うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

【壱】



―銀壱―



淅瀝―雨雪の降る音、風の吹く音



久方ぶりに曇天から解放された、ある冬のある日。
万事屋坂田銀時は、いつものごとく死んだ魚のようなやる気のない顔つきで、かぶき町を歩いていた。

ふと馴染みの団子屋に腰掛ける、黒い真選組の幹部服を見つける。

「こんなところでさぼってんじゃねぇよ。税金泥棒」
「あ゛?」
凄まじい形相で、男は顔を上げて銀時を睨みつけてきた。

毎回何故自分は、よりによって、こんな男に声をかけてしまうのだろう。
不思議に思う。
そして、それは必ずといってもよい確率で憎まれ口に他ならない。
面倒事はごめんだというのに。

「俺はこれでも公務中だ。ぷーのテメーと違ってな」

そして、投げれば必ずそれ以上の熱を持って打ち返される言葉。

瞳孔開きぎみの青灰色の瞳。
自分とは正反対の黒髪ストレート。
ストイックに着こなされた隊服。
大体、元攘夷志士があまりお近付きになりたくないはずの真選組の副長。

「ぷーでもニートでもねぇよ!大っ体!どこが公務だよ!茶屋でのんびり寛いでんじゃねぇか。俺にも団子食わせろってんだ」



「真選組の旦那、お待たせしました」

店の奥から、主人が現れ、紙袋を数個土方の側に置く。
音から察するにかなりの重量だ。

「いつも、無理言ってすまねぇな」
「いやいや、土方の旦那みてぇにちゃんとした客なら大歓迎でさ」
「なに、それ…暗に俺のこと示唆してんの?」
ちらりと向けられた視線の意味は、たまりにたまったツケを踏み倒されない為の牽制だろう。
「おや、銀さん。珍しく察しがいいね」

「なんだ。テメーまさか団子までツケで食ってんのか?」
「ちょっと!何その憐れんだみたいな目!違ぇよ!たまたま持ち合わせがだなぁ…」

ここで、下手をうつと親父にいい機会だとツケを請求されかねない。
言葉を選んでいると、先に声を発したのは土方の方だった。

「そんなに甘みに飢えてんのかよ」
「糖分舐めんなよ。人間糖分摂取してりゃ問題ねぇんだ」
「糖尿病になりかけてりゃ世話ねぇけどな」
「なんでオメーそれを!じゃなくてだなぁ…」
ズイッと差し出された包みに言葉を止める。

「やる」
「は?」
それは、先程団子屋の親父が持ってきた紙袋に入っていたと思われる菓子折りだった。

「総梧が破壊した相手先に持っていくもんだが、先方の都合で日にちが伸びたから」
「…なんで俺?」
「かわいそうだから?」
ここぞとばかりにどや顔だ。
いやいつもこいつは偉そうだが…

ここで受け取りたくないのは山々だが、謝罪用にわざわざ用意させた品だ。
普段店先で食べている団子とはまた一味も違うだろう。
正直なところ、糖分王としては、喉から手がでるほど欲しい。

「いらねぇのか?」
「…マヨネーズ餡の特注品じゃねぇだろうな?」
嫌味の一つでも、と吐き出したのだが、土方には意外だったらしく、きょとんと動きを停めた。

(あれ?)
その顔が、いつもの険の張り付いたとはあまりに違うもので、妙に落ち着かない気分になる。

「…それ、旨そうだな」
当の本人は、まる妙案を得たかのように、朗らかに笑った。

「じゃあな」
笑うのか、そうか笑うのか等変な所に感心しているうちに黒い男は、菓子折りと銀時を置き去りにして立ち去ろうとする。

「おいっ」
「しつけぇな。今度はなんだよ?」
「本当に俺が食っちまっていいんだな?!」
「あ?そりゃ、好きな奴に好きなもんやる方がいいに決まってんだろうが」
「す、好きな奴?」


言葉の意味をとりかねて、再び唖然としたまま、黒い背中を見送ったのだった。





―黒弐―



久方ぶりに曇天から解放された、ある冬のある日。
真選組副長を務める土方十四郎は、いつものごとく、瞳孔開き気味の目で、足早に道往く人々を眺めていた。
ここは、かぶき町のとある団子屋だ。

以前、天人の経営する大手菓子会社を張り合ったこともある、なかなかに気概ある和菓子屋だった。
主に沖田が引き起こすトラブルの仲裁や謝礼の品として御遣い物に真選組も時折、使っている。


