うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『隠し事―秘―』




真選組副長・土方十四郎は本日、幕府官僚たちとの会談というなの接待を終え、屯所へ戻る途中であった。
運転は、山崎退。

「おい」
「停めますか?」
山崎の特技ともいえるが、彼は時として、空気を読むことに大変長けていた。
そうでなくては、武装警察の監察などといった仕事を全うすることなどできないのであろうが。
今も、土方の様子から、会見は思うように事が進まなかったことを察してくれているようだ。
本来、今日の主とした狙いは、補正予算の承諾と新たな確保にあった。
結局のところ、確約には持ち込めず嫌味の応酬で疲弊するだけに終わったのだが。

「おう、呑み直してから戻る」
呑んだ気がしねぇ…と自嘲気味に笑っている。

「明日は久々のオフなんですから、ゆっくりしてきてくださいね。俺も朝からミントンに励め…」
その言葉をカチリと鯉口を切った音で押しとどめる。
「冗談ですって。ここでいいですか?」
かぶき町に近い繁華街で車は止まった。

隊服の上着とベストを脱いで、山崎に預ける。
重たい隊服を一部脱いだだけで、ずいぶんとその重責から解放された気分になるから不思議だ。

「俺が帰るまでに報告書纏めとけよ」
「……鬼……」
後ろ手に手を軽くあげ、車を降りる。


さて、どこで憂さを晴らそうかと土方は町を流し歩きはじめた。






「ん?」
ふと、路地裏、店の裏口なのか、積み上げられた、木箱やビールケースの間から、足が見えた。

黒のブーツに黒のズボン。
酔っぱらいだろうか?
通りすぎようとして、ふと気が付いた。

微かにのぞく特徴ある水文様の白の着流し。
気が付いてしまった。

そうっと、近づく。
あぁ…やはり…積み荷に囲まれるかのように銀髪の男が酔っぱらって眠っている。

「よろずや」
年中金欠だと豪語してやまないのに、こんなところで飲んだくれて潰れている。
それでも、こんな路地裏にひっそりと猫のように隠れて眠るのは、殺伐とした時代を生きてきた習性のようなものなのか。
マダオ…
チャイナ娘が呼んでいたな。そういえば。
いざという時には、その目をきらめかせ、誰よりも強い武士道で、戦場へと進んでいくというのに、このギャップ。
そして、どうして自分はこんなマダオに魅かれるのだろう?

「まぬけ面…」
少し、よだれが垂れている。
疑念は尽きない。
疑念の最たるは土方がこの坂田銀時という男に心を捕らわれていることだろう。
ありえないと自身を何度否定したことだろう。
ミツバも逝き、もう誰かをそういった意味で求めることはないと思っていたのに。

まぁ、叶うこともない。
男同士、そして、犬猿の仲。
似通った思考のためか、わかってしまう。
俺だったら、こんな野郎に想いを寄せられるなんてごめんだ。

だから、これは墓場まで持っていく感情。
絶対に悟られてはならないもの。

完全につぶれているらしい男に思わず笑みが浮かぶ。
今なら少しだけ、少しだけ触れても大丈夫だろうか?
手を伸ばし、無造作に跳ね回った銀髪に触れてみた。

思いのほか、その手触りは柔らかく気持ち良い。
なんだか、犬にでも触ってるみてぇだな…
起きそうにないことに、安心して少し大胆になってくる。
指に髪を絡めてみるが、思いのほかスルスルと逃げてしまう。
まるで、この男自身のよう…捉えどころがない。
思わず口許に笑みが浮かんだ。

さて、そろそろヤバいかもしれない。
起こそうか、このまま放っておこうか…
寝起きに土方の顔なぞ見たくはないだろう。
分かってはいるが、起こして、機嫌悪く悪態をつかれるには、今日の自分は疲れすぎている。
今の少し感じることの出来た幸せな気持ちのまま、立ち去りたかった。
こんな夏の晩だ。
万が一このまま、ここで朝を迎えても風邪をひくことはないだろう。
そう、自分に言い訳をする。
小さく小さく、戒めてきた名を呼んで、終わりにしよう。

