『Halloween』
10月31日。
街はかぼちゃのオブジェに埋め尽くされ、オレンジと黒で彩られる。 ハロウィン。 元々は日本の風習ではない。 1年の終りは10月31日だと定めている民族が魔除けを行う日だったらしいが、現代の世では、信仰を余所に31日の夜、カボチャをくりぬいた中に蝋燭を立てたものを作り、魔女やお化けに仮装する祭りになっている。 大人も子どもも。 お化けですらない仮装をする人間もいる。
しかしながら、歳経たことを示す複数の尾を持った銀時にとって、そんな起源も風習も知ったことではない。 重要なのは、この日、子どもであれば「トリック・オア・トリート」「お菓子をくれないと悪戯するよ」と唱えながら、周囲の家やイベントを回れば菓子を貰えるということ。 しかも、タダで。
銀時が土方家の蔵から解放されて、現代の菓子はどれも色鮮やかで甘いことを知った。 人工的な甘味料や香料がふんだんに投入された菓子はヒトの身体にはあまり良さそうには思えないが、それに目を瞑ってでも食べたいと思うほどには気持ちはわからなくもない。確かに美味いと銀時も思う。
その美味いと思う菓子をなかなか食べることのできない環境に銀時は置かれていた。 取りついている土方十四郎という少年があまり甘いものを好んで食べないのだ。 黄色く、酸っぱい匂いのするまよねいずには小遣いを投入しても、銀時の為にちょこれいとの一枚もなかなか買ってはくれない。 土方の家にある菓子の類は和菓子、手作りのものが殆どで、それはそれで美味いのであるが、ジャンクな菓子も食べたい欲求が銀時にはあった。
姿を消して、人が食べている菓子をつまみ食いすることは簡単だが、土方が一緒の時にはすぐに破魔の刀・村麻紗で牽制される。 かといって、ごっそりと盗んでくるというコソ泥のようなマネも、どうにも恰好が悪すぎる。
そんな状況の中、土方が学校の友人たちと仮装パレードを見物する為に出かける商業施設では子ども限定で菓子を配るという。
これは銀時にとって待ちに待ったイベント、チャンスだったのだ。
銀時は土方について、施設までやってくると、人ごみに紛れたふりをして、少年から離れた。
そして、銀時は子どもの姿に変化した。 耳と尻尾を一本だけ出して、姿が誰にでも見える様にする。 百円均一の店でこっそり買ったかぼちゃ型のバケツを手に持てば、完璧だ。
「とりっく・おあ・とりーと!」
企画に参加している店を回りながら、バケツを突き出せば、店員が菓子を入れてくれる。 にっこり笑って、小首を傾げて見せれば、銀髪が珍しいのか、内緒ねと大目に入れてくれる若い店員もいる。 ほくほくと重たくなっていくバケツから銀時は途中で棒付の飴を一つ取り出して、色鮮やかな包装を剥がし、口に入れた。
苺の香料がぶわりと舌から鼻に通り抜ける。 なんて強い。 強いけれど、クセになる毒だ。
そんなことを思いながら、銀時は改めて、パレードの為に集まった人々を眺めた。
ここにも余多のアヤカシが混ざっていた。
死者の霊が魔女の恰好をした女の集団に同行していた。 妬みや嫉みといったドロドロした固まったものが、人々の足元の方をすり抜けて行った。 付喪神にもなりたてのかぼちゃのランタンが足を生やしてジャンプしながら、けたたましい笑い声をあげている。
家族を訪ねてくる死者の霊や有害な精霊や魔女から身を守るために仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていたはずが、もはや祓う行事ではない。 呼び寄せている。 奇妙なことだ。
ヒトが変化すれば、怪も変化する。
「ま、大した奴、いねぇから…」
土方にちょっかいを出すような輩はいない。 銀時は目を細める。 がりと牙を立てると飴が割れて、棒が外れた。 同時に奥に仕込まれた練乳の味が舌を刺激する。
腹が減った。 一度意識してしまえば、急速にそちらの欲が銀時を占め始める。
菓子は魅力的だが、嗜好品に過ぎない。 その嗜好品は確保出来た。
あとは土方を探して、手っ取り早く、唾液を啜るか、指先から血液を貰えばいうことはない。 決めると、今度は目的を持って周囲を見渡した。
見渡していると、銀時の目がしゃがみ込んでいる子どものものとあった。
「?」
敵意があるわけではない。 あやかしが憑いているわけではない。 けれど、じっと銀時を見ていた。
それから、くりくりとした眼が急に潤んだ。 ぞわわと銀時の背中の毛が逆立った気がした。
「ふぇ…」
子どもは零れそうな涙をそのままに、素早く立ち上がると、まっすぐに銀時に向かって走り寄ってきた。
「ちょ…!」
どんっと一直線。 子どもはかぼちゃ色のワンピースに黒のマント。頭にはとんがり帽子とブーツ。 かぼちゃおばけを気取りたいのか、はたまた魔女のつもりなのか。 微妙な組み合わせの衣装にツッコミを入れることよりも、自分の腰にへばりついている状況に銀時は目を白黒させた。
「ママぁ…」 「まま?あぁ、母親とはぐれたのか?」 「ママぁ…」 「おいぃぃ!俺の服で拭くなっ!!」