ここで、会えたなら…

土方は、注文の品を待つ間。
ぼんやりとそう考えながら、過ごしていた。

想うは、このかぶき町に根城を置く、万事屋坂田銀時だ。
土方はいつのころから、その人物に惚れていた。
普段はまるで駄目なオッサン(とはいっても土方といくつもきっと変わらないのだろうが)なくせに、いざとなれば、圧倒的な剣技で、気力で、その木刀を振るい、傷だらけになろうと、己の武士道を貫く変わった男だ。

近藤へ対するような畏敬・親愛の心で想っているのではないと、気が付いたのは一体いつの頃だっただろう。

だが、自分の想いなど彼には迷惑に他ならない。
やれ、下ネタ的な発言と、行動を連発する銀時はどう考えても女好きであり、到底、男など受け付けるとは思えない。

最初から、実らぬ恋心。

ミツバの時とはまた違い、実らせてはならないのではなく、実ることのない想いだ。
そのうち、果実が腐り落ちて、土に返ってくれるのをじっと待つ。
そう決めていた。

「こんなところでさぼってんじゃねぇよ。税金泥棒」
自分の思考に取られていて、本のすぐそばに立たれるまで、気が付いていなかった。
待ち望んでいた声だというのに。

「あ゛あ゛?」
凄まじい形相で、顔を上げて相手をに睨みつけた。

毎回自分は、険ををもってでしか、この男に接っすることが出来ない。

その答えは明白。

めんどくさい奴だと思われてもいい。
自分が思わず期待してしまうような浅ましい心をさらけ出さないためにも、憎まれ口に頼らざる負えない。
それに、言葉の応酬を重ねている間だけ、彼の瞳は自分を視界にいれる。
これ以上何を望むだろう。

「俺はこれでも公務中だ。ぷーのテメーと違ってな」
恐らく、面倒事を忌む銀時のことだ。
本当に、自分のことを嫌いであれば声などかけてはこない。

「ぷーでもニートでもねぇよ!大っ体!どこが公務だよ!茶屋でのんびり寛いでんじゃねぇか。
 俺にも団子食わせろってんだ」

投げられる言葉の熱が。
シカトされるというようなことまではないのだと。

それだけが、嫌われてはいないのだと思わせてくれるバロメーター。


赤みかかった瞳。
自分とは正反対の銀髪天然パーマ。
右肩だけ抜かれて着こなされた着流しと様相という一風変わった服。
元攘夷志士の中でも『白夜叉』などという伝説じみた存在のくせに、それを普段の生活からは片鱗もみせることのない。


「真選組の旦那、お待たせしました」

店の奥から、主人が現れ、紙袋を数個土方の側に置く。
残念なことに、時間が来てしまったようだ。

「いつも、無理言ってすまねぇな」
「いやいや、土方の旦那みてぇにちゃんとした客なら大歓迎でさ」
「なに、それ…暗に俺のこと示唆してんの?」
ちらりと向けられた視線の意味は、たまりにたまったツケを踏み倒されない為の牽制だろう。
「おや、銀さん。珍しく察しがいいね」

「なんだ。テメーまさか団子までツケで食ってんのか?」
「ちょっと!何その憐れんだみたいな目!違ぇよ!たまたま持ち合わせがだなぁ…」

もしも、ここで、会えたなら…

土方は先程、ふと思いついた想定。

「そんなに甘みに飢えてんのかよ」
「糖分舐めんなよ。人間糖分摂取してりゃ問題ねぇんだ」
「糖尿病になりかけてりゃ世話ねぇけどな」
「なんでオメーそれを!じゃなくてだなぁ…」

あまりに、自分の脳内でシュミレーションされた言葉のやりとりそのまますぎて笑えてくる。
団子屋が持ってきた紙袋の中から包みをひとつ取り出して、銀色に押し付けた。

「やる」
「は?」
きょとんのした顔が、妙に幼く見えておかしかった。

「総梧が破壊した相手先に持っていくもんだが、先方の都合で日にちだ伸びたから」
「…なんで?」
「かわいそうだから?」

それはそうだろう。
犬猿の仲で通っている自分から、好物の甘味をもらうなんて予想などしないだろう。
本当は喉から手が出るほど、欲しいのであろうに、迷っている様が手に取るようにわかる。

「いらねぇのか?」
「…マヨネーズ餡の特注品じゃねぇだろうな?」
さすがに自分がマヨネーズ好きだといっても、それが万人向けでないことくらい知っている。
今から、謝りに行こうという相手のところに、さすがに自分の嗜好を押し付けるようなことはしない。
でも、想像してみた。

