うれゐや

/ / / / / /

【シリーズ】 | ナノ

『隠し事―迷―』





―sideH―



「十四郎…」
銀色が自分を呼ぶ。
後ろから抱きしめられて、目眩を起こしそうな声で。

土方十四郎は万事屋・坂田銀時と出会茶屋で先程まで身体を重ねていた。

何かがおかしい…
こんなことはおかしい。
錯覚しそうな所作で自分に接する銀時に眉をしかめる。

これはなんだ?


路地裏で野良猫のように身を繋いでから、惰性のように褥を共にするようになった。
最初の晩銀時に言われた通りに…

元々、想いを寄せていた相手に求められることが嬉しくないわけではない。
そこに、自分と同じ感情のベクトルが存在しないとしても。

そう。
違うはずだ。

銀時にとって、この行為は生理的衝動の処理に過ぎない

過ぎないはずであるのに、こうやって、名前を呼ばれ、抱きしめられると、奇妙な気分にさせられる。

穿たれ、揺さぶられている間も、時々垣間見せる視線。

「…ぶな」
「ん?何?」

銀時が土方の呟きを拾い、問い掛ける。

「…呼…ぶな…」
情けないことに、掠れた声になってしまう。
「……駄目?」
「駄目もなにも…」
うなじに吐息がかかり、ピンク色になりそうな思考を無理矢理現実に引き戻した。

「そんな間柄じゃねぇだろ?」
だから、そんな恋人に呼ぶような甘い声で、呼んでくれるな

銀時の身体が一瞬強張ったのが、背に伝わってきた。
「ハイハイ…そうでしょうよ」

硬い身体に廻されていた腕があっさりと外された。
離れてしまった体温が名残惜しくて、でも引き留める術なぞ見当たる筈がなくて、土方は途方にくれる。

それを悟られまいと、黙って、布団を抜け出してシャワーへむかった。

どれだけ、ヒトという生き物は貪欲なのだろう。

呼んでみたかった名前。
触れてみたかった唇。
重ねてみたかった肌。

そんな遠くない日々に、それらは絶対に手に入らないモノであると思っていたのに。
ひとつ、またひとつ手に入れば、その先を求めてしまう。

名を呼ばれ。
唇を貪り。
躯をつなげ。

今度はこの行為に意味を、名前を求めたくなる。

銀時は自己申告ほど女にモテないわけではない。
なにも、こんな硬い身体を手間をかけて抱く必要は本来ないはずだ。
わざわざ、自分のような同じような体格の、人相も愛想も悪い男を選ぶ意味を。
いや…

特に意味はないのかもしれない。

沖田同様にドSを自称する男だ。
自分のような人間を組み敷いて、感じ、羞恥する様をみて悦を感じるのかもしれない。

銀時の痕跡を消し去りながら、自分で付けてしまったから手の甲に視線を移す。
みっともなくこぼれ落ちそうになる甘ったるい声を抑えるために噛み締めたために、歯型が見事に残ってしまった。

最中に土方の声をよく銀時は引き出そうとする。

シャワーのコックをしめ、着流しに着替える。

屯所に戻れば、また事後処理の事務仕事と明日の接待の打ち合わせが残っている。
真選組副長の顔に戻らねば…

部屋に戻ると、銀時は布団に包まって眠っているようだった。

「先…でるぞ?」
声をかけてみるが、いらえはなく、静かな寝息だけが布団を上下に動かしている。

ひとつため息をつき、土方は茶屋を後にしたのだった。







―sideG―



「十四郎…」
焦がれる黒の名を口にした。

そこに含まれる必死さ加減に自分自身に苦笑が漏れる。
たった今までひとつになっていた時には、
手に入れたような、近づくことができた気になれるのに、
事が終わり、後ろから抱きしめている、この瞬間から、すでに遠い。

坂田銀時は真選組副長・土方十四郎と出会茶屋で先程まで身体を重ねていた。



これはなんだ?

路地裏で野良猫のように身を繋いでから、惰性のように褥を共にするようになった。
最初の晩銀時自身が放ってしまった言葉によって、その距離は縮まることがない

元々、想いを寄せていた相手と逢瀬を交わすことが嬉しくないわけではない。
そこに、自分と同じ感情のベクトルが存在しないとしても。

そう。
違うはずだ。

土方にとって、この行為は生理的衝動の処理に過ぎない。
過ぎないはずであるのに、あれだけ矜持の高い男が、流されるように、自分に組み敷かれて、抱きしめられてくれる姿をみると、奇妙な気分にさせられる。

受け入れる側の方が負担が大きい行為を甘んじて受けてくれているのは、少なくとも嫌われていない証拠だとは思うのだか。

「…呼…ぶな…」
掠れた声で土方が呟いた。
「……駄目?」
「駄目もなにも…
「そんな間柄じゃねぇだろ?」

その言葉に思考が停止した。
「ハイハイ…そうでしょうよ」

抱きしめていた腕を外すと、土方は布団を抜け出し風呂場へむかう。

空になった隣を見つめ、頭を振る。
期待するほうがおかしい。
今更、これ以上何を望むだろう。

どれだけ、ヒトという生き物は貪欲になれるのか。

手に入るはずのないヒトに、触れられるようになっただけ、良しとせねば。
例え、世に言う『セフレ』と呼ばれるような、爛れた間柄であっても。
いや、もとに戻れるならば、あの細い月の晩からやり直せるのならば…

この燻り続ける感情を、隠しつづける言葉を吐き出すことが、
信じさせることができるのだろうか

ふとシーツに微かに滲んだ血の跡に気がついた。
快感にのまれまいと手の甲を噛み締めていたから、切れてしまったのだろう。
そんな痕跡さえ…

情けないほど、終わりにする言葉を紡ぐ気力も失なわせる。
普段の土方からは掛け離れた甘い声を引き出すのが好きだった。
それは唯一土方に自分が与えられる『ナニカ』である気がするから。


「十四郎…」
ベットから離れた土方には届かない。

シャワーの音が止まった。きっと、彼は屯所に戻り、何事もなかったかのように仕事をこなすのだろう。
真選組副長の顔に戻って…


「先…でるぞ?」

その変化をみたくなくて、布団に包まって眠ったふりをする。


ぱたん…と扉の閉まる音を背中で聞きながら、
銀時はもう一度、シーツに残る煙草の匂いと血の跡に口づけた。




『隠し事―迷―』 了




(12/105)
前へ* シリーズ目次 #次へ
栞を挟む
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -