うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『月の名前 望月・中篇』



午後7時。

各星から船の集まるターミナル。
遊覧用の船が停泊するデッキには、続々と物と人が集まりつつある。

「さて、お嬢様」
土方は隣に立つ少女に声をかける。

「おぅ。任せるネ」
桃色の髪に白の花飾りをつけ、いつもより大人っぽいデザインのチャイナドレスを神楽は纏っていた。

「神楽ちゃん、今は天人のお嬢様なんだから!」
着ているものにそぐわない、ずいぶんと気合いの入った声で答えると、すかさず志村新八がつっこむ。
かくいう志村も普段の着物姿ではなく、今晩はスーツに着替えている。

「いや、メガネ、テメーもな。気をつけろ。華玉小姐だ」
「あ…すみません!」

先行きに不安を感じ、土方は苦く笑った。


本来、闇取引の行われる船上パーティに潜り込むメンバーは土方と山崎、数名の監察を予定していた。
けれども、怪しいラブホテルから、一旦屯所に戻ると、万事屋の子どもたちがやってきていたのだ。
子どもだと適当にあしらうことをあえてせず、掻い摘んだ状況を説明すれば、神楽は予想できないことではなかったことだとはいえ、全くひるむことなく言い放った。

「私たちも銀ちゃん迎えに行くアル」

危険を説明しても引かない神楽たちの同行を最終的に許してしまった一番の要因は、そのイベントの招待客の客層にあった。
山崎が仕入れてきた名簿には『天人』の中でも富裕層の名しか無い。
このパーティは天人向けの大江戸上空クルーズを装い、執り行われる闇取引の場。
取り扱い商品は、盗品の密売に違法な薬、武器火薬の類。
そして、その利益は攘夷浪士の、一部の幕臣達の、宇宙海賊の資金源になっている。

吉原と連絡を取りはじめた矢先に『真選組』へも、圧力がかけられていた。
ある程度、証拠は集まってきた今、後は物証と誰から見ても言い逃れ出来ないようなパフォーマンスだけだ。
しかし、万が一の不備を考えると、近藤を始め、組に迷惑をかけるわけにはいかない。

そんな中、神楽たちの申し出は魅惑的だった。
神楽はこう見えて、戦闘民族・夜兎であるし、お誂え向きに入れ替われそうな容姿のものも名簿にある。
おまけに、彼女らの雇用主が誘拐拉致されているのだ。
それを取り戻しに行って、『多少』の無茶をしても、不自然ではないだろう。

「腹は背に変えられねぇ」
土方は決断し、万事屋一同と、万事屋の大将を『迎えに』出かけることになっていたのだ。



山崎の用意した偽装入国パスと本物の招待状。
すり替わったご本人達は監察の人間たちが足止めと工作をしている手筈だ。

基本的に招かれている天人は、江戸に長期滞在している類の者はいない。
皆、商売の為に店を構えたり、商談の為のゲストハウスを持っているような富裕層だ。
だから、設定上、神楽は父から買い付けを任された二代目、土方と新八は付き添いを装っている。

受付はトラブルなく通過し、きらびやかな会場の一角に案内された。

「トシちゃん。ごはん取ってきていいアルカ?」
「いえ、『お嬢様』は座っていてください。後で私が持ってまいります」
神楽はおもむろに不満そうな顔をしたが、本来の目的を思い出したのか、おとなしく机の上のジュースに手を伸ばす。

「トシちゃん」
「今度はなんです?」
「これ何アルカ?」
少女が手に取ったのは、タブレット状の端末だった。
周りを見渡すと、各テーブルに一つずつ置かれているようだ。
立ち上げてみると、簡単な挨拶文の後に、商品のカテゴリーが出てくる。
宝石や美術品に始まり、武器や鉱物、船に、人まで値段とともに画像が閲覧出来るようになっていた。

「見えるか?」
囁くようにたずねる。
ネクタイピンにつけた小型カメラがこちらの声と映像をひろってくれるはずだ。

『ちょっと確認します。たぶん盗品がほとんどだと思いますが』
イヤホンから部下の声が聞こえる。

「30秒以内」
鬼ぃ!あ、鬼だったよ。この人ぉとふざけたセルフツッコミをしているのを聞き流しながら、ゆっくりとカメラに写りこむように端末のページを進める。
どうやら、目玉の商品はこれからステージで紹介され、交渉したい商品があれば端末で申し込み、別室で個別に商談に入るらしい。