柔らかくつくられた和菓子の中から、マヨ餡がとろりと出てくる様を。


「…それ、旨そうだな」
今度特注品として、頼んでみようかと本当に考えながら、仕事に戻ることにする。

「じゃあな」
不自然にかたまっている銀色の男は、菓子折りを握りしめて座ったままだが、構わず、立ち去ろうとした。

「おいっ」
「しつけぇな。今度はなんだよ?」
「本当に俺が食っちまっていいんだな?!」

戯言だ。
他意などない。


「あ?そりゃ、好きな奴に好きなもんやる方がいいに決まってんだろうが」

戯言にのせて、『好き』という言の葉を織り交ぜてみる。
きっと、本当の意味で使うことはないが、口先にのせてみたかったのだ。

「す、好きな奴?」
背後で、銀時の少し上ずった声を聴いた。
あぁ、言葉の意味をとりかねているんだな。

『好き』のかかる言葉はなんなのか。
『甘味が好きな奴』なのか
『土方が好きな奴』なのか

少しでも考える資質が銀時の中にあったならば…

もしかしたら、自分の気持ちがいつの日かこぼれてしまっても、想いに答えてくれなくてもいいから、せめて今のようなポジションには置いてくれるだろうか。


そんな詮無きことを考えながら、お詫び巡業に向かったのだった。





―銀参―



「銀さん。それどうしたんですか?」
万事屋のデスクに鎮座した菓子折りをみて、新八が尋ねた。

「ん〜どうしたもんかと思ってよ」
「なんか曰く付きですか?」

揺るやかに視線を菓子折りから、メガネに向ける。
確かにいつもならば、真っ先に銀時が神楽のブラックホールに吸い込まれる前に食べてしまうか、隠すかするだろう。
昨日、土方からもらってから、机の上に置いたままだ。
包装すら解いていない。

「曰く…っちゃ曰く付きかなぁ」

もらった相手が相手だ。
顔を見る度に喧嘩を吹っかける犬猿の仲の土方十四郎だ。

「土方からだもんなぁ」
天変地異の前触れだろうか。
「土方さん、あぁ、仲いいですもんね」
「はぁ?誰と誰が仲いいって?」
「いやだから、銀さんと土方さん」
「どこがだよっ!あんなチンピラ警察と!」
「銀さんから誰かに絡む確率…かなぁ」
メガネに言われるのは、忌ま忌ましいことだが、その点に関しては自分でも自覚がないわけではないから否定しづらい。

「う〜ん」
しかし、一番自分が引っ掛かっているのは土方の言った『好きな奴に好きなもんやる方がいい』のくだりだ。
ここで使った『好きな奴』の好きはどれにかかるのだろう?
『甘味が好きな奴』なのか
『土方が好きな奴』なのか
「いやいやいやないない」
ブンブンと頭を左右にふり、不穏な流れを追いやろうとする。
お蔭で昨夜は夢見が悪かった。
夢の中にまで、土方が出てくる始末だ。

「なに百面相してるんですか?」
新八がまた怪訝な顔で覗き込む。
「土方は…」
「土方さんが?」
「いや、なんでもねぇ」
それ、俺んだから。食うんじゃねぇぞ、それだけ言い置いて、銀時は頭を冷やそうとふらりと万事屋を出た。


とりあえずパチンコにでも行って無心になってみよう。うん
自分に言い聞かせながら、足をすすめる。



そして、思った。
どうして会いたくない時に限って、会いたくない人物というものには会ってしまうのだろうと。

バチンコ屋まで、あと少しというところで、土方が見えた。
銀時の知らない隊士と今日は連れ立っている。

沖田や近藤といった旧知の連中とじゃなくても、穏やかな顔を向けることができることになぜかいらつきながら、声をかけるべきか、迷った。
仲間うちに向けられた柔らかい表情が自分に向けられることを望んでいるはずはない。
なにせ、銀時と土方は犬猿の仲なのだから。
そう自身に言い聞かせる。
(普段通り普段通り…)



「おい!そこの不審者」
そうこうしているうちに先制攻撃が飛んできた。

「不審者じゃありません〜今、勝利の女神さまにお願いしてただけですぅ」
「十分怪しいんだよっ大体テメーは存在自体が不審すぎんだ」
(あれ?いつも通りか?)
土方の目元が少し赤い気もしないではないが、普段通りのエネルギーが放たれてくる。