「銀時」

髪から手を放しながら、かすめるように唇に指を触れさせて、土方は立ち上がった。
いや、立ち上がろうとした。

「何かわいいことしてくれちゃってんですか。コノヤロー」

「なっ?!」

ぐらりと体が傾ぐ。
そして、気が付くと、なぜか銀時の腕の中におさまっていた。

「おいっ!万事屋っ?!」
「なに?さっきみたいに名前で呼んでくんないの?」
「は?え? テメっ起きてやがったのか?!」

あってはならないことだ。
こんなことは絶対に。
羞恥で土方の顔は真っ赤に染まる。

「これはあれだ。ちょっと確認してみてただけであって」
「確認って何を?」
「テメーの名前ってなんだったかな…とか。そんなとこだ。山崎の報告書、全部『旦那』って書いてやがったし」
「おいおい、こんな状況で他の男の名前だしてんじゃねぇよ」
そう言いながら、銀時が低く笑うのがわかる。

「テメー酔ってやがるだろ?」
「ん〜ほどほどに?」
「いや、酔ってるから。絶対酔ってるから。絶対、誰かと間違ってるから」
我ながら、動揺しまくっていて、特技にフォローもまともに出来やしない。

「間違ってねぇよ?十四郎?」

紅い眼がきらめくのを確かに見た気がした。


秘かに思いを寄せていた人の腕の中で、このまま流されたくなる衝動。
しかし、それは許されない。
相手は万事屋だ。
口先から生まれたような男だ。

「うそだろ?おい…」
「うそじゃねぇよ?」

いやいやいや
ないないない
じゃ、なんだ?この状況は…
信じてはいけない。
期待してはいけない。

「ひっかからねぇからな!からかうんじゃねぇ」
「あ〜そうきた? う〜ん、じゃ、どうしよ?どうやったら信じてくれんのかねぇ?」
やはり、相当な量のアルコールを飲んでいるのか、酒臭い吐息が抱き締められた首元に熱くかかる。

「俺流にいうと…さ」
同じような体格の男が路地裏で、地べたに座って抱き合っているのだから、窮屈な体勢だ。
掻き抱いていた土方の頭を一度離し、銀時は、腰を引き寄せながら、座りなおした。
下肢が密着する。
「ぶっちゃけ、ムラムラしてんだけど?土方君に」
「は?」

確かにそういう部分からの熱を感じる。感じるが…
どう判断すべきなのかわからない。

「テメーそういう嗜好があるのかよ?」
「そういうわけでもなんだけどね。お前こそ、あんな男所帯でそういうのないの?」
煽るかのように首筋を下から上に舐めあげられた。
ぞくりと尾骨が反応してしまう。

「…ねぇよ」
「本当に?」
何がいいたいのだろう?
途方に暮れて、土方は自虐的に言葉を紡いだ。

「あってもなくてもテメーには関係ねぇだろ?」
「それって経験はありってこと?」
大通りからこぼれるネオンの光だけでは、影になって銀時の表情が読み取れない。

「さぁな。おら、離せよ。酔ってねぇなら俺は行く」
なんとか、平静を取り戻したい。
その一心で、銀時の腕を振り払って半ば強引に立ち上がった。

「いやいや、待ちなさいよ。関係なくないでしょうが!逃げんなよ」
「誰が逃げるか!こんな茶番に付き合ってられねぇだけだ。っつ!」
強く腕を引かれ、今度は壁に押し付けられる。

「なぁ」
両手を拘束され、そっと耳に囁かれる。
「そんなに信用できないなら、酔っぱらいの戯言って思ってていいから、付き合えや」
「何・・・ん!」
何に付き合うのか、何を信用しろというのか、その問いは銀時の口によって塞がれた。
唇の隙間から、舌が侵入し、土方の口内を侵す。
歯茎を刺激し、土方の舌に自分のものを絡め、引き釣り出す。
ぴちゃぴちゃと艶めかしい音が、さびれた路地裏に響き渡った。

