幕間【聖誕祭】
師も走る12月とはよく言ったもので、月を越えた途端に町は忙しなさを増していく。 前半は天人のもたらした比較的新しいクリスマスというイベントに皆が浮かれ、後半は年越しの支度に皆、精を出す。 それは、江戸有数の繁華街・かぶき町も例外ではない。
「土方さぁん」 「なんだ?」 「今年はチキンどうしやすか?」 「知らねぇよ」 「え?土方さん、チキンも知らねぇんですかぃ?」
かぶき町で万事屋の看板を出す土方十四郎は従業員の一人である沖田の声に筆を止めもせず答え続けていたが、小馬鹿にしたような物言いにようやく顔を上げた。
「その『知らねぇ』じゃねぇよ!黙ってろ!俺は仕事中だ! てか!お前!駅前のビラ配りどうした?!」
握り締めていた筆がめきりと乾いた音を立て、慌てて土方は力を抜く。 土方にとって大切な商売道具の一つだ。 そして、年中、火の車に近い万事屋の経営状況を鑑みるに新調したばかりの筆を買い替える事態は避けたい。絶対に、だ。
「あーあー、俺にあたらないで下さぇよ。 クリスマスにラブラブいちゃいちゃな予定がないからって…」 「この稼ぎ時にそんな暇あるかぁぁぁ!」 「おや、稼ぎ時でなけりゃ、旦那としっぽりの予定があったんですかぃ? 土方さんの不潔っ!」 「腐れ天パなんぞ知るか!」
沖田がいう『旦那』とは武装警察真選組の副長・坂田銀時のことを指す。 銀色の天然パーマで死んだ魚のような目をした男だ。 一見やる気のなさそうな、緩い態度と口調であるために誤解されがちではあるが、剣の腕は滅法立つ。 いざとなれば、取り締まる対象である攘夷浪士からも身内からも恐れられる「白夜叉」。
そんな男が同じ男である土方に惚れたのだと絡んでくるようになったのは、小さな行き違いがあってからだ。 男色の嗜好は元よりないし、攘夷戦争に参加していた過去を持つ土方のような人間としてはあまり関わりたくない類の人間。 それでも、悪い人間ではないことはすでにこれまでの腐れ縁で知ってしまっていた。 強くて、自分の武士道をしっかり持った男の気質は厭わしいものでない。 あまり人を一定以上寄せ付けない沖田ですら坂田には懐いている。 けれど、土方はどうにも警戒してしまう正体不明の一線が男に対してあるのだ。
「おー、怖っ!そろそろ俺も仕事してきまさぁ。 ピンクチラシをどっかのビルの屋上からばら撒いてくりゃいいんでしょう?」 「カラオケ屋のだし、ばら撒くな!いいか?おい、総悟!」 「わかってますって」
ひらひらと後ろ向きで手に振りながら、沖田は防寒対策を整えて応接室を出ていく。 沖田の『わかっている』ほど当てにならないのだと怒鳴った時には玄関の引き戸が開けられる音が鳴っていた。 沖田と入れ違いに山崎が台所から湯呑を盆に載せて応接室へと入ってくる。
「まぁまぁ、土方さん。お茶入れましたから、一息ついて下さいよ。 クリスマスカードのメッセージ書きもそれでおしまいですよね?」 「あぁ、もう明日がクリスマスイブ当日だから、本当にぎりぎりになっちまったが、 今書いてるこいつで終いだ」
何でも屋ではあるが、土方の元に舞い込んでくる依頼の中で、高い比率を占めるのは文の代筆業だ。 土方のフォロー気質に合っているのか、中でも恋文の代筆、校正が多い。 この冬も、クリスマスデートに誘う文から依頼ラッシュは始まり、イブイブである今日までプレゼントに付けるメッセージカードを書いていた。
「あとは、朝一で依頼人んとこに持っていくだけですね。 仕事があるってのは有り難いことですけど、ちょっと今年は正直きつかったです」 「そうだな…11月のお歳暮の配送センターの手伝いからこっち、 休みなしだったからな」 「12月に入ったら、大掃除の依頼も結構ありましたし、 土方さんは夜は夜で文代行も入ってましたから、余計にそう感じるかもですね。 お陰でまとまったお金が入ってくる予定ですから、お正月は無事に迎えられそうです」 「だな…」
いつもなら出涸らしどころか辛うじて色がついた白湯とも思えるような茶を飲んでいる万事屋だが、今日は少し濃く渋めに土方の好みの味が舌を潤した。 乾燥していた喉と唇が湿ると、次に欲しくなるのは煙草だ。 机の引き出しを開けて、マヨボロとライターを取り出せば、墨の乾いた文を封筒に収める作業をしていた山崎が目ざとく止めた。
「煙草なら外で吸ってきてくださいね。ここは駄目ですよ。 カードに匂いが付きますから」 「てめェは母ちゃんか!くっそ、3本しか入ってねぇ」 「買い置き、ありませんよ」 「知ってんなら買ってきとけよ。帰りがけに買ってくりゃよかったぜ」
報酬が入ったら、カートン買いしてやると心の中で誓い、火のついていない煙草を口端に差し込む。
「沖田さんに頼みます?」 「無理だろ。まず、大人しく携帯に出るとも思わねぇ」 「ですよねー。俺が行きましょうか?」 「いや、気分転換に自分で…」
立ち上がりかけた途端、机の上の黒電話が鳴り響いた。
「「…………」」
土方と山崎は動きを同時に止め、顔を見合わせる。
「出ないんですか?」 「嫌な予感しかしねぇ」 「同じくです」
じりりりと黒電話はなり続けるが、受話器を上げる気には一向にならず、土方は和室へと向う。 ジャンパーを着こみ、マフラーを巻く。手袋と鍵を持っても、電話はまだ鳴り続けていた。
「お前、出ろ」 「いやですよ」 「じゃあ、取るな」 「そういうわけにもいかんでしょ」
やはり、今日の山崎はかあちゃんだ。 そんな風に思いつつ、土方も子どもじみた返しを繰り返す。 時計の針は、あと数分で午後8時を指そうとしていた。
「…本日の万事屋トシさんの営業は終了いたしました」 「…わかりましたよ」
しぶしぶといった態で山崎がソファから立ち上がり、受話器を取る。 土方は会話が聞こえないうちにと玄関へと急いだ。
「はい。万事屋トシちゃん、え?え?えぇぇぇっぇえ!本当ですか?はい、はい」
聞こえない聞こえない。 念仏のように呟きながら、ブーツに片足を突っ込んだところで物凄い勢いで走ってきた山崎に腕をつかまれてしまった。
「土方さん!」 「聞こえない聞こえない…」 「沖田さんが」 「沖田?誰、それ?」
やっと一息つけそうなのだ。 連日、睡眠不足な上に、昼は肉体労働。 今日こそは熱燗をくいっと煽って、早く布団に潜り込みたい。
「沖田さんが、かぶき町で今年立てたツリーをぶっ壊しました!」 「は?かぶき町の入り口に置いたあのでっかいやつか?」
本人の宣言通り、手渡しではなく、ビラを屋上からばら撒く、そんな程度では明らかにない。 さすがに、聞こえないふりはもう出来ずに聞き返す。
「そうです!もう、お客さんも西郷さんたちも出てきて、大騒ぎみたいで!」 「総悟は?」 「………」 「逃げやがったか…」 「どうしましょう?」 「どうするもこうするもねぇよ。行くしかねぇだろ」
とにもかくにも、現場に行って状況を確認。 クリスマスイブイブに無残な姿のクリスマスツリーなど、かぶき町の顔役たちが許すはずもない。 今年は張り切って、やたらと大きな木を調達してきていたと記憶している。 弁償か、修理。 出来るなら、後者の方が有り難い。 工具一式を物置から引っ張りだし、脚立を一階に大家に借りに行かせ、慌ただしく土方は騒ぎの中心へと足を向けたのだ。
問題のクリスマスツリーは夕方、通りかかった時とは一転、まっすぐに立ってはいなかった。 どうやら、ビラ配りをしている最中、見かけたスリの足を引っかけた拍子にスリが見事にツリーに激突。 そのまま、ツリーは横転し、地面に星やボールといったオーナメントが散乱したようだった。 沖田にしては珍しく仕事をしていた上での、人助けだ。 一方的に責めることも出来ないが、兎に角、どうにかしろと、かまっ娘クラブの西郷が逞しい二の腕を組んで、仁王立ちで土方にツリーを示す。 強面の顔役の言葉にノーが言えるはずもなく、肩を落として、頷くしかない。 不幸中の幸いというべきか、ツリー本体は少々枝が折れはしているが多少の手直しで体裁を整えることが出来そうだった。 あとは衝撃で破損したオーナメントを修理すれば使えそうなものと、難しそうなものをより分けて、体裁を整えれば良さそうに思えたのだが、
「土方さん」 「あ?」 先に作業の下準備に取りかかっていた山崎の声に、眉間のしわが深くなる。
「破損してるものが多すぎます。 ちょっとひび入ってるのとかはペンキ塗り直しでいけそうですけど、 完全に割れちゃってるものもけっこうあるみたいで…どうしましょう、これ」 「新品調達…か…」 クリスマス用の飾りが一体いくらかかるものなのか、土方には想像がつかないが、シーズン物はけして安くはないだろう。 冬の空を見上げると、家賃に光熱費、米やトイレットペーパーにマヨネーズ、生活必需品に最低限の正月用品を買い込んでも、出来たはずの虎の子がひらりひらりと飛んでいく幻が見えた気がした。
「使えそうなものとそうでないもの、仕分けして必要数を確認しろ。 それから、ボールじゃなくても、ツリーに飾れそうな飾りもんを適当に見繕ってこい」 「なるほど。リボンとかの方が結びつける手間はありますけど、 少し安くあがるかもしれませんね。探します」 「総悟見つけたら、せめて、任せた仕事は最後までしろって伝えとけ」 「はいよ」
土方の困ることを喜々として行ってくれる沖田のことだ。 この場を手伝わせても、二次、三次被害をもたらしかねない。 これ以上の面倒事を処理する余力は残っていない自覚が土方にはある。 その上での別件継続の支持を山崎に伝えると、破損した飾りだけ手早く外して、梃子の原理でツリーを引き起こし始めたのだった。
30分後。 土方と山崎は何とか調達してきた材料を使って作業を開始した。 使えそうなものはペンキや補強で修理をし体裁を整え、不足分は新しく作ることで帳尻を合わせていく。 ある程度、完成したら飾りを抱えられるだけ抱えて脚立に登り、飾っては降りてバランスを確認、脚立を移動させる。 単純作業ではあるが、骨が折れた。 特にギラギラとネオンを映り込ませて輝いていた金銀の主力オーナメントたちが減ったために作ることにした大きめのリボンの飾りが土方を苛立たせた。 日が落ちて、どんどんと下がっていく気温は手を悴ませ、綺麗な左右対称なリボンの作成を難しくする。さらには、ワイヤーの端が指に容赦なく傷をつけていった。
「くそ…」
普段ならなんてことない作業がはかどらず、土方は小さな舌打ちを何度も白い息と共に落とした。
往来には、クリスマスを楽しむ人々が楽し気に行き交っている。 家族連れ、カップル、友だち同士、一人であっても、皆、足取り軽くみえた。
「真選組の旦那としっぽりの予定があったんです?」
沖田の言葉を思いだし、首を横に振る。 予定はない。 聞かれもしていない。 普段あれだけ土方に何かと惚れた腫れたと絡んでくる真選組の副長は今回、何も言っては来なかった。 土方同様、真選組も例年年末年始は忙しいことをニュースで知っている。 だからだ。 多分。
「いや、多分とか、関係ねぇだろ…」
誘われても断るのであれば、どちらにせよ関係ないはずであるのに、一度、銀色の毛玉頭が頭の中にうかんでしまうと排除が困難になってしまった。 腹がたつような、さびしいような感情がじわりと浮かび上がり、寝不足と寒さに加えて、さらに気分の降下を加速させる。
「土方」
坂田の声に呼ばれた気がして、土方は脚立を下る足をほんの一瞬だけ止めた。 幻聴まで聞こえる自分の頭の回らなさに舌打ちをした時だ。
「っ!」
踏んだはずの段がなかった。 体ががくんと地面に向かって、落ちる。 踏み外すというよりも、落ちる感覚がかかとから背筋、そして、脳天に向かって一気に駆け上がる。
「土方!」
ガシャン、ガタガタ。 聞こえたと思った脚立の盛大に倒れる音は鼓膜を震わせることはなかった。
「そんなに驚かせるつもりはなかったんだけどよ、悪ぃ」 「…あ?」