「そういや、昨日の菓子食ったか?」
「へ?いや、まだだけど?」
「足が早ぇえもんだから、気をつけろよ」
テメーは意地汚いから、独り占めしてそうだと続けながら、煙草に手を伸ばした。
その様子に自分を悶々と考えこませた土方と心のどこかでそんな風に期待(のようなもの)をしてしまった自分に腹がたってきた。

「全くよぉ、紛らわしい言い方してんじゃねぇよ」
「あ゛?なんのことだ?」
「『好きな奴に好きなもんやる』なんていいやがるから、フクチョーさんは俺のことが好きなのかと思ってドキドキしちまったじゃねぇか」

「…」

急に黙り込んで、こちらを青灰色が見つめるので、ひどくいたたまれない気分になってくる。

(そ、そんな色気含んだ目で見られたら…ってオイしっかりしろ俺ぇ)

「いや、そういや意味で間違ってねぇんだが…」
ゆっくりと紫煙を吐き出してから、土方は何でもないことのように、言い放った。

「は?はぁぁ?ちょっと!こっち来い!」
「うぉ!」
とんでもないことを言い出してくれたと、土方の腕をとり、手短な路地裏に引っ張りこむ。
「島田っすぐに追いつくから先行ってろ」
土方が連れの隊士にそれだけ怒鳴っていた。

通りからは、あまり目につかない程度の場所まで着くと、改めて黒い男をみる。
土方は何を言うでもなく、やはりじっと銀時を見ていた。

「オメーさぁ…自分の言ってることわかってる?」
「気にすんな。ちょっと言ってみたかっただけだから」
「だけって…」
「俺もそっちの趣味が本来あるわけじゃねぇから…男にこんな事言われて気持ち悪ぃのは解る」
だから、戯れ事に織り交ぜてみただけだったんだ
そういうと、睨むように真っ直ぐ向かってきていた視線が、数秒間だけ、長い睫毛で臥せられた。
「なのに、テメーが蒸し返してくるから、つい…」
ゴモゴモと最後の方はほとんど聞き取れない。

「どうこうしようなんざ思っちゃいねぇから」
気にするなと、まだ掴んでいた銀時の腕を引きはがして、路地裏を去っていく。




その背中を今日も見送りながら、考える。
元から積極的な女も、(自分がドSな自覚はあるが)ドMな女も苦手だ。

「土方」
呼んでみる。
「忘れろ」
少し振り返ったその瞳に、揺らぎはない。
ぎっと音がしそうな、強い視線が返ってくる。

そこには、女の底に見え隠れするような、打算さはまるでない。
自分を落とそうなどとは、思いもしていないのだろう。
ただ、自分の中を把握して、飲み込み一人昇華させようとしている姿だけだった。

(面白ぇ)
全て自分の中に答えはあるのだと、銀時の回答など必要ないという目の前の男を…

だから、言い放つ。
半分は興味本位で。

「オメー次の休みは?」


一瞬も気の抜けない深みに嵌まりそうな警告音を聴いた気がした。

だが、あえて銀時は自身の声を無視した。


そして、帰ったら、神楽に食われる前に早いトコ菓子折りを開けてしまおう。
そう思って、

もう一度、低く低く笑った。





―黒四―



「今日はまた、一層冷えますね」
共に、巡察に回っていた島田が、空を見上げながらつぶやいた。
「そうだな。雪にならなけりゃいいが…」
「風情はありますが、俺らの仕事としては面倒臭ぇことこの上ないですからね」
「違ぇねぇ」
いつ降り出してもおかしくない様な、重苦しい雲ばかりが連なっている。
ぶるっと悪寒が走ったのか、身をすくめる島田の様子に笑みがこぼれた。


「あれ?土方さん。あれ万事屋さんじゃないですか?」
少し背を丸め気味に、いつものスタイルに防寒着を着込んで歩いている。
どうぜ、パチンコにでもいくのだろう。


そして、思った。
どうして会いたくない時に限って、会いたくない人物というものには会ってしまうのだろうと。
いや、心の奥底では常に顔を見たいと思う土方がいることも事実なのだが。

昨日の今日だ。
自分が使った言葉に彼が気が付いているとも思えないが、かなり内心は心拍数が上がっていた。


なにせ、銀時と土方は犬猿の仲なのだから。
そう自身に言い聞かせる。
(気が付く筈がねぇんだ)