銀時の腹辺りに擦りつけられる顔は涙と鼻水がだらだらと溢れているに違いない。 思わず、銀時は怒鳴りつけ、引きはがそうとした。 だが、逆に子どもは泣き叫び始め、必死に銀時にしがみつく。 きーんと耳に響く超音波のような鳴き声に怒鳴れば、それ以上の声で泣き返された。
「…勘弁しろよ」
周囲の人間は迷惑そうに銀時と少女を眺めはするものの、手を貸す様子は一向にない。 居心地の悪さに銀時はかゆくもない頭を掻き毟った。
「わぁーった!わぁーった!母ちゃん探してやっから」 「ほんと?!」
現金なもので、銀時が答えた途端、少女は満面の笑顔で顔を上げた。
「なんで俺が…」 「だって…」 「あ?」
じゅるりと啜り上げた様子に銀時は眉を顰める。
「こんこん、ちーちゃんのこんちゃん、みたい」 「こんちゃん?」 「これっくらいのねー、ふわふわぁ」 「ふわふわ?」
小さな腕をいっぱいに広げ、大きさを伝えると、興味は銀時の尻尾に移ったらしく、むんずと掴まれ、銀時は手を払うが、まったく怖気づくこと無く、今度は上下左右に動く尻尾をなんとか捕まえようと動き始めた。
「触んな!おい!」 「もふもふ!」
闇雲に探し回ったとして、この人ごみではそうそう簡単に見つかるものでもないだろう。 手を引いて、総合案内所へと向かうことにした。
ちらちら寄ってくる魔を祓い、踏み潰し、歩く。 揺れる尻尾に夢中になっている少女がきちんとついてきていることを確認もする。
そういえば、と銀時は思い出す。 むかしむかし、まだ、まだ銀時があの忌忌しい場所に繋がれる前のことだ。 銀時の後をついてきた、小さな存在がいた。 少女よりは幾分大きかったと記憶するが、あやかしとしてはひよっこ同然の存在年数。 彼女も銀時の尾と戯れ違った。 怪力をもつ戦闘種族ゆえに、万が一、渾身の力で握られたなら銀時とて大変なことになるのだが、懐いてくれていたことには違いない。 そういえば、食い意地が張っていて、彼女もヒトの食料を好んで食べていた。 人間でいうところの「家族」に近いあやかし。 彼女もどこかで元気にしているのだろうか。
「こんこん?」 「なんでもねぇよ。食べるか?」
銀時の様子を肌で感じたのか、あまり動かなくなった尾が不服だったのか、少女は尾を追うことを止めて前に回り込んできた。 思わず、笑って、その頭を撫で、かぼちゃのバケツから、キャンディ型に包まれたチョコレートを一つ差し出す。 貴重な糖分ではあるが、『そういう』気分だったのだ。
人の群れで出来た濁流をいくつか乗り切ると、ようやく案内所が見えてきた。 案内所の前で二十代後半の女性が係員と話している。
「ママぁ!」 「ちーちゃん!」
少女は銀時の存在など全く忘れてしまったかのように、走り出した。 お役御免かと、銀時はほっと息をつく。
「さて、減っちまった糖分を再補給…」
容赦なく摘まんでいった少女のお陰ですっかり減ってしまったバケツの中身に気を取り直して、振り返った銀時は固まった。
「銀時?」 「……ひじかたくん?」
振り返った正面に、見慣れた人間が立っていた。 咄嗟に、バケツを後ろ手に隠すが、人に見える姿でうろうろしていたことが、ばれた時点で形勢は不利だ。
「やっぱ、てめェ!銀時か!なんで、そんな恰好してやがる?!」 「いやいや、別にその…」
しまった、変化しているのだから、別人のふりをすれば良かったのかと口を塞いでみても後の祭りだ。 友人を置いて、つかつかと銀時に近寄って来た。
慌てて、人混みに逃げ込もうとしたが、土方の手の方が速かった。 耳をぎゅっと掴んで銀時の逃走を阻む。
「いだだだだだだっ!」 「正直に言え!なんか悪さしようとしてただろ?」 「悪さなんかじゃねぇよ!俺ぁ…」
少しだけ、考えて、銀時はバケツを土方に付き出した。
「とりっく・おあ・とりーと!」 「あ?」
銀時は耳を少し臥せ、小首を傾げて上目使いで言ってみる。 自分も子どものくせに目下に弱い土方の手が案の定、するりと銀時の耳から離れた。
「だから!とりっく・おあ・とりーとだって!お菓子、いや糖分くれ!」 「あのなぁ」
怒りから呆れた様子に変わったことを良いことに、銀時は土方の手をとる。
「お菓子くれなゃ悪戯するぞ?」 「ばっ!」
かぷりと指先を噛んだ。 甘噛みだから、皮膚をまだ牙は突き破っていない。 それでも、香しい血の香りが口の中を満たす幻影がみえた気がした。
「お菓子と土方と、どっちもくれないと、悪戯、これ決定事項な」 「片方じゃねぇのかよ!」
ツッコミながらも、土方は銀時に笑い返した。
糖分より甘い。 甘い土方。
自分を喰らおうとしている相手に、危機感はないに等しい。
「Trick or Treat!」
悪くはない。 もう一度、銀時は小さく唱え、ぶんっとかぼちゃのバケツを振り回したのだった。
『contractor ―Halloween―』 了
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