うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『mirage T』



Side K

時刻は午後四時。
眠らない街かぶき町がようやく起き始めようとしている時間帯であった。
『クラブ万事屋』も例外ではない。
慌ただしくマネージャーや黒服たちによってサービスに必要なものが設置され、ホストたちは身だしなみを整え、本日の予約を確認している。

「いたいた、金さん!お客様です」

そんな中、すでに自分の準備を済ませたナンバーワンホスト坂田金時はのんびりとVIPルームのソファに寝そべり、愛読誌を読んで寛いでいた。

「客ぅ?まだ開店まで時間あんだろ?待たせとけ」
「旦那ぁ、そんなつれねぇこと言わねぇで下せぇよ」

夜はこれからである。今のうちに少しでも休ませろと、マネージャーの志村新八を手で追い払う仕草を一度はした金時であったが、彼の前にずいと出てきた人物の気配に誌面から顔を上げた。

「あれ?えっと君……総一郎くんだっけ?」
「総悟でさぁ。プライベートな話なんで、こんな時間に失礼したんです」
「は?沖田くんの?それとも俺のプライベート?
 どっちにしろ、俺が後ろに手が回るようなことしねぇ限り、関係なくね?」

つれねぇなぁと繰り返す声からは全く傷ついている様子は窺えない。

青年の名は沖田総悟。
特殊武装警察真選組の第一班班長、通称一番隊の隊長。
一見、十代に見えなくもないさわやかなハニーフェイスではあるが、生粋のドS。
局長ゴリラの信奉者であり、そして、金時の想い人への嫌がらせを趣味としている土方の昔なじみ。
金時が知る沖田の情報などその程度だ。
沖田と金時は、あくまで土方を通じての知り合い程度でしかなく、個人的な行き来はほとんど無いといって良い。
そんな彼が『プライベート』で来たという。
となれば、用件の予想はある程度つくにはつくのではあるが、すんなりと喰いついてやるつもりもない。

「土方の野郎のことでさぁ」

ふぅん、と予想を寸分も違えることのない言葉に先週号のジャンプの角を指で遊んで、さほど興味を惹かれない態を装った。
土方の顔を見たのは三週間前の朝が最後だ。
今日までに次の非番を尋ねるメールと電話を数度したが、『今、忙しい』『しばらく休みはない』のそっけない返事が返って来ただけで、それ以上の接触はない。

「単刀直入で悪いんですがね、旦那と野郎、どこまで進んでるんですかぃ?」
「ノーコメント」

何がどう進んだのか、進んでいないのか。
「何か」の定義を明確にしない沖田の問いかけに金時は営業用の笑みを口の端に乗せた。

土方との距離は三週間前のあの朝、つまりは金時の誕生日、確かに近くなった。
と、金時は思っている。
しかし、それを馬鹿正直に答える義理はない。

金時は疲れで酔いがいつもより回っていたせいなのか、誕生日イベントが終わって気が抜けていたためなのか、仕事明けにアポイント無しで土方のアパートに押し掛けた、らしい。
らしい、というのは金時が覚えているのは、店の前でタクシーを拾うところまでだからだ。
確かに会いたい会いたいとは思っていたが、タクシーの運転手に土方のアパートの住所を告げたのか、それとも一旦自分のマンションに乗り付けてから徒歩で移動したのかすら記憶がない。
翌朝土方のベッドで目を覚ますまでずっとである。
普段ならあり得ないことだ。

覚醒して、最初に目に入ってきたのは黒。
それが短いのにさらさらと重力に逆らわずに流れている髪であると認識したのは一呼吸遅れてからだ。
己の腕が抱き込んでいるものは愛猫グレイでもダウンケットでもなく、もっと暖かい人間の身体なのだとそれから認識する。
乱れたシャツと一つのベッド、途切れた記憶。
真っ先に思い至ったのは、酔った勢いでとうとう襲いかかってしまったという失態。
金時にこれまでそのような一夜の過ちの類をしでかしたことはなかった。
何処から敵襲があるか分からない環境に身を置いていたためか人の気配には敏感であるし、怪我など不可抗力な状況でない限り自分が何処にいてどんな状態か見失ったことはない。
いくら疲弊していたとはいえ、本来であればあり得ない。
普段なら可能性を全否定出来る状況であるのに、出来ないのは目の前につむじの主が主であるが為だ。
髪の触り心地もさることながら、鼻先に香る煙草の匂い、自分とさほど変わらぬ背中の広さ、指の先に感じる適度な筋肉。
会いたかった男のものだ。
土方十四郎のものだ。
金時が欲しいと初めて思った人間のものだ。
同性のパートナー間に必ずしも性交渉が付随しているとは限らないけれども、金時はいつか土方と身体を結べたら良いとは思っていたし、彼を想って処理をしたことがないわけではない。
土方に関しては、金時自身、欲求の強さを把握しきれていないからこそ、全面的な否定が出来ずにいた。
顔面蒼白になって現在進行形で後悔している今現在でさえ、彼の香りにむらむらと煽られてしまっている。

