うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『月の名前 望月・後篇』



「御用改めてある」

怒鳴りながら、パーティー会場に戻る。
皆が、一斉に土方を振り返り、動きを止めた。
と、同時に会場の警護を担っている男たちが拳銃や刀を構える。

「神妙にお縄につきやがれ!」

重ねて告げ、銀時に向かって土方は木刀を放り投げる。
木刀は、銀時の指先で一度少し跳ね、すぐに掴み直された。

「しっかり受け取りやがれ!クソ天パ」
「振袖って動きづらいんだよっ!オメーも着てみろよ!」
「ハッ!御免だな」
腕は刀を振るい、唇は軽口を叩く。
銀時は直ちに従業員用の出入口に動き始めていた。
子どもたちは子どもたちで別方向に走り出す。
連れてこられた女達を集め、護るよう銀時に言われたのだろう。
それでいい。
土方は微かに笑う。


会場に優雅に流れていた音楽は戸惑いと焦り、この場から逃げようとする人々の喧騒に掻き消された。
裏取引にきた商人。
それを個々に雇われ護衛する者。
パーティーを成立させるために雇われたボーイやコンパニオン、厨房スタッフ。
裏取引自体を取り仕切る側の人間。
警備側の浪人。
ブレーンらしい天人。

我先にと出口に向かう人間の波と、怒鳴りあう男たちの声は凄まじかった。

袖ケ浦辺りならターミナルまであと少しだ。
天人たちは母船に一刻も早く戻り『天人の特権』を最大限に行使して逃げ切りたいに違いない。
勿論、土方に船と証拠品を押さえた以上、この船からそう簡単に下ろすつもりはない。
手配はしている。
だが、高杉の動きが気になる。

七人目を斬り伏せたところで、激しい震動が船を揺さぶった。

船が一度大きく傾ぎ、ゆっくりと再び水平に戻される。
下肢に力を入れて、体勢を保ちながら、状況を確認する。
船のエンジン音に変化はない。また、炎の気配も土方の位置からは感じられなかった。
一瞬、高杉が『この船』ごと、すべての面倒事を消し去ることに踏み切ったのかもしれないと思ったが、そうではなかったらしい。
ということは、衝撃は土方が待っていたものだ。
予想通り、イヤホンから新たな音が耳に入ってきた。

「到着したか!?」
『もしもし、トシ?あれ、これ、ちゃんと聞こえてんの?』

耳元のイヤホンから、やたらとのんびりとした声が聞こえてきた。
聞き間違えるはずのない、けれど、予定外の、この場で聞くはずのない近藤の声。
土方が山崎に手配させていたのは、チャーターさせた小型の船で7番隊を乗り込ませること。
全て、大将に内密に動いていたのだ。

「…近藤さん?」

『あ、通じてた。
 なんかさぁ、お妙さんにすまいるの子探して来るよう頼まれちゃってさぁ。
 俺、頼りにされてるよねぇ。うんうん。男冥利に尽きるよね』
「いや、なんか違う気が…」
『んで、山崎辺りがなんか知ってるかなと思って探してたら、
 7番隊が出かける支度してるし、ついて来ちゃった』
「ついて来ちゃっただぁ?!アンタ今どこだ?!」

「甲板。捕縛及び一部宇宙海賊と抗戦中」
「はあぁぁぁぁぁ?」
どうやら、近藤自ら采配をふっているらしい。

『こっちは大丈夫だから、トシは銀時のとこ行ってこい』
「あ゛?」
『とっつぁんの情報だと、金烏星の天人は変な銃を使うらしいんだ。
 何か一度その薬浴びせられると、ある程度、『無意識』なレベルの動作には
 問題ないんだけど、瞬発的な力というか、ここぞと力だしたい時には脳が
 リミッターかけて出せなくしちゃうらしい』
「…祓伊蘇の逆か…」
数ヶ月前、一部で出回った薬に『祓伊蘇』というものがあった。
脳の人の運動を司る部分に影響を与え、理性と引き換えに爆発的な身体能力を引き出した。
恐らく、近藤がいうものは、同じ部位に影響を与えるものの、逆に動きに制約を与える。
野生動物の足の腱を、
鳥の風切り羽を切るが如く。
生かしてはおくが、逃げることは叶わぬように。

そういわれて見れば、木刀を投げ渡した時に、銀時は一瞬取り落としかけた。
あれがその症状の一部だとしたら?

