うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『月の名前 望月・幕』



桜が咲いた。



今宵は月が明るい。


待ち焦がれた月。
望月を土方は見上げる。
静かな春の夜であった。


夜桜というものは、なんと人を酔わせるものか。

弥生に咲き誇るは、寒緋桜だった。
枝垂れ桜よりも、俯き気味に
染井吉野のよりも、艶やかな緋色にて。
月光に透けていながら、幾重にも重なった花びらが、光の総てを通すこともなく。

土方が休憩所として所持する庭に一木。
しかし一木にして、その存在を立ち示してた。

幾重にも幾重にも

様々な人が、
様々な事象が、
様々な季節が
折り重なって、



月は優しく、静かに花を照らす。

鮮やかな桃色の花びらが舞い踊る幹に寄り掛かり、花の隙間から見える満月を見つめる。



昨日の晩は最悪だった。

かぶき町や吉原といった花街で行方不明になった女達を追ううちに、いつの間にか、幕府内で重要なポストと財力を溜め込む『幕臣』や施政に強い影響をもつ金烏星の関わる闇取引に足を突っ込んでしまった。
取引会場に設定された遊覧船に、土方達が辿り着けたのは、全くの偶然だ。
かぶき町に居を構える万事屋坂田銀時が、女の拉致に遭遇してしまい、自身も怪しげな薬を身に取り込んでしまったことも。
貫録のある猫の案内で、辿り着けたホテルで山崎が乗船者名簿をコピー出来たことも。
遊覧船へ呼んだ応援の7番隊にくっついて乗り込んできた近藤のお陰でスムーズに『容疑者』を捕縛できたことも。
高杉や来島の姿を見たことで、爆弾の可能性を思い付いたことも。
そうして、爆弾を運ぶために、高速で飛ぶ小型挺からダイブすることになった時に、銀時と一緒だったことも。
結果的に、真選組が星を挙げたものの、最近、政権を交代したという宇宙海賊春雨の新提督にとって、今回捕縛した幕臣は目の上のタンコブだったことだとか。

『人の意思』が折り重なって、出来上がった小さな、小さな偶然の集まりだった。




だが、海に飛び込み、沈む身体を叱咤して、下げ緒を手繰り寄せたのは、自分の意思だ。

夜の海は昏かった。
土方と銀時は、タイマーのカウントがあと5秒というところで、船から飛び降りた。

飛び降りている最中、背後で爆音と炎が舞い上がるのを感じ、海の表面は赤々と照らされていたのだが、飛び込んでしまえば、そこは深淵。

一度、深く深く身体は水に沈み、3月の水温に一気に体温を奪われた。

漆黒が、
濃藍が、
黒紅が、
蝋色が、
緋色が、
金赤が、
混ざって、土方の周囲を彩り、底へと飲み込もうと待受けている。

自分の腕から延びる下げ緒を視線でたどれば、自分より下に銀糸をふわふわと水に漂わせた銀時が見えた。
下げ緒で結んでいたのは、銀時がカナヅチであると聞いた気がしていたからだ。
夜の海でも繋がっていれば、探せる。

紅い瞳が、水の色を映しているのか、ゆらゆらと光彩を映している。
男が手を伸ばしてくる。

だから、その手を掴んだ。





「お、もう始めんてんの?」

そこまで、一種の反省を込めて、頭の中で昨日の出来事を再生していると、現実の方で緩い声が聞こえてきた。
根元に座ったまま、視線も上げずに酒を口に運んだ。

「招かれざる客だな」

招いてはいない。
待ち合わせたわけでもない。

昨夜、夜の海で、バタバタと救援艇で迎えに来た原田たちに拾われ、そのまま、銀時は解毒剤の投与を受けに大江戸病院へ、土方は現場に戻ったのだ。
丁度、24時間ぶりといったところだろうか。

「ひっでぇなぁ。真選組公認の彼氏に向かって」

銀時の言葉に、げほっと口に含んだ酒を吹き出してしまう。
そのまま、むせこんでいるのを、緩い空気のまま静かに笑うのを感じる。

そうなのだ。
今、土方にとって一番といって良い問題。

「ここここ公認…って、なんでテメーが…その話…」
組の人間に、銀時とのことを問い詰められたことを何故知っているのか?
全く間抜けな話ではあるが、自分が高性能の小型マイクを付けていた上に、カメラまで作動させていたことをすっかり失念していたのだ。
海に落ちて、機材が壊れるまでの一部始終を、録音録画されていたわけで…

「ん〜箱入りの副長さんを心配して、かわるがわる皆さん、病室だとか、万事屋だとかに
 お問い合わせいただきまして」
「アイツら…切腹させてやる…」
「おぉ!怖ぇ怖ぇ」
冗談めかして、肩をすくめると、銀時は隣に座りこむ。


微かに風がそよいだ。
はらはらと寒緋桜の赤い花びらが舞い落ちる。
盛りも後半を迎えたこの花も、来週には次の季節の花々に席を譲ることだろう。




「綺麗だな」

勝手に、手酌で酒を注いだ銀時が、やはり、その様を見上げながら呟く。

桜の花の隙間から零れ落ちる月の光は、銀色の髪をそのウェーブに沿って多彩な色を編み出していた。

月はいつでも地球の上に。
どこかの国の
誰かの頭上に。

分け隔てなく、
己が道筋を違えることなく、泰然としてそこに在る。


まるで、隣に座る男のように。




まだ、肌寒さを残す春の夜に、花は、一段と栄えている。

「綺麗だ」

酒を口元に運び、銀時はもう一度呟いた。


「そうだな」

瞼を閉じても、銀の光が自分に降り注いでいるのがわかるほどの望月。

「前に…」
少し、迷い、しかし、口を開く。

「桜の木の下には死者が眠るなんて、話したの覚えてるか?」

「あぁ」
少し、銀時の返答にも間があった。

「何処でくたばるかわからねぇ身で贅沢な話だとは分ってんだけどよ、
 あの時はそれが酷く魅力的だと思った」

一度、目を開き、瞳孔が開きっぱなしだと言われる眼で、月を睨む。

「今は?」
「今は、どこにいたって月は天にあんだ。最後までは走れりゃどこでもいいかと。
 もっと贅沢なこと考えてる」
そうか…と銀時は微かに笑い、口に酒を含んだ。


それ以上、どちらも言葉を発しない。



結局のところ、どう言い繕ってみても同じなのだろう。
積み重ねた時間の分だけ。
重ねた偶然の数だけ。
思い知らされただけだったのかもしれない。

回り道をしたものだ。
苦笑を一つ。



そうして、土方は自ら距離をゼロにしたのだった。




『月の名前−望月 幕―』 了
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