呼吸に合わせて規則正しく上下していた身体が少しだけむずがるような動きに変わり、金時は更に動揺した。
土方は歴とした成人男性であり、気が弱い性質でもない。
嫌であれば勿論ノーと口でいうし、実力行使にも出るだろう。
それでも、理性を手放したことのない金時が力任せにその抵抗をねじ伏せ、無理強いをしていないとも言い切れない。
ぎぎぎと錆びた機械が鳴らすような幻聴を聞きながら、首をまわせば、床にはジャケットやスラックスが脱ぎ捨てられている。
背中に冷たい汗が流れた。

「あの…十、四郎…?」

恐る恐るかけた声は掠れてしまった
責任を取れと詰られる分には一向にかまわない。
殴られたってかまわない。

「ん…」

黒い睫毛の下に潜んでいる強い瞳が好きだ。
いつだって見ていたい。
が、今はその瞳が軽蔑の色を湛えているのかもしれない可能性を恐れた。

「…痛ぇ…」
「ごごごごごごごごめんっ!どこ?どこが痛い?腰?それとも…」
「五月蠅ぇよ…」
「いや、だって…その…ごめん…」

低く唸るような声に艶っぽさの片鱗もない。
不機嫌を体現した目が肩越しに金時を睨みつけてくる。

「腕」
「ううううう、うで?」
「腕、痛ぇって」
「あぁぁぁ!腕か!ごめん!うん、痛いよな!」

緊張しすぎて、強く土方の腕を掴んでしまっていたことに金時は気が付き、慌てて手を放した。

「おい」
「ナンデショウ?」

身体を反転させた向き直った土方はまっすぐに、金時を見据えた。

「てめェ、さっきから謝ってばかりだが、何について謝ってんのか、
 ちゃんと分ってんのか?」
「あー……ごめ…」
「『ごめん』はもういい」
「…ですよね」

土方が放つ空気が決して怒り一色ではないことに、少しだけ落ち着きを取り戻した。
金時は部屋どころか、ベッドからすら蹴りだされていない。
土方が流されたにせよ、全く合意の気持ちがなかったわけではないということだろう。
それにしても、記憶がないこと自体、全くもって恰好がつかない。

「夕べの記憶、ちっとでもあんのか?」
「あー…るといえば、あるし、ないっていやぁ…」
「どっちだ?」
「店出てタクシーに乗った辺りから記憶がありません…」
「……だろうな」

煙草に手を伸ばす為に起き上がった土方につられるように、金時もベッドの上に正座した。
本当は横に並んで腰かけて、ライターの火を点したいところではあるが、今はそれどころではない。

「でも!責任はとるよ。
 いや、取らせてください。
 お付き合いって形が俺としては棚ぼた的でめっさ嬉しいけど、
 十四郎が許せないっていうなら、お前が犯罪者にならない程度の報復を受ける
 覚悟も…十四郎?」

少し後ろから見える横顔が急に俯いて、見えなくなった。
かがみこむような動作と絞り出すかのような声に金時は身を乗り出して覗き込む。

「てめェは酔っぱらう度にそんなセリフ吐いてんのか?
 身に覚えがねぇんなら、んな簡単に責任とるなんて言葉…」
「は?まさか!こんなのドッキリでも経験ないわ!初めてだっつうの!
 おめェだからです!」
「………か……」
「何?十四郎。聞こえない。やっぱり、どこか痛むんじゃ…?」
「…馬っ鹿…っ」
「え?なに?笑ってんの?え?ちょ!」

