うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

【弐】



―銀壱―



「おかしい」
バタバタとした大晦日もすぎ、正月三が日もすぎた、ある日の午後。
かぶき町万事屋銀ちゃんの主は事務所の電話を睨みつけながら、独り言を口にした。

年末に、万事屋坂田銀時は真選組副長・土方十四郎にいつも間にやら『秘めていた言葉』とやらを告げられていた。
ただ、「好き」と言われただけ。
告げたことで、どうこうなろうとは思っていないと土方は言う。


普段、真っ直ぐに真選組のことにだけ、その心血を注いでいるような男の突然の言葉に正直驚き、ひかなかったといえば、嘘になる。
嫌悪したかと言われたならば、それはないのだが。

「忘れろ」といったその瞳に、少しの揺らぎはなく。
いつもどおりの強い視線で銀時を睨んでいた。

自分をオトそうなどとは、思いもしていないのだろう。
ただ、自分の中を把握して、飲み込み一人昇華させようとしている姿だけだった。

(面白ぇ)
全て自分の中に答えはあるのだと、銀時の回答など必要ないという目の前の男を…


だから、興味本位で誘ってみた。
年明けに新年会をやろうと。
男色の趣味はないことを釘差しながら、酒くらいなら付き合ってやると。

惚れた相手に誘われたのだ。
断るはずがない。
そう思っていた。
土方の返答は「…そりゃ、ありがてぇこった」と醒めた口調だったけれども。



「おかしい」
もう一度、口にしてみる。


あの時に次の休みは年明けだと言っていた。
何かと慌ただしい年末から年始にかけて事件事故は多発するから、
本当に忙しくしているのだろうとは思う。
忙しいのはわかるが、流石に三が日もすぎると、少し街の空気も落ち着いてきたはずだ。

けれども、万事屋の電話はいまだ鳴らない。


鳴らないまま、遭遇したかぶき町の団子屋。
これまでと何の変りも見られない言葉の応酬。
お互いの食の嗜好について、貶めあい、軽く斬り合いまで結んで、新八に仕事に遅れると怒鳴られるまで。

それでも、土方は年末の話を持ち出さない。
休みの「や」のさえ口にしない。

視線に今までに気づかなかった仄かな火を見ないこともない気がするが、あまりの平常さに軽くイラついた。


だから、動く。
自分から。

「オメー、結局いつ休みなわけ?」







―黒弐―



「オメー、結局いつ休みなわけ?」

バタバタとした大晦日もすぎ、正月三が日もすぎた、ある日の午後。

ひとしきり、いつものように道端で天パのことだとか、ニコチン中毒のことだとか、お互いに罵声をあげ、土方は原田に、銀時はメガネに宥められて、ようやく落ち着いたところにそう声をかけられる。

「あ゛?」

年末に、どさくさに紛れて真選組副長・土方十四郎は万事屋坂田銀時へ秘めていた言葉を告げていた。
ただ、「好き」と言っただけ。
告げたことで、どうこうなろうとは思っていない。

だから、伝えたというべきか、こぼれ落ちた言葉を拾ってもらったというべきか。

その時、
「じゃ、年明けに新年会やろうぜ?もちろんそっちの趣味はねぇけどよ。酒くらいは付き合ってやんぞ?」
そう、銀時に言ってもらっていた。

今の銀時の問いかけがそれに繋がるのだと思い至るまでに、少し時間を有したのではあるが。


「次の休み、年明けって言ってただろうが。いや、いいんだよ?別に銀さんはさ〜」

ボリボリとトレードマークの天然パーマを掻き混ぜながら、銀時が気だるげにいう。
誘いは社交辞令、もしくは万年金欠の万事屋が飲み代をタカる口実だと思っていたから、明確な日付など話していなかったのだ。


「俺らの仕事は流動的だからな…明日が休みといえば休みだか…急なことだから…」
銀時に声をかけられることは決して嫌ではない。

存外優しい男だ。
応えることの出来ない自分からの好意に同情しての誘いならば申し訳ない。
急なことだからと断ってくれて構わないのだと話を流す。

「オメーなぁ…もちっと早くわかんねぇのかよ」
ふぅと大袈裟なため息をつかれる。

「予定はあくまで予定だからな、ドタキャンってのも悪ぃだろ?」

原田が何がいいたそうな顔をしているのが見えたので、視線で制した。
明日の休みは、暮れからずっと休みを取っていない土方を見かねて、近藤が前々から休みを強要していたものなのだ。
よほどのことがない限り、覆されることのない。


