うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『Melting Point』



眠らない街。
新宿かぶき町。

大人達の快楽が渦巻く煩雑な町が、今日はいつもより激しい喧騒に包まれていた。
一軒の複合ビルの前にパトカーが数台。
そして消防車も。
ビルの入口には黄色いテーブが張られ、一般人の立入を規制しているようだ。
ザワザワと人々の口からは「あれが噂の…」「やり過ぎじゃないか」と言った声が漏れ聞こえる。

「なに?あれ…」
「あら、金さん知らないの?」
同伴をしていた女の子がそっと教えてくれた。

報道陣が仕切りに光らせるカメラのフラッシュの中、ゴツい中国系の男達を連行する黒い集団。
「最近出来た対マフィア組織真選組よ」
「ま、マフィアなんて関係ないし…いまは玲子さんが大事だし?」
それが、真選組を見た最初だった気がする。
その時、かぶき町No.1ホストである坂田金時は、まさか思いっ切りこの集団に関わる事になろうとは思いもしていなかった。




「?」
それに気がついたのは、ほんの偶然。
No.1ホストの自分が上客の一人を見送りに出た時の事だった。
店の裏手に立つ黒い塊。
ゆっくりと紫煙をあげて、路地裏から見える空を見上げる様は、やけに見映えが良かった。
一瞬、同業者かとも思ったが、空気の色が違う。

そう、空気だ。
夜の街の空気にも、昼の喧騒にも、馴染めていそうで馴染むことの出来ない浮いた存在。

普段の金時なら、厄介事に首を突っ込むことはない。
店の中には、まだ金時を指名しようと女の子達が待ち構えている。

だが、何故だか、存在を無視することが出来なかった。
存在が視線に気がつき、金時の方を見る。
ゆらりとした緩慢な動き。

「お兄さん、こんなとこで何やってんの?」

青灰色の瞳が金時の紅い瞳を捉えた。
「休憩中だ」
「人の店の裏口で?酔っ払ってんの?」
一歩、一歩とホストらしい軽い口調で近づく。
あくまで、酔っ払いに営業妨害させないことが目的なふりをして。

純然たる興味本位。
これは異邦人だ。
かつての自分と同じ匂い。本能が嗅ぎ分ける。
試しに、少しばかりの殺気を篭めてやれば…

「!」
咄嗟に後退りながら、右手は左の胸元へ差し入れられた。

ギリリ
まるで音をたてそうな青灰色の視線。
純粋に美しいと感じた。
そして、欲しいと。

そんな世界から抜け出したくて、ホストなんてやっているのに、
危険な匂いのするものの、なんと馨しいことか。

「怪我してる?」
後退る時に僅かに見せた動きの齟齬。
本来、これはきっと猫科の動物のごとく、しなやかに動く。

「ねぇ?」
存在は答えない。
じっと、こちらを窺っている。
金時は地面を蹴り、一気に距離を零にした。
ドンッと壁に存在を押し付け、押さえ込む。

「ねぇ…、一目惚れって信じる?」
「ハッ、どこの三流ホストの口説き文句だ?このクソ天パ」
くわえ煙草の口許から、発せられた低い声。
染み付いた煙草と硝煙の匂いと…甘い花のような香り。

「これでも、このあたりじゃNo.1なんだけどね」
敵意を消したとはいえ、見ず知らずの男に、
こんな路地裏で押さえ込まれているというのに、あまり焦った感じは受けない。

度胸があるのか、死にたがりなのか。

煙草を口から引き抜いてやる。
「それに、本気だよ?」
耳元で低く囁く。

そして、後頭部に手を差し入れ、唇を奪う。
深く浅く、舌と唾液を絡め、官能を引き出す勢いで。
存在は呆気にとられ、しばし、茫然と為すがままだったが、我にかえり、暴れ始めた。

「おー、たっぷり1分」
表通りから、冷やかすような声があがる。

「そのまま、ヤラれちまえ。土方コノヤロー」
「総悟、てめっ。いつから見てやがった。助けろや」

存在の名は『ひじかた』
そして、土方と知り合いらしい、茶髪の青年は『そうご』というらしい。

「いえ、アンタの顔があんまり気持ち良さそうだったんで、
 止めんのも野暮かと思いやして」
「お、気持ちよかった?さすが金さん。テクニシャンだから〜」
「ばっ。んなことあるか!大体、何テメーは男に盛ってやがる?!何者だ?」

「え〜、そこの『クラブ万事屋』でNo.1やってます。金さんです」
手慣れた所作で名刺を土方に渡す。
「で、黒猫さんのお名前と番号かメアドは?」
こちらも負けじと名刺を金時の顔面にたたき付けられた。
「顔はやめて。商売道具なんだから」
小さな苦情をあげながら、渡された紙片に目を落とす。

「?!」
金時の驚いた顔を見て、少し溜飲が下がったのか、土方はニヤリと笑う。

「なんか情報あったら流せよ」

名刺の印字は
『特別捜査機関・真選組 副局長 土方十四郎』


やはり、怪我をしていたのか、路地から抜け出す後ろ姿は、左足を引きずっていた。


同時にマネージャーの新八が、戻らない金時に痺れを切らし探す声が聞こえた。

店内に戻り、No.1の顔をつくるが、しかし…

「…やられた」
脳裏には、先程触れた黒色ばかり。

(あれ…欲しいかも…)
金時は自分の思い通りにならない、天然パーマを掻き混ぜながら、
仮初の恋人たちの元へ戻っていったのだった。




『Melting Point』 了





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