うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『songs』



♪夜をうたい
 謡い唄って
 時をうたい
 謡い唄って
 あなたのこころを探し求める


薄暗く照明が調節されたバーの一角。
囁くように、店の隅で女がピアノを弾きながら歌っている。
カウンターに座る男は、長い指でソフトパッケージから煙草を出した。

すっとライターが差し出され、火が灯される。

「……なんでテメーがここにいんだ?」

紫煙を吐き出しながら、座っていた男は眉間にしわを寄せてライターの主を見る。
ある意味対照的な二人であった。

座る男は喪服かと思われるような真っ黒いスーツに、紺系のネクタイを締めている。
髪もつややかな鴉の羽のような光沢を放つストレートだった。
飾り気のない衝撃に強いことが売りの時計。
唯一の飾り気は、少し変わった意匠のネクタイピンのみであろうか。

一方、脇に立つ男は見るからに水商売然とした派手な恰好をしていた。
スーツ自体は、ライトグレー系の細見であったが、内に着るシャツは明るめのブルー。
胸ポケットのチーフもシャツと同じものであるから、すべてオーダーなのだろう。
ネクタイは締めず、適度に開かれた胸元には一目でブランドものだとわかるネックレス。
腕時計もかなり値の張るものであることは明らかだった。
だが、彼を一番目立たせているのは金色の無造作に跳ねる天然パーマ。

「なんで…って、金さん、ここの常連さんなんですけど?土方君こそなんでここに?」
金髪の男が黒い男の問いに答える。
そして、隣に腰かけて、それを証明するように、
バーテンにいつもの…と注文を入れた。
「俺も…結構ここに来てるけど…そうか…テメーの河岸なら、俺は出る」
「なにそれ?逃げんの?」
「な!誰が!」
ずいっと、金時は黒―土方の耳に口を寄せ、囁いた。

「また、キスされんじゃないかって逃げてんじゃねぇの?」
「ばっ!誰が!!」
静かな店内に土方の声が響く。
慌ててバツ悪そうに声を落とした。
「誰が…この間は油断してただけだ。
 まさか、男にあんな悪戯されるなんざ思わねぇからな」
「ふーん、油断…ねぇ?」
金時は緩く笑う。
新宿ナンバー1ホストの地位を不動で守る金時の笑みであったが、
土方の表情に変わりはない。

逆にその青灰色の瞳が、びたりと金時を見つめ返す。
ただ、無表情に。
相変わらず瞳孔が開き気味の強い光を保つ眼だ。

「ねぇ…」
バーテンが持ってきたピンクがかった乳白色の飲み物を一口、口に含み、再び囁く。
「一目惚れって信じる?」
「は?」
整った顔が、理解できない言葉に奇妙に歪む。
「だから、一目惚れ」
「そういや、この間もそんな風なこと言ってやがったな。
 悪ぃが俺は客にはなんねーぞ」
「いやいや、本気だからね。
 プライベートな、がっつり、みっちりしたお付き合いがしたいなと」
金時の手が、組まれている土方の足を踝から上へと、なぞった。
「じゃないと、こんな物騒な物持った、しかも男を口説こうなんて思わねぇよ」
紅い瞳が揺らめく。
ズボンの下の硬質な手触りは、きっとよく切れる護身用の薄い刃のナイフ。

「気安く触るな」

触るなといいながら、相変わらず危機感が今一つ窺えない。
手を払うでもなく、ただ、落ち着きを取り戻し、じっと睨むだけだ。

「なぁ、こんなに簡単に触られて大丈夫なの?オメー」
「あ?敵意がねぇから大丈夫だろう。
 それともテメーは俺をどうかするつもりなのか?」
「いや…だからね…?」

金時は少し考える。
確かに命のやり取りをする関係ではない。
だから、そういった意味で『どうかする』つもりはもちろんないのではあるが。

「オメー、誰か無性に欲しいとか思ったことある?」
「欲しいって…人間はモノじゃねぇんだから、所有するもんじゃねぇだろ?」
不思議そうに、でも真面目な返答。

(あぁ、なるほど)

突然理解した。
無機質な青灰色の眼が何故自分を惹きつけるのか。

敵か味方か。
自分に害をなすか否か。
不利益か、利益か。
それらが、きっと一つ目の判断材料。

自分とそう年端が違わぬ、その身で対テロ対マフィアのための組織を運営していく為の諸刃の剣。
元からの資質なのか、後発的に身に着けた、処世術なのか…

感情がないわけではないが、そこに深さが現わすこともなく。
深淵をみようとすれば、合わせ鏡のように自分をも突きつけられるかもしれない恐れ。

「でも、金さんは欲しいと思うのは変わりないので覚悟しててくださいね。
 副長さん?」
「?」

そこに携帯電話が振動する音がカウンターの上で響いた。

拳銃やナイフを操るには、少し華奢かと思われる手で、土方は通話ボタンを押し、低く短く応えた。

「…土方だ。おぅ、今行く」
そして、灰皿に短くなった煙草を消し、立ち上がる。

「お仕事?」
「まぁな。テメーんとこも気をつけろよ」
「?」
「わかんねぇならいい」
微かに笑うと、黒い背を向けて、土方は立ち去って行った。




♪夜をうたい
 謡い唄って
 時をうたい
 謡い唄って

 わたしのこころを守り続ける
 ただ、ひとつの愛を詠い続ける



再び、人の話し声が途絶えたバーには唄い続ける女の声が、
高く低くサビの部分を繰り返し続けていた。




『Melting Point ―songs―』 了




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