うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『the second term』





夏休みもあけ、まだ残暑の残る教室で俺は2回目の進路希望調書と睨めっこしていた。

「珍しい。銀時が悩んでいるぞ」
幼なじみの一人、桂が声をかけてきた。
秀才なのだが、ズレた発言で、進学クラスからは外され、同じ3年Z組に振り分けられている変わり種。
「ヅラは、もう出したんだろ?」
「ヅラじゃない桂だ。当たり前だ。この国を変えるために俺は政治の方面に進むと決めているからな」
いつもつるんでいる他のメンバーも、高杉は跡を継ぐから医学部推薦で決まってるし、坂本は起業したいために経済系で留学と笑っていた。

「就職組ではなかったのか?」
「うーん。ちょっとな」

経済的には、交通事故の賠償金があるし、バイトもしてるから問題ない。
後見人の寺田綾乃からも社会勉強を兼ねて、進学した方が良いとは言われていたが、
面倒だと思っていたのだ。



目下、問題はあのひとのコト。

二回目のキスのあと、先生の態度は夏休み前半に戻っていた。
距離感は相変わらずだが、少しだけ、親密度は増した(と思いたい)。


「銀時は、色ボケだろう?。夏休みガッツリ二人だったんだろ?犯っちまったか?」
「高杉っ!?おまっ」
珍しく遅刻せずにHR前に登校してきた高杉が、とんでもないことを言ってくれる。
そんなとこまで、行き着いてたら、こんな不安じゃねぇよっ。

「生憎、坂田の赤点が無くなりそうなことくらいしか朗報はねぇぞ。
 HRすっから席につけ」
さらっと後ろから、冷たーい返答。

「先生っ」
あぁ、今日も悩ましいなぁ…
なんて、思っていたら地味に、ぼそりと、不穏な言葉が聞こえた。

「…土方さん。また男まで惑わしてるんですか?」

『また?』って何〜?!
ってか、誰?
先生の後に教室に入ってきたのは、やけに地味なスーツ姿の男だった。

「山崎っ!」
「うわっ。す、すみません。痛っ」
先生の容赦ない拳固が山崎と呼ばれた頭にヒット。

「相変わらずなんだから…もう」
「てめぇ単位いらねぇらしいな…?」
「い、いえ滅相もない」
いきなり、ギャーギャーと教卓の前で大人二人が騒ぎはじめたものだから、流石の3Zメンバーも唖然と注目していた。

「先生、それ誰?」
「あ?」

胸倉を掴んでいた山崎と固まる俺を見比べて、やっと先生は我に返ったようだった。

「教育実習生だ」
「山崎退です。土方先生と同じ数学専門です。趣味はミントン…」
「…余計なことは言わんでいい!」

あ、また殴られた。
土方とどうやら旧知の仲らしい。
大体、ツンツン傾向だが(生徒には少し緩いが)、同じツンでも気安さが違う。
どちらかというとじゃれてる…ように見える。
ジミに、ムカついた。
ゴリラの時もだけど、俺は先生のことになると、視界がかなり狭くなるなぁ…




ジミーが来てから、一週間が過ぎた。
指導教諭だから仕方ないんだどっ、山崎は四六時中、先生の後を付いてまわっていた。
わかっているけど、けど、ジミーのくせに生意気だ。

「さ、坂田君?」
「なに?ジミー?」
「ジミーじゃないってば。睨まないでくれる?」

放課後の数学準備室。
主は、学年主任の松平に呼び出されている。

「ジミーってさ、先生と付き合い長いの?」
「高校、大学が一緒なんだ」
「じゃあ…ミツバさんのこと知ってるんだ…」
山崎が途端に固まった。

「さ、坂田君…その話、誰から聞いた?」
「ゴリラと先生の会話と先生からも少しだけ」
ゴリラ…あ、近藤先輩か。でも立ち聞きは良くないよ。と山崎。
というか、ゴリラで通じるじゃねぇか。やっぱり。
しかし、何故今の会話で立ち聞きばれたんだろ?意外とこいつ侮れないかも。