だから、今日は先制攻撃を仕掛けることにした。



「おい!そこの不審者」
「不審者じゃありません〜今、勝利の女神さまにお願いしてただけですぅ」
「十分怪しいんだよっ大体テメーは存在自体が不審すぎんだ」

(ほら?いつも通りだろ?)
なんとか、動揺を気取られずに済んだようだ。

「そういや、昨日の菓子食ったか?」
「へ?いや、まだだけど?」
「足が早ぇえもんだから、気をつけろよ」
テメーは意地汚いから、独り占めしてそうだと続けながら、煙草に手を伸ばした。

意外に思う。
きっと、万事屋で子どもたちとガヤガヤを賑々しく食べつくしていると思っていたのだが。
土方が、やったものが、あの家に置かれたままという状況はなんだか、それだけで思歯がゆく感じる。

すぐ腹の中にいれてしまって、あとに残らなければいいと思っての菓子であるのに。


「全くよぉ、紛らわしい言い方してんじゃねぇよ」
「あ゛?なんのことだ?」
急に銀時がむっとした表情になる。


「『好きな奴に好きなもんやる』なんていいやがるから、フクチョーさんは俺のことが好きなのかと思ってドキドキしちまったじゃねぇか」

「…」
何をいいだすのだ?
いや、勘のいい銀時のことだ。
実は随分と前から気が付かれていたのだろうか?
サディスティック星の王子からも、自分はよく隠し事には向かない性格だとよく言われる。


こちらを不審げに見返してくる柘榴色に、頭が真っ白になってくる。

(さぁ、どうする?どうする俺??)
(…いや、むしろ、いい機会なのか?こんな町に住んでる万事屋だ。今更衆道のひとつやふたつ関係ねぇのかもしれないな)
(でも、そうでなかったら??)
ぐるぐると思考が堂々巡りする。
実際はほんの瞬く間なのだろうが、土方には随分と長く感じた。

ゆっくりと紫煙を吐き出してから、土方は腹をくくる。
出来るだけ、何でもないことのように、言い放った。

「いや、そういや意味で間違ってねぇんだが…」

餌を放ってみた。
冗談と受け取ってくれれば、それでいい。
万が一、本気にするのなら…

「は?はぁぁ?ちょっと!こっち来い!」
「うぉ!」
酷く、本当に酷く慌てた様子で銀時は、土方の腕をとり、手短な路地裏に引っ張りこんだ。


「島田っすぐに追いつくから先行ってろ」
呆気にとられている島田にそれだけ怒鳴るのが精いっぱいだった。

通りからは、あまり目につかない程度の場所まで着くと、銀髪はこちらを改めて見た。
土方もまた、何を言うでもなく、どう手を打つべきか迷っている。

「オメーさぁ…自分の言ってることわかってる?」

どうする?

「気にすんな。ちょっと言ってみたかっただけだから」
「だけって…」

どうしよう?
でも、いずれ溢れ出る想いならば、
いっそこれ以上自分の胃の具合を悪くするよりは…

「俺もそっちの趣味が本来あるわけじゃねぇから…男にこんな事言われて気持ち悪ぃのは解る」
だから、戯れ事に織り交ぜてみただけだったんだ
一度、口から出すと次々と零れ落ちそうになる言葉を、抑え込むように一度瞳を臥せた。
「なのに、テメーが蒸し返してくるから、つい…」

「どうこうしようなんざ思っちゃいねぇからだから」

よし、これでいい。
一度は伝えることが出来て、すこし気分が良くなった気がする。
あとは、銀時がどう思うかだが…

(凍りついた空が、晴れる季節になる頃にゃ、きっとましになってるさ)

気にするなと、まだ掴んでいた銀時の腕を引きはがして、路地裏を離れようとした。


「土方」
呼ばれた。

「忘れろ」
ぎっと睨むように、不敵に笑って返すのだ。
いつも通り。

銀色の髪と同じ色のまつ毛がゆっくりと開閉され、数秒の間の後に、低く笑うような声で銀時は言い放った。

「オメー次の休みは?」
「あ?確か…年内はねぇなぁ」
突然の問いに不意をつかれた。
素のまま答えていた。

「じゃ、年明けに新年会やろうぜ?もちろんそっちの趣味はねぇけどよ。酒くらいは付き合ってやんぞ?」

本気なのか。
冗談なのか。
きっと後者であり、酒をたかりたいだけなのだ。

「…そりゃ、ありがてぇこった」
耳鳴りがするほどの緊張をねじ伏せて、路地裏を出ながらそれだけ言い返すのが精いっぱいだった。


戯言にのせた言葉によって、事態は緩やかに動き出したのだった。








『淅瀝 壱』 了




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