その他にも、小さな定額の装飾品については、番号札をつけたコンパニオンが実際に身につけてまわるようだ。


「「あっ」」
子どもたちが声を上げ、腰を浮かせる。

つられるように、土方も視線を端末から、動かした。
そこには、女装していても、一種のアイデンティティとして譲れないのか、銀色の天然パーマに同じ髪質のツインテールをのせた男がきらびらかな女達に混ざって会場に入ってきていた。
ただでさえ死んだ魚のような目の男が、瞼に塗り付けた化粧のせいでさらにけだるそうに見える。
「万事屋…」
紛れも無く、万事屋銀ちゃんの主人が番号札を付け、配膳用のドリンクを盆にのせて、そこにいたのだ。




「ぎ…」
思わず、声をかけそうになった神楽を新八が慌てて、ジェスチャーで止める。

銀時もこちらに気が付いたらしい。
一瞬、確かに土方を紅い瞳が捉え、視線が逃げていく。
まるで、悪戯がばれたこどものような気まずい顔をしている気がした。

(まさか、俺が乗り込んでくるとか思ってなかったとか言わねぇよな?)
グラグラと腹の底で苛立ちが沸き起こる。

「土方さん?」
メガネの声に我に返る。

「あぁ…すまねぇ」
今は、自分の感情は後回しにすべきだ。

「そこの14番の人」
銀時がつけている札の番号で呼び付ける。
端末で確認すれば、帯留めに付いている宝石が売り物のようだ。

「やだ、パー子ご指名ぇ?」
変なシナを造りながら、のろのろとこちらにやってくる。

「華玉小姐にその帯留めを見せて差し上げろ」
状況を説明させようと、呼び寄せたのが、一緒にスタッフらしき人間まで寄ってきてしまった。

「お眼鏡に叶うものがありましたか?」
「この蒼い石ならば、小姐の髪の色にも映えるかと思ったのだが、いかがか?」
取りあえず、銀時のつけている商品―青色の宝石に興味があるふりをしておく。

「えぇ、もちろんですとも。肌がお白いし、きっとお似合いになることでしょう」
「しかし、母星に持ち帰るにあたり、問題はないのか?
 その…訳ありのものもあるのだろう?」
「あぁ!ご心配には及びません。幕府御用達の店に『正式な』鑑定書を付けさせますし、
 ご心配なら、特殊な加工をして模造品に見せかけることもできます」
まぁ、地球のマヌケな警察も、皆様が、このあと一斉に母星に戻られたら、一件一件追うことなんてできませんよとベラベラと男は説明をまくし立てる。

「これは売り物じゃないノ?」
神楽が銀時の腕に絡め、演技のつもりなのか、すごく不自然な喋り方で話に入ってきた。
「え?このオカマですか?」
「そそそそうです!売り物ですか?」
予定外の神楽動きに新八がフォローに入ってくれる。

「売り物ではないのですが…こんな気持ちの悪いもの…ご所望ですか?」
「これだから、違いのわからない男は…こういうのが『キモカワいい』って次くるのヨ」
気持ち悪くて悪かったなとばかりに銀時が歪められている。

「しょ、少々お待ち下さい」
上のものに相談すべく、漸く男は席から離れていった。


充分、バイヤーとの距離が離れたことを確認して、銀時が口を開いた。

「パー子さん、出張コンパニオンで一稼ぎしに来ただけなのに、
 何オメーらこんなとこまで来ちゃってんですかコノヤロー」
そういいながらも、しがみついている神楽の頭を撫でる手は優しい。

「銀さん…」
「あ〜まぁ黙って出掛けちまったのは悪かった」
小さな小さな謝罪の言葉は周囲に聞こえないようにする配慮もあっただろうが、多少なりとも照れが入っているようだ。
思わず、笑ってしまう。

