うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『花の名前 かんひざくら・前篇』 



「銀さん…」
「おぅ」

銀時の隣に並んでしゃがみ込んでいた眼鏡かけられ機が呟いた。

「マズいアル」
「おぅ」
新八とは反対隣にしゃがみ込んだ大喰らいのチャイナ娘も囁く。

かぶき町の一角、すなっくお登勢の二階で営業する万事屋の台所にて、三人は米びつを覗き込みながら床にしゃがみこんでいた。

「お登勢さん…そろそろ来ますよ?」
「今、何ヶ月目だっけ?」
「三ヶ月…いえ、明後日で四ヶ月目突入です」

新八が忍ぶことなく、盛大に重たいため息をつく。

「ぱっつぁん…」
「神楽ちゃん…」
「銀ちゃん…」
トライアングルに名を呼び合って息をのむ。

滞納した家賃。
空の米びつ。
今、唯一手元に残る500円玉がなくなる前に、何とか仕事を探さなければならない。

「銀時さま、どちらに?」
「「ぎゃぁぁぁぁぁ」」
気配なく、突然背後から声がかかった。
一緒になってしゃがみ込んでいたカラクリ家政婦に三人は奇声をあげる。

「お登勢さまの…」
「はいっはいっ支払いますって!明後日までに!」

そう叫びながら、万事屋3人は飛び出していった。




いくつかのあてを渡り歩いた末に、たどり着いたのは西郷の経営する『かまっ子倶楽部』でのバイトだった。
やはり、水物商売は、実入りが良い。
女装して、顎の青いオカマたちに混ざって、酔っぱらいの相手をしなければならないが、手っ取り早く現金を手に入れられる点が有難い。

新八も二つ隣の席で接客している。

「いらっしゃいませぇ」

控え気味に開けられた扉の音に、一斉に裏声ではあるものの、基本野太い出迎えの声があちらこちらで上がる。
銀時もやや自棄になりながら声を張った。

「あらぁ、お久しぶりぃ」
銀時の横で、客に酌をしていたアゴ美が、いきなり立ち上がって、大きく手を振るので、何者だと改めて顔をむけて、固まった。

黒い着流しの男が一人。
出迎えのオカマと話しているのが見える。
それは、どうみても真選組副長の土方十四郎であった。

(この恰好で会いたくねぇな…)

久しぶり、という程時間は空いていない。
ゆっくりと話らしい話をしたのは、寒空の下で梅見をした時以来だが、市中でいつも通りの悪態をつきあう程度には会えていた。

「あら、来たわね」

近づくべきか、素知らぬふりをするべきか迷っていると、さして驚いた風もなく西郷が土方に近づいていく。

「お世話になります」
「奥に」
そそくさと、土方はVIP席へと導かれ、銀時の視界からは消えてしまった。


「あらぁ、なに、ママったら土方さん独り占めぇ?」
ブーとアゴ美が自分の接客相手のことなぞ、忘れてしまったかのように文句を口にする。

「副長さんてしょっちゅう来てるわけ?」
「しょちゅう…ってわけじゃないけど。
 う〜ん。なんだっけ…なんか、上司とかいう気合入ったオジサマに接待で
 ついてくるぐらい?」
小首を傾げて言われても、可愛くねぇんだよと突っ込みたいのは山々だが、
ここは黙っておく。

接待で使うというのであれば、確かにわかる。
あの警察庁長官のことだ。
なんだかんだと、『将軍さま』をこんなところに引っ張ってきてもおかしくはない。
だが、土方単独となるとどうだろう?
元攘夷志士『白フンの西郷』に用があるのか、かぶき町顔役としての『マドマーゼル西郷』に用があるのか。

「ちょっと!パー子!」

がしゃがしゃとまだ沢山入っているグラスに氷をぶち込む。
珀色の液体が飛び散って、テーブルを汚したが気にしない。

「あたし、氷取ってくるわ」

慌てて、客の膝をおしぼりで拭うアゴ美を残し、銀時は無理やり空にしたアイスペールを持って席を離れた。




そっと裏口に回るふりをしながら、気配を絶ってVIP席へと足を忍ばせる。
土方ともう一人いる。
西郷ではない。
この店には似つかわしくない天然ものの女の声だ。

(誰だ?)

聞き覚えのある声だとは思うが、賑やかな店の音楽とオカマたちの喧騒でよく聞き取れない。

(もうすこし…)

そう思ったところで、むんずと着物の襟を掴まれた。

「うお!」
「パー子、あんた何やってんの?」
「ママ…いや、別にこれ立ち聞きとかじゃないから!あ、ストーカーでもないからね!」
「誰もまだ何も言ってないでしょうが。ちょっと来なさい」
「ぎゃぁぁあ」
そのまま、太い二の腕に抱え込まれ、引きずられるように店の控室へと連れ込まれた。


「だから!別に何も疚しいことは…」
「お黙り!アンタが別になんか悪いことするとか思っちゃいないから」
「じゃあ…」
「かといって、このマドマーゼルが立ち聞きを許すなんて真似すると、
 アンタも思ってないわよね?」
「…すみません…」
確かに、経営者としては、どう見ても内密然として様子で訪れた顧客の席の立ち聞きは見逃せないだろう。

「まぁ…気になるのは分るんだけどね…」

少し沈んだ様子を気の毒に思ってくれたのか、西郷も深いため息をついて、銀時にパイプ椅子に座るように促した。
そして、窺うように銀時の顔を覗き込んだ。

「パー子…アンタ、確か吉原とも、真選組ともつながりあったわよね」
「…まぁ…」
何と答えるべきか、迷う。
繋がりというべきか、腐れ縁というべきか。

どちらの『組織』とも、ひと騒動交えて、守るべき範疇に既に入っているようで、入っていない微妙な間柄だ。

二つの組織。

そこに、『土方』というエッセンスが無ければ、自分の中ではそれほど複雑ではない気もする。

いまだに町中で顔を合わせれば、掴み合いの喧嘩をする。
言葉で、こぶしで容赦ない殴り合いをするのだが、銀時にとっては、それもコミュニケーションの一環だ。

一度は結んだ筈なのだ。
身体だけではなく、心も。
色恋別にしても、銀時はそう思っている。

「仕方ないわねぇ…」
「あ?」

「副長さんと会ってるのは、百華のお姉さんよ」
「月詠?」

先日の一件で、一応水面下で『吉原』と『土方』は情報の交換というつながりを結んだばかりでもある。
だから、その情報交換をここで行っているというのか?

「ここからは、アタシの独り言よ」

西郷は腕組みをすると、煙草に火をつけて、その煙の行方を視線で追った。



「最近、かぶき町のキャバクラとかスナックに変な依頼が入るんですって」

怖いわよねぇと妙なシナを作られて、アンタの方が怖いわ!というツッコミが喉元まで出かかったが、アゴ美の時同様、抑えた。
これは西郷の独り言なのだ。

「変な依頼っていってもね、天人相手のパーティのコンパニオンの仕事なの」

パーティがあるから、人手がいると出張の依頼が店に入る。
本来、催し物のコンパニオンを派遣している会社からまとめて雇い入れる方が簡単に人は集まる。
毎回、段取りを説明するロスよりも、派遣会社の取るマージンを気にしているのか。
それとも、多少の過剰接触があるかもしれない相手で、「そういう」接客になれた人間を求めているのか。

不可解ながらも、各店、大きなトラブルも被害はないためにさほど気にも止めていなかったのだ。

天人の船上パーティに店の女の子全てがコンパニオンとして雇われ、接客をして帰される。
別に変な薬を飲まされるわけでも、性的な接待を要求されるわけでもないのに破格の報酬。

ホステスたちにとって、店を通して入る割の良い仕事。
店側にとっても、一日臨時休業しても利のある紹介料。
一人のホステスが消えるまでは、誰もが少し美味しい仕事をした、胡散臭いがもう一回ぐらいご相伴に預かりたい仕事、その程度の認識しかなかった。

けれど、どの店も二度目、呼ばれた店はない。


「消えたその子は系列の店間を掛け持ちしてたから、2回目にいっちゃたのよ」

彼女の姿を最後にみたのは、パーティを終え、帰路に着く籠。
特に変わりはなかったと同僚も言う。
ただ、そのまま忽然と失踪した。

かぶき町でホステスが消えた。
よくある話。

では、何がひっかかるのか?
大体、銀時自身の耳に、事件と呼べるほどの、そんな噂は入ってきていない。

「みんなね。いい人が出来て、どっか雲隠れしたのかと思っていたんだけどね」
銀時の疑問をそのまま西郷が引き継ぐ。

しばらくすると、消えているのは一人ではなかったという噂が出回り始めた。

共通しているのは、その変な依頼とやらを引き受けた店の子という点。
そして、時期も、店もバラバラだが、最近雲隠れする女たちは、コンパニオンに2回以上行ったことのある者たちばかり。


水面に落とされた不安という名の黒いインクはじわりと広がった。

「そこで、アンタの大好きな副長さんが出てくるの」
「ぶっ」
思わぬ言葉に、なんの捻りもなく吹きだしてしまった。

「なななななな…」
「アンタねぇ、どっからどうみても、そうでしょうが」
「いやいや、銀さんこれでも愛情表現控えめだから。もうこれ以上ないくらい清いお付き合いだから!…ってか、そんなに…?」
「百戦錬磨のオカマなめんじゃないわよ?」
「…スミマセン…」
「で、まぁ、たまたま巡察中の副長さんの耳に入ったらしいんだけど」

どの部分が土方のアンテナにヒットしたのかはわからないが、行方不明の女の件に興味を示し、腰をあげたらしい。
情報のやり取りをするために、なぜか月詠と土方はこの『かまっ娘倶楽部』を使っているという。
確かに、ここならば、一癖も二癖もあるうえに、腕っ節の強い店員たちが、多少の『障害』は取り押さえてくれるだろうがどういう経由でと首を捻るばかりだ。

「まぁ、吉原の子もいなくなった子がいるらしいし、うちだって、
 いつ看板娘たちに被害がでたら堪らないからねぇ」

銀時の庭先であるかぶき町のことであっても、真選組の仕事に銀時は口を出すべきではないことは承知だ。

「あ〜うん。まぁ、なんだ…」

言葉を探す。

『腐れ縁』から一歩踏み出して、季節が一年(ひととせ)廻ろうとしている。

『手を延ばしたい』と思った唯一の相手がなんの因果で天下の真選組の副長さんなのかと何度思っただろう。

土方相手に色恋のいろは等到底参考にもならない。

「…人の色恋沙汰に口を突っ込むなんて、野暮なこと、しやしないけど、
 気をつけなさい。きな臭い匂いがするわ」
「きな臭い?」
「あくまで勘だけどね」
どっこいしょ、と親父臭い掛け声をかけて、西郷が立ち上がった。

「さぁて、パー子、しっかり前借りした給料分、働いてもらうからね」
「へいへい」
なんだかんだと面倒見の良いオカマに、感謝しつつ店内へ戻ったのだった。



一般客用の席に戻る前に、VIP席を一応覗いたが、すでにそこには土方の姿はなかった。

体よく、西郷にかわされた気もしないではないが、土方が仕事で、こんなところに出向いているのが分ればそれで良い。
つまらない嫉妬心を表ださせなくてすむのなら、その方が良い。
真選組として、近藤の一振りの剣として生きていこうとしていることは承知のうえだ。
それが、銀時の腕を取ること躊躇わせていることも。

いつ、何処で怪我をして、還らぬ人になるかわからない。
『真選組』という特殊な商売。
本人の好戦的な上に、意地っ張りな性格。
すぐに無理をして必要以上にその身を危険に晒してしまう不器用さ。

それを含めて『土方十四郎』なのだ。
それでも、立ち止まれない。

(まぁ、ヤクザな商売って点では、人のことはいえないんだけど…)

身体を張って、我を貫き通すことなんて数え切れない。
今までも、これからも。
だからといって、自分の預かり知らぬところで、失うかもしれない心配をしないわけではないし、身体から始まった、というべきか身体を繋げた事で自覚した想いだからこそ、この一年近く、焦って結果を迫ることなく、ただ、自分の覚悟を示してきた。
何にしても、きな臭いと大先輩が言うのなら、気を付けておくべきなのだろう。

後半はそんなことをぐだぐだと考えながら、酌をし、扇子を振り回して過ごした。

それから、閉店したかまっ子倶楽部を出て、新八とも別れる。
近道をしようと路地裏を進んだどころで、薄暗く細い道の先にある気配に立ち止まった。




「!」

声を押し殺す。
薄暗い路地には、天人が二人と浪人風の男が二人、一見して水商売だとわかる女が一人。

「お前!何をしている!?」
天人が敵愾心むき出しで、問うてきた。

「あら〜」

ただならぬ空気が両者に漂う。
どこからどうみても、女はくったりと意識を失っていて、青白い顔には血の気が通っていなかった。
しかも、天人の手には拳銃のようなものが握られている。

(面倒臭い場面にかちあっちまったな)

そう思いながら、今だにぶら下がったツインテールを指先で遊ぶ。
どうせ帰って、風呂に入って寝るだけだと、パー子の衣装のままだった。
もちろん、木刀も置いてきてしまっている。


「あらぁ嫌だ、お兄さんたち…」
強引に割って入るよりも、一度この場は退いた方がよい。
そう判断して、引き攣れた愛想笑いを浮かべつつ、一歩後退する。

「待て!」

一気に、まだ煌々とネオン瞬く街中に向かって、走り出す。
四人ぐらいなら、拳だけでも叩きのめすことも出来なくないが、あまりに出来すぎたシチュエーションに、迷いがあった。

大声で騒いで、人を呼んでしまった方が良い。

だが、声は発することができないままだった。
パンッという風船が割れるような音の後に、意識がもっていかれる。


ブラックアウトする視界の隅、路地に置かれたポリバケツの上に、見覚えのあるふてぶてしいボス猫を見た気がした。





『花の名前 かんひざくら・前篇』 了





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