「もしかして、先月お墓参り一緒に行ったの坂田くんだった?」
「…そう、俺」
「なるほどね…」

おい。一人で納得するなよ?!
ていうかなんで知ってんの?
ジミーは迷っているようだったが、一度廊下を覗き先生がまだ戻らないことを確認すると、話しはじめた。

「ミツバさんっていうのは、土方さんより一つ上の儚げな人だったよ」
ミツバさんの弟総悟と同じ剣道場に通っていたので、お互いに顔見知りの期間は長かったそうだ。
ミツバが一足先に卒業して、大学に進学する時になって、土方が告白。
「本当に微笑ましいくらい、今の君達世代からみたらままごとみたいな付き合い方。
 大事にしてたよ」

俺の知りたいことを的確に捉えて、淡々と話してくれる。
でも、正直、逃げ出したかった。

「5年前、二人は交通事故に巻き込まれた。飲酒運転だったそうだ
 土方本人も意識不明の渋滞だった。
 歩道に乗り上げた車は、ブレーキをかけた跡さえなかった」
だが、ミツバはそのまま還らぬ人になった。
「あの頃の土方さんは酷い状態だったよ。
 自分が車にもっと早く気がついていれば、もしくは自分が庇っていたら、
 総悟を一人にしなくて良かったって
 近藤先輩やみんなが土方さんの責任じゃないって言っても耳に入らなくって、
 鬱状態だった。
 ミツバさんの一周忌の頃かな。
 土方さんのお姉さんが…いや、これがまた豪快な人なんだけど…
 訪ねてきてからかな。 カウンセリングにも行き始めて、
 少しずつ…普通の表情出せるようになってきてはいるんだけど」

山崎の独白が続く。
ふと遠くをみていた山崎が視線を俺に戻した。

「あの人、見映えいいでしょ?元々、モテる人だったんだけど、ミツバさんのことあってから、なんか、ストイックというか禁欲的な未亡人的な色気振り撒くようになっちゃって、男女問わず寄ってくるんだよ」

「だから、君も、あてられちゃった一人かなって思ってたんだけど?」

あれ?ばれてる?
でも、ジミーって偏見ないんだ。

「…先生のこと、好きだ。確かに、あの綺麗な顔も好きだけど。
 傷付いても真っ直ぐ前見てる強さ?とか、どっか危なっかしいところとか?
 上手く言えねぇけど、ぶっちゃけ、面倒なことも全部まるっと欲しいって思ってる」

なんだか、初めて人に打ち明けてる気がする。
夏休み終わってから、煮詰まってたんだな。実は俺って。
口に出してみて初めて気が付くこともあるものだと、妙に感動してしまった。

「うーん。そうだな…坂田君。これは俺からは警告」
「?」

「土方さんが教師になったのも、ミツバさんのなりたかった職種だったからだ。
 本来、土方さんは教育学部出身じゃない。
 数学研究室に残るはずのところを途中から教育過程追加して免許とった。
 だから、この仕事をしていることだけでも、本当はミツバさんの影を付け続ける。
 それでも良い?」

万が一、ミツバさんへの恋心が薄れても、贖罪の意識からはきっと抜け出せない。
先生の気質ゆえに。

「それも土方十四郎だから」
あきらめないって決めたから。

「なら、離れないことだね。
 もう、坂田君は随分、土方さんの深いところに入り込めていると思う」
短期間にすごいことだとほめられ、嬉しくなった。
ジミーももしかしたら…

「ところで、なんで墓参りに行ったこと知ってるの?」
「土方さんがとうとう恋人連れてミツバさんの墓前に挨拶に行ったって噂が
 地元の連中からメールで。まさか坂田君とは思わなかったんだけど」

