うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『隠し事―破―』






―sideG―




秋も深まり、夜半ともなると随分と空気が冷えてくる。
日中同様、秋の夜空は高い。
雲の流れも、満月には少し物足りない月も、澄んできた空気に近いようで、遠いような。

そんな夜道を銀髪の男が歩いていた。
静かに、俯きがちに。
日ごろの彼の言動を知る者がいれば、きっと目を見張るような重たさを醸しながら。
それは、歩みのせいなのか。
自分の導き出した仮説に今一つ自信が持てないためなのか。


銀髪の男―坂田銀時には密かに想いを寄せる相手がいた。
その人は、武装警察真選組などという物騒な組織の副長を務めるような男だった。
だが、魅かれる想いとは裏腹に、出会う先々で、口げんかは当たり前、果ては抜刀、斬り合いまでしてしまう犬猿の仲。
だから、自分が偶然酔いつぶれた路地裏で、酔いに任せて想いを告げても本気にされないことなど当たり前だと思っていたし、その後、惰性のように体とつなげる仲を続けるようになっても、心を手に入れることは出来やしないことはわかっていた。

これまで、閨でさえ、名前を呼ばせないのも、他に想う人間がいるからだと思っていた。
自分と身を重ねるのは、その人間の代わりなのか、もしくは生理的衝動の捌け口に後腐れない人間だからだと思われているのだと。

だから、最初の晩に口にした想いを、冗談に変え、
果たした衝動を爛れた物に変換し、
心はないのだと、隠してきた。



そう、思っていたのだ。
つい数時間前まで。

昼、団子屋で出会ったサボリ常習犯の一番隊隊長がこぼした言葉。

土方には好きな人間がいるらしい。
真選組をこれ以上ないほど大切に思っている土方が、
自制を忘れ、どの超えたセクハラをしようとした幕臣をボコボコにしたこと。
そして、銀時との逢瀬でつけた手の傷に拘っていること。

そこから導き出されたのは仮説。
あまりに自分に都合の良い…。
それはわかっている。

だが、よく似ていると周りから言われるふたりだ。
もしかすると、お互いに同じ理由から、同じ想いを隠しているとしたら…

そう考えると、辻褄が合う気がしてならない。

それをどうやって確かめるべきなのか
何を尋ねるべきなのか、
その言葉さえも見つからないまま、そっと真選組の屯所の裏塀を乗り越えた。


一番奥の棟に設えている副長室に近づいていった。
どうみても不法侵入であったから、気配は消しておく。

土方の私室にはまだ明かりが灯っていた。
謹慎中とはいえ、仕事中毒の土方のことだ。
書類仕事をしているのだろう。

更に近づくと、話し声が聞こえてきた。
障子は開いているから、中の様子はうかがうことが出来る。

(出直してくるかな…)
踵を返そうとして、中の会話に足を停めた。

「だからな〜トシぃ〜」
「はいはい。お妙さんだどうしたって?」
どうやら、土方の部屋にいるのは近藤のようだ。
かなり酔っぱらっているらしく、呂律が今一つ回っていない。

「うん。お妙さんは女神なんだよ〜。女神さまは普通の男には手が届かないんだよね〜」
「はいはい。じゃ、いい加減にストーカーは止めてくれよな。アンタ、いい男なんだからさ。その思い込みとしつこさがなければ、もっとモテるって」
覗き見ると、土方は文机に向かったまま、書類を作成している。
一方、ゴリラに限りなく近い生き物は畳の上をゴロゴロと寝転んでいた。
「それ嫌味ぃ?トシみたいにモテる人間に言われたくないんだけどぉ〜」
「俺はモテねぇよ?ちゃんとアンタの良さがわかってくれるオンナ他にもいるって」
「いるかなぁ?も、俺トシと結婚しちゃおうかなぁ」
「なんだ?それ…」
急に起き上がった近藤が後ろから土方に抱きつく。

「だってさ〜トシなら俺のこと全〜部分ってくれるしさぁ」
「…冗談でもやめてくれ」
ごんと軽く、近藤の額を裏拳で軽く殴る。

「あれ?トシ本気にした?冗談だってば!俺にはお妙さんしかいないからね〜」
「はいはい」
「なに?トシ?そんな顔しないでよ」
後ろから覗き込んだ近藤が不思議そうに言った。
銀時の位置からは、二人の背中しか見えないので、一体どんな表情をしているのかわからないことがもどかしい。