「仕方ねぇなぁ。今日は何時上がりだ?」
「あ゛?何もなきゃ7時には一応…」
「じゃ、そういうことで。行くぞ、新八」
いいたいことは言ったとばかりに、ハラハラと様子を見ていたメガネに声をかけて帰っていく。



「あ?」
おかしい。
今の流れはおかしくないだろうか。

「副長…マジで万事屋とサシで飲みに行くんですか?」
やはり、原田もそう思ったのか、確認されてしまう。

「今の話の流れだと…そうなのか?」
「いや、俺に聞かれても…」
それもそうである。

「冗談だろ。待ち合わせの場所も決めてねぇ」



新しい煙草に火をつけた。







―銀参―



「あ゛?」
間の抜けた濁点付の音が土方の口からこぼれた。


「次の休み、年明けって言ってただろうが。いや、いいんだよ?別に銀さんはさ〜」

ボリボリとトレードマークの天然パーマを掻き混ぜながら、わざとやる気のない風を装って言う。
まるで、何のことだかわからないかのような土方の様子に少々不安になりながら。
冗談でそういうことをいう男ではないと思っていたのだが。

ややあって、煙草を携帯灰皿に押し付けながら、なんでもないことのように土方は答えてきた。

「俺らの仕事は流動的だからな…明日が休みといえば休みだか…急なことだから…」

「オメーなぁ…もちっと早くわかんねぇのかよ」
全く忘れられていたわけでも、全くなかったことにするつもりでもないことに、ふぅと大袈裟なため息をついた。

「予定はあくまで予定だからな、ドタキャンってのも悪ぃだろ?」
「仕方ねぇなぁ。今日は何時上がりだ?」
急な話では確かにあるが、土方と違って、忙しいとはお世辞にも言えない自分の商売だ。
時間の融通はきく。

「あ゛?何もなきゃ7時には一応…」
「じゃ、そういうことで。行くぞ、新八」
いいたいことは言ったとばかりに、ハラハラと様子を見ていたメガネに声をかけて依頼先へと向かった。



「銀さん…土方さんと飲みに行くんですか?」
歩きながら、新八が意外そうに尋ねてきた。
「おかしいか?」
「いえ、仲がいいなとは思っていたんですけど、まさか、銀さんからあんな強引な誘い方するとは思ってなかったですから」
「別にあんなマヨネーズとニコチンの匂いしかしない奴と仲いい訳ねぇけどよ…気まぐれだ。気まぐれ」

傍から見ると、自分たちは仲良くみえるのだろうか?
そんなことよりも、誘い方が強引だった?
土方の言葉の意味が、深さが良くわからなくなって、もっと知りたいと焦ったのも事実だ。

(なんだか、イライラすんだよね…コレ…アイツ何がしたいかわかんないからか?)



新八が以前指摘したように『爛れた恋愛』しか今までしてこなかった。
今だって誰か特定の人間に執着することなんてとんでもないと思っている。
逆に何かに縛られることも。

だからこそ、性欲が結びついての『恋愛』なのだ。
原始人と言われようと、結局そこに結びつくのだから、きれいごとで飾っても仕方ない。

だから、土方の行動は理解できない。
良く似た二人と言われるが、銀時にはまったく理解できなかった。

(惚れたなら、いいなと思ったならモノにしてナンボだと思うんだけどね…)

沖田の姉のこともある。
男らしい性格だと思っていたが、案外乙女ちゃんなのか。
まぁ、大体、自分にそういう方面の欲求をぶつけられても、もちろん答えるつもりもないし、無理だ。


飲んだり、話でもしてみりゃ、すっきりするかもしれない。
そう思ったのだが…



「あ、待ち合わせ場所決めてねぇ…」








―黒四―



「副長…」
「ん?」
奉行所と引き継ぎを済ませ、パトカーで屯所にようやく着いた時だった。
運転席の原田の声に書類から目をあげる。



銀髪の男が一人、門前に立っていた。

時計を確認すると、午後7時を回っている。


「まさか…本気だったのか?」
呟きに忍び笑いをもらす部下を、とりあえず一発殴り、腹を決めて車を降りた。

「万事屋…」
「お、戻ってきたか。いいタイミングだったな」
「なんで、テメーがここに…」
「待ち合わせ場所、決めてなかったから、ここにくりゃ間違いねぇかと思ってよ」
「あぁ…そうだな」
正直なところ、嬉しい。

嬉しいが、裏がありそうだと深読みしてしまうのは今までの二人の関係からだろうか。
(飲み代タカりたいだけ?)

「着替えてくるから、少し待ってろ」
いつもの着流しも今日はきちんと両袖を通し、綿入れにマフラーと銀時は用意万端だ。
土方も急ぎ自分の支度に自室へ戻ったのだった。



二人で寒空の下を歩いて、たどり着いたのは河川沿いに店を出す、おでんの屋台だった。
店を選んだのは、銀時だ。
酒をたかられるのであれば、もっと値のはる店を選ぶだろうと思っていただけに、調子が狂う。
思わず、いいのかと尋ねれば、
「オメーら高給取りと違って、年の瀬から色々物入りで懐がいつも以上に寒いんだよ。
 ここで我慢しとけ」
仏頂面で返される。

もともと、自分の話をすることが苦手な方であるから、
銀時が世間話のような話題を振りながら、
いつも通りの軽口をたたいてくれるのが有難かった。
それに皮肉を含めながら返すのが精いっぱい。
お互いに、熱燗を注ぎあいながらお銚子の数は積み重なっていく。
基本的に、かなり緊張していたから、ピッチも酒のまわりも早かった。

ぼんやりとしていた思考のなかで、いつしか隣に座る銀髪に手を伸ばしていた。

「ちょっと!なんなの?!」
「ん〜。もふもふだな…」
ずっと触れてみたいと思っていた銀糸は想像よりも柔らかく、良く手入れされた犬の毛並を思わせる。
指を天然パーマのウェーブに絡める。

「おいっ!」
制止の声が本気ではなかったようだから、あえて聞こえないふりをした。
酔っぱらいの特権というのだろうか。
少し気が大きくなっていたのだと後で思う。

「旦那方、そんなに仲よかったですねぇ」
「んな風に見える?俺一方的にこの酔っぱらいに絡まれてんですけどぉ」

屋台の親父の声とそれに返す銀時の言葉でふと我に返る。

そうだった。
つい、一緒にこんな穏やかな時間を過ごすことができて気が緩んでいた。

好きだと告げた。
それでも、こうやって隣で飲むぐらいは許してくれるらしいことに浮かれていた。


「悪ぃ」
名残惜しく絡めていた指をほどき、残っていた酒を飲みほした。

「お開きにしようぜ」
親父勘定、そういいながら、財布を懐から取り出す。

「親父割り勘な」
明細を計算している親父に銀時が声をかける。

「お、珍しいね。ついでに今までのツケ払っていってよ」
「それは別の話しでしょうが!取りあえず、今日の分ね」
既に全額分、カウンターに土方が置いていたからだろう。
自分の分だと、千円札を数枚土方に押し付ける。
そして、さっさと暖簾をくぐって、屋台を一足先に出ていく。


土方は少し迷い、
銀時の金を店の主に差し出した。

「旦那、これは…」
「あの腐れ天パ、ツケあんだろ?それに補填しといてくれ」

親父は少し目を見開いて何か言おうとしたが、人差し指で内緒の話だと自分の口を押えて見せれば頷いてくれた。

そして、土方も暖簾をくぐる。








―銀伍―



結局、真選組の屯所で待ち伏せることにして、その門前で待つ。
時刻は午後7時をもう少し回っていた。

誰か顔見知りの隊士でも見つけたならば、声をかけて土方を呼び出してもらおうかと思ったが、こういう時に限って通らないもの。
深々と足元から這い上がる冷気に、強引でもなんでも屯所に押し入ろうとした時だ。
前方から一台のパトカーが屯所へと戻ってきた。

中から降り立ったのは、土方その人。


「万事屋…」
「お、戻ってきたか。いいタイミングだったな」
寒空の下で待っていたなんて、そんなことは気取らせるのは癪だ。
今来たような答えを返す。


「なんで、テメーがここに…」
「待ち合わせ場所、決めてなかったから、ここにくりゃ間違いねぇかと思ってよ」
「あぁ…そうだな」
やはり煮え切らない土方の態度に、イライラとさせられる。

そして、この「間」が嫌だった。
告白されたの自分の方であるのに、なんなのだ?

