うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『隠し事―悔―』






「やったちゃったよ。オイ…」
坂田銀時は、かぶき町の薄暗い路地裏で、ただ一人、座り込んで頭を抱えていた。


今晩、銀時はひとり呑みに出ていた。
先の6股騒ぎの折りに禁酒を宣言したにもかかわらず、周囲がグルとなって自分を貶めたのだとわかったショックと、長谷川相手にハメてしまったかもしれないという疑惑から、やりきれない感情を抱えていた。
そうして、結局は、再び酒に手を出していたのである。

ただ、さすがに昨日今日で泥酔で、万事屋に帰るなんてことはバツが悪く、この路地裏に入り込み、先ほどから酔いを醒ましていた。 

いつしか、睡魔に襲われて、ビールケースの谷間で眠ってしまっていたようだ。
ふと、自分にそっと触れる気配に意識がほんのり覚醒する。

夢見心地で、その感覚に身を委ねれば、小さなつぶやきと共に手は離れていった。

「銀時」

まぎれもなく、他の誰でもない一夜の誤りでもいいから、近づいてみたいと望むその人の声…
寝ぼけていても、聞き違うことなどない。

自分の傍から、立ち上がろうとした、その手を咄嗟に銀時は掴んだ。

「何かわいいことしてくれちゃってんですか。コノヤロー」

「なっ?!」
思わず、銀時は相手を腕の中におさめてしまう。

そこまでは良かったのだと思う。
その後が、どう考えてもいただけなかった。


随分醒めてきていたとはいえ、酔っていなかったとは決して言わない。
言わないが、あまりに自分の言葉を酔っぱらいの戯言だと、頑なに信用しなった土方。
そう、片恋の相手は物騒な鬼のチンピラ警察の副長さんなんて役職の土方十四郎なのだ。

冷静になれば、日ごろから喧嘩をふっかけてばかりしている自分が好意を寄せるなんて(まして、6股騒ぎが耳にはいっていたりしたら)、まず信じてくれる要素はないとわかりそうなものなのだが。

「いや、酔ってるから。絶対酔ってるから。絶対、誰かと間違ってるから」

「間違ってねぇよ?十四郎?」

「ひっかからねぇからな!からかうんじゃねぇ」
「あ〜そうきた? う〜ん、じゃ、どうしよ?どうやったら信じてくれんのかねぇ?」

だが、その時は余裕などなかったのだ。
頑なに、自分に対する拒否の言葉を発する土方。

掻き抱いていた土方の頭を一度離し、銀時は、腰を引き寄せながら、座りなおした。
「ぶっちゃけ、ムラムラしてんだけど?土方君に」

「テメーそういう嗜好があるのかよ?」
「そういうわけでもなんだけどね。お前こそ、あんな男所帯でそういうのないの?」
煽るかのように首筋を下から上に舐めあげてみる。
花柳界で浮名を流しているとは聞いていたが、男相手にないはずだ。
そう思っていたのに


「あってもなくてもテメーには関係ねぇだろ?」
「それって経験はありってこと?」
肯定とも否定とも取れる、諦めたような口調にイライラする。

「さぁな。おら、離せよ。酔ってねぇなら俺は行く」
土方は、銀時の腕を振り払って半ば強引に立ち上がった。

「いやいや、待ちなさいよ。関係なくないでしょうが!逃げんなよ」
「誰が逃げるか!こんな茶番に付き合ってられねぇだけだ。っつ!」

先程、呼んだではないか?
その声で自分の名を。

強く腕を引かれ、今度は壁に押し付けて、口づける。

ため込んでいた、やりきれない想いも、欲望も、嫉妬もすべてを
もはや抑えることが出来ずに
その場で、すべて土方に押し付けてしまった。

そして、そんな状況になっても抵抗を止めてしまったことに…
自分を疑うくせに、キス一つでトロンと感じ入る姿に…
苛立ちはさらに暴走する。

こんな路地裏で、深夜と呼ぶには少し早い時間に、
自分は何をしているのだろう?
銀時は混乱していた。

あぁ、やはり酒はやめた方がいいのかもしれない…

もう、なんだかどうでもよくなってきていた。
秘めてきた想いも、お互いの立場も、土方の過去さえも。
『酔っぱらいの戯言』だと、高い矜持を持つ土方がこんなことを許すことなんて。
きっと二度とこんな風に触れることはできないだろうから。


「ぎ…ん…」

そうやって、また名を呼ぶのか?

「オメーが悪い」

そして、一方的な衝動…
押し付ける劣情。

なにをしているのだろう?
お互い本心を見せるでもないまま、
こんな路地裏で、まるで野良猫が身を寄せ合うように快楽だけを追っている。

「十四郎、ごめんな」



そのまま抱き締めていれば、ぼんやりと路地からの細い空を見上げながら、土方は、そっとつぶやく。
「仕方のない奴だな」

殴られるかと思っていたら、返ってきたのはそんな言葉。

「ごめん…」
「ほら、離れろ。酔いも醒めただろう?」
背後から覆いかぶさるように抱き込まれていた体を土方はそっと離した。
自分にとっては、その離れていく体温さえ、ひどく名残惜しいものなのに…

「土方?」
「犬に…噛まれた程度のことだ。テメーも気にすんな」

薄暗い路地裏で見る土方の白皙な面は憎たらしいほど、平静に見えた。

「土方…」
何か言わなければ、と思うのに、この場に合う言葉が見つからない。
どうして、こんな時に限って、日ごろ饒舌な口は動いてくれないのだろう。

「忘れろ」
手を軽く上げて、立ち去ろうとする土方があまりに普段通りに見え、腹が立ってきた。
腹が立って、やっと紡ぐことのできたのは酷い言葉。

「なぁ、オメーも気持ちよかったんだろ?また、相手してくんね?」


時が止まった。


自分の紡いだ言葉に、
土方の表情に、
袋小路に迷い込んだかのような閉塞感。

「…あぁ…」

それは、土方の返答だったのか、嘆息だったのか
銀時は分からないまま、立ち去る男の後姿を見送った。

そして、途方にくれて、頭を抱える。
「やったちゃったよ。オイ…」

にやにやと笑ったような細い細い月だけが密かに二人を見ているだけだった。




『隠し事―悔み事―』 了




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