『隠し事―明―』
―sideH―
秋の空は高い。 天人の船が飛び交うようになった今でも、澄んだ空気の為か、高いように感じる。 そんな晴れきった空とは裏腹に土方の心持は決してすっきりとしたものではなかった。
昨晩、大将である近藤から言い渡された言葉を幾度となく検証する。
『ちゃんと、その傷の相手と向かい合っておいで』
急に謹慎を解除され、屯所を追い立てられ、大江戸公園で煙草をふかしながら、手の甲に巻いた包帯をぼんやりと見る。
妙に変なところだけ鋭い近藤だ。 直接の要因はわかっていなくても、土方の様子で色々と察してくれているようだ。 「かなわねぇな…」 女にはモテないが、男惚れされる人柄。
「さて、どうするか…」 紫煙の行く先を目で追いながら、考える。
「おや?土方さん。謹慎が解けたと思ったのに、さっそくサボリですかい?」 声と共に公園内に、聞きなれたバズーカーの爆音が鳴り響いた。
「総悟!俺は今日は非番扱いだっ!!」 直撃は逃れたものの、煙を思い切り吸い込んでしまい、けほけほとむせてしまう。
「知ってまさぁ。ついでにそのヘタレてる原因もね!」 チッと舌打ちを沖田はし、忌々しげに土方をにらんだ。 「あ?」 「昨夜、旦那は屯所に訪ねて来なかったんですかい?」 「旦那?万事屋のことか?いや…会わねぇぞ?」 沖田の突拍子もない言動は今始まったことではないが、何故銀時が土方を訪ねて、わざわざ来る理由がわからない。
「なんでぇ。旦那も大概ヘタレですねぃ。 折角ドSコンビのよしみで親切に教えてやったってぇのに」 「いやいやいや…テメーなんか企んでんだろうが!言え!奴に何吹き込みやがった?!」
「アンタが手籠めにされそうになったってぇことと、 生意気に好きなお人がいることでさぁ」 「?!」 思いも書けない言葉に息がつまる。
「アンタらみてたら、バレバレなくせして、いつまでもハッキリしやしねぇ。 イライラするんでさ」 「なにを…」 「そんなつまらねぇことで、ぐだぐだしてるんなら、いっそここで死んでクダセェ」 言いたいことだけぶちまけると、沖田は再びランチャーを構え、間近からその引き金を容赦なく引く。
大江戸公園に本日2回目の爆音が響き渡ったのだった。
公園からも、沖田に追い出され、土方は気がつくとかぶき町に足を向けていた。 無意識だった。
足元には『スナックお登勢』の看板。 視線を上がれば、『万事屋銀ちゃん』などというふざけた看板が掲げられている。
銀時を体をつなぐようになってから、彼の根城に足を踏み入れたことはなかった。
物騒な夜兎の小娘やメガネの従業員がいることもあったが、いつでも薄暗い出会茶屋で。 それは、二人の仲を象徴してるようで気にも留めないようにしていた。
階段をのぼり、擦りガラスの玄関戸の前に立つ。
今だ、何を言うべきなのか、 何を話すべきなのか。 覚悟さえ出来ていない。
その戸に手をかけかけて、動きを停めた。 万事屋の中からは、元気の良いチャイナ娘の声とメガネの突っ込む声が聞こえてくる。 そこは、昼の世界。 銀時にとって、夜の存在である自分が訪れて良い場所ではないのだと思う。
(帰るか)
踵を返そうとしたときのことだ。 からりと引き戸が内側から開けられた。
「そんな討ち入りに入るような気迫を人んちの玄関先で醸し出さないでくれない? 大家の取り立てだと思ったじゃん」
「あ…」
大家なら、戸を開けねぇでバックれるだろうが!だとか、誰が討ち入り!だとか、いくらでも返せるはずの言葉が、己の咽喉に蟠って出てこない。
「なに?土方くん?謹慎解けたの?」 「あ?あぁ…近藤さんが…もういいって…」 ぴくりと銀時の眉が引きつったことに、気が付かなかった。
「近藤…ねぇ?」 そうして、銀時は顔を土方の耳元に寄せ、囁く。
「で?欲求不満なフクチョーさんはこうやってセフレ誘いにきたの?こんな真昼間から?」 「な…」
「こんな真昼間から盛るなってぇの。大体、空気読めよ?ガキどもだっているんだぜ?」 けだるそうに、いつもの態度で、耳の中に指を突っ込んで書きながら、迷惑そうにされた。
「テメっ…」 「ただ抱かれたいだけなら、オメーにご執心のお偉いさんでも誰でもいるだろうが」
その言葉で頭に血が上り、拳を振るった。