「着替えてくるから、少し待ってろ」

仕方ないという風に返すのは照れ隠しなのか、それとも…

足早に自室へと戻る土方の後ろ姿を見送る。
そうして、銀時は薄く雲が広がる夜空を見上げながら、ざわざわと吹き始めた風の音に、耳を澄ませた。




二人で寒空の下を歩いて、たどり着いたのは河川沿いに店を出す、おでんの屋台だった。
タカリだと思われるのも腹立たしいので、自分が割り勘で支払える店を選んだのだ。

「オメーら高給取りと違って、年の瀬から色々物入りで懐がいつも以上に寒いんだよ。
 ここで我慢しとけ」
思わず、いいのかと尋ねるところをみると、やはりタカられると思われていたようだ。


土方は、無口な様で会話を振ればきちんと返してくる。
世間話のような話題であっても(すこし真面目すぎるきらいがないわけではないが)
打てば響くような答えや、捻りを入れて戻ってくる。
そのタイミングが心地よかった。
熱燗を注ぎあいながら、お銚子の数は積み重ねていくことに苦はない。
気持ちよく、酔いがまわって来たころ、不意に頭上に影が落ちてきた。

「ちょっと!なんなの?!」
土方の手が自分の天然パーマに延ばされたのだ。

「ん〜。もふもふだな…」
目の前で動く指は、自分と同じ剣を握る物であるはずなのに、意外に華奢な印象をもたらした。
天然パーマのウェーブに触れる手は限りなく優しい。

「おいっ!」
(なんかこっ恥ずかしいことになってんですけどぉぉ!!)
制止の声があげるが、思いのほか心地の良い感覚に実力行使で振り払うのは惜しく感じた。
お互い酔っぱらっているのだろう。
照れとかそういうことではなく、土方は顔にとどまらず、見える範囲、総てがほんのりと朱に染まっていた。


「旦那方、そんなに仲よかったですねぇ」
屋台の親父の声に我に返る。

「んな風に見える?俺一方的にこの酔っぱらいに絡まれてんですけどぉ」
一瞬でも、これが女なら速攻でホテルに連れ込んでるパターンだ、などと考えた自分に唖然とする。

好きだと告げられた相手だ。
しかも、男だ。
だが、興味本位とはいえ、こうやって隣で飲むぐらいは自分は距離を許している事実にも改めて驚く。

「悪ぃ」

延ばされていた時と同じくらいの唐突さで指は遠ざかる。

「お開きにしようぜ」
土方は、猪口に残っていた酒を飲みほし、さっさと、親父に清算を頼みながら財布を懐から取り出した。

「親父割り勘な」
慌てて、銀時も明細を計算している親父に声をかけた。

「お、珍しいね。ついでに今までのツケ払っていってよ」
「それは別の話しでしょうが!取りあえず、今日の分ね」
既に全額分、カウンターに土方が置いていたから、自分の分の千円札を数枚土方に押し付ける。

そして、頭を冷やそうと暖簾をくぐって、屋台を一足先に出た。







―黒陸―



空を見上げた。

冬の風が
ひゅうひゅうと走る。
風が雲を
びゅうびゅうと鳴らす。
雲が月の姿を
おぼろげに覆い隠す。


「おい」

そうやって、川沿いに歩きながら眺めていると、慌てたような声がかかる。

「あ?」
振り返ると、とっくの昔に帰ったと思っていた銀時が何故か、後ろにいた。

「オメーそりゃねぇだろ?寒空の下、暖簾の外で銀さん待ってたっていうのに、存在キレ―に無視して歩き出すって何様ですか!」

「あ?何で待ってんだよ?」
つい毀れた疑問。

「いや、オメーそれおかしいだろう?二次会いかねぇまでも普通礼儀としてだなぁ〜」
「あぁ、そうか…それもそうだな」
あの流れだったから、先に帰っているとばかり思い込んでいて思いもよらなかったのだが、言われてみれば、そうである。

「やっぱ、酔っぱらいだな」
「違ぇよ!テメーこそ…」
今にも潰れそうなんじゃないのか?と悪態をつきかけて言葉が止まる。
先程の意趣返しのつもりなのか、銀時の節張った指が土方の頭をくしゃくしゃとかき混ぜたからだ。

