うれゐや

/ / / / / /

【シリーズ】 | ナノ

『月の名前 望月・前篇』



「あ゛?」

正午を少し回った時刻。
真選組副長・土方十四郎は自室で、隊服のスカーフを整え、午後の巡察に出かける支度をしているところだった。
そこへ、賑やかな足音がまっすぐにこちらに向かって来る。

山崎の制止の声を全く無視して、勢いよく踏み鳴らされる軽い足音。


「トシちゃん!」
「チャイナ?」

スパーンと勢いつけて開けられた障子は、勢いがつきすぎて、敷居から外れたようだった。

それを追って、メガネの少年と山崎も飛び込んで来る。

「銀ちゃん、一緒じゃないアルカ?!」
「は?なんでクソ天パ?」
「二人でしっぽり、場末の宿でにゃんにゃんして、寝汚い銀ちゃん置いてきただけなら
 いいネ!でも、違うなら…」

突っ込み所満載というか、うら若き少女の口からは似つかわしくない台詞に頭を抱えるところだが、今はあまりの切羽詰まった表情に眉を顰める方が先だった。

「なんだ、あの野郎、夕べ帰ってねぇのか?」
「正確にいうなら、夕べ1時過ぎからです」

息を切らせながら、志村新八が補足をいれてくる。

「どっかで酔い潰れるかしてんじゃねぇのか?」
「いつもならそう思って様子見るんですけど…」
「昨日、銀ちゃんはパー子だったネ」
「パー子?」

パーは天然パーマのパーなのか、頭がパの字を示す言葉なのか。
名づけの理由はさておき、神楽の言葉を鸚鵡返した。

「いきなりじゃ、土方さん、分らないじゃない!
 あの、かまっ娘倶楽部というおかまバーで夕べバイトしてたんです」
「あ゛おかまバー?」

昨晩、正に土方は百華の月詠と情報交換のためにそのかまっ娘倶楽部を訪れていたのだ。

(あの中に、万事屋もいたのか?)

人目につかないようVIP席にまっすぐに向かったから気がついていなかった。

「遅くなったから衣装着替えずに帰ったんで、そんな女装のままで飲みに行くとは
 思えないんです」
「じゃ、その帰り道で野郎は雲隠れしちまったのか?」
新八が朝になっても、万事屋に出勤しても帰っていなかったから探し回っているということだろう。

「心当たりは探したんだな?」
「もちろんネ。迷子の猫探しより細かく聞き込みしてたアル」
「夕べ変わったことは?」
「特には…あ、帰り道、気のせいかもしれないけど、少し考え込んでたみたいな感じも…」

愛刀を手に取り、立ち上がった。

「とりあえず、今から巡察に出るところだから、気をつけてはおく。
 テメーらも、もう少し心当たりを当たれ」
「トシちゃん…銀ちゃん帰ってくるアルカ?」
「たりめーだろうが。あんなマダオ、他にどこに行きようがあるよ?」

桃色の髪の少女はくしゃりと笑った。

「そうネ。きっとトシちゃんに認めてもらえるように、
 どっかで修業してるかもしれないアル」
「神楽ちゃん…二年後にどこぞの島で待ち合わせって話じゃないから。ねぇ、土方さん?」
「…いや、じゃんぷネタ、俺わかんねぇから。マガジン派だから。ほらほら、出るぞ」
二人と一匹を促して、自室から自分も出る。

「じゃあ頼んだアル!」

門前で、また捜索に戻っていく背を見送りながら、煙草に火をつけた。


「副長」

今度は自分の背後から声がかかる。

「吉原に繋ぎを取れ。俺は予定を変更してかぶき町に寄る」
「了解です」

必要な指示だけで、山崎は動きはじめる。

それから、一度長く煙を薄曇りの空に吐き出し、土方も歩きだした。




かまっ娘倶楽部には、恐らく万事屋の子供たちが真っ先に訪れているとは思うが、まずはそちらに向かう。
銀時のことだ。
多少のトラブルなら自力で解決して、いつものような緩い口調でふらりと戻ってくる。

だが、胸の奥でナニカが警鐘を鳴らしている。

「ん?」

その時、足元にするりと気配が擦り寄ってきた。
視線を落とすと、一匹の老いた猫がこちらを見上げていた。
やや大きめなどっしりとした体型、ふてぶてしい目つき、この辺りのボスだろうか。

