うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『elements U』



Side K


もし、坂田金時が『グレイ』という土方と会うための口実を自ら手離したことを後悔していないか、と問われたならば後悔はないと答えるだろう。

グレイの受け渡しがあれば、最低でも金時の勤め先である『クラブ万事屋』で週一会えた。
けれど、それでは、それでオシマイなのだ。
なかなか、靡いてくれない土方十四郎という黒い獣は。

だから、一歩前に進むために、現状を変えるために必要だと思ったし、必要だった。

そこは揺らいでないのだが、予想以上に会えない現実の厳しさに早まったかとはよく思っている。

「なんだ?」
「いや…武装警察サンってなぁ、結構忙しいんだなぁって」
「新しい組織だからな、まぁ…色々あらぁ」
「色々、ねぇ」

『真選組』は対マフィアをメインとして立ち上げられた組織と言われてはいるが、世間一般、ニュースで取りあげられるような暴力団や海外マフィアの抗争や被害に対応する部署ではない。
国内における無差別テロに繋がる可能性に対して、これまでの警察内の組織の枠を超えて積極的に関与できる集団。
武器の所持から情報戦、全てに関して枠を越えて介入すべき権限を持っている。
その為、各部署から引き抜かれたメンバーは選り抜きのスペシャリストである一方、曲者揃いでもある。
土方はその曲者集団を総括する副局長であるくせに現場に真っ先に飛び込んでいくらしい。
調査、部下の勤務体系、事後処理、クレーム処理。
只でさえ繁雑な業務を抱えているのに、現場を取り仕切り、あまつさえ、入院するほどの怪我までしていれば、忙しいのは当たり前だ。

「なんだ?含みがある言い方だな」

金時が勤めるホストグラブはオーナーが中国系マフィアとして名高い夜兎の幹部ではあるが、あくまで昔馴染みであるからというだけの理由であり、店の売上げがマフィアに流れているわけもないし。テロを疑われるメンバーも所属していない。
だからこそ、神楽はわざわざ土方の前に姿をみせたのであるし、土方も、神楽が目の前で襲撃された時、神楽を取り締まるどころか、恩を売るような対応をした。
それでも、それなりの情報は入ってくる。

「頑張りすぎんなってだけ」
「別に…頑張ってはねぇよ」

土方の仕事に金時が積極的に協力する気もなければ、口を挟むつもりもない。
よほどのことがない限り。

「でも、休めよ。ポッキリ、イッちまうぞ」
「そりゃ、体験談か?」
「まぁ、そんな感じ?」
「ふぅん…」

人から話を聞き出しての会話は得意だが、自分の話をすることには少しばかり苦手意識がある。どうにも、答えようが見つからずに、流すように返してしまったが、土方が追及してくることはなかった。
土方の方から尋ねてきて欲しい一方で、いざ、聞かれたら、何処から説明したものか決めかねもする。
金時は自分の中の面倒な感情と性格に苦笑いした。

その時だ。
コンソールボックスの上で金時の携帯が震えた。
恐らく、客からのメールだろう。

ホストクラブにやって来る女性のほとんどは癒されたいと思ってやって来る。
ひとときの夢物語。
主人公は客であり、ホストではない。
語り手であり、主人公。
語り、疑似恋愛にも似た関係を味わい、少し元気になって、ままならない現実という名のお話に戻っていく。

彼女たちは語る。
金時が聞いてくれる、受け止めていることを喜ぶ。
ホストにプレゼントを贈るのも、高い酒をオーダーするのも、夢の中にいる時間を引き延ばす手段。

金時は語らずとも良かった。
嘘でなくとも一定以上の情報提供は要らない。

その一定以上を語る時にはどうすれば良かっただろう。

「おい」

彼女たちは聞いて金ちゃん!と話し始める。
先ほどの土方との会話を客としたならば、もっとスマートに返せる。

いや、と金時は緩く首を振る。
土方は客でもホストでもない。
置き換えても無駄だ。

「おい!」
「んぁ?何?」
「携帯、良いのか?」
「うん、大丈夫。こっち店用だから」

土方の鋭い声に我に返る。
せっかく、助手席に座るが座っている、貴重な時間だ。ぼんやりしている場合ではない。

「いや、だから」
「緊急ならプライベート用に連絡入るし」
「そうじゃなくて、客だからこそ…」
「今日はナンバーワンホストの金さんはお休み」

お休みだ。
欲しいものを欲しいという。
慣れないけれど、飢えにも似たこの感情を埋める方法も、人間も土方十四郎しか無い。

「そんなんじゃ、客離れて行くんじゃねぇのか?」
「今、十四郎!頭見た?見たよね?ひっど!」
「そりゃ、被害妄想だ。
 俺はただてめェがナンバーワンってのは一つの奇跡だと思ってるからな」
「じゃあ、視線を人のコンプレックスから離してくんない?
 ナンバーワンは多少返信遅くなったくれぇで揺るがねぇし!
 つうか、本当は俺、1番に拘ってねぇもん」
「大丈夫なのか?」
「まぁ、ホストなんて出来る年齢、限られてるから、稼げるうちに稼ごうたぁ
 思ってっけどさ」
「んなもんか?」
「んなもんですよ〜」