「おいっ!」
「あ〜。腹が立つほどサラッサラッだなコレ…ヴィダル派に宗派替えしたらこんなになんのかよ?」
指と指の間とスルスルと零れ落ちる髪の手触りを愉しむかのように、何度も何度もかき混ぜられる。

「んなこと知るかっ!」
顔から、火が出そうなほど赤面している自覚はあった。
朧月夜は程よい暗さを演出してくれているから、銀時にバレてはいないと思うが。

「じゃあな!」
足早に、やや強引に身を離し、屯所への道へ歩き出す。

「なぁ、土方!」
「あぁ?なんだよ」
少しでも早く離れたくて、
赤い顔を見せて、ひかれたくなくて
ぶっきらぼうな物言いになった。

「また、飲みに行こうぜ?思ってたより楽しかったからよ」

銀時の言葉にまた、頭が真っ白になる。

これはなんだ?
同情なら二度目はないだろう。
タカリなら、わざわざ割り勘の金を押し付けたりしないだろう。

次があるのか?
首を振る。
期待してはいけない。


「…時間が出来たらな」

それだけ返すのが精いっぱいな朧月の晩の出来事だった。







―銀七―



頭を冷やしたくて、先に屋台の外へでる。

空を見上げた。


冷たいの風が
ごうごうと哭く。
風が木々を
ざわざわと鳴らす。
木々が影を落とし、
寒さを一層と強調させていた。

土方は確かに自分のことを好いているのかもしれない。
だが、どういう『好き』なのかは、やはりわからなかった。

考えれば考えるほど。
自分に触れたいと思っていることは分った。
だが、その手つきはまるで犬猫を触れるような、どちらかというと、自愛に満ちたもので。
色恋の類の気配は読み取れない。

わからない。
正直な感想はその一言しかなかった。

銀時が思考の迷路に入り込んでいると、遅れて店の暖簾から土方が出てくる。
だが、銀時の存在など見えていないかのように素通りしていった。

「おい」
慌てて声をかける。

「あ?」
振り返った顔は妙に幼くて、無防備だった。
不思議そうに、青灰色の瞳がこちらを捉える。

「オメーそりゃねぇだろ?寒空の下、暖簾の外で銀さん待ってたっていうのに、存在キレ―に無視して歩き出すって何様ですか!」
「あ?何で待ってんだよ?」
あまりに、素で返されるので、自分の方がおかしいのかと思ってしまいそうだ。

「いや、オメーそれおかしいだろう?二次会いかねぇまでも普通礼儀としてだなぁ〜」
「あぁ、そうか…それもそうだな」

「やっぱ、酔っぱらいだな」

イライラする。
やはり、そう思った。

「違ぇよ!テメーこそ…」
悪態を返してくることは分っていた。
その上での、意趣返し。
土方の頭をくしゃくしゃとかき混ぜてやる。

「おいっ!」
「あ〜。腹が立つほどサラッサラッだなコレ…ヴィダル派に宗派替えしたらこんなになんのかよ?」
指と指の間とスルスルと零れ落ちる髪の手触りは自分にはないもの。
ついつい羨ましくて何度も何度もかき混ぜる。

「んなこと知るかっ!」
今度は、明らかにテレから来る赤面だった。
酒が抜け始めて、やや平常の顔色を取り戻し始めていた顔が一瞬で赤くなった。

朧月夜は程よい暗さ。
それでも、わかるほど明確な変化。

「んじゃな!」
足早に、やや強引に身を離し、土方は屯所への道へ歩き出す。


「なぁ、土方!」
その様が、また、ざわざわと心の中をかき乱す。

「あぁ?なんだよ」
ぶっきらぼうな物言いの黒い男。

「また、飲みに行こうぜ?思ってたより楽しかったからよ」
つい、次の約束を口に出していた。

腹の底で何かが蠢いている。

なんだかわからない。

昏いものではない。
かといって、暖かなものでもない。
ぐらぐらと芯を揺さぶられるような音が聞こえる。

その正体がわからない。

だから、もう少し戯言を続けてみるだけだと。
そう、自分を分析した。

「…時間が出来たらな」
それだけぽつりと返し、背を向けられた



朧月の晩の出来事だった。




『淅瀝 弐』 了




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