「なんだ?俺に何か用か?」
猫の思慮深げな目に思わず、尋ねていた。

「おい…って、え?こりゃ、おもちゃじゃ…」
にゃあと一つ鳴き、猫はじゃれるように、刀に付けた下げ緒に手を伸ばしてきた。

下げ緒の先を揺らし、またにゃあと鳴いた。

「まさか…クソ天パのこと知ってんのか?」
黒い下げ緒は先月銀時から贈られたものだ。

「……んなわけねぇか…」

かぶき町に根を張る万事屋稼業なんてやってる男だ。この町のボス猫と知り合いでもおかしくないような気がして、思わず零してしまった。
そんな風にすっかり感化されている自分の言葉に苦笑した。

(あいつなら何でもありな気がしちまう)

気を取り直し、西郷の店に立ち寄ろうと足を再び踏み出して、また立ち止まった。
くいっと猫に下げ緒を引っ張られたからだ。

「おい?」
猫はやはり恐持ての顔を土方に向けたまま、くいくいと引っ張る。

「まさか、本当について来いっていってんのか?」
こちらのいうことがわかるかのように、三度、にゃあと鳴いた。


「土方」

今度は女の呼びかけで振り返る。
吉原百華の長が地味な部下とともにやって来ていた。

「銀時が行方不明だと聞いた」
「あぁ、あの白髪パー、夕べから帰ってないらしい。まさかとは思うが…」
煙草の先に火を点けて、少しだけ肺に煙を満たしてから、土方は答える。

「例の取引に巻き込まれていると?」
「タイミング的にな。アンタが夕べ言っていた雲隠れした吉原のもんは?」
「あぁ。今朝も戻った様子はない。
 吉原の女は基本的に自分の廓や見世に戻るのが基本じゃからな…」
ふぅと月詠はキセルから煙を吐き出す。
冷静な上に、察しが良くて助かる。けれど、一見、落ち着いて見える月詠も内心では銀時を案じていることに疑いはない。、

「あ?」
忘れかけていた猫がまた下げ緒を引っ張った。

「なんです?その猫」
山崎がしゃがみ込んで、猫に手をのばしかけたが、毛を逆立てられ慌てて引っ込めた。
猫はマイペースに、スルリと三人の間をすり抜けて、山崎が乗ってきたパトカーに窓から乗り込んでしまう。
そうして、けして愛らしいとは言えない声でまた鳴いた。

「やっぱり、ついて来いってのか?」

銀時絡みになると本当に何でもありだとため息をつき、土方は足を踏み出した。





猫はダッシュボードの上に陣取り、器用に分岐点になると、右左を顔や尾を動かして、導いていく。

そして、改装中の看板がかかったホテルに近づいたところで、短く鳴いて、カリカリとフロントガラスを引っ掻いた。

「ここか?」
「副長、あれっ!」

山崎の指差す方向に目をやると、数人の浪士と天人が出ていくのが見える。

「アイツら、金烏星の…」
「奴らがいるということは当たりのようだな」

まさに、今土方達が追っている一件に絡んでいると思われる天人だった。

「ちょうど良い。このまま一気に…」
クナイを取り出し、後部座席から降りようとする月詠の腕を慌てて、掴む。

「まだ、早い」
「これ以上、被害者が出ぬうちに手を打つべきじゃ」
「それじゃ、親玉はいぶりだせねぇ」
「それは、ぬしの都合じゃ」

吉原の自警団の長は言った。

「確かにな…表向きはそうかもしれないが…アンタ、分かってるのか?」
「何がじゃ?」

「『吉原』って町は今まで鳳仙の、春雨の支配と庇護だけで護られてきたわけじゃねぇ」
「それは…」

月詠も思い当ったらしい。

天人なんて存在がこの独立都市を作り上げるには、少なからず幕府の手もかかっている。
だからこそ、一種の治外法権が赦され、天の壁が失われた今も利権を狙ってうごめくものの、誰ひとりとして先陣をきらないのだ。

表向きは春雨の管轄だとして。

「だから、一つ一つ潰しておくにこしたことはねぇ」
かぶき町だけならともかく吉原の女にまで利用しようとするからには、それなりの後ろ盾があると見ている。

「とりあえず、女達のことは後回しだ。
 今はあの腐れ天パを連れ帰るってことだけで勘弁してくれ」

そう告げて、車から降りると、猫はそこで己の仕事はお終いとばかりに、土方が離れた助手席で丸くなった。

「月詠さんは万事屋を、山崎は尻尾を探せ」
「副長は?」
「表から乗り込んで気をひいておく」

続いて降りた月詠が、今度は正面玄関へと動きだそうとした土方の腕を掴んで止める。

「土方、良いのか?わっちが行っても」

女の強い瞳が真っ直ぐに土方を射ぬいた。

「構わねぇ。1番効率的なオーダーだろう?」

どういった意味で聞かれたのか、解りかねたが、その瞳に答えるだけの真を込めて見つめ返す。

表の戸を叩く方が危険であるから月詠を向かわせることに躊躇もあったし、証拠探しなら本業である山崎の方が適任だ。
『真選組の副長』が相手に顔を見せるには少し早い気もしたが、この際やむ終えない。
それだけの理由だった。