「よろ…ま…て…」
静止を求める声も、すぐにふさがれ、息継ぎさえままならない。

こんな路地裏で、深夜と呼ぶには少し早い時間に、
自分は何をしているのだろう?
土方は混乱する。
あぁ、接待のまずい酒が今頃になって、悪酔いのような作用を加速させているようだ…

「ふぁ…」
やっと少し貪るような口づけが弱められ、息を紡ぐ。

「…エロ…そんなんで、副長さんは誰でも煽ってんの?」
どちらの唾液ともつかないものが、土方の口元からあふれ、伝い落ちた。

「何言って…ちょっ!」
シャツの隙間から手が侵入してくる。
撫でるように、指を滑らされ、ぞくぞくとした感覚に身をすくめる。
「感じやすいんだ?誰かにもう開発された?」
耳朶を甘く噛み、囁かれる。

開発ってなんだ?何を言っているんだ?
熱い銀時の息が首筋にかかり、思考がうまく働かない。

「ん…」
すでに手は拘束を外されているにもかかわらず、抵抗できない。
力の入らない体は、銀髪の左腕に支えられ、残った手で、器用にシャツの上から、胸の飾りを刺激される。

もう、なんだかどうでもよくなってきていた。
秘めてきた想いも、お互いの立場も、銀時の本音さえも。
このまま、流されてしまえば、どんなにいいだろう。
先程、銀時も言っていたではないか。
『酔っぱらいの戯言』だと。
ならば、それに便乗してしまえばいい。
酔いさえ醒めてしまえば、きっと二度とこんな風に触れられることはないだろうから。

「ぎ…ん…」

不意に銀時が素に戻った気配がした。

「ちょ、なに?なんなの?オメーは!」
(あ、呆れられた?)

せっかく、体だけでも、一度きりでもいいと決心した途端に…
いや、これでいいのか…

「あ〜このタイミングでそれか?」
銀時が、ぼりぼりといつものように跳ね回った髪を更にかき乱しながら、一度、体を離す。

「オメーが悪い」

「?」
くるりと体と反転され、上半身を壁側へと押し付けられる。
「!」
ベルトのバックルを外せれ、下着ごと地面に引き落とされた。
するりと臀部を暴かれ、本来秘するべき所を撫でられる。

「そんな、無造作に誰彼構わずフェロモンまき散らすオメーが悪い」
唾液を乗せた指が強引に差し込まれる。

「俺のS心煽るオメーが悪い」

初めて、内臓を触れられる感覚は、なんだか気持ちが悪い。
男同士のやり方なんて、そこを使うしかないのだとわかっているが、羞恥心と落ち着かなさで膝が震えた。

「そして、俺の言葉を信じないオメーが悪い」

指が体内をかき乱し続ける。
抵抗という文字はいつの間にか土方の頭からは遠のいていた。
指が増やされ、もっと熱いものが宛がわれた。

「!」
ほぐされたとはいえ、初めての行為がもたらす痛みは想像以上だった。
ぐっと奥歯を噛みしめて耐える。

「ひじかた。力抜いて?」
後ろから抱きかかえるように、距離をゼロにし、囁く。

「感じる?俺の」
「馬鹿…やろ…」
少し振り返り、睨みつけてやる。
万事屋は妙に男臭い表情で、にやりと笑った。

そして、一方的に押しつけられる快楽。
徐々に土方も違和感でもなく、痛みでもなく、恍惚に支配される。


おかしいな…
不意に土方は笑いたくなった。

なにをしているのだろう?
お互い本心を見せるでもないまま、
こんな路地裏で、まるで野良猫が身を寄せ合うように快楽だけを追っている。

名を呼ばれる。

「十四郎、ごめんな」

何をこの男は謝るのだろう?

うしろから、そのまま抱き締められながら、ぼんやりと路地からの細い空を見上げる。
にやにやと笑ったような細い細い月だけが密かに二人を見ているだけだった。



『隠し事―秘め事―』 了



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