「とっつぁんも絡んでんのか?」
『別のオネーサンから頼まれたらしいよ?』
納得がいく。
それならば、あの親父はしっかりと調べさせているに違いない。

『今から俺らも船内に入る。今のところ、高杉一派とは遭遇してはいねぇ。
 気をつけろよ』
ガハハと豪快に笑い飛ばしてくれる男に、やはり頭が上がらないと思う。

「すまねぇ。近藤さん」

船内の見取り図を頭に思い浮かべ、銀時が向かった従業員通用口へと走り出したのだった。




会場の舞台裏を走る。
途中、あまりに気配が少ないことに違和感を感じた。

「山崎ぃ」
『はぃぃぃい』
この捕物も最終段階にきて、そう監察である自分が何度も呼ばれるなどと思っていなかったのだろう。
すっかり油断していたのか、いつも以上に裏返ったような声がイヤホンに返ってくる。

「この船自体動かしてるクルーってどうなってんだ?」
『ほぼ無人です。運航に関して、カラクリがほとんど行ってくれますから』
それで、見かけるのは『おもてなし』要員だけなのか。

ジリジリと何かが胸の奥でざわめく。

今回の件に関して、高杉はあくまでオブザーバー的な立場なのか、手駒を失っても戦略的に大した損害ではないと考えるが自然だ。
更に、高杉たちは既に離脱している、そんな気がする。

現在、遊覧船にいるのは、幕府内部に強力なコネクションを持つ天人バイヤーと天人富裕層、背後で利を得ている攘夷テロ一派、パーティー開催にかりだされたサービス業者。

そして、真選組。

「山崎」
『はいはい』
地味な監察が今度は幾分落ち着いた調子で応える。

「ターミナルまであとどれくらいだ?」
『ざっと、10分ぐらいですかね』

もっともド派手な演出を狙うならば。

脳裏を銀の光が過ぎったが鞘を握り締めて、走る向きを変える。

向かうは、船の動力室。
中の様子を窺うと、人の気配がある。
息を一つ静かに吐き、走りつづけた呼吸を整え、一気に扉を開けて中に飛び込んだ。

「万事屋?!」
「土方?」

お互いに虚をつかれ、目を見開いていた。

「テメー、何してやがる?」

何しているのかなど本当は解りきっていた。
どうせ、土方の目的と同じなのだから。

「何って…」

銀時はすでに化粧を拭い落とし、控室辺りから調達したのか、ボーイ用らしいシャツとスラックスに着替えていた。
右手に木刀。
左手にハンドボール大の丸いカラクリ。

「感動の再会っていきたいとこだけど」

緊張感の感じられない顔で、へらりと銀時は笑う。

「あんま時間ねぇんだわ」
そう言って、ゆらりと土方が立つ出入口の方に向かってくる。
いつも通りのやる気のない歩き方とも違う重たい足取りだとすぐにわかる。
土方は真横を通り抜けかけた男の腕を掴んだ。

「それ何処に持っていく気だ?」
「あ゛ぁ?そりゃ甲板から海へでも…」
「もう、市街地に入ってんだよ。阿呆」
舌打ちし、銀時の手から爆発物を取り上げる。

「んなこと知るかっつーの。ボケ」
「あぁ〜?勝手にしゃしゃり出てくるからだろうが。このくるくるパー」
そう言いながら、取り返そうとした手を払いのけ、再び廊下に出た。


「オメっ!天然パーマとかけたつもりか?全っ然面白くないんですぅ」
走りだすとそれを追ってくる。

(本当にこいつ薬盛られてんのか?)
そう疑ってしまいそうなほどのスピードだが、脂汗的なものを滲ませている。
精神力のみで限界まで持ち上げているとしか思えない。
もしくは潜在的な能力において、まだまだ見えていない部分を隠し持っているのか。

「語尾を伸ばすな。キメェ」

普段、死んだ魚のような目をしている癖に、本人のいう通り、いざという時には煌めいてみせる。
剣技のみならず、その立ち上がり方で、魂を体言するかのように。
強い男だ。
本人に言ってやることはこの先もないだろうが。

「あと7分切ってるぜ?オメーならどうするよ?」
「この船から持ち出す」
そう言って、たどり着いた最上階、展望デッキへの扉を開いた。

目の前には、近藤達が乗りつけてきた小型の船。
それを使ってとりあえず外海まで持ち出し、捨ててこようと思ったのだ。

「で、オメーこれ操縦できんの?」
「………できる」
「は?完っ全に完っ璧に間があったよね?操縦したことないよね?」
「うっせぇ!乗り物なんて大体同じような構造してんだよ!何とかなんだろ!」
「いやいやいや!何ナメたこと言ってるんですか!コノヤロー。無理だね。
 絶対オメーには無理だね」
「しつけぇぞ!じゃテメーは操縦できんのかよ?」
「出来るよ」
「は?」
あっさりと答えられて、少々気の抜けた声で返してしまった。

「ほら、前に引き合わせた坂本んとこで動かしたことあるから」
「ダメだ」
相手にせず、船に乗り込む。

「まったくの初心者マークよりマシだっつうの!時間だってねぇんだ」
それを押しのけるように、銀時も中に押し入ってきた。
勢いで、二人して通路に尻もちをつく形になってしまった。

「てめェ、本当は薬の影響で体万全じゃねぇんだろうが!」
「やってみなきゃわかんねぇよ」

高杉が客船ごとターミナルを破壊しようとしたぐらいの爆弾だ。
小さいボディだが、高性能なのだと予測できる。
外海まで飛び、ギリギリのところで海に投下したとして、小型の船も煽りを受ける。
かといって、早いタイミングで投げ捨てるには時間が足りない。

「…阿呆が…」

きっと銀時は土方が考えていることを察している。
小型船をタイムリミット間際まで操縦し、土方だけ飛び降りる。
高速で空を飛ぶ船は惰性で飛んでいき、空中もしくは失速した先で爆破される。
ある程度はただ投げ捨てるよりも距離を稼げる、そう計算をしていた。

「ま、万が一戻って来れなかった時には心残りになるからさぁ、
 最後にキスぐらいさせてくんない?」
ホワイトデーもらってねぇしと、そっと身を寄せ、土方の耳元で呟かれる。

「アホか」
「アホ言う奴がアホなんですぅ」

ため息しか出てこなかった。

村麻紗に結び付けた下げ緒を解いた。
続けて、銀時の腕を取る。

本来、帯から鞘が抜けないように使うことがメインの道具だが、襷にも利用できる長さがある。
それを銀時の左手と自分の右手に結び付けた。

「な、なにやってんの?」
「チャイナ達に、オメーは万事屋に戻るって約束したしな」
「いや、それとこれ、関係なくね?むしろ、なんか心中っぽくね?」
「あ?俺はテメーとなんざ冥土の道行なんぞ御免だ」
「だから、俺一人で…」
「だから、少しでも二人とも生き残れる確率の方、選択してるんだろう!」
今度は逆に、小型挺の操縦席に銀時を押し込み、話を続ける。

「土方くん?」
「この下げ緒受け取った時から、腹ぁ括ってんだ!
 腐れ天パな上にニートでマダオな胡散臭ぇことこの上ない野郎ごとな」
「へ?ちょっと、何今の?!
 受け取った時って…じゃ何?先月もうオメー返事くれてたってか?
 あのまま押し倒して、ムラムラ解消して良かったの?!
 はぁぁ?俺、据え膳喰い損ねてた?くっそわかりにくいんだよ!コンチクショウ!」
「…やっぱり前言撤回し…」
「いやいや、武士に二言はねぇよな?土方くん」
ニヤリと妙に男臭い顔で笑われ、今さらながらに落ち着かない気分にさせられる。

「いいい、いいから、さっさと船出しやがれ」
「了解」
いつも通りの気の抜けた返事の後に、機体がふわりと宙に浮いた。

そして、一気に急加速し、あまりの重力に小型挺のシートに押し付けられて、舌打ちを零す。

「オイ!もちっとマシな運転できねぇのか!?うすら禿げ!」
「仕方ねぇだろ!足の感覚微妙な上にペーパードライバーなんだからよぉ」
「そんなんなら、俺が操縦しても変わらなかったんじゃねぇかっ」

時間にして、あと三分。
出来るだけ遠くへ。

「初デートじゃん。彼氏に良い恰好させろよ」
「デートじゃねぇ!馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、ここまで馬鹿だったとはな!
 もういいから、ぶっとばせ!」
「へいへい」

互いに言葉は軽いが、視線だけは真剣にまっすぐと遥か先を見据えて、一直線に江戸の上空を走り抜ける。

「本当に…一生の不覚だな」
「お互い様」
何に不覚をとったなど口には出さない。

ポケットから煙草を取り出し、口にくわえ、船から見える月を一瞬見た。


ほんの数分後、江戸湾上空にて、大きな爆発が起こる。




空中で炎を上げた小型船を最後まで見届けていたのは、一艘の屋形船だけだった。

「銀色のおにーさんにも黒いおにーさんにも、まだ遊んでもらってないんだけどなぁ。
 でも、自力で生き延びられないくらい弱いなら用はないか」
舳先に立つ朱い髪を長く三編みに結った少年が面白くなさそうに呟く。

「このまま、二人で沈むもはい上がるもどっちでも俺は構わねぇが…」

まぁ、どっちもくたばる玉じゃねぇなぁと船の上で三味線をつまびいていた男が薄く笑い返した。それから、キセルに溜まった灰をトンッと落とし、まだ水上に落ちたばかりで燃え盛る小型挺に目を細める。

「最近、ちょろちょろしていた虫けらも駆除してもらったから善しとして、帰ろうかねぇ」

そう船の後部でやはり黙って佇む同族へ神威は声をかけ、出発させる。


赤い炎と油で汚された海には、月は映り込んでいない。
しかし、空には、間もなく満ちようとする月が皓皓と座していた。




『月の名前 望月・後篇』 了









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