「銀時も苦労するな」

ぼそりとした女のつぶやきに、何故か相槌をうつ山崎に、とりあえずゲンコツを見舞っておく。

それから、それぞれのすべきことをする為に三方に別れたのだ。






「邪魔するぞ」

街中から少し離れた場所にあるラブホテルは駐車スペースから直接部屋に上がる仕組みになっているらしく、徒歩で訪れる客を想定している風ではなかった。
万が一、そんな客がいれば、という申し訳程度にしつらえた入り口から土方は押し入る。

手元だけ見える小さな扉をノックするが、返答はない。

「おい!誰もいないのか?」
今度は大きめに声を張り上げた。

「真選組のお方が、当方に何事でしょう?」
叩いた扉とは別の従業員通用口からでてきたのは、商人風の男だった。

「この辺りで、指名手配中の攘夷浪士を見かけたという情報が入った。
 中を確かめさせてもらう」
「ここは改装中の宿です。今日はたまたま打ち合わせのために私が参っておりますが、
 普段は無人…何かの間違いではないでしょうか?」
「そんなこたぁこっちで判断する。中に入れろ」
「では、主に伺いをたててまいります。あの…お名前を…」
「土方だ」
「真選組副長でいらっしゃる?」
「その土方だ」
「し、少々お待ちください」

慌てて、奥へともどっていってしまった。

(建物の作り上…逃げ道はいくらでもある…隠れ家としては万全の建物だな)

元々、客同士のプライバシーを守るために客用の出入口も分けて作られているし、従業員自身も客とかちあわないように、工夫がされている。
逃走を心配したが、程なくして、先程の男は、仕立の良い和服の上司をともなって戻ってきた。

「お待たせいたしました。何でも攘夷浪士をお探しとか。ご苦労様でございます」
「突然ですまねぇが、ちっと中を検分させてもらいたい」
「土方さまはお一人ですか?」
「今のところはな。応援を呼んではいる最中だ。なにか問題が?」
「いえいえ、滅相もない。中には不逞な輩はおりませんが、何分敷地だけは広うございますので、お一人なら、ご案内が必要かと」

ニコニコと愛想笑いを浮かべる男のうさん臭さに眉が寄ってしまう。

「いや、すぐに、うちの連中も来るから…」
そこまで、言いかけたが、土方のメール着信音が鳴り、遮られた。

「お騒がせしたが、近くに潜んでいたのを捕縛完了したそうだ」
礼をいうでもなく踵を返しかけて、不意に装って尋ねてみる。

「そういえば、こちらはどちらの持ち物か?」
「え、永戸屋の…」
聞かない名だ。
ダミー会社の可能性が高い。

「永戸屋か…じゃあ、邪魔したな」
あとで山崎に調べさせる為に、名を心の書きとめるだけ書きとめて、山崎達の待つパトカーへと戻った。




パトカーには、山崎と月詠と猫しかおらず、そこに死んだ魚のような目の男の姿はなかった。

「あのクソ天パ、残っただと?」
「薬で身体が万全でないというのもあるようだったが…」
月詠は言葉を濁すが銀時は自分の意思で残ったのだと、拳を握る。

普段は、何事にもやる気のなさそうな顔をしたニートもどきだが、時折みせる煌めいた瞳にはいつもハッとさせられる。
悔しいことだが、自分より強い剣技を持ち、サムライの魂を持っていることは認めざるをえない。

今回も、『イベント』に駆り出された女達を無事に地上に帰そうだなんて理由で動いているにちがいないのだ。
最後になるであろうとの情報が本当であれば、パーティにはかなりの顔触れが集まる。
これまでの徹底した行動から、恐らく相手は今回のコンパニオン達を黙って帰さないだろう。
そのことを勘のよい銀時は察しているのだと思う。
更に自惚れかも知れないが、真選組の行動を押さえることの出来る相手だからこそ、と考えていてもおかしくない。

(俺はそんな助けられるだけのお姫様じゃねぇんだよ)

「腐れ天パが!余計な仕事増やしやがって…」

土方は眉間にこれ以上ないほどの皺を寄せたのだった。





『月の名前 望月・前篇』 了





(67/105)
前へ* シリーズ目次 #次へ
栞を挟む
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -