うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『隠し事―震―』




―sideG―



「土方さんなら、謹慎中でさぁ」
秋の風が心地よい晴れわたった午後のこと。

銀時は機嫌よく団子をおごってくれるいう沖田と共に馴染みの団子屋に並んで座っていた。
真選組一のクラッシャー兼サボり魔は、最近見かけない土方についてそう語った。
「は?」
「だから、あのマヨネーズ野郎のことでさぁ」
お知りになりたかったんでしょ?とにやにやとドS顔全開だ。

確かに、先週出会茶屋で時間を共有したあと、彼の姿を見た記憶はない。
かれこれ2週間になろうとはしていた。
ただ、これまでも、土方のスケジュールと銀時のかぶき町周遊の時間が重ならないことは多々あることだったので、その姿を見たいとは思うものの、出会わないこと自体を疑問には思っていなかったのだ。

「いや、沖田君?あのニコチン中毒のマヨラーのことなんて俺の知ったこっちゃないんだけど?」
「そうですかい?じゃ、旦那に操立てしたわけじゃないんですね?」
「はぁ?操立てって、なにそれ?」
操立て…って女が貞操をまもるって意味だよね?
一瞬、言葉の意味を心の中で確認してしまう。

「違うんなら、違うでいいんですがね…」

ある意味違うといえ、ある意味違っていないのかもしれない。
土方と銀時は、時折身体をつなげる仲ではある。
土方に他に女も男も影が見えることはないから、幸いなことに今のところの情夫は自分一人の筈だ。

だが、そこに存在するのは生理的衝動の解消にすぎず、心は存在しない。
自分には、苦しくなるほどの情念があるとしても。
相手の中に同じものを見つけることが叶わない。
情を交わす最中でさえ、名前を呼ぶことを許されないほどに…

沖田がどの程度、自分たちの仲に感づいているのかはわからないが、迂闊なことは言わない方が良いだろう。

「なになに?フクチョーさん、何しでかしちゃったの?ナンバー2が謹慎とか新聞にもニュースにもなってなかったと思うけど?」
「あれ?旦那は新聞テレビ欄専門のお人だと思ってましたが…」
「失礼だな、俺だってそれ以外のページも読みますぅ」
ただし、主に真選組の情報だけだったりはするのであるが。
想い人についての記事、写真、そして状況はその情報の良し悪しに関わらずマスメディアが報じてくれる。
万が一のことがあっても、部外者の銀時には知らせが個人的に来ることなどないのだから。
そっと、ニュースを拾い、その訃報が載せられていないことに安堵する日課。

女々しいとは思う。

自分の思いを相手に正確に伝えることが出来ないまま、体だけを手に入れ
心を手に入れないまま、その生死に一喜一憂、胸を痛めるなど。

「土方さんは、幕府のお偉いさんたちの接待の時に、相手をボコボコにしちまったんでさ」
銀時が自嘲と悔恨の海に浸る中、沖田は続ける。

「ボコボコ?かなり偉い人?」
「無駄に権力と金のある奴でさ。それを、かなりの男前にしちまって」
真選組命の土方だ。
そう簡単なことで、ブチ切れて、ましてや幕僚に手を上げる等という軽挙に及ぶことはないだろう。
「なにされたの?」
「…ここだけの話です。
 もともと、そいつは土方さんに懸想してやがったみたいなんでさ。
 そいつが真選組と見廻組を統一すると言い出しやがった」
「統一…」
もともと、バックに松平片栗虎が付いているとはいえ、もともと悪評高い真選組だ。
もしどちらかに一本化するという話が出たならば―。
「その本意を知るための宴で、しでかしたんでさ。
 そういう輩が多いから、俺を連れて行かないみたいでしたし、
 今までだって、さんざん嫌味だとか、
 セクハラまがいのことはされてきた筈なんですがね」
ぷうとやや頬を膨らませる沖田はやはり、年相応にみえる。
美少年剣士と評される沖田だ。
性格に難があるとはいえ、見た目には華がある。
そういった趣向の持ち主相手の接待ならば効果は大きいだろう。
だが、近藤を馬鹿にでもされたなら、斬り付けかねないし、
話をややこしくしかねないのも確かだ。