「?」
「なんか泣きそうな顔…」
「なんだよ。泣きそうって。そんなことねぇよ?目ぇ赤けぇとしたら書類仕事せいだ。少しアンタも仕事してくれよな」
「ん〜お休み〜」
都合がわるくなったからか、酔っぱらい特有の強引さで、そのまま土方は近藤に引き倒された。
「っ!酔っぱらい!自分の部屋で寝ろ!」
「いいじゃん。昔はこうやって寝てたじゃん。トシも一緒に寝ようよぉ」
「何年前の話だよ?!」
「冷たい〜」
「さっさと部屋に戻れ!」
銀時がきいたのはそこまでだった。

思い違いも甚だしい。
どうやら、土方の想い人は近藤のようだ。
確かに、近藤はお妙に夢中であるし、立場上その密やかな想いを遂げることは難しいだろう。

どうやら、赤っ恥をかかずに済んだらしい。

薄く昏い微笑みを浮かべ、銀時は入ってきた時と同じ塀をひょいと乗り越え、ねぐらのある夜の街に足を戻したのだ。







―sideH―




秋も深まり、夜半ともなると随分と空気が冷えてくる。
だが、この2週間自分に課した、謹慎処分の為にこもりきりになっている自室の空気は重たい。
重たいというか、さすがに煙たいと自分でも気になり、廊下側の障子を開けて土方は外気を取り込んだ。
開け放った先に見える満ち足りない月に少しだけ目をやり、文机に戻る。


先日、土方が副長を務める真選組の運営について、幕臣から横やり(少なくとも土方はそう思っている)が入った。
悪評高き真選組と見回り組を一本化しようといいだした古い家柄の役職者。
ただの、嫌がらせだ。
それはわかっていたというのに、つい接待の席での戯言に虫唾が走って、怪我を負わせてしまった。
相手にも、非があったこと。
そして、下心が確実に先方にあった疚しさからか、真選組全体に対する沙汰はなかったが、一歩間違えば、存続自体が危ぶまれてしまったかもしれない。

土方が最も守らねばならない筈の組織。
いや、唯一の大将とみなす近藤の徒になりかねない失態だった。
いつものように、やり過ごせなかったのは、心の隅を占めている銀髪の存在だとわかっている。


銀髪の男―坂田銀時に、土方は密かに想いを寄せていた。
その人物は、かぶき町で万事屋と営む男だ。
普段は洋装の上に、片袖を抜いた白い着流し姿、歌舞伎者を気取っているが、その実、剣の腕は確かだ。
だが、魅かれる想いとは裏腹に、出会う先々で、口げんかは当たり前、果ては抜刀、斬り合いまでしてしまう犬猿の仲。
だから、自分が通りかかった路地裏で、酔って自分を身を重ねた男を、戯言のように甘い告白を口にした男の言葉など信じていなかった。
逆に、自分のようなガラの悪い、面白味のない人間相手が想いを告げても、気持ち悪がられるだけだろうと思っていたし、その後、惰性のように体とつなげる仲を続ける今となっても、心を手に入れることは出来やしないことはわかっていた。

これまで、閨で名前を呼ばれ、何度期待したくなってしまったか、彼は知らないだろう。
本質的に魂が真っ直ぐな彼は、こころの何処かで疚しさを感じてくれていたのかもしれない。

だから、最初の晩に想いを告げることを諦め、
果たした衝動を爛れた行為でも構わないから…
相手の心は自分にはないのだと、隠してきた。


それでいいと思っていたのだ。
今回の失態を起こすまでは。

筆をおき、自分の手の甲を見る。
情事の際に、自分の情けない声で、相手を失望させないために、
相手につけ込む自分の罪をこぼさないように
噛みしめてできた傷。

あの晩、能勢の口がこの傷に触れようとしたことが許せなかった。
そして、許せないと頭が真っ白になった自分が一番許せなかった。

コントロールできない感情は鬼の副長には不要な産物だ。
手の甲に包帯を巻き、自身を戒める。
終わりにしよう…

「ただいま〜」
突然、屯所の空気がにぎやかになった。
振り返ると、局長である近藤が、すなっくスマイルから戻ってきたようだった。
相変わらずに酔っているようだったが、今日は殴られて、迎えをやることもなかったから、へべれけな状態でないだろう。
土方は苦笑する。
愛すべき我らが大将は、まっすぐに土方の私室へとやってきた。
「ま〜だ、仕事してんのかぁ?トシ〜」
今回の顛末を一から十まで近藤に話しているわけではないが、それとなく空気を慮ってくれているのか、細かいことは聞かないでいてくれる。
そして、事あるごとに様子を見に来てくれていた。

