うれゐや

/ / / / / /

【シリーズ】 | ナノ

『隠し事―結―』




それほど、時を離したつもりじゃないのに、黒い着流しは見当たらない。
土方が仕事以外で立ち寄りそうな所なんて、これといって思い当りもしない。

巡察中によく立ち寄る定食屋。
随分と数が少なくなった喫煙所。
『となりのペドロ3』が絶賛上映中の映画館。
健康ランドに、大江戸公園。

ただ、片っ端から探す。

捕まえたいと思うときほど、視界に入ってきてくれはしない。

「おしまいだ」

そういって、土方十四郎は、万事屋銀ちゃんの玄関から、一度も振り返らずに立ち去った。
その言葉の意味を、柄にもなく、坂田銀時は幾度となく検証する。

次第に、陽は陰り、
いつしか、ほぼ、満ち足りた月が昇ってきていた。
満ち足りているけれども、本来強くなっているはずの光を薄い雲が覆い、ぼんやりとした輪郭だけを見せている。


朧月の夜。

自分であれば、どこに行くだろう。
ふと、歩みを緩めた。

もしも、秘め続けた心を貶めるような言葉で否定されたならば。
もしも、隠し覆うことが困難になり、気持ちと落ち着けようとするならば。

屯所近くを歩いていた足を完全に停止させる。
くるりと方向をかぶき町へと変えた。


それは賭けでもあった。
賭けではあったが、心のどこかで確信もあった。

まっすぐ、記憶をたどりながら、目覚めたばかりの夜の街を走る。
途中顔見知りから声をかけられたが、適当な返事をして、とにかく走った。

「たしか…」
ブーツの踵を使って、急ブレーキをかけた。

それは一筋の路地裏。
煌々とネオン煌めくかぶき町の隙間。

記憶通りに、そこにはスナックで使い終わったビールケースや木箱が積み上げられていた。
そして、求めるものがそこにある。

荷物の間から、黒い着物の裾と白い足がのぞいている。

「ひじかた…」

真選組の副長がこんな路地裏で座り込んでいる。

「危ねぇよ。オメーは…」
そっと近づくと彼は、疲れた顔をして眠り込んでいた。

いつ、攘夷浪士がこの路地裏を走り抜けるか分らないのに、無防備に。
鬼の副長は時にひどく迂闊だと、無防備だと思った。

だからこそ、魅かれるのかもしれない。

叶うことがないと思って諦めていた日々。

真選組が、近藤が一番で。
色んな事を一人、気負って生きていて。
惚れた女を置いてきたくせに、その幸せを願いつづけるような。
自分のような男が入り込む隙間なんてないと思いつづけてきた。

ただ、時たま出会って、顔を突き合わせて中二男子がしそうな喧嘩を
意地の張り合いをやって、
彼が生きていく様をこの町から見ていられたら良いと思っていた。

土方は自分が『護る』ものではないのだから。


それなのに、ひょんなことから、この路地裏から急激に動き出した。

似通った思考だからこそ、こんなにもすれ違ったのか。
同じように墓場まで持っていく感情だと。
絶対に悟られてはならないものだと。

そのくせ、一度躰だけでも手に入れられたと思えば、
独占欲も、
嫉妬も、
庇護欲も、
どれもこれもいくらでも沸き出でてくるのだ。

際限ないそれを最早隠すことが出来ないならば
終わりにするのか。
それとも、隠し事をすべて明るみに曝け出すのか。

手を伸ばし、黒くて、真っ直ぐな髪に触れた。
思わず口許に笑みが浮かぶ。
土方は、前者を選んだ。

「十四郎」

頬に手を触れ、擦ってみる。
でも、銀時は後者を選んだ。

「十四郎、起きろよ」
「ん……?」
うっすらと青灰色の瞳が姿を見せた。
まだ、少し寝ぼけているのか、やや幼く見える。
共に朝を迎えたことなぞないから、寝起きの顔さえ今まで見たことがないのだと今更ながらに思い知った。

「十四郎…」
もう一度、名を呼ぶ。

秋口とはいえ、すっかり空気は冷え込み始めていた。
空気と共に冷えた土方の身体を腕の中におさめる。

「…え?…あ?万事屋っ?!」
状況が飲み込めずに狼狽し、身じろぐ体を抑え込む。

「なぁ、やり直しても良い?」
「は?」
あの日の再現のようだと思った。
ただ、今日、この路地裏で見つけられたのは自分の方だけれども。

何度も願った。
後悔した。
なぜ、あの時、酔いに任せて、
土方の言葉を鵜のみにして身体をつないだのかと。

「今日は酔ってねぇから、素面だからね」

なぜ、墓場まで持って行くつもりの言葉を自分は口にしたのだから、
信じてくれるまで、話をしなかったのかと。

「は?え?」
土方の顔が動揺で真っ赤に染まる。

「オメーは終わらせるとかなんとか勝手なこと言ってやがったけどよ。
 人の話聞く耳は持たないわけ?」
「何を聞けってんだ。今更話なんてねぇよ」

「じゃ、聞き流してくれてもいいけどね。俺決めたから、隠すの止めるからね。これ」
今回は、誤魔化さない。
たとえ、前回のように信じてもらえないなら、信じてもらえるまで。
同じ過ちを繰り返すほど、馬鹿じゃないつもりだ。

「?」
「だからね。オメーに惚れてること隠すの止めるっつってんだよ」
「…やっぱ、テメー酔ってやがるだろ?」
腕の中で、土方が重たいため息をつくのがわかる。

きっと、後ろ向きにまた解釈してるのかもしれない。
身体の関係を手放したくないから、どうのこうのと。

「昼間っからオメー探して走り回ってたんだから、そんな暇ねぇよ」
「悪いがもうテメーとは…」
抱き込んでいた体を少しだけ離し、最後まで悪あがきをしようをする土方の手を取った。
巻かれていた包帯をしゅるしゅるとほどき、まだ残る傷に口づけをした。

「声に出して…俺だけのものになってよ」

返事はなかった。
腕の中の身体が、強張り、
そして更に体温をあげたことが、密着した銀時にダイレクトに伝わってくる。


銀時は、薄暗い路地裏から空を見上げる。


今晩は、上空の風が強いのか雲の動きが早い。
先程まで月を覆っていたうす雲も流された。


「なぁ、ここから仕切り直そうや」


かぶき町の雑踏から切り離された路地裏に
満ち足りた強い光をこの場所にも届けてくれていたのだった。





『隠し事』 了



(16/105)
前へ* シリーズ目次 #次へ
栞を挟む
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -