うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『花の名前 かんひざくら・後篇』



(…雨…?)

どこかで、雨が降り始めている音が聞こえた。
肌寒さに身をぶるりと震わせて、銀時は眼を覚ます。

身体が重たい。

「いって…」
ぐらぐらとする頭の痛みに顔をしかめながら、見慣れない天井に眉を顰める。
天井には一面のガラス。

「な、なんなんでしょう…?いや、うん。アレだ。このシチュエーションて…」

腹の上にかかる掛け布団は、申し訳程度の厚さしかないぺらぺらとしたもの。
鏡に映る自分は未だにパー子の衣装も脱いでいなければ、化粧もそのままだった。
一番気にかかるのは…

そうっと、隣に首を回す。

「うわぁあぁぁぁ」

隣には、見知らぬ女が横たわっていた。

「いて…」
勢いよく体を起こしたものの、激しい頭痛で頭を抱え込む。
吐きそうだと思った。
ぐらぐらと揺れる風景。
二日酔いというよりは、まるで乗り物酔いしているかのような、気分の悪さだ。

(ちょっと待てよ!銀さんの銀さん?勝手に暴走してくれてねぇよな?いくらご無沙汰だからって…いやいやいやそれより落ち着け!)

おかしくなった三半規管を押さえつけるかのように、耳を覆い、思い出す。



そして、もう一度、隣を見た。
女の顔を最初、見覚えがないと思ったが、よくよく見てみると、何処かで見たことがある。

「あ」

少しずつ記憶がつながっていく。

昨夜、薄暗い路地裏で意識を失っていた女だ。
既に息をしていない。
完全に血の気が失われて、面差しが変わっているが、かぶき町のホステスの一人だ。
まさかとは思うが、思いっきり、土方が追っている件に首をつっこんだと思わざる得ない。

(と、なると、この身体のダルさも二日酔いではなくて、あの時の…)
天人が発したのは、あの手に持っていた銃のようなものからなのだとしたら、納得できる。

どさりと重力に身を任せて、一度体を横たえた。
死体の横は気持ちの良いものとは言い難いが、、戦場にいた頃はそんなことは日常茶飯事だった。我慢できなくもない。

手のひらを天井にかざして、むすんだり、開いたりしてみる。
動けないこともない。

部屋の様子から見て、ここは場末のラブホテルの類のようだった。
古びた建物の匂いと、今時こんなアリなのか?と笑ってしまうかのような、コテコテとしたロココ調を気取った嘘臭い家具。
シーツもいつ洗濯したかわからないような、じっとりとした手触りをしていた。

(かぶき町じゃねぇな)

外で静かにふる雨の音しか聞こえない。
これだけ、安普請の造りであったならば、かぶき町の喧騒が欠片でも耳に入ってくるはずだ。

(万全ではない身体で、どれだけ移動できるか…?)

もう少し、情報が欲しいと思う。

そう思った矢先、人の気配と、声が近づいてくる音が聞こえ、銀時は腹をくくり、目を閉じた。




ほどなくして、銀時のいる部屋の施錠がはずされて人の気配が入ってくる。
気配は3つだった。

そのうちの一つが、まっすぐにベッドサイドに歩いてきた。

「ほら、まだ起きてませんよ。大丈夫です」

陰が銀時の上に落とされる。
どうやら、まだ意識が戻っていないかどうか確認しに来たらしい。

「それならいいが」
カチリとライターの火が灯される音がして、二つ目の気配が答える。

「なんせ、本来なら即ノックアウトな薬なのに、
 こいつ、結構走ってやがったからな」
「まぁ、偶然じゃないですか?
 まぁ、ゾウ並みの鈍い神経してるってことも考えられますが、
 実際あれから起きませんし。しかし、どうします?取引の前に始末しますか?」
「いや、明日の晩が終わるまでは事をこれ以上、大きくしたくない。
 足りなくなったコンパニオンの手配が間に合っていなかったのではないか?
 19時までに目が覚めたらコイツを使え。
 こんな姿でも、接客業で地球では営んでいけているのだろうからな」
三人目が、これには答える。
少し機械じみた甲高い声の持ち主だった。
天人なのかもしれない。

「大人しくいうことを聞きますかね?」
「その時は他の女どもと一緒に、取引の後に処分しろ。
 明日が終われば、我々は一度本星に帰還する。
 その後であれば、何が起ころうと大したダメージはない」
「あぁ、今回は全員処分の方向でしたね。
 わかりました。じゃあ、一応オカマの方は船に乗せておきます」

