うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『summer vacation』





「銀時〜オメェどう考えても手玉に取られてるなぁ」
幼稚園からの幼なじみ・高杉がニヤニヤと側で笑っている
「うっせ」


俺、坂田銀時は、高校生活最後の夏休みを迎えていた。

本来の予定では、就職希望の俺は受験勉強をしないで済む分、
自動車免許を合宿タイプの講習でうけ、残りは昼は学校に(もちろん先生に会いに)
夜は夏季限定のバイトに勤しむつもりだった。
ところが、夏休み前に片思い中の担任は、側に居させてくれる為の交換条件を持ちかけてきたのだ。

一つ、受験対策用の夏季講習に出席すること。
(確かに、先生は講習や補講の為に出勤しているのだから、毎日嫌がられることなく会える)

一つ、赤点ギリギリの教科(特に数学と物理)を二学期迄に克服すること。

極めつけに
「準備室で個人指導してやるよ」
ときた。

断れねぇじゃねーか!
天然か?それとも小悪魔か?小悪魔ちゃんなのか?
ご褒美と条件を出した時の高飛車な女王様顔に負けましたよ。
惚れた弱みだな。全く…


結局、夏休みは当初の予定を大幅に変え、勉強三昧の日々となった。
日中は学校で夏季講習&補講。
その後、数学準備室で個人指導。
慌ただしくバイトに行って、戻れば先生がぶら下げた餌の為にテキストを開く。


そう鬼教師は更に餌をぶら下げた。


個人指導…
ふたりきりの準備室、しかも密室。
教科書を挟み近づく顔…


美味しいすぎるシチュエーションに思わず期待する。
えぇ、期待しますよ
大好きなあのひとのフェロモンはダダ漏れだし、性少年なら誰でも!

「だから、ここの解は…」
「せんせ…ちゅーしてもいい?」
顔を寄せる。

「ここにある問題集、全部自力で解いたらな」
「えぇ?!無理無理。だって、まだ真っさらじゃん。まるっと5冊はあるよね。これぇ」
「まぁ、無理なら…」
俺は構わん、と言外に含ませ、ニヤリと笑う。

もう小悪魔じゃないよね、これ大魔王だよね。

「約束だかんな」
結局そういって、俺が折れたのだ。

チクショー。
すっげぇ、ベロちゅー、かましてやっから覚えとけ(涙)



そんな調子で、暑い日々を過ごし、気がつくと夏休みも折り返しに入る。
昨日、全国模試が終った。
今日から十日間夏季講習自体は休みになる。
全国模試の自己採点もよかったからご褒美に、ランチの約束を取り付けていた。

何を着ようか迷ったあげく、ダメージ加工のジーンズに、黒のシャツ。小さめのシルバークロス。好き勝手広がる髪はワックスでもどうにもならないのであきらめる。

地味かな?

鏡でチェックするも、時間が迫り、慌ててアパートを出た。
どうしよう。女の子と初エッチした時よりもキンチョーしてるよ。俺

おかしいね。




待ち合わせはいつもの数学準備室だった。

近づくにつれ、何だか話し声がする。
来客のようだ。
あぁ、確かに午前中、学校で人と会うから、待ち合わせも準備室ってことになったんだっけ。

「トシ、本当に大丈夫なのか?」

なんだか、やたら声のでかい男が土方と話している。トシって呼んだ?
それって先生のことだよね?
なんか、ムカつく。これ誰?

「近藤さんは心配症だな。
 今年はバタバタしてて、思い出す余裕さえ微妙だ。
 かえってミツバに悪いと思ってる…」
「・・・」

何故か沈黙がながれた。

部屋の外にいる俺には状況が読めない。

「近藤さん?」
「ミツバさんの名前がトシの口からすんなり出たから、
 少し驚いた。いや、良い傾向なんだろうな」

また、沈黙が落ちた。

「あれから5年だ」
「あぁ、5年だな」

「総悟だって、あれなりにトシの事心配してる。もういいんじゃないのか?」
「・・・・・・」


「すまん。やはり俺は無神経だから、余計なことばかり言っちまうな」
「いや…」

「ただ、冷たいようだが、
 亡くなった人より、俺はトシにいい人と幸せになって欲しい」
「俺なら心配ねぇよ。いい人とかじゃねぇが、最近は…」

準備室での会話に全神経傾けていた俺は気がつくのが遅れた。


ガラリ

「あ?」
いつの間にかドアが開かれ、
目の前に、腕組みをした先生が立っていた。

「こういった馬鹿の相手で手一杯なんだよ」

はい?また、ビミョーな表現しましたね?
難解な日本語、解読出来るようになるように日本語学科でも受けてみるか。
なんだかんだで、受験勉強させられてるし。

「トシの教え子?」
「坂田、来たんなら来たで、声かけろや」

いきなりグーで殴られた。
「痛ってぇ…だって邪魔しちゃまずいかと」
「何が邪魔だ。立ち聞きしてただけだろうが」

もう一発、殴られる。

「坂田君?あぁ、約束してるってこの子?」

ゴリラがしゃべった?

「近藤さんはゴリラじゃねぇ!」

あれ?心の声漏れてました?

ゴン。本日3発目。

「トシ、トシ、その辺で。また連絡する。無理はするなよ」
「当たり前だ。ゴリラ。俺がついてんだ。問題ねぇ」
「ちょっ、坂田。何言って?!」

慌てる先生ときょとんとしたゴリラ。
そして、豪快に近藤は笑った。

「じゃ坂田君。男と見込んでトシを任せたぞ」


そして、ゴリラは帰り、数学科準備室に再び沈黙が流れた。


やはり立ち聞きはまずかった。
でも、好きな人のことは何でも知りたい。
自分の知らないあなたを知る人達への嫉妬。

どうしよう。
どうやって近いたらいい?

ゴリラって何者?
総悟って誰?
そして…ミツバさんって?

デート(ただの昼食だけど)で浮かれていた気分は遥か彼方。
すっかり俺は途方にくれていた。

「坂田…」
先生は、深いため息をつく。
「今日は、お前に行きたいところ決めてもらおうと思っていたんだが気が変わった」

自分でもかなりビクリと体がこわばったのがわかる。
嫌われた?

「俺の野暮用に付き合え」
「?」
「俺が行先決めるっていってるんだよ。文句あっか?」
「ありません!」

それから、先生の車で出発した。



黒のレガシィ。
意外なことに、マニュアル車。
ノックすることもなく、スムーズなギアチェンジ。
助手席から、チラチラと様子を伺う。
さっきまで、気まずいばかりだったのに、運転する姿に見惚れてしまう。

「なんだ?」
視線を感じたのか、出発してから、口を一度も開いていなかった先生が声を発した。

「先生、車持ってたんだなって…」
「あぁ、週末だけしか走らせてやれないんだけどな」
維持費ばっかりかかる感じだと零す。

レガシィは埼玉へと入っていた。
どこに行くんだろう?

「墓参り」
「え…?あ?心の声また漏れてた?」
「まぁな」
また、車内にはFM局のパーソナリティの声だけが流れていた。

「その前に昼メシ」
結局、ランチタイムをはずれてしまい、
どこでも見かけるMが目印なファーストフード店で昼食を取って、再出発。

程なくして、大きくて古いお寺の駐車場にレガシィは停車した。
墓地の近くで花を買い、手桶を持って、寺の墓地へと先生は進む。
どうして良いやら、やっぱりわからないまま、とりあえず俺は後に続いた。
『沖田家』の墓石に先生は花を手向け、手を合わせる。
先生はしばらくの間、動かなかった。

沈黙に堪えられなかった。

「…先生…」
「大事な人だったんだ」
先生の声はいつものような張りはなく、掠れていた。
「…うん」
ミツバさんのことだよね?

「一つ年上で、幼なじみで…そして…」

「一緒に出かけてる時に事故にあって…俺一人助かってしまった…」
泣いているわけではないが、声は震えていた。

「…うん」
「残ってしまったんだ」

堪らず、後ろから抱きしめた。
きっと、面談の時に言ってた『実体験』ってミツバさんのことなんだろうな。
抱きしめた身体は、そんなに体格は変わらない筈なのに、やけに頼りなく感じた。

「坂田…」
「うん…」
「俺は、てめぇのことまで引き受けられる人間じゃねぇ…」
「うん…」

俺は、馬鹿のひとつ覚えのように、それしか言えなかった。
その後、先生は、何も語らず、俺をアパートに送り届けて帰っていってしまった。


最悪の初デートだった。
これって、やっぱりフラれたのか?


夏季講習、後半一日目。
意を決して俺は準備室の扉をノックした。

「坂田?」

びっくりした顔の先生。十日ぶり。
やっぱり先生が好きだ。

「先生、終わったんだけど?」
「あ゛?」

夏休み、最初に約束したよね?
ドンッと問題集を机に乗せる。

これが俺の答え。

「お前、この間の話、聞いてなかったのかよ?」
「聞いた。引き受けてくれなくていいから」
「…?」

俺だって、先生を困らせたくないから、悩んだ。

でも、無理。

「俺が先生を引き受けるから」

だから、好きでいさせて。
あなたしかいらないから。
俺の気持ちを否定しないで。


苦しい選択。
もう会うことのできないミツバさんは、汚れることなく、
あなたの中でずっと綺麗なまま。
ずるいよね

「何年でも待つから」

でも、俺は生きて人間だから、とりあえず、先生。

「キスしてもいい?」


必死で解いた課題を指差し、言質を取る。

一度は先生から言い出したことだから。逃げないよね?

「誓うから…俺は先生から離れない」
「…上等だ。コラァ」

その瞳の中は、まだ揺れていたけど、強がりなあなたは口をへの字にして言い放つ。



やはり中学生みたいな唇を触れさせただけの二回目のキスをした。




『Never stop −summer vacation−』 了





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