土方は笑っていた。

痛みによる震えではなく、笑いをかみ殺しているが故の震えだったと知り、一気に力が抜けた金時を置き去りに土方は咥えた煙草を愉快そうに揺らめかせながら、立ち上がる。

「さて」
「おいぃぃぃぃ?!十四郎さんんん?」
「メシ」
「はいぃぃぃ?」
「うるせぇって。ここ、壁薄いんだ」
「いや、だから…え?何もなか…った?」

まっすぐに立つ土方の姿に痛みを隠すような様子はまったく見つけられない。
襲いかかったのではないと知れた途端、急に既成事実を作っていないことを少しだけ、ほんの少しだけ残念に思ってしまった。

「ヒトんちの前で行き倒れてんじゃねぇよ、馬鹿が。そのうち死ぬぞ」
「十四郎!」
「味噌汁と米ぐれぇしかねぇが、てめェも食うか?」
「…いただきます?」

何だかよく分からないが、金時の慌てふためいた様子を一頻り堪能したらしい土方の機嫌は悪くない。
悪くないどころか、上機嫌に近いように感じた。

その後、炬燵机に並べられたワカメと揚げの味噌汁と土鍋で炊いた白米を向かい合って食べた。
60p四方の小さな天板に177pもある男が二人という図はかなり近い。
それが、土方が金時に許した距離、そのものである気がして、金時は味噌汁椀でニヤける口元を隠したのだ。
それが直近の土方とのエピソード。


「旦那」
「んー?」
「今、なんか気持ち悪い妄想だか想像だかに脳みそ飛ばしていやせんでしたかい?」
「気持ちが悪いって…失礼な奴だな。
 でも、十四郎をからかうネタになるような妄想じゃねぇことだけは確かだよ」

金時が幸せな一コマを思い出していたのは、現実の時間にすれば、僅かな時間だ。
沖田の勘の鋭さは馬鹿には出来ないが、金時とてポーカーフェイスには自信がある。
動揺した方が負けだとにやりと笑って、ローテーブルに置いてあった苺ミルクの紙パックを手に取った。

「そう警戒しないでくだせぇよ。ただ、最近、仲のよくなった旦那から見て、
 変わった様子がなかったか聞きたいだけでさ」
「変わった様子、ねぇ?」
「俺ぁ、別にアンタたちが乳繰り合おうと、殺し合おうと別に構わねぇんでさぁ」
「そ?」
「とどめさえ俺に残してくれてさえいやぁ、何をしてくれても文句はいいやせん」
「物騒だねぇ」
「まぁ、旦那にはこうやって釘をさせるからいいんですがね…」

新八が客ではない沖田のリクエストに律儀にも応えた日本茶を口に含み、ゆっくりと嚥下してから、沖田はおもむろに唇を動かした。

「近々、あの馬鹿野郎が昔、刑務所にぶち込んだクソ野郎が娑婆に出てくるんです」
「なに?お礼参りかなんかの心配?」
「まだ、わかりやせんがね。可能性はゼロではないです」
「凶悪犯?」
「違法武器薬物の輸入密売、テロリストの密入国の手配。
 表向きは株式上場してる商社のオーナー。金儲けのためなら何でもしやす」
「ふぅん…」
「何でもしてやした。
 出来たばかりの武装警察へのパイプを作る為に警察関係者と身内になろうとする
 ことなんざ朝飯前」

嫌な流れだ。
金時は漠然と思った。

「『転海屋』蔵場当馬は俺の亡き姉・沖田ミツバを婚約者に選びました」

蔵場という男が社長を務めていた会社の名前には金時も記憶がある。
単に逮捕した土方を逆恨みで狙う可能性を真選組自体が予測しているなら警護は金時が心配するまでもないはずだ。
それだけではない。
それだけではないから、沖田が目の前にいる。
あまり聞きたくない類の言葉が続くことを金時は予感し、沖田の口からは違うことなくその言葉が紡がれた。

「姉は昔、土方と付き合っていやした」
「へぇ…」

やや絞り出すような声にはなったが、基本的に普段と変わりない返答が出来た。
土方とて二十代後半だ。
あの容姿であるし、一度も女と付き合ったことがないということの方が考えにくい。