そこまで話している間に、廊下がまた騒がしくなった。

「長!今、入り口に真選組の副長を名乗る男が現れました!
 中を改めさせろと騒いでいますが!」
「何故、真選組が…」
「攘夷志士らしき男をこのあたりで見たと言っています…」
オロオロと最後に闖入してきた男が説明する。

「私が対応する。フロウ殿は、裏に車を回しますから、船の方へ先に。
 田中は例の名簿処分して、このオカマを運べ」
指示するのは二人目の男だった。

(しかし、なんで土方が…やっぱ、こいつら土方と月詠が追ってる連中か)

「フロウ殿、やつらの組織には圧力をかけたのですよね?」
二人目の男が、一足先に部屋を出ていこうとする機械音の男に確認した。

「我らは我らの仕事をきちんとこなしている。問題はない」
「わかりました」

そういって、慌ただしく、部屋を後にする。
部屋は再び、静まり返った。



人の気配が消えたのを確認して、銀時はゆっくりと瞼を引き上げた。
そして、男たちと入れ違いに入ってきた人間に声をかける。

「なんでオメーがここにいんの?」
「やはり、狸寝入りだったか」

ベッドサイドに近づいてきたのは月詠だった。

「さっさと、こんなとこから帰るぞ。神楽たちも心配している。
 ぬしがそこの冷たくなった女と閨をまだ共にしたいのなら別だが…」
「冗談」
むくりと起き上がり、つけっぱなしで痒くなったツインテールの付け根を掻く。

「では、いくぞ。土方が時間を稼いでおる」

田中と呼ばれた男も証拠品を処分すれば、直ちに銀時の輸送の為に戻ってくるだろう。
長居無用と、月詠は一服するでもなく、踵を返す。

「土方…アイツ一人か?」
「うむ。部下の山崎といったか?あやつが別動で証拠とやらを探しにいっておるが」

(やはりというか、こまったさんというか…)

予想はしていたが、恐らくジミーしか来ていないのなら、単独の行動だろう。
勝算あっての行動だとは思う。
だが、先ほどの会話から察するに、追う相手は幕府内部に顔のきく人物と密な関係にあるようだから、最悪自分が火の粉をすべて被るつもりで動いているに違いない。

「月詠、オメー一人で戻れ」
「何を言っておる?ぐずぐずしておる時間はないぞ?」

「どうやら、こんなナリしてっから、奴ら今晩のぱーてーとやらの補助要員に
 俺を駆り出すつもりらしい。まだ、すぐに殺されやしねぇ…」
拳をまた握ったり、開いたりして感覚を確認する。

「それに、どうやら、天人の薬だか道具だかで、もうしばらく力入りそうにないんだわ」
一過性のものみてぇだから、ぬけたら自力で帰るとへらりと笑ってみせる。

「薬ぐらいなんじゃ!そうやって体を起こせる程度なら…」
「『吉原』って町はあくまで、鳳仙の…いや、春雨の支配と庇護だけで
 護られてきたわけじゃねぇ」
聞き分けようとしない月詠に、少しだけ洩らす。

「あ…」
月詠も何やら思い当ったらしい。

幕府内部に黒幕が、そして、相手が天人であり、テロリストでないのならば、『真選組』も本来動くべきではない。
吉原も、いままで独立都市をこれだけ長い時間、繁栄させてきた裏には、少なからず幕府も関係しているとみる方が無難だ。
『真選組』も『吉原』も関わるには壁が厚い。

「さて、俺の商売は何でしょう?」
じっと、女の顔を見つめる。

「依頼しろと?」
女が見つめ返しながら、かすれるような声で答える。

「万事屋さんはいつでも良い仕事するぜ?」
「多少、余分にぶっ壊し気味じゃがな」

先に視線を逸らしたのは、月詠の方だった。

「ぬしらは…やはり似ておるのかもしれんな」
「は?誰と誰が似てるって?」
「報酬は出来高じゃ。しっかり働け」

銀時の問いに答えず、足を出口へと月詠は向けた。

以前は真っ白であったであろう扉の向こう側に女の姿が消えることを確認してから、銀時は死体と共にベットの上に横たわったのだった。




『花の名前 かんひざくら』 了




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