ちょうど、健康ランドの駐車場に入るためにウインカーを出す。
少し鼻先の長い流線型のボディは日本の狭い道を走ることに適してはいない。
擦ったことはないが、土方の前で無様なところは見せたくない。
慎重にハンドルをきり、助手席の窓を開ける。
何も言わずに土方は駐車券を受け取って、金時に渡した。

「仕事道具じゃなきゃ、小回りきく軽四に買い直してぇ…」
「勿体ねぇ」
「そりゃ、広い道をぶっ飛ばす時はこれ程気持ちいい車はねぇし、
 いかにもーって車だから女の子は喜ぶけどね」
「いいじゃねぇか」
「駐車場選ぶし、燃費悪ぃし、目立つし、ちょっと段差あると底、擦るし」
「貢ぎもんじゃねぇのか?これ」

確かに車やマンションをプレゼントしたいと申し出てくれる客もいるが、金時は断っている。
相手に縛られたり、処分に困るようなものをもらうほど迂闊ではない。

「まっさか!んな高ぇ形残るもん貰わないよ。
 その分、店の売り上げに貢献してって言ってるもん」
「へぇ…」
「何、その意外そうな顔。精々、同伴した時にスーツとかネクタイとか身につけるもん
 ぐらいだよ?バブル時代でもあるまいし」
「そりゃそうか。客は大事にしろ?」
「わかってますって」

少し考え込んだ風に顔を下に向けた拍子に土方の髪がこめかみに流れた。
土方はそれを指で梳いて上げているが、重力に逆らえない髪はすぐにまた流れる。
手ごたえがありそうでない。

「行くぞ?」
「ん?」
「風呂」
「あぁ…そうね」

縛られてもかまわない、いや、すでに精神的な意味合いでは拘束されているといっても過言ではない相手の方から金時に関しての質問が出てくるようになっただけ、マシだと奮い立たせ、金時はシートベルトの金具を外した。

だが、これから行く場所は健康ランド。
よくよく考えてみれば、土方と、好きな相手と風呂に入るのだ。
選択肢を誤ってしまったかもしれない。
すぐに返信する予定はなかったのだが、(主に息子を)落ち着かせる口実にはいいと携帯を手に取る。

「十四郎」
「ん?」
「えー…と、やっぱ、メール返信してから俺行くから、先に行っておいて」
「…わかった」

さっさと降りて、建物に入っていく背中がどこか機嫌が下降した様子に見えて、首を傾げる。
客を大事にしろと言ったのは土方だ。
メールの件で怒っているわけではない、と思う。

「そうなら、マシどころじゃなくて、しめたもんなんだろうけど」

画面を開くと、案の定、常連客の数名から休み明けの同伴に関してのメールが入っていた。
スケジュールを確認して、手早く返信を押してから、金時も車を出る。

秋の空に薄く雲がたなびいて、上空の風の強さを知らせていた。





大浴場に、サウナといった「裸の付き合い」的なイベントを何とか紳士的にやり過ごしたご褒美なのか、マッサージチェアでうたた寝をしてしまった土方をフルーツ牛乳を飲みながら、ニヤニヤ眺めるというレアな状況にありついてから、店内を二人が出るころには、すっかりと日は西に傾きつつあった。

やや急ぎ足で、あまりに何も入っていなかった冷蔵庫を充実させるために、近くのスーパーへと移動する。

「お前、車で待ってるか?」
「へ?」
「浮かねぇか?」
「普段着だし、大丈夫じゃね?俺、気にしたことないよ?
 むしろ、十四郎の方が違和感あるけど」
「俺は気にしねぇ」

店内に入ると土方は慣れた様子で真っ直ぐにカート置き場に向かった。

「え?十四郎?」
「まずは、マヨだ」
「なるほど」

引っ張り出してきた一番大きなカートを金時が引き取り、売り場を視線で示せば、足取り軽く調味料売り場へと向かっていく。
出発前に覗いた冷蔵庫には、マヨネーズはゼロではなかったが、きっと土方にとっては足りないに違いない。
いっそマヨネーズ貯蔵庫用にもう一台あった方が良さそうだが、あのアパートではアンペアが足りなさそうだとも思った。

「十四郎、ネットでまとめ買いとかしないの?」
「一回やったことあるけど、受け取りが面倒臭ぇ。
 今回みたいに急な長丁場になると家に戻れねぇからな。
 ありゃ、よっぽど確実に暇な時期じゃなきゃ使えねぇ」
「なるほど」

陳列棚からごっそりとカートへと移す様子に話しかけると、聞かれ慣れているのかスラスラと答えが返る。
長い時間を過ごす職場分はあの地味な部下辺りに買いに行かせているのか、世話を焼かれているのかと想像すると少々腹が立たないこともない。

「なんだ?さっきから、『なるほど』ばっかりだな」
「え、そう?あれかな。知っているようで知らなかった十四郎の私生活になるほど、
 的な?」
「し、ししせいか…、な、なに恥ずかしいこと言ってんだ!クソホスト!」
「ちょ!十四郎!ここ、食料品売り場!言葉気をつけて!」
「ウルセェ!」
「いや、うるさいの十四郎だから。ほら、次、何買うの?水だっけ?ビールだっけ?」

それなりに買い物客は店内にいる。
金時の存在がスーパーの中で浮いてしまうことは気にしないが「クソ」はいただけない、と、慌てて声の大きさと内容と咎めた。

「米と味噌!あと乾燥ワカメ!」
「あれ?十四郎、自炊の人?」
「自炊ってほどはしねぇが、時間ある時には米とみそ汁ぐらいは…なんだ?
 文句あんのか?」
「ないない。意外。あ、もしかして、台所にあった小さめの土鍋は炊飯用?」
「フライパンと土鍋ありゃ、大抵のことは何とかならぁ」
「なるほど…って、あ、本当、言ってら俺。
 で、今晩は十四郎がなんか手料理ご馳走してくれんの?」
「ふざけんな」
「台所使って良かったら、俺が作っても良いけど?」
「ゴエンリョシマス」
「なんで片言?!地味に傷つくからやめて」
「飯は外で食う」
「十四郎は何食べたい?」

目立っている。
声の大きさもさることながら、上背のある男二人が並んで通路を練り歩いていたら目立つ。
知らない土地ならまだしも、それなりに地元だ。
客に見られている可能性はゼロではないが、それでも、金時は楽しかった。

「んー…焼き鳥、とか?」
「「串よし」」
「あれ?実は常連さん?」
「ぼちぼちな」

同時にあがった焼き鳥屋の名前に目を見開く。
なぜ、これまで、互いの生活圏内で会わなかったことが不思議な距離だ。

「そっか。じゃあ、一回十四郎のアパート寄って、荷物降ろしたら、串よしに送るね」
「ん?」
「飲酒運転、マズイから、マンション戻って車、置いてくるよ」
「なら、俺も歩く」
「え?いいよ。十四郎、疲れてるんだし、先に行って始めててよ」
「てめェの客とは違うんだ。気遣いはいらねぇ」
「…客と同じ扱いしたつもりはないんだけど、まぁ、わかった。
 一緒に歩いてくれるんなら俺も嬉しい」
「………てめェ…」
「なに?」
「なんでもねぇ。サッサと出発しろ」
「了解」
車を発進させると、トランクルームに積み込んだマヨネーズのビニールがカサカサと音をたてた。



串よしは土方のアパートからも、金時のマンションからも歩いて十分以内の場所にある。
洒落てなどいない極々普通の、極々庶民的な焼鳥屋だ。
座敷とも呼べない畳敷きに机が2つ。
腰かけタイプのテーブル席が二つ、後は常連客にもらった土産や写真でフルには使えないカウンター席。
住宅地の中にある、一見さんはなかなか暖簾をくぐらないような店。

本来、金時はスタイルに拘りがある方ではない。
気取ったイタリアンやフレンチも美味いなら、一人でも行くが、流行やインテリアだけで評判になるような店には客の希望で同伴することはあっても自分では行こうとも思わない。
逆に、美味ければ、多少汚くても構いはしない。
串よしは美味い。
小汚いわけでは、決してないが、おしゃれとは到底言えない店だから、一人でゆっくり晩酌を楽しみたい時に利用していた。

「いらっしゃい!」
「こんばんはー」
「おや、土方さんにお連れさんがいるなんて珍しい、って思ったら、
 なんだ、金さんか!」
「なんだ、とは失礼な!」
「悪ぃ!悪ぃ!」
「座敷の方、いい?生二つね」
「いいけど…え?本当に土方さんのお連れさんだったのかい?」
「あぁ、まぁ…」
「意外だよ。知り合いだったんだな。おーい、生二つ―」

奥にいるらしい、女将さんがはいよと大将の大きな声に負けない声で返すのを聞きながら、靴を脱ぐ。
カウンター席も空いてはいるが、気は良いけれど多少お節介なところのある大将に会話に入って来られると土方が気まずく思うこともあるかもしれない。

他愛のない会話と美味い飯と酒。
程良い雑音。

時折、ブルブルと震えながら点滅する客からのメールを無視すれば貴重な時間を妨害するものは何もなく、金時と土方は閉店間際までそこで時を過ごしたのだった。



店を出ると、風が少し冷たくなってきていた。

「秋だねぇ」
「やっとだな」

それほど呑んだわけではないが、それなりに火照った頬に秋風は心地がいい。
アルコール臭を含んだ呼気を肺から押し出せば、すぐに少し冷たい空気が入ってくる。
金時とは対照的に土方は煙草の煙を肺に入れることを選んだらしく、新しい煙草を吸う為にポケットに手を伸ばす。
もはや、職業病だ。
常に持ち歩いているライターを取り出して、土方の口に銜えられた紙筒の先に火を灯した。

「そういう所、腐ってはいてもホストだよな」
「なにそれ」

金時は普段煙草を吸わない。
ホストを始めた頃は、その方が様になる気がして美味いと感じなくても吸っていたが、現在はごく偶にしか吸わない。
世が禁煙を推奨しているからではない。
単に女性客が煙草の匂いが服に着くことを好まなかったり、禁煙していることが多くなってきたからであった。

土方は美味そうに煙を口から吐き出す。
あまりに美味そうに見えるものだから、土方の中を一度通って細く空に上がっていくものは別の味がするのではないか。
そんなことはありえないと、己の乙女思考に呆れつつも、煙草を持った左手を捕えて、腰を引き寄せ、食べてみた。
煙と唇と、ぱくりと。

「なんだ?」
「いや…」

キスとも呼べない衝動的なナニカであって、深く考えたわけでも、仕掛けるつもりでしたことでもないから、金時としても答えに困る。
土方のまつ毛がゆっくりと上下して、驚いていることは伝わってくるが羞恥は見えない。
最初に路地裏でキスした時もそうであったが、本当に疎いというべきか、己のことに無頓着を見るべきか。

「十四郎はさ」
「ん?」
「誰とでもこの距離平気なの?」

土方と金時の顔はほんの数センチしか離れていない。

「誰とでも…?」
「誰とでも」

聞き返される質問を返しながら、涼しくなって、汗もあまりかかなくなったはずなのに、どうにも手汗が気になる。

「そういや…」
「え?なに?あるの?」
「胸ぐら掴む時?」
「いや、それ、違うでしょ!十四郎!」

土方の右手が金時の頭をくしゃりと掻き混ぜた。
その動作に驚いている間に胸を押されて、するりと土方の身体が金時から離れていく。

「他にこんなに近づいてくる奴ぁ、いねぇから、わかるかってんだ」
「…そっか」

土方のアパートが見えてきていた。
昼賑やかであった住人は夜の仕事の人間が多いのか、思いのほか電気が灯っている部屋は少ない。

「十四郎」
「なんだ?」

数歩分、離れた場所で、金時は探す。

今日は楽しかったよ。
また、俺と遊んでね。
連絡ちょうだい。
好きだよ。

帰っていく客に掛ける言葉は知っている。
何も考えずとも出てくる。
むしろ思っていなくても出てくるというのに、全部土方に言いたいのに、どれを言っても安っぽく思えて選べない。

また、

また、なんなのか。
どうにも続きが出てこずに、先ほど土方に掻き混ぜられた髪を自分でも掻き毟る。

「おい」

黙り込んでしまったからか、土方の方から声がかかる。
顔を上げると仏頂面でなぜか土方の方も土方自身の髪を掻きむしっていた。
それから、乱暴に腕を降ろすと、金時に背を向ける。

「また、な」

背を向けて、ぼそりと金時が言えなかった言葉を零し、さっさとアパートに入って行ってしまった。

「また、」

他愛もない言葉。
立ち去ってしまって相手に聞こえるはずも無い言葉。
二階に部屋に明かりが灯った。

光に向かって、金時はもう一度、繰り返す。

「また、な」


夜空もまた夏色から秋色に変わり始めていた。




『Melting Point―elements ―』 了






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テーマ「人外ファンタジー」
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