土方と脚立の間に押し入るようにして、坂田が立っていた。 土方の背を坂田が支え、反対の手で倒れそうになった脚立を支えている。
「なんで、てめェがここにいやがる?」 「警備の帰り」
土方は数度瞬きをしたが、声の主は目の前からいなくならない。 土方を支える腕は確かな質量と体温を持って、そこに在った。 現実の坂田はいつも通りの死んだ魚のような目をしてはいたが、その下には隈が定着し、顔色もあまりよくないように見えた。
「…ひでェ面してやがるな」 「ひどい面?え?うそ?いつも通りのイケメン副長さんじゃね?」 「言ってろ」
坂田もまた年末警護で休む暇なく働いていたことが窺えた。
「で、なに一人で頑張ってんの?沖田くんは?」 「別の現場、行かせてる」 「お前、フラフラじゃねぇの。よし、銀さんが手伝ってやるよ」 「オイ!ドサクサに紛れて何処触ってやがる!」 「大事な土方くんの腰ですけど、それが何か?」
土方が崩れ落ちないように支えていた筈の手がいつの間にか腰をさする動きに変わっていた。
「こんのセクハラ警察がっ!てめェの手なんか借りなくても、山崎で充分たり…なんだ?」
性的なタッチではない、どちらかというと「手当」に近いじんわりと暖かくなるような手の動きではあったが、半ば条件反射のように罵倒しかけ、逆に坂田の眉間に寄ったしわに言葉を止めた。
「山崎って誰?」 「は?」 「何処にいんの?」
地味ではあるが、一応万事屋の従業員である山崎と坂田の面識はある。 何を言っているのかわからずに、首を傾げると、後ろから居心地の悪そうな声で山崎が己の存在を主張してきた。
「…旦那…俺、ずっとここにいますけど…」 「え?山崎って、ジミーか?じゃあ、そこになおろうか」 「ぎゃぁぁぁっ!何、斬っちゃっていい?答えは聞いてないけど? みたいなことになってんですかぁ!アンタのキャラじゃないでしょ?!」
鯉口を切った坂田に山崎が慌てて、土方の後ろに隠れた。 完全に坂田の手から土方が離れたことが、さらに、坂田の機嫌を損ねたらしい。 新たな青筋が浮き上がった。
「土方の腰を擦るのは俺の特権なんですぅ。真選組局中法度に従って切腹しやがれ」 「いや、俺、真選組じゃないんで!」 「土方くん、マウンテン、こっちに寄越して?いい子だから」 「なんで、アンタがマウンテン知ってんだぁぁぁ?!」
後ろで元々鼻に抜けた声を更に甲高くして悲鳴を上げる従業員の声に土方も耳を押さえたくなる。
「腰、関係ないです!触りません!作業の話ですって!」 「そうなの?でも、ジミーだけに地味にムカつくから切腹」 「理不尽んん」
一際大きくなった山崎の声ととうとう引き抜かれた刀に土方は二人以上に大きな制止の声を上げた。
「坂田!いい加減にしろ!」 「土方くん…」 「山崎、切ったワイヤーが足りねぇ。テグスでもいいから持ってこい」 「はいよ!」
ため息とともに指示を出すと、脱兎のごとき足取りで山崎は駆け、坂田は鞘に刀を収めた。
「…坂田、てめェ、この後、仕事は?」 「あー…、あるようなないような…」 「あるんだな。なら、てめェはてめェの仕事、すませて来い」
久々に会ったと思えば、男は相変わらずだった。 変わりない様子にほかりと心臓が少し温まった感覚を手のひらで口元をこすって誤魔化した。
「えー?土方が倒れたら、すぐにホテルに保護できるように待機するのが銀さんの今のお仕事…」 「キモい、うざい」 「ひどっ」
下ネタにすぐ向かいがちな坂田だが、その言葉の裏に土方への気遣いがある。 人の心配よりも自分の心配をしろと思うが、それを素直に言えるような性格はしていない。
「行けって」! 「はいはい」 「はいは一回!」 「お母さん」 「違ぇ!」 「じゃあ、行くね」 「おぅ」
坂田に背中を向けて、脚立をもう一度、固定して、作業に戻る。
「本当に行っちゃうよ?」 「行けって!」 「…」
オーナメントをいくつが指に引っかけ、脚立の段に足をかける。 背後にまだ坂田の気配があるが、振り返ることなく、登り始めた。
「……」 「………」 「……………」 「坂田!さっさ…と」
どうにも、気配から意識を逸らせず、思わず土方は振り返った。 だが、そこに黒い隊服はなかった。 視線を手元に戻す。 くそ…なんだ、コレ… 気配を読み違えるなど。 手元の電球はまだ電気が流れてきていないが、かぶき町の派手なネオンを反射して光って見えた。
行けと追い立てるようなことを言ったのは自分だ。 しかし、何故だろう。 土方はそこに坂田が残っていると、土方の側にまだいると信じて疑っていなかったのだ。
「くそっ…」
もう一度、舌打ちして作業に戻ろうとする。
手が小さく震えるのは寒さで悴んでいるためだ。 はぁっと息を吹きかけると、一瞬だけ暖かくはなるが、すぐに外気に熱は奪われていく。
当たり前だ。 あのやる気のない、死んだ魚のような目の男がいつまでも寒い場所に留まるわけも、謂われもない。
強張った指先で星をグリーンの木に引っかける。 星を一つかけて、金色にかぶき町のネオンが映り込む。 ボールを一つまた、銀色にイルミネーションのライトが反射する。 すべてをかけ終わり、軽くなった手元を見て、一緒に自分の中のもやもやした気持ちも一緒にツリーにかけて、手放せたらいいのにと思った。
「土方さん!こっち、終わりました!」 「俺も終わった!」
山崎の声に、我に返り、同じような失態がないように気をつけて慎重に地面に降りる。
「山崎、西郷さんに…」 「お疲れさん」 「さか…た?」 「はい?」
地上で待っていると思っていた声が違った。 まじまじと確認すると、先ほどまで着ていた真選組の隊服ではない着流しに羽織という姿に変わってはいるが、ほぼ変わらぬ位置に坂田がいた。
「仕事片付けて来いって言われたから超特急で指示だして戻ってきた」 「それ、ただ仕事部下に押し付けただけだろうがぁぁぁ!」 「えー、もういい加減休ませてよ。副長さんもクリスマス休暇欲しいんですぅ」 「なら、さっさと帰って休め!それか、飲みに行くとか! さっさとクリスマス休暇でも忘年会でも、楽しんでこい!」
この男の、いや、真選組のツッコミ担当が屯所で叫んでいる様子が目に浮かぶ。山崎並みに地味な眼鏡の少年にも休めと言われたのではないだろうか。 それとも、器用で不器用な坂田のことだ。 自分を心配する人間には見つからないように、全てひっそりと処理してきたのかもしれない。
「銀さんもそうするつもりだったんだけどね、肝心の一緒に過ごしたい可愛いあの子が さぁ、絶賛お仕事中なわけよ。 なので、一番近くで待とうと思って…って、土方くん、聞いてる?」 「………わけわかんね…」
わけがわからない。 土方が可愛いはずがない。 同じような体格の、元攘夷浪士の、可愛げも、愛想も、柔らかさもない同性に何故関わろうとするのか。
「寂しかった?」 「……寂しくなんかねぇ」 「そ?」 「当たり前だ」
当たり前だ。 ちくりとした痛みと共に、脚立の上で流れかけた思考を思い出しかけ、言葉に出して否定する。
「恋文だ、デートのセッティングだ、他人のいちゃいちゃばっかり 考えててもつまんなくなかった?」 「興味ねぇ」
ペンキの刷毛をバケツに放り込み、缶の蓋をきつく閉める。 それから、脚立を畳むべく、金具を外した。
「『人』に興味ねぇ人間に出来る仕事じゃねぇよ?万事屋なんて仕事なんざ」 「わかったような口、ききやがって」 「わかってねぇかもしれねぇし、わかってるかもしれねぇ。 そこが一番確認しづれぇところだな」 「やっぱり、わけわかんねぇよ」
少し強い夜風がツリーを揺らす。 枝先ぎりぎりにつけられた星が危うく左右に振れた。 脚立を使わずとも届く星に坂田が土方よりも一呼吸早く手を伸ばす。
「わからないふりをあくまでするなら、まぁ、もう少し時間をやるよ」
枝先の葉に無理やりワイヤーを押し込んで安定させると、わざと坂田は爪先で弾いて揺らした。