近藤はごろりと土方の部屋に寝転んだ。

「だからな〜トシぃ〜」
「はいはい。お妙さんだどうしたって?」
何を話すでもない。
ただ、普段通り、妙への賛辞と己の愚痴をこぼすだけだ。
そんな日常が有難い。

「うん。お妙さんは女神なんだよ〜。女神さまは普通の男には手が届かないんだよね〜」
「はいはい。じゃ、いい加減にストーカーは止めてくれよな。アンタ、いい男なんだからさ。その思い込みとしつこさがなければ、もっとモテるって」
ワザと、土方は文机に向かったまま、書類から目を上げない。
「それ嫌味ぃ?トシみたいにモテる人間に言われたくないんだけどぉ〜」
「俺はモテねぇよ?ちゃんとアンタの良さがわかってくれるオンナ他にもいるって」
「いるかなぁ?も、俺トシと結婚しちゃおうかなぁ」
「なんだ?それ…」
急に起き上がった近藤が後ろから土方に抱きつかれた。

「だってさ〜トシなら俺のこと全〜部分ってくれるしさぁ」
「…冗談でもやめてくれ」
ごんと軽く、近藤の額を裏拳で軽く殴る。
近藤の無垢な信頼に居た堪れなくなる。
自分はこんなに浅ましい。

「あれ?トシ本気にした?冗談だってば!俺にはお妙さんしかいないからね〜」
「はいはい」
「なに?トシ?そんな顔しないでよ」
後ろから覗き込んだ近藤が不思議そうに言った。
動物の本能なのか、この人は無神経かと思えば、微妙な感情の機微に反応することがある。
「?」
「なんか泣きそうな顔…」
あぁ、泣きたいのかもしれない。
泣いてしまえば楽なのだろうか。
でも、涙なんてどこかに忘れてきていて。

「なんだよ。泣きそうって。そんなことねぇよ?目ぇ赤けぇとしたら書類仕事せいだ。少しアンタも仕事してくれよな」
「ん〜お休み〜」
都合がわるくなったからか、酔っぱらい特有の強引さで、そのまま土方は近藤に引き倒された。
「っ!酔っぱらい!自分の部屋で寝ろ!」
「いいじゃん。昔はこうやって寝てたじゃん。トシも一緒に寝ようよぉ」
「何年前の話だよ?!」
「冷たい〜」
「さっさと部屋に戻れ!」
近藤の腕から、抜け出して、居住まいを正す。

「あれ?トシ、手怪我したのか?」
「え?あぁ、ちょっと擦りむいただけ」

それをじいっと見ていた近藤が急に真面目な声色を発した。
「なぁ?トシ最近好きな人できただろう?」
「は?」
突然な発言に動けなくなった。

「これでも、トシより「レンアイ」経験豊富なんですけどぉ〜?」
「なんだよ、それ…」
自分が情けない顔をしているのが良くわかる。

「やっぱさ、ちゃんと言葉にすることも大事だと思うよ?トシは人のフォローは得意だけど、自分のフォローしない子だから、心配なんだよね」
「近藤さんみたいに、真っ直ぐな人間ばかりじゃないさ」
「俺の場合、それしかないんだけどね」
ガハハと豪快に体を横にしたまま笑う。

「だけどさ、トシにもちゃんと幸せになってもらいたいからな」
「俺は十分今幸せだと思ってるよ?近藤さん、アンタが俺の居場所をくれたんだぜ」
「ちゃんと話しておいでよ?」
「だから…近藤さん人の話を…」
「謹慎は今日までだから。明日から1週間はトシお休みね」
ちゃんと、その傷の相手と向かい合っておいで
にこにこと近藤は笑いながら、それだけ言い終えると、高いびきをかいて眠ってしまった。

「は?ちょ、近藤さん?」
片をつけようとは思っていたが、思わぬ近藤の申し出に、土方は動揺を隠せない。

空に浮かんだ月だけが、はんなりと微笑んでいた。





『隠し事―破―』 了




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