うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『隠し事―誘―』






―sideH―


赤ちょうちんが灯っている。
かぶき町のはずれ、一軒の居酒屋。

真選組副長・土方十四郎は、その暖簾をくぐった。
酒に特別弱いわけではないが、強くもない土方が、一人呑もうとすると実はかなり店を限定されていた。
いつ、攘夷志士の襲撃に合うとも限らない。
ちょっとやそっとで遅れをつもりもないが、立場上自粛するのが常であった。

今日は、気心の知れた親父のいる店を選んでやってきていた。
この店であれば、何かと気の利く女将と腕のいい親父の料理。
そして、テロに息子を奪われた二人は、町の嫌われ者である真選組に対しても好意的に接してくれる。

「おや、土方さん」
「…今日は盛況だな…」
折角の非番の前に少し飲もうかと思ってやってきたのであるが、生憎と本日は満席の模様だった。

「奥の個室なら空いてますから、良かったら…」
敷居を跨ぐ前に、踵を返そうとした土方に女将が声をかける。

「いや、あそこを俺一人で使うのは悪いから…出直してくる」
「あれ?土方くんじゃない?」
突然、背後から名を呼ばれ、振り返ると草臥れた風情の男が片手をあげて立っていた。

「長谷川…局長?」
すっかりと以前の面影からは遠のいているが、トレードマークともいえるそのサングラスと声から土方は記憶の底にあった名を口にする。

「あれ〜?長谷川さん、このマヨラーと知り合いなの?」
さらに、その後ろには、見慣れた銀髪が立っていた。

「うん、まあね。俺もこう見えて元幕臣だからさぁ」
「そうなんだ」
銀髪―銀時が緩い口調ながら、昏い瞳で土方を見ている。


銀時とまともに顔を合わせるのは、あの晩から、3週間ぶりだ。


土方はこの坂田銀時という男に魅かれていた。
近藤のように、その男気に惚れているというよりも、これは恋情…しかも片恋だ。
そう、自覚してから感情を押し込んできていた。

郷里に置いてきた遥かな幼い想いとも違う、もっと狂おしい感情。

何度否定しても消えてくれることのない銀色の光。

叶うこともない。
男同士、そして、犬猿の仲。

自分とそれほど違わぬ体格の男に情を寄せられていると知っても気持ち悪がられるだけなことはわかりきっていた。
だから、これは墓場まで持っていくモノだ。

そう思っていたのだが、偶然見つけた路地裏で土方は、彼と情を交わすことになった。

銀時は酔っていたのだ。
酔った勢いで、手近にいた土方に気があるような言葉を紡ぎ、
溜まっていた欲を自分にぶつけただけ。
それでも、かまわないと途中から自分も劣情に身を任せた。

絶対に悟られてはならない。
せめて、喧嘩ばかりしている腐れ縁の関係であろうとも、気まずく、その傍に寄ることさえかなわなくなることは避けたかった。

疎ましく思われないように。
この浅ましい自分を軽蔑されないように。
銀時の酔いを利用して、一度でもいいから身を委ねたいという思いは成就されたのだから。
これからは、これまで以上に感情を打ち消していかなくては…

「犬に…噛まれた程度のことだ。テメーも気にすんな」
女々しい…自分でもそう思いながら、あの晩、自分は言った。
行為の後、衝動的な行動に対して詫びを口にする銀時相手に精いっぱいの平静を保つために。
保てたはずだった。
一度の交わりで満足するつもりだった。
なのに、銀時は予想外の言葉を紡ぐ。

