そういった欲求はないのだが、少しでも近づけた気分を味わえるならば。



人込みを避け、屯所に戻り、積み上げられた宅配便に、また重たいため息をつく。


そして、思った。

木を隠すならば、森だと。







―銀伍―



「あ〜わっかんねぇなぁ」
ボリボリと、頭を掻きむしりながら、呟いた時だった。

「何がわかんないんです?」

「うお!」
自宅とはいえ、油断しきっていた。
顔を上げると、すぐそばに、新八が立っている。

「銀さん。お客さんですよ」
「は?誰だよ?今銀さん絶賛冬眠中だから。ちょっと寒いから万事屋さん冬季休業中だからね」
「いや!ちっとは働けよ!残念ながら、依頼じゃなくて、真選組の…」
そこまで、聞いて玄関先に走る。


結局、待ち合わせの時間は約束しなかったが、まさかこんなに早い時間に、しかも万事屋の方に顔を出してくるとは思わなかった。

(いや、これ土方待ってた訳じゃなくて、チョコを…)


「チョコ…」
しかし、玄関先にたっていたのは、土方ではなく、彼の部下一人だった。

「山西?」
「山崎です!ほんとアンタ人の名前覚える気、ないでしょ!?」
「いや…実は顔もあんま覚える気…」
「もういいです…」
見るからに頭をたれ、ドンッと板間に紙袋を置いた。
左右の手に二つづつ。
計4つの大きな紙袋。


「なにこれ?」
「副長からです」
「は?」
「あ、封が一部開いていたり、一粒なかったりしますが、別に不良品とかじゃないですから」

自分が好きだと告げた相手にチョコをねだられたというのに、これは一体…。
どうみても、相手の為に悩みに悩んで、選びに選んだという風ではない。
しかも、一部開封?

「こりゃ…」
「副長から伝言です。今日は出られない。これで足りなければ、まだ用意出来なくもない、だそうです」
それに、なぜジミーが持ってくる?
いくら忙しいといっても、普通自分で持ってくるだろう。

「忙しいの?あいつ」
「局長がまた…」
「なるほど」
「で、屯所を出られないんで検査から戻ってきた副長宛てのを俺が運んできました」
『副長宛』だといった。
それは、土方が他の人間からもらったものということで。

「あいつ受け取らないって…」
(今、気になっているのはそこじゃない…)

「あぁ、本人は受け取らないって知ってる人は知ってるから、送り付けてくるんです。下手すると爆弾とか毒とかも一緒に…」
「それで検査?」
「はい。あっ」
後ろで様子を窺っていた神楽が飛び出してきて、奪い取るように、室内に持ち去る。

「きゃっほーい!チョコ〜チョコ〜」
「ちょっ!神楽ぁ!」
「なに?銀ちゃん。まさか一人占めしよう思ってたネ?そうは問屋が卸さないヨ」
「あ…いや違ぇよ!ま、いいわ…」
突き返してやろうかと、呼び止めかけて否定した。

こんな払い下げみたいな、土方が選んでさえいないチョコなどいるものか、と。
そう言いかけて、言葉を失う。


これでは、まるで、土方がくれることを望んでいるような。
そんな問い詰め方だ。

自分は糖分をもらえるならば、この際人は選ばないという趣旨のことを言った。
だから、あの時、土方は『納得』したのか。

「あ〜〜。うん。土方に出られるようになったら、連絡しろって言っとけ」
手持ち無沙汰になった、ジミーにそう言い置くと、
普段の自分ならどうするか、必死で思い出そうとしながら、神楽の後を追い、ちゃぶ台へとむかったのだった。





【参之二】 了






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