いつも、見られてるって思っていた方がいいよ。一種、あの人アイドルだから。
ニヤリッと地味な男は黒く笑った。




ジミーとは教育実習が終わった後も、メアド交換して、やり取りを続けている。
(のちに気がついたのだが、山崎にとってはレアな土方の情報が入るということでギブアンドテイクだったようだ)


そして
俺は、進路を一転、都内の大学に変更して周囲を驚かせた。







慌ただしい二学期の行事もあっという間に終わり、師走の風は身を切るように冷たい。

先生は相変わらずだ。

夏休みにご褒美にとねだったキス以来、ハグは許してくれるが、基本態度は変わらない。
だけど、ジミーに指摘されて気がついたこと。
先生は自分のテリトリーに人を入れたがらない傾向がある。

確かに、いま、押しかけてる数学準備室で、他の生徒とかちあったことはない。
提出物は職員室に持って来させてるし、準備室にきても、長居はさせていない…気がする。つぅか思いたい。

「だから、坂田君はイレギュラーだと思ったんだよ」(ジミー談)
少しは特別に思って貰えてる?

先生の仕事する後ろ姿を教科書から目を上げて眺める。

「先生」
「ん〜?わかんねぇとこ、あんのか?」

「ちょっと煙たい」
「あ、少し換気しとくか」

立ち上がって、窓を開けてタバコの煙を逃がしてくれる。
新鮮であることと引き換えに冷たい空気が準備室を満たす。

文句あるなら帰れとは言わないでいてくれるんだね。
ちょっと嬉しくて、涙が出てきた。
あ、なんか不安の許容量いっぱいだったか?

「坂田?」
「なんでもないよ」

泣いていいっつったのは俺だけど、予想外に泣き虫だな、咥えタバコのままの苦笑い。ぽんぽんと天パを触る。

「やっぱ、好きだ」

腰にしがみついてみる。
細いなぁ…
あんな高カロリーな黄色い物が主食なくせに。

「もうすぐ冬休み入っちゃうね」
「その前に期末試験だろうが」

何か口実が欲しいなぁ…

「先生、また賭けしてくれよ。期末試験で50位以内に入れたら、クリスマス一緒に過ごしてくれない?」

「30位だな」
「えぇ?!」
中間で63位だったから提示した数字だったのに!!
「それくらいの根性見せろや」
「〜〜〜」

また、鬼がいた。




そして、終業式。

期末試験の結果は…

「さすが銀時だな。やってくれる」
「小学生でも、今時しない失敗だな」
「笑うしかないのぉ。あはははは」
3馬鹿に馬鹿にされる。
「………」
今回ばかりは何とも言い返せない。
目の前にはよりによって、先生の受け持つ数学の答案。
最近では一番の出来…だったのに。
俺のバカヤロー。
バイトも24・25日シフト入れずにいたのに…

大きな丸、いやゼロ。

俺は名前を書き忘れていた。

「先生何とかならない?おまけとか」
「ならない。てめぇは入試本番でもそれ言えると思うか?」
「すみません…」
「ちなみに、もしも名前書いてたら79点総合30位だった」
いらねぇ情報!! そんな余計に落ち込む現実〜。

鬼だ。鬼がいる。
このひとMだと思っていたけドS属性だったの??

鬼教師はさっさと本年最後のHRをはじめた。
「さて、坂田のアホは置いておいて、うちのクラスは進路が本当にバラバラだ。
 1月に入るとなかなか揃わなくなるから…」


黒板に
12月23日
〇〇ホテルラウンジ
11時30分時間厳守

「クリスマスプレゼントだ。ランチバイキング、奢ってやる」
わっとクラスが湧いた。

集団行動…ね。
ま、いっか。
みんなのヒジカタ先生だもんね。
とりあえず、イブイブに会えることに感謝しよう。




そうして高校生活最後の2学期が終わっていく。




『Never stop −the second term−』了

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