「ただの天パのくせに何様のつもりだ?てめェ…」
まぁまぁと坂田は土方から脚立を取り上げると、いつのまにか寄ってきていた山崎に押し付けて、土方の手を引いた。
「あとはジミー、よろしくな」
後ろでこんな時だけ俺の存在思い出さんでくださいぃぃと叫ぶ声が聞こえたが、坂田はどこ吹く風でどんどん歩いていく。
「オイ!俺ぁ…」 「ん?」
まだ、仕事がと言いかけて、口をつぐんだ。 クリスマスカードは書き終えた。 年賀状の宛名書きは明日からでもなんとかなる。 凍えそうな体は暖かい何かを求めていることも事実だった。
「……どこ行くんだ?」 「え?ラブホ?」 「辞世の句は用意できてんだろうな?てめェ…」 「冗談だって!第一、この時期、しかも今時分にもう空いてるようなラブホはねぇよ!」 「………」
クリスマスのラブホ事情など土方は知らない。 行く気もなければ、行く予定もないからだ。 坂田はそういった相手が過去にいたから知っていると思うと、面白いとは思えなかった。
「何、その間?」 「別に」 「まぁ、真面目な話、江戸の町が見下ろせるレストランでクリスマスディナー…なんて、 お互い柄じゃねぇだろ?ちょっと歩くけど、和泉屋とかどう?」 「確かに、酒は美味いけど、あそこ寒くねぇか?」 「炬燵席、この冬から入れてっから大丈夫」 「へぇ…」
暖かいなら異存はない。 悴んでいた指先を握りこむように掴んでいる坂田の体温は土方のものよりも幾分暖かい程度であったが、氷がじわりと溶けるかのように、震えが収まっていく。
「寒ぃ?暖冬だなんてニュースで言っていたけど嘘だよな」 「寒い方が仕事はあるんだがな」 「ウチは大晦日の警護も今年は見廻組がするらしいから、明日、明後日終われば、 一息つけるかな。まぁ、攘夷浪士どもさえおとなしくしてくれてりゃだけど」
局長の桂は妙なところで生真面目な男であるから、仕事を取られたと憤慨しているのかもしれないが、坂田はどこ吹く風な様子だった。 守りたいものを守れるための真選組。それで良いと構えているからか。
「坂田」 「ん?」 「…が…じょう」 「はい?」 「…その…ね、年、んが状」
年賀状。 単語がうまく紡げず、口をへの字にしたが、坂田は何とか聞き取った。
「ねねんがじょう?あぁ、年賀状?面倒臭ェよなぁ。アレ… 組の分は桂が手配してるから俺はなぁんにもしてねぇんだけどよ。 何?もしかして、宛名書きの仕事欲しかったとか?」 「違ぇよ!てめェんとこに頭下げてまで仕事、誰が取りにいくか!」 「それもそうか」 「てめェは…っ!」
驚かせることを目的に黙って出しても良いが、土方だけが出すという行為もどうにも腹が立つ気がして口に出したのだが、今度はすぐには通じず、土方は坂田の手を振りほどいた。
「俺?」 「もういい!」 「よくねぇよ!何?俺と年賀状、どう繋がんの?え?もしかして…」 「もういいって言ってんだろ!」
腹減ってんだよ!ついてくんな! 足早に和泉屋と書かれた看板の店の戸を引き開ける。
「いらっしゃい!」
むっとするほどの暖気と喧騒が土方の冷たくなっていた頬を急速に温めた。 酒屋が直営しているこの店は西から入ってくる酒がうまい上に、料理も絶品だ。今晩もほぼ満席に近い状態で賑わっていた。 これは無理かと諦めかけたところに少し切れた息と声が肩越しに慌てて追いつく。
「予約してた坂田だけど…!」
両肩に置かれた大きな手の平が土方の心拍数を再び上げさせ、そして、敷居を跨がせたのだった。
―近藤さんが一週間帰ってきていない(らしい)。何か知らんか?―
「指名手配犯の行方、俺の方が知りたいわっ!何考えてんのあの子っ!ゴリラ殺―す!」
元旦の朝、屯所前で年賀状の配達を待っていた坂田が、その文面に愕然として万事屋に怒鳴り込むのはもう少し先の話である。
『よろず事承り候―聖誕祭―』 了
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