「で?何が原因だったんだ?」
「手籠めにさせそうになったらしいですよ。物好きもいやすね」
それにしても、フォロ方フォロ四郎だ。
土方も最初から、相手がそんな嗜好で自分を見ていると知っていたならば、
なおさら気を付けて対応していたことだろう。
まして、真選組存続が天秤にかかっていたならば、慎重に対応するはず。

「一応、向こうも表ざたにしたくないから、表だって圧力かけてきやしませんが、形上、ひと月の謹慎なんで」
「なんで…」
「さぁ。俺にあんなヘタレ野郎の気持ちなんて思い当ることはありやせんが…」
沖田はそこで一息置いて、横に座る銀時の顔を真っ直ぐ見据えた。

「生意気に、好きな人間でもできたんじゃねぇかと俺は思ってます」
そのお人に操をたててやがるんだって俺は思ってまさぁ…
みたらし団子を頬張り、沖田はつぶやく。

「好きな人ねぇ…」

かつての想い人は、目の前の沖田の姉だった。
逝ってしまうことで土方の一部を持って行ったといっても過言でなない。

ずるいよね…

沖田が言うのは彼女のことではないだろう。
と、いうことは、今彼の心に別の人間が住んでいるということだろうか…
だから、名を呼ばせないのか?
だから、自分はそいつの代わりなのか?

ぐるぐるとまわる思考が悪い方向へしか傾いていかない。

「この間も、手の甲の傷を、こうアンニュイってんですかね、ため息つきながら、噛んでやがんですよ。
気持ち悪いったらありゃしねぇ」
「え?」

その傷には覚えがある。
おそらく、土方自身が声を殺すために付けた傷。

「よほど、その御仁と会うのに問題でもあるんですかね?どう思いやす?旦那?」

問題…というか…
一つの仮説が銀時の中で持ち上がる。
あまりに自分に都合の良い仮説すぎて、これまで思いもつかなかったのだが。

「沖田君」
「土方の野郎なら、自室謹慎ですから、副長室でさ」

にやりと笑う沖田を見ないように、ぐしゃぐしゃと銀髪をかき混ぜながら立ち上がった。

「今度、いい雌豚紹介してくだせぇよ?」
「何か紹介するようなこと、してもらったっけ?」

いいえ、ここの団子代のことでさ…
アイマスクをつけて沖田はごろりと長椅子の上に横になり、遠ざかる銀時の気配ににやりと笑った。








―sideH―



その日、近藤の名代として、極秘に料亭にて会合という名の接待を行っていた。
いつもどおり。
芸妓を呼び、場を和ませ、酒を酌みながら、相手の機嫌をとる。

今日の相手は幕僚の中でも、財政面に力を持つ人間。
古参の家柄を振りかざし、何かと真選組の所業を取り正し、予算を削ろうと狙う連中だ。
確かに彼らにとって、市中や将軍を中心に守る真選組は自分たちの何の役にも立たないであろうし、土方自身も役に立ちたいとも思っていない。

しかし、ここは政治の世界。
資金がなくては、行動出来やしない。
魑魅魍魎、鵺、古狸の住まう場所だ。
歯が浮きそうな世辞を並び立て、真選組を存続していくために拳を握りしめていた。

そういえば、この中でも一番力をもつ能勢の接待をして、気分が滅入った帰りに、あの路地裏に迷い込んだのだった。
あの晩は…

ふと視線を上げると、能勢と目が合ってしまった。
不自然にならないように気を付けながら、隣にいた原田に厠に行く旨を伝え、離席する。

ねっとりとした欲を帯びた能勢の眼が嫌いだった。
気持ち悪いといっても過言ではない。

今でこそ、銀時に想いを寄せる土方ではあるが、衆道の気はもともと皆無だ。
なぜ、自分のようなゴツイ男相手にその気になるのだか理解できない。

厠に向かい、少し赤くなった顔を洗う。
接待なのだから、飲む量は加減できているし、うまい酒ではないから、すすむはずもない。
酔ってしまえばいっそ楽なのだろうか。
苦笑しながら、ハンカチを隊服のポケットから引っ張り出し、顔をぬぐおうとして、身を固くした。

鏡越しに男が立っていた。

「能勢さま、どうかされましたか?」
出来たら、避けて通りたいと思う能勢だった。
まして、この間の会議で真選組と見回り組の統一を言い出した男だ。
揉めていい相手でもない。

にやにやと薄笑いを浮かべたまま、何も答えない能勢。

「お先に失礼します」

脇を通りぬけ、厠から廊下への扉に手をかけて止まった。
いや、止められていた。
鍵をかけられているのか、反対側で誰かが押さえているのか。
扉が開かないのだ。

「土方君?趣旨は分かっているね?」
「さぁ…」
とぼけながら、逃げ道を探す。

宴会の席でセクハラまがいな言葉や接触を受けることはあったが、これまでこんなあからさまな行動をとられたことはなかった。
さぁ、どうやって…
力技で逃げきることはたやすい。
たやすいが、それをするわけにはいかなかった。
何より大切な真選組の為に…

だが、能勢の手が土方のスカーフを抜き取り、首に触れられた時点までは我慢できていた。
頭のどこかで、まさか見張りを立てているとはいえ、こんなところで最後までコトに及ぶはずもないとわかっていた。
戯言の一環。
だが、能勢が土方の手の甲の傷に気が付き、そのぬめぬめとして唇が手に触れようとしたところで、土方の頭は真っ白になっていたのだ。

気が付いた時には、厠の扉は吹っ飛び、廊下に伸びる能勢の身体。
その顔は殴られ、腫れ上がり、意識はない。
お供らしい人間がぎゃあぎゃあと喚きたて、物音に店の者、宴会に参じていた者が何事かと出刃亀を演じていた。


「どうして、トシあそこまでやっちまったんだ?」
屯所へ戻った土方に、開口一番、唯一人の大将が自分に向けた言葉。


近藤はしらない。
能勢が自分をそういう対象でみていたことを。
だから、なぜ、幕府の高官を、しかも、厠で殴ったのか想像も付かないであろうし、説明する気もなかった。

近藤に余計な心配はかけられない。
能勢のような幕臣のことも、土方個人の浅ましさも。

「すまねぇ。近藤さん」
自分自身でさえ、まず問いの答えを見つけることが出来ていない。
誤魔化す方向さえ、よくわからなかった。
だから、詫びの言葉しか口にできない。


一つだけはっきりとしていること。
能勢を通してみていたのは、己の姿。
男の手が、行動が、相手にその気もないのに伸ばそうとする自分の姿と重なって見えた。

先方からの沙汰はない。
なので、先手を打ち、詫びの書状や根回しだけをおこし、土方はひと月の謹慎という位置に自分を置いたのだった。

これで様子を見るしか方法がない。
向こうも、疚しい自覚があるのか、特にリアクションがないから、これでドローといったところだろうか。
大切に箱入りで育てられている能勢の末裔は、おそらく殴られたことも、骨を折られることも初めてなのだろう。


じっと、本来好きでもない事務仕事だけを自室でこなし、現場へ出たい衝動をイライラと煙草で紛らわせる。
近藤もそれ以上の追及をしないで、静観してくれるつもりのようだった。

ふと、空になった煙草のソフトパッケージを握りつぶしながら、その手に目が留まる。

もう最後に万事屋坂田銀時と褥を共にして2週間が経とうとしている。
真選組の内々の処分であるから、一般人である銀時がこの事を知ることもない。
これまでも、土方のスケジュールと銀時のかぶき町周遊の時間が重ならないことは多々あることだった。
きっと自分のように淋しく感じるなど感情を持ち合わせてはいないであろう。

声を押し殺すために自ら噛みしめて付けた傷。

二人の間には、確たる約束事など何一つあるはずもなく。
銀時の気まぐれな心が自分に留まることさえなければ、こんな情けない傷さえ作ることもなくなる。
なのに、こんなものが唯一二人をつないだ証のように感じているなどと。

今の状態が、良い関係でないことぐらいわかっている。

決して、健全とはいえない。
惚れた腫れたの付き合いでないのだから。
土方一人の独り相撲だ。
独り相撲でもないのかもしれない。

それでも。

左手の甲にそっと唇を充てる。
すっかり癖のようなものになっているな…

もともと器用なたちではないのだ。
今回のことがいい例だろう。
無意識とはいえ、自分をコントロールできないのならば、隠すことができなくなっているのならば、
潮時だ。

土方はひとり、副長室で自身を嘲笑った。





『隠し事―震―』 了




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