「多串くんが笑った…」
なぜだか酷く、珍妙なる顔付きで奇妙なことを言われた気がするが、そんなことに構っていられる時ではないと流した。

時計を確認する。
そろそろ、出港して2時間弱。
航路は折り返しに入った頃だろう。

ブンッと小さな音がイヤホンに入ってきたので、手で銀時達に土方は一旦ホールの外に出る旨を伝える。



廊下に出たタイミングを見計らって、マイクから部下の声が聞こえてきた。

『お待たせしました』
「遅ぇ切腹決定だな」
『ちょっと!マジで30秒とか言ってたんですか!?アンタ』
「で?」
きゃんきゃんと耳元で喚かれても、うるさいだけだ。
『名簿の解析と商品の裏まで取れてます』

「今、万事屋と接触できた。奴に女達の事は任せるとして…」
人の気配に、ゆっくりと首だけ回して振り返る。

「!」

先ほど、自分達のテーブルにやって来ていたディーラーが、他の人間を連れて何やら話しながら、歩いてきていた。
まだ距離はある。

しかし、派手な紫の着物を自堕落に着こなし、キセルをふかす男に見覚えがあった。

(高杉!)

不自然にならない程度の早足を意識して、その場を離れる。
視界に入った給湯室へ飛び込むように身を隠した。

春雨と手を組んだという情報がなかったわけではない。


だが、こうもピンポイントで遭遇するとは思っていなかったのだ。

『副長、大丈夫ですか?』
頭だけ巡らせて確認しただけであったから、カメラに高杉の姿は映らなかったらしい。
山崎が不安そうな声で尋ねてくる。
「高杉が現れやがった」
『高杉ですか?ヤバいじゃないですか!どうするんです?
 旦那も副長も思いっきり顔ばれてますよ?』
「うるせぇ。わかってる」
おそらく女装していても、銀時の存在を高杉が見逃すとは思えなかった。


無性に煙草を吸いたいが、そういうわけにもいかない。
土方の予定では、総ての取引が完了し、会場からターミナルに下船したタイミングで、証拠品を抑えるつもりであった。
偽の鑑定書についても、手の内さえ分ってしまえば何とかなると踏んでいたのだ。
女たちも、この船に乗っているうちはさすがに手を下されることはないだろうから、そのタイミングなら間に合うはずだと。

「仕方ねぇ…少し早ぇが暴れんぞ。今どの辺りだ?」
『ちょっと、早すぎませんか?取引済んでないものもまだありますから、
 全員を抑えることはできなくなるかもしれませんよ?』
「多少取り逃がすかもしれねぇが、陰で暴利貪ってる奴らの力殺ぐ足しにはなんだろう。
 その上高杉を押えられれば、大金星だ」
『しかし…』
「うっせぇよ!だから、今、船はどの辺りを…」

「袖の浦にもう少しで着くぐらいっスよ?」
女の声が入り口からかかった。
女は若かった。
黄色い髪を高めの位置で二つに結び、へその見えるデザインの露出度の高い服。
手には2丁の拳銃。

『副長?』
「来島また子か…」

一歩さがる。
得物はもちろん持ってきていない。
持ってきていたとして、テロリストとはいえ女相手に切り込むことなどできないのだろうが。

手に何か当たった。

「土方っすね?晋介さまがお呼びっス。ちょっと顔貸して…」

土方が、掴んだやかんを繰り出すのと、また子が引き金を引くのはほぼ同時だった。

(さすが、早打!)
動くものも正確に打ち抜く。
内心感心しつつ、撃ち込まれた弾丸の衝撃を力でねじ伏せ、そのまま女のボディに叩き付ける。
そのまま、廊下へと飛び出し、会場に戻る。


「山崎!」

観音開きの扉の前にボーイの恰好をした男がひっそりと立っていた。

「無茶せんで下さいよ!もう!」
手には、朱鞘の太刀と木刀。

「テメーは俺の母ちゃんか!」
「こんな瞳孔開いた息子なんていりません!」

洞爺湖と村麻紗。
二振りを受け取り、扉を勢いよく開いた。

「御用改めである!」

会場が大きくざわめいた。




『月の名前 望月・中篇』 了





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