包帯を巻いた手が、 心臓がイタイ。 耳の後ろから咽喉辺りにかけて、血流が一気に集まったように脈打つのがわかる。 そんな風に言われるとは、 思われているとは思わなかった。
呆気に取られ、自宅の三和土に尻餅をつく銀時を見下ろす。 なんだか、馬鹿らしくなった。 こんな爛れた関係を持つ自分が 何を思春期のガキのような発想に、 ヒロイズムに浸っていたことか。 少しは、自分と繋がろうと自ら動くからには、ほんの数ミクロンぐらいは、情があるのかと思っていた愚かしさ。
はははは…とこぼれた笑いは不自然に渇いている。
「そりゃ…悪かったな。空気読めない野郎でよ。 テメーこそ、長谷川さんにハメてたらしいじゃねぇか! 酔えば誰でもいいのはテメーの方だろうが!」 気になっていた情報を思わず口にする。 銀時が酔って暴れた腹いせに、チャイナ達がグルになって6股なぞというドッキリをしかけたのだという。 女たちとのことは、全くのやらせであったようだが、長谷川元局長に関しては無実無根ではないと…
「んなわけあるか! 大体マダオのこたぁ、オメーとこういう仲になる前のことだろうが! オメーこそ、俺の事、誰かさんの代用品にみてるだけだろう!」 「誰が誰の代用品だ?! このクソ天パ!誰のせいで謹慎に…」 「え…」 しまったと、土方は口許を押さえた。
「…俺のせいなの?」 俯いて、拳を握り締めた。 頭に昇っていた血が、着火した時同様、急速に落ちていく。
今更だ。 今更こんなことを持ち出して何になるのだろう。
「いや…関係ねぇ。忘れろ」 「いやいや、今の流れで関係ないことにしてあげられるほど、 銀さんは頭弱くないよ?」 三和土から立ち上がり、土方は両肩を掴まれる。
「テメーには関係ねぇ」
「ウルサイよっ!銀時!痴話喧嘩なら他所でおやりっ」 よほど、声が響いたのだろうか。 一階の女主人のクレームが聞こえた。
「ウルセェ!ババァ!今大事な話してんだっ」 肩を掴んだ手は、一度離れた。 手すり越しに怒鳴り返す銀時にほんの少し後ろ髪を引かれたが、訣別する心積もりで口を開いた。
「いや、終いにする」
「は?何だよ突然…」 振り返り、きょとんと赤い瞳に戸惑いが浮かんだ。
「そのまんまだ。ズルズルと何か続けちまってきたが、終わりにする」 「だから!突然なんなんだ?!ホントに痴話喧嘩ってぇか、別れ話みてぇな流れに…」 「あぁ、そうだな。別れ話にさえなんねぇか…」 付き合ってさえいないのだから…
「だから!なんなんだよ!オメーは。わかんねぇよ」 ゆっくりとスローモーションのように土方の首が横に振った。
「おしまいだ」
―sideG―
想い人の心が、その『敬愛』する大将の上に、『恋情』を兼ねたものとして存在していると知った次の日。 突然、自宅兼事務所の玄関に彼は現れた。
仕事をとって来いと喚く新八と、昼ドラに夢中な神楽。 定春は、万事屋の中でも日当たりの良い特等席で午睡を楽しんでいた。
いつもの午後。 そこへ押し殺したような足音が万事屋への階段を登ってくる。 気配をうかがえば、それはすっかり馴染みとなった人物の物で。 玄関戸の前で、止まり、じっと動かない。
土方と体をつなぐようになってから、彼が万事屋に足を踏み入れたことはない。
物騒な夜兎の小娘やメガネの従業員がいることもあったが、いつでも薄暗い出会茶屋。 それは、二人の仲を象徴してるようで気にも留めていなかったのであるが。
(なにやってんだ?アイツ)
ひと月の謹慎中だとサディスティック星の王子に聞いたばかりだ。 期間満了にはまだ日が早い。 迷うように、挑むように、彼は玄関との向こう側に立ち尽くしている。
昨夜のこともあり、少しむしゃくしゃした気分で、 からりと引き戸が内側から開けられた。
「そんな討ち入りに入るような気迫を人んちの玄関先で醸し出さないでくれない? 大家の取り立てだと思ったじゃん」
「あ…」
あまりに無防備な顔をしていた。 特に気配を消していたつもりはない。 普段の彼なら、すぐに言葉の応酬が返ってきたであろう。
「なに?土方くん?謹慎解けたの?」 「あ?あぁ…近藤さんが…もういいって…」 ぴくりと眉が引きつったのが自分でもわかった。 昨晩、自分が帰った後で、二人の間に何かあったのだろうか。
「近藤…ねぇ?」 そうして、銀時は顔を土方の耳元に寄せ、嫌味を囁く。
「で?欲求不満なフクチョーさんはこうやってセフレ誘いにきたの?こんな真昼間から?」 「な…」
「こんな真昼間から盛るなってぇの。大体、空気読めよ?ガキどもだっているんだぜ?」 けだるそうに、いつもの態度で、耳の中に指を突っ込んで掻きながら、迷惑そうに振る舞ってやる。 もしかしたら、自分に抱かれるのは、思いを遂げられない誰かと置換するためなのかと思ったこともないわけではないが、確定してしまうと面白いものではない。
言ってはいけない。 それはわかっていた。 わかってはいたが、停めることは出来なかった。 人のことは決して言えないとわかっていても。
「ただ抱かれたいだけなら、オメーにご執心のお偉いさんでも誰でもいるだろうが」
苛立ちを言葉にした途端、拳が振るわれた。
包帯を巻いた手をみて、息がつまる。 心臓がイタイ。 耳の後ろから咽喉辺りにかけて、血流が一気に引いていくのが自分でもわかる。 そんな風な、顔をされるとは思わなかった。 泣きそうな、辛そうな顔をさせるなんて思わなかった。
呆気に取られ、自宅のたたきに尻餅をついたまま、土方を見上げる。
はははは…とこぼれた笑いが土方の口から、不自然に零れ落ちた。
「そりゃ…悪かったな。空気読めない野郎でよ。 テメーこそ、長谷川さんにハメてたらしいじゃねぇか! 酔えば誰でもいいのはテメーの方だろうが!」 「んなわけあるか! 大体マダオのこたぁ、オメーとこういう仲になる前のことだろうが! オメーこそ、俺の事、誰かさんの代用品にみてるだけだろう!」 不自然だと思った。 どこで間違えたのだろう。 自分たち、二人の間に隠された何かが意識の隅を刺激する。
「誰が誰の代用品だ?! このクソ天パ!誰のせいで謹慎に…」 「え…」 徐にしまったとばかりに土方は口許を押さえた。
「…俺のせいなの?」 俯いて、黒い男が黙り込んだ。 それは肯定。
先程冷えた肝が、逆に急速に温度を上げていくのが自分でもわかった。
「いや…関係ねぇ。忘れろ」 「いやいや、今の流れで関係ないことにしてあげられるほど、銀さんは頭弱くないよ?」 三和土から立ち上がり、土方の両肩を掴む。 今更かもしれない。 自分の直感を信じるならば、 高い矜持を持つ彼が、彼らしくない顔を自分だけにみせるというならば。
「テメーには関係ねぇ」
「ウルサイよっ!銀時!痴話喧嘩なら他所でおやりっ」 よほど、声が響いたのだろうか。 一階の女主人のクレームが聞こえた。
「ウルセェ!ババァ!今大事な話してんだっ」 手すり越しに怒鳴り返す。 今はお登勢に構っているわけにはいかない。
しかし、土方の口からは取りつく縞もないほど、硬い声色が発せられた。
「いや、終いにする」 「は?何だよ突然…」
「そのまんまだ。ズルズルと何か続けちまってきたが、終わりにする」 「だから!突然なんなんだ?!ホントに痴話喧嘩ってぇか、別れ話みてぇな流れに…」 「あぁ、そうだな。別れ話にさえなんねぇか…」
「だから!なんなんだよ!オメーは。わかんねぇよ」
一人で納得した気になってくれるなと喚こうとしたが、 ゆっくりとスローモーションのように横に振られる土方の動きに声が出なかった。
あっという間に立ち去る土方の背に言葉を失い、ただただ見送る。
このままで良いのだろうか? 面倒な相手だとわかっている。 分っていても、セフレを気取って一度握った手を離せなかったのも事実だ。
「ウゼェ」 ぽつりと背後で小さなつぶやきがこぼれた。 「神楽?」 「韓流ドラマよりグダグダあるな。ここは追っかけるべきネ」 酢昆布をかじりながら、やけに醒めた目で少女は語った。 「追いかけるべき?この場合?」 「爛れた恋愛ばっかしてきた銀ちゃんにはわからないかもしれないけど、 ここは追いかけていくべきシーンネ」 十代前半の少女に言われては立つ瀬もないが、背を押してくれる声が有難かった。 「ちょっと行ってくるわ」 「おう!玉砕でもなんでもしてくるネ!」
跳ね回った自分の髪を一度くしゃくしゃと自分でかきまわすと、勢いよく階段を駆け下りた。
『隠し事―明―』 了
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