「なぁ、オメーも気持ちよかったんだろ?また、相手してくんね?」

時が止まった。


めまいがする。
銀時の言葉に、意味に迷路に迷い込んだような錯覚。

「…あぁ…」
返答もできず、息を吐き、銀時を置いて路地を逃げ出したのだ。



その後、都合の良いことに、登城やシフトのタイミングが微妙に作用して、銀時のテリトリーに近づくことなく時をすごし、3週間の時を経ていた。


「土方君?」
長谷川の声に、土方は現実に引き戻される。
「あ、失礼しました。長谷川局長もお元気そうで何よりです。今日はそこのクソ天パとご一緒なんですね」
「局長はやめてよ。今はただのマダオなんだからさ〜」
「どうぞ、奥の個室が空いているそうですので、ごゆっくり」
申し訳なさそうに、頭を下げる女将に土方は少しだけ笑って見せた。

「あ、土方君は銀さんと面識あったんだよね?よかったら一緒に飲まない?」
人のよさそうな元入国管理局の局長は土方の肩を持って誘いかける。
「いえ…私は遠慮させていただきます」
「まぁ、いいじゃん。顔見知りなんだから相席しようぜ」
一番後から店に入ってきた銀時が、長谷川と土方の背を押し、奥へと押し込む。

慌てて、女将が個室の電気をつけ、3人を招き入れた。


お通しが出され、軽い食事代わりになりそうなものを見繕ってもらう。
長谷川がグラスを満たしたり、注文をしたりとこまめに気を使い動いてくれる。
土方と長谷川は同じ幕臣であったし、仕事も長谷川在職時は重なることも少なくなかった。

長谷川はかつての栄光のある時代を懐かしんでか、自分の活躍を面白おかしく話しながら、時折土方の肩をたたいて上機嫌であった。

土方は卒なく相槌を打ち、銀時はややキツい突っ込みを入れながら、宴は進んでいく。
表面上は和やかな雰囲気をかもしながら、水面下で土方は居た堪れなくてしかたない心持で過ごしていた。
銀時の口調はいつもと変わらない。

だが、それを素直に受け取っていいのか、判断が付きかねたのだ。

やがて、長谷川が上機嫌のまま、店の床に倒れこんだ。

「おい、長谷川さんの家…知ってるか?」
「ん?そういや、今のいえ知らねぇな…この間は公園の段ボールだったし…」
「なんだ?そりゃ…」
「ま、いずれ起きるだろ?先に出ようぜ」

さっさと銀時はブーツを履き、個室を出て行った。

土方は女将に長谷川のことを頼み、支払いを済ませる。
店内にはすでに白の水文柄の着物はなかった。

少し、ほっとして土方も店を出た。




暖簾をくぐり、屯所へと足を向ける。
店の脇に先に消えたと思っていた気配を感じてはいたが、
気が付かないふりをして歩き出す。

「おい、待てよ!」

声が聞こえる。
だが、その声に振り返ることはしなかった。

「土方」

もう一度、声が聞こえた。
ぐいっと肩を掴まれる。

「明日休み?」
「あ?あぁ…」
この間のことは忘れてとかそういった主旨のことだと思っていたので、素で答えていた。

「じゃ、行こうぜ」
「は?どこへ…」

きっと間抜けな顔をしていることだろう。
他人事のように土方はおもう。

「長谷川さんにベタベタさわらせてたんだから、銀さんにも触らせてよ…」
「な?!」

ぐいぐいと腕を取られ、夜の繁華街へ紛れていった。





―sideG―



赤ちょうちんが灯っている。
かぶき町のはずれ、一軒の居酒屋。

万事屋・坂田銀時はすっかりなじみとなった長谷川泰三とともに、その暖簾をくぐった。
長谷川はまた新しい職が見つかったということで、機嫌よく奢ってくれるという。
最近、むしゃくしゃすることが多かったから、気分転換になるだろう。
そう、銀時は思っていたのだが…

一足先に店内へと足を踏み入れかけた長谷川が止まった。
どうやら、先客がいたらしい。
何人か席の空きを待っているのかもしれない。

「あれ?土方くんじゃない?」

連れの問いかけに銀時は、体をこわばらせた。
そして、長谷川の肩越しに相手を確認する。

「ヒジカタ」違いではなく、一番会いたくて、会いたくない黒い男がそこにはいた。

少し驚いた顔で、長谷川の名を呼ぶ。
「長谷川…局長?」
役職名で呼ぶところをみると幕臣時代に、面識があったのだろう。
「あれ〜?長谷川さん、このマヨラーと知り合いなの?」
マダオのくせに生意気な…と我ながらひどいことを考えながら、3週間ぶりの片恋相手を見遣る。
そして、二人の空気に気がつくこともなく、長谷川は土方を酒の席に誘った。


そう、3週間前に、偶然見つけた路地裏で銀時は、土方と情を交わした。

土方は自分のことを酔った挙句の過ちをおかした男だと思っている。
確かに酔った勢いでしか、手の届かないと思っていた男を組伏せる勇気などなかったのかもしれない。
薄汚れた路地裏で衝動に身を任せるなどありえないだろう。

だからこそ、絶対に悟られてはならない。
せめて、喧嘩ばかりしている腐れ縁の関係であろうとも、気まずく、その傍に寄ることさえかなわなくなることは避けたかった。


それなのに、土方の男に抱かれることなど何てことないという態度に

「なぁ、オメーも気持ちよかったんだろ?また、相手してくんね?」
暗く浅ましい自分は悪態をつき、それを土方は否定しなかった。

居酒屋では、お通しが出され、軽い食事代わりになりそうなものがテーブルに並べられる。
長谷川がグラスを満たしたり、注文をしたりとこまめに気を使い動いてくれる。
マダオはかつての栄光のある時代を懐かしんでか、自分の活躍を面白おかしく話しながら、時折土方の肩をたたいて上機嫌であった。

土方は男の腕を払うでもなく、やんわりと返事を返しながら、穏やかに酒を口に運んでいる。
自分と二人であれば、けして見られないような、穏やかな表情。
沖田や近藤たち、身近なみせるような砕けたものではないが、和やかな雰囲気を醸している。

情けないと思いながらも、水面下で銀時は迂闊に他人に触れさせる土方に苛立ちを覚えていた。
体を結んで、男相手の経験があったとしても、少なくとも近日、近年ではないことは分ったが、こうやって、接待等の度に触られてるのかと思うと…
自分のものではないのであるから、口にすることではないが居た堪れなくてしかたない心持で過ごしていた。
土方はそれに気がつくでもない。
やがて、長谷川が上機嫌のまま、店の床に倒れこんだので、そのまま銀時は店を出る。
少し、頭を冷やしたかった。

店外に出て、すっかり秋の夜空になった天を見上げた。
風の匂いが、夏特有のじっとりとしたものから、冷気を帯びた澄んだものに変わっている。

空気とともに、心も乾いていた。

遅れて店を出てきた土方は、店の脇に立つ銀時に気が付かないふりをして歩き出した。

「土方」

ぐいっと肩を掴んで引きとめた。

「な?明日休み?」
「あ?あぁ…」
「じゃ、行こうぜ」
「は?どこへ…」

きょとんとした顔をする土方の手を引いて夜の繁華街へと向った。



一度目は偶然の出会いに流されてくれた。
では、二度目は?


連れ込み宿の一室に足を踏み入れた途端、その唇を奪う。
路地裏では、予想外の展開に余裕などなかった。
今回は少しは真っ当にふるまえるだろうか?

口内をむさぼり、首筋に舌を這わす。
セフレじみた関係なのかもしれない。
でも、今度は大事に抱きたかった。
やや硬めの薄い布団に組み敷きながら、路地裏では叶わなかった手管で進めていく。

自分を盾にしても、真選組を、剣の道を貫こうとする腕を、躰を確かめるように口づけていく。

土方からの抵抗と、罵倒はやはり最初のうちだけだった。
徐々に朱に染まる顔と体に、お互いの酔いが進んだようだ。

こころはどこかにおいてきてしまったかのように
狂った夜が更けていくのだ。



朝がこのまま来なければいいのに…銀時は思い、腕の中の黒い存在を腕に抱いた。




『隠し事―誘―』 了



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