【四之一】
―銀壱―
久々に懐も潤い、神楽はお妙のところに泊まりに行くという。
そんな弥生のある日のこと。
こんな絶好のチャンスはそうそう来るものではない。 そう思い立って、銀時はビデオレンタル屋に出かけた。
もちろん、成人向けのコーナーで好みの名作を仕入れて、夜中一人上映会をするためである。
「さて…」 いくら、ませたことを口にするとはいえ、年頃の少女だ。 それが、いつ起きてくるかわからない状況ではなかなか視聴することなど難しい。 少し隔離されたコーナーで、ぐるりとまわりを見渡す。
(定番のナースもの?それともドぎついプレイがメインのものにするか?)
パッケージの煽り文句が良すぎるというのも、中を見たときとのギャップに残念な結果になることも多い。
「ううん…」 これといって、嗜好にピンとくるものが目に留まらず、頭を掻く。
(女優で選んでみるか…)
もう一度回り直そうと思った時に、コーナーの外側から他の客の声が聞こえてきた。
「そういや、月間マヨビーム、今月分買ったか?」 「あぁ、副長似の表紙のあれだろ?屯所の自販機で買った買った」 「あっという間に完売してただろ?俺買ってねぇんだ。どうだった?」
耳に飛び込んできた単語から、どうやら真選組の隊士らしい。
「表紙で騙されたって感じだな。中はあの子の殆ど、写真載ってなかったし」 「なんだ、そうなのか。貸してもらおうかと思ったけど、それならいいや」
どういうことだ? 銀時は首を傾げる。
副長、つまりは土方十四郎似の女が表紙の月刊誌が屯所内の自販機で売られ、それがあっという間に完売?
(は?) 土方は隊士の間でも、その規律の厳しさで「鬼の」なんて形容されていなかっただろうか。
(えぇ?) 土方に似ているというだけで完売?
(なに?アイツ男所帯で結構モテる?) あんなストイックな顔をして、硬質な空気を醸し出すくせに、どこか甘い部分も持ち合わせる男だ。
ギャップ萌えというのだろうか。
(土方は…気づいてねぇよな?)
ただ、隊士たちに人気があるとか、ないとか言うものとも何処か目的がずれている気がする。 近藤のように、男惚れされている…というのとは違う気がした。
「ま、いいか」 むかむかとしてきた胃を抑えながら、自分のセレクトに戻る。
「さて…どんな子のに…」
(今回は、黒髪で…ショートカットも良いかもしれない。うん、職業もお堅い教師だとか、警察官だとか…) (きつめの顔で、普段はすっごくストイックなのに、一度箍が外れるとエロエロな感じの…)
パッケージの裏表を見ながら進んでいく。
(これなんて…)
選んで、ふと我に返った。
選んだ女優の顔が、誰かに似てないだろうか。
「いやいやいやないないないない!」
きっと先程の会話を聞いてしまったからだ。
そうに違いない。
慌てて、そのパッケージを元に戻す。 次のパッケージを手にとっても、結局ただ一人の面影をどこかに潜ませている気がして。
重たいため息をつき、銀時は結局のところ、手ぶらで店を出たのだった。
―黒弐―
「なぁ」
弥生に入り、まだまだ冷え込む日が続いているとはいえ、徐々に日も長くなりはじめたそんなある夜。
数少ない非番の前日は銀時と飲みに行くということが、当たり前になり始めていた。
好きだと告げた自分を気持ち悪がるでもなく。 拒絶するでもなく、 チョコさえ、自分からだとわかっていて目の前で食べて見せたり、 こうやって、飲みに誘うは決まって銀時の方からだ。
何をするでもない。 この関係を何と名づければよいのだろうか。
友達というには、どこか余所余所しく。 知人というにはその距離は近く。 もはや、腐れ縁と呼ぶにも微妙な立ち位置で。
やはり、名を付けかねる関係だと土方は思う。
真選組の事で頭を24時間占めていた自分が、真選組と全く関係のない人間と、 しかも、一目を置く、惚れた人間と時間を共有できるようになるという事実自体が、今だ不思議なのだが。
もともと、自分は取っつきやすい類の人種ではない。 今でこそ、仕事となれば、気のきいたことの一つや二つひねり出せないこともないが、決して好んで人付き合いを円滑に進めようとする方でないのだ。
だからこそ、銀時の行動は読めない。
そろそろ、熱燗も丁度良い加減で目の前にそびえ立ち始めていた。 銀時の顔も、朱い。 お互いちょうど良い、ほろ酔いといったところだった。
「ぶっちゃけた話よぉ」 「あぁ」 くるくると、銚子の口を指先でくるくるとなぞりながら、銀時が口火を切った
「オメー、俺からツッこまれたいの?俺にぶち込みたいの?」 「は?はぁぁぁぁ?!」
一瞬、何を問われたのか、理解できず、言葉を飲み込んでから素っ頓狂な声を上げてしまった。
突っ込む? 突っ込まれる? それは、ボケツッコミの意味だろうか? いや、まさか、この場に至って自分の属性がボケだという話が出てくるとは思えない。
やはり『そっち』系の話で間違いないのだろうか?
「で、どうよ?」 ニヤニヤと口元に小さな笑みが灯っているくらいだから、別に機嫌が悪いとかそういう類はなさそうだ。
「…いや、どうよって聞かれても…考えたことねぇ」 どちらの意味だとしても、あまり考えたことがない。 正直に答える。 銀時を抱くだとか、抱かれるだとか…
「は?オメーはどこぞの深窓の令嬢ですか?潔癖症の中二女子ですか? そっちの欲求ぐらいあんだろうが。いい年したオッサンさんなんだからよ」 「オッサンいうな…」 「大体よ、じゃあオメーは何おかずに処理してんだよ?あ、わり、もしかしてインポテンツか?かわいそうによ」 ぷぷぷとワザとらしく、笑われる。 「誰がインポテンツだ?!んなわけあるか!!」 ガタンと椅子から立ち上がりかけ、ここが居酒屋であることを思いだし、今度は声を落として続ける。
「ってか、なんでいきなり下ネタに走りはじめたんだ?テメーは」 「う〜ん、なんでって聞かれてもなぁ。普通しねぇ?オメーんとこ男所帯だろ?猥談?みたいな?」 「それこそ中二男子の思考だろうが」
ガックリとうなだれると、カウンターに額を落とした。 どうやら、『爛れた』恋愛感を持ち合わせていると、万事屋のメガネや近藤が評するだけあるのかもしれない。
メガネの文通騒ぎの時だって、半分は他人事だとふざけていたのだとは思うが、かなり原始的な表現をこの男はしていなかっただろうか。
「銀さんの心は少年なんだよ」 「随分爛れた少年だな…」
顔を上げられなかった。 ぐったりと力が抜ける。
もしかすると、これは遠巻きな牽制なのかもしれない、ふとそう思い至ったのだ。
「……」
沈黙が流れる。 それは決して長いものではなかったが、先に耐えられなくなったのは土方だった。
「…どうかしたか?」
カウンターに頭を乗せたまま、顔だけを銀時の方へに向けた。
「いや、なんでもねぇよ。たぶん」 「そうか?でも、まぁ…あんまテメーとそっち方面でどうこうなりてぇとか考えたことねぇ。心配すんな。気色悪い妄想なんぞしてねぇから」
それは本当だ。 確かに、男におかずにされていても、あまり楽しい話じゃないだろう。 いくら、江戸の町が衆道の道に寛容な町だとはいっても、まさか自身が対象となれば別だと思う。
「おい?酔ってやがんのか?」 否定したのに、何も言葉が返ってこないので、沈みかけていた気持ちと共に、顔を机から引き起こした。
「あ…」 銀時が小さくつぶやく。
「なんだよ?今度は」 「ない」 何がないというのだろうか? 自分と変わらぬ体躯の。
「あ゛?」 「ないないないない!」 柄の悪い、汚職警官と野次る男から
「だから何がだ?」 「うん、今日は酔っ払ってる!うん!」 万が一にも、そういう対象で見られているかもしれないと考えてしまって 気持ちがわるくなったのだろうか。
「じゃあ、そろそろ出るか?」 「お、おぅ」 たしかに酔っているのだろう。 青くなったり、朱くなったり。
心中は全く立ち直れている気がしないが、無理矢理腰をあげたのだった。
『淅瀝―四之一―』了
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