「まぁ、婚約が決まるよりずっと前のことですし、
 別れた後何年も会っていやしやせんでしたが」
「あー…うん…そう…」

金時は何かに執着することなどなかった。
何かを欲しいと強く望んだことはなかった。
なかったゆえに、嫉妬という言葉とは無縁でこの年まで過ごしてきた。
あぁ、これが…と怒りとは少し違う腹の内でぐらぐらするものを苦く味わう。

「だから、蔵場が土方を目の敵にしていることと姉と付き合っていたこと、
 それらは直接結びつきはしやせん。
 つきませんが、ようやく新しい幸せを掴もうとした姉の、余命僅かだった婚約者を
 あの野郎は単独で追い、無茶をしやした」

圧倒的に説明が足りない。
それ自体が、沖田自身が未だ抱え続けている葛藤自体を表しているように思えてならなかった。
死にたがりともとれるような土方の行動の数々から、当時から怪我が絶えなかったことは想像に難くない。 
何も起こらなければいい。
だが、いつ何が起こるかわからない。
想像でしかないが、それが原因で土方はミツバと別れたのだ。

その彼女の婚約者相手に無茶をしたと沖田は言った。

彼女から婚約者を奪って不幸にしたかったわけではないだろう。
そんな男ではない。
土方はずっと彼女を大切に思っていたのだ。

だからといって、犯罪者としての蔵場を見逃すことも出来なかっただろう。
単独で動いたのは泥を一人で被るつもりがきっとあったからだ。
金時は自分の考えが多少の誤差はあろうとも大きく違っていることはないと確信していた。

また、同じことが起きるかもしれない。
沖田の姉と金時では全く立ち位置が違う。
それでも、と沖田はやってきたのだ。

「そのことだけ、旦那にも知っておいてもらいたかったんでさぁ」
「あー…ありがとう?」
「ありがとう、ですか。別に余計な情報入れるなクソッタレでも構いやしませんよ」
「まぁ、沖田くんの姉ちゃん、か…十四郎は意外と面食いだったんだな」
「そりゃあ、キレイで、おしとやかで、賢い…」

全てのことを過去形で話していることに金時は気が付いていた。

「自慢の姉でしたよ」

そして、淡々と語る沖田の言葉に滲ませた感情にもまた。

「…会ってみたかったよ」
「俺も旦那に会わせたかったですよ。大親友として」
「あれ?いつから友達になった?」
「旦那ぁ、友達って奴ぁ、今日からなるとか決められるもんじゃなく、
 いつの間にかなってるもんでさぁ」
「お前なぁ…」
「最初から最後まで気に食わねぇ野郎ですが、あれでも姉が一度は惚れていた男で
 してね」
「うん?」

沖田はおもむろに立ち上がると、ソファにかけていた自分の上着を跳ね上げるようにして肩に掛けた。

「まぁ、そういうことです」
「そういうこと、ねぇ…?」
「へい」

茶ぁ美味かったと眼鏡に伝えておいてくだせぇ。
沖田が思い出したように落とした最後の言葉は凪いだ水面のように静かだった。




頭上に輝くシャンデリアを見上げ、思考に浸ることが出来たのは沖田が帰ったほんの数分の間だけだった。
金時の耳が予想外の賑やかな足音を拾ったのだ。

「金ちゃん…ヘンな顔アル」
「あれ?神楽じゃねぇか」

てっきり、次にこのVIPルームに顔を出すとしたら、新八であると思っていたのであるが、意外なことにオーナーの神楽であった。

「第一声がそれかよ…」
「だって…」

神楽は金時の横に勢いよく腰を下ろす。
その動きに続いて、小さな白い子犬もソファに飛び乗って、女の膝に収まった。

「あの鬼の副長さんが…マジでか…でもなー甘ぁい雰囲気とは
 ちょっと違うんだよな〜って、ニヤニヤしたり青くなったり、気持ち悪い状態、
 今だにキープしてるって聞いてたのに、話が違うネ」
「うるせぇよ」
「ウザい、キモい、通りこして、ヘンチクリンネ」
「ヘンチクリンって自分の店のナンバーワン捕まえて、おめェなぁ…」

金時はセットした髪をくしゃくしゃと掻きまわし、慌てて手櫛で整え直した。

「ヒジカタと誕生日から進展無しなのは想定済ネ。
 でも、それだけじゃないネ?いよいよフラれたアルか?」
「…………ワクワクしながら聞くことじゃねぇよ…」
「金さん、完璧にフラれちゃったにしても、仕事に差し障りは出さないで下さいよ」
「「いたのか、ケツ顎メガネ」」
「そんなとこだけハモらないでくれる!?」
「ったく!フラれてねぇよ!失礼な!
 それにいつだってプライベートとお仕事はきっちり分けてますぅぅ」

新八の持った盆の上に少しだけいちごミルクが残ったままの紙パックを金時は載せる。自然と沖田の使っていた湯呑にも目がいく。

「そんなことじゃねぇよ…」
「もしかして、さっき沖田さんが来たことが何か関係あるんですか?」
「オキタ?真選組の?」
「その沖田総一郎くん」

総悟さんだった気がしますけど、というマネージャーのセリフはどっちでも良いといいじゃねぇのと軽く流し、手持ち無沙汰になって神楽の愛犬を呼んでみる。
けれど、定春という名の真っ白い子犬は興味もないという風にちらりとだけ金時に目を向けただけで、丸くなって眠る体勢に入ってしまった。

「そのドエス野郎に金ちゃん、いじめられたアルか?」
「オメー、実は知り合い?」
「会ったことは無いネ。名簿で名前だけアル」
「…だよね?会ったことないよね?
 会ったことない野郎の性癖を名簿だけで確実にいい当てるってどうよ?
 実は身辺調査、全職員やってたりするんじゃねぇよな?」
「さぁ…」

ふふと吐息で笑い紅茶を口に運ぶ女の顔はそれなりに付き合いの長い金時から見ても年齢不詳だ。

「うぉーい?神楽ちゃん?頼むから、ばれないようにやってくれよ。
 クリーンな営業でこの店通ってんだからね?んなことで、俺と土方の仲が
 こじれちゃったら困るから、お願い。300円あげるから」
「金ちゃん、小さい男は嫌われるネ?売上落ちたら…」
「こんの金も亡者め!金さん、ちっちゃくないですぅ!大丈夫ですぅ」
「売上といえば…」

はっと新八はマネージャーの顔になって、金時のバースディイベントの総額をまとめた資料を取りに金庫へと向かった。
それを横目に見ながら、神楽は少しだけ目を細める。

「金ちゃん」
「あー?」
「近々キナ臭い船が空っぽの状態で港に入るって噂を聞いたネ」
「………それが?」
「ただの世間話ヨ。クリーンな営業をしてるクラブ万事屋のナンバー1の耳にも
 そのうち入るかもしれない程度の」
「へぇ…」

武器の密売で捕まった蔵場の出所。
空の船。

「神楽」
「なにアルカ?」

夜兎の神楽がオーナーであるとはいえ万事屋はクリーンな営業をしている。
金時の腕が後ろに回るようなことはない。
ないが、神楽の元には危ない情報はいくらでも入ってくる。
その中でも敢えて、今、神楽が話すならば、それは真選組が追っている案件に違いない。

「俺、今日店休んでもいい?」
「ヒジカタが心配アルカ?」
「アイツの仕事に口も手も出す気はねぇよ」

本心からの言葉だ。
土方を大切に想っている。
怪我をして欲しくないし、死んで欲しくない。
同時に、野性動物のように駆けてこその彼だとも思う。
出来ることなら、綿菓子のようなものに甘く甘く包んで、あらゆる災厄から遠ざけたいけれど、それでは彼が彼で無くなってしまう。
だから、神楽からの情報を土方に流すつもりも、先回りして土方に危害を与える可能性を排除するつもりもない。

「なら?」
「俺が今、顔が見たいだけ」
「ふぅん…」

神楽はヘンチクリンな上に、めっさサムイアルとチャイナ服に覆われていない二の腕を自分の手でこすって寒さを主張した。それから、新八の持ってきた報告書に目を細める。

「まぁ、数字が全てネ。新八、今日の飛び込みご新規様はご遠慮願うヨロシ」
「了解です」
「さっさとご予約様分のお仕事、片づけてくるアル」
「ありがとうございます。オーナー」

もう時計の針は早いもので午後五時を指そうとしていた。
かぶき町が目を覚ます。
金時は深く腰掛けていたソファからとんっと床を鳴らして立ち上がり、神楽に向かって営業用の礼をして見